Aパート2 アイキャッチ

 砂漠を渡る風がエトワールの緑色の髪を大きく波打たせる。

 瞳の色は琥珀色。


 仮面の下の顔はいささか彫りの深い顔立ちながらも、十分に整っており美人と言っても良いだろう。


「何だ?」


 元々、エトワールが仮面を付けていた理由を、


「単なる趣味」


 というぐらいにしか考えていなかったGTだ。その素顔を見たところで、特に感慨があるわけでもなく、ただ思うのは、エトワールが仮面を取った理由だ。


 エトワールは琥珀の瞳――この色は後から手を加えたのだろうが――で、じっとGTを見つめている。

 その視線の意味をGTは測りかねていた。


「……もしかして、何か褒めないとダメな展開か?」


 そして出した結論がこれだ。

 エトワールは複雑な表情を浮かべ、そしてため息と共に肩を落とした。


『仕方ありませんよ。GTは殺すこと以外にはロブスターにしか興味を示さない人ですから』


 突然、モノクルが声を掛けてきた。


「残念がってるわけじゃないわ。だけど……ほら、わかるでしょ?」

『わからないでもないですが……そうですね。もう少しリアクションは欲しいですよね』

「あ? だから褒めようか、って尋ねてるだろ?」

「その段階で、かなり残念だわ……」


 エトワールは言いながら首を左右に振った。

 そして宣言する。


「私が囮になるから」

「囮?」


 意外な単語を聞いた、とばかりにGTは声を上げた。


「モノクルが私を同行させた理由は今の事態を見越してのことだと思うけど……考えてなかったの?」

「ああ。だってお前が美人だとわかったの、今だぞ」


 いけしゃあしゃあと答えるGTに、エトワールも返す言葉がない。

 その代わりというわけではないだろうが、モノクルが答える。


『まぁ、GTがいますから。それも視野に入れていました。私はエトワールさんが美人だと知ってましたし』

「美人、美人、連呼しないでくれる? 何か心の中で価値が下がるわ――あんた達みたいな人でなしに言われると」


 そう言い放つと、エトワールは衣服のデータを変更した。


 革の様な光沢を放つ身体のラインの浮き出た赤い衣服だ。

 手と足は完全に露出しており、小麦色に焼けた肌が目に眩しい。


「水着?」

「じゃ、無いわよ。ただまぁ、人を魅了するための衣装であることに変わりはないかな」


 そんなエトワールの姿を、GTは遠慮の全くない視線で上から下まで眺めた後、胸元の薔薇に話しかけた。


「おい、モノクル」

『なんですか?』

「これでアガンを釣れそうか? 俺はこの手のハニートラップをやったことがねぇんだ」

『十分かと。特に性欲が余りまくった人には、見事な効果を発揮すると判断できます』

「おい、人でなし共」


 エトワールの目が、すっかりと据わっていた。


「ちょっと黙っててくれる?」


 腰に手を当てて、GTを睨み付けるその仕草は確かにセクシーだった。


                      ~・~


 GTがサンドホバーを運転し、その後部座席には肌も露わなエトワール。

 ホバーは低速でピラミッドの周りをグルグルと回っている。


 それをピラミッド防衛の監視モニターで見ていたアガンが叫んだ。


「俺はもう我慢できん!」

「我慢できないから、君はバカなんだ。知っているか? バカにバカと言われる以上の屈辱はこの世にはあり得ない」


 それに対して即座に言葉をぶつける眼鏡の青年。


 周囲に広がっていたはずの空中庭園は見るも無惨な廃墟と変わり果てていた。

 二人が諍いを起こした結果である。


「あれほどわかりやすい罠を僕は見たことがない。つまり君はそれでも欲望を抑えられないバカだと――奴らに舐められいるんだ」

「う、ぐ、グゥ」


 アガンの顔が朱に染まる。


「だ、ダメなんだ! 俺は女がいないとダメなんだよ! 女がいないと俺は、俺はーーー!」

「……困った男だな」


<困りはしない>


 中空に黒い染みが現れる。

 それを目にした瞬間、眼鏡の青年はその場に跪いた。


「盟主……!」

<フォロン>


 その声は、耳朶に届くよりも早く眼鏡の青年――フォロンとアガンの全身に響き渡る。

 アガンはその声に押されたかのように、その場で尻餅をついた。


<アガンの存在は我にとっても奇異なるもの。奇異であればこそ貴重なのだ。ましてアガンの欲望こそが、アガンの力の源であることは明白。その欲望を我ら仲間内で否定してどうする?>


