Bパート ED Cパート 次回予告

 その刹那。


 アガンがエトワールの身体の上から消え失せた――いや、逃げ出した、というのが正しいのかもしれない。


 そんなアガンの行動を、とっさに理解できずに茫洋とした眼差しを向けていたエトワール。

 しかし、その瞳に理性の光が差した瞬間、表情が一気に険しくなった。


「本当にカイなのね? あなた、こんな……」


 そこまで口にしたエトワールの姿が声ごと消えた。

 例の能力か、とアガンは下へと視線をずらすが、何の変化も現れていない。


「ど、どこだ?」


 焦るアガン。

 今の状態であれば、エトワールは切断ダウンできる。


 だがそれはマズイ。


 自分の正体を知ったエトワールを現実に復帰させてはならない。

 そして、エトワールの正体はリュミス・ケルダーだ。自分の現実と接点が全くない世界の住人ではない。


 逃がすわけにはいかない。

 逃がしてしまったことを、認めるわけにはいかない。


「どこだ! 出てきやがれ!!」


 アガンは刀を両手に取り出し、めちゃくちゃに振り回し始めた。

 エトワールが居たあたりを、横に、縦に薙いでいく。


 しかし手応えがない。


 マズイ。

 マズイ、マズイ、マズイ。


 あの女は捕らえて、従属させないと表の顔に影響が出るかもしれない。


「クソがーーーーーー!!」


 アガンが、腹立ち紛れに吠える。


 GYAOOOOOOOOON!!


 それに呼応するように、前足を上げてスフィンクスも吠えた。


 だが、それはアガンの求める行動ではない。

 いや、むしろそんなことをして貰っては困るのだ。


 感情にまかせて行動した結果、スフィンクスの制御に影響を与えたらしい。

 アガンは、大きく深呼吸して心を落ち着