「し、しかし……」


<あれが罠であることは我にもわかる。で、あるならばその罠を食いちぎるだけの力を与えればいいだけの話ではないか>


 その言葉――というか声に、アガンの目が輝き始める。


「しかし、敵の能力も非凡です。生半可な物では……」


<控えよフォロン。我の能力を疑うな>


「け、決してそのようなことは……」


<我は女媧にも匹敵する能力を有している。饕餮とうてつを創造してアガンに与えても良い>


「饕餮……確かに強力でしょうが、所詮はかりそめの命。銃弾の一撃で散る命に変わりはないかと」


<そこは工夫のしどころだ。前にお前が考えていた工夫があるであろう>


「は……ははっ」


 フォロンは、頭を下げる。だが表情は晴れぬままだ。


「いや、しかしあれは……」


<ここにはうってつけの材料もあるようだしな>


 黒い染みは、壊れた噴水近くに漂っていく。


「……仕方ない。これも実験だ」


 再度のアーディの欲求に、フォロンが苦々しげに呟く。


「よう、饕餮ってのは何だ?」


 アガンがやりとりの隙を突くように尋ねてきた。


「……古代中国の想像上の化け物だ。色々な動物のパーツで構成される……合成獣キマイラと言えばわかるか?」


 その説明は功を奏したようで、アガンは大きく頷いた。

 だが、その理解はアガンに良からぬ企みを思いつかせたらしい。


「それなら頼みがある」

「頼み?」

「この砂漠にうってつけの化け物がいるがいるだろ」


 その言葉に、しばし考え込むフォロン。

 しかしすぐに、その口元に笑みが浮かんだ。


                       ~・~


 自分の行為に虚しさを感じる瞬間、というものは確かにある。

 例えば半裸の女を後ろに乗せて、砂漠の上でグルグルとホバーを乗り回しているとき――具体的すぎるか。


 お互いに言葉を交わせば気恥ずかしいばかりだとわかっているので、何も言わない。

 仮に口を開けば、紡ぎ出される台詞は一つだけ。


「いつ止める?」


 このまま羞恥と後悔が使命感――いや勤労意欲を上回れば、この囮作戦はこのまま中止となるだろう。

 だが、ピラミッドの周りを五周ほどしたところで、例の音が響いてきた。


 ガコンッ!


「何!?」


 事態のわからぬエトワールが叫ぶ。


「ブロックが組み変わるんだ! ピラミッドがひっくり返るぞ!」


 そう言い捨ててGTはホバーをピラミッドから遠ざける。

 GTの記憶では、ピラミッドがひっくり返った後に起こることは、その斜面を駆け下りてくる砂の波。


「ちょ……」


 慌てて座席を握りしめるエトワール。


 ガコン! ガガコン!


 その背後でブロックが組み変わる音が響き続ける。

 そしてそれが止まったとき――


 ――果たしてその背後から襲いかかってきたものがあった。


 砂が勢いよく流れ落ちる音ではない。


 GYAOOOOOOOOOO!!


 響き渡ったのは獣の咆吼。


 思わず振り返るGTとエトワール。

 そしてそのまま目を大きく見開いた。


 そこには確かに獣がいた。


 ピラミッドの斜面に、四肢の爪を食い込ませる巨大な四足獣が。


 巨大な――そう、その四足獣は並の大きさではなかった。


 古代のひそみに倣えば、高さ百五十メートル以上もあるであろうピラミッド。

 四足獣はその巨大な物体の四分の一ほどの大きさはゆうにある。


 しかし二人を驚かせたのは、その巨大さばかりではない。

 その獣の姿があまりにも奇妙だったからだ。


 身体はライオン。その背には鷲の翼。そして頭部は女性の顔。


「スフィンクス!?」


 先にその名称を指摘したのはエトワールだった。

 GTはスフィンクスを見た瞬間に、一気にアクセルをひねって全速で離脱にかかる。


 砂の海の彼方へ。

 砂塵を巻き上げて、前へ、前へ。


 いくら何でも、想定外過ぎた。


 人間なら何人居ても物の数ではないが、さすがに化け物と戦った経験はない。

 つまり倒し方がわからない。


 本能に従ってGTは逃げ、エトワールも異論はないらしく、ずっと引きつった声を上げている。


 だが言うまでもなくそれは悪手。

 二人にはもっと安全確実に逃げる方法がある。


 切断ダウンすればいいのだ。

 本能に身を任せるのではなく、理性で智恵を動員していれば最悪の事態は避けられたかもしれない。


 ――しかしもう、手遅れだった。


 黒い影が、二人を覆う。


 GOAAAAAAA!


 振り下ろされる巨獣の爪が今まさに二人を捉えようとしていた。


◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◇◇◇

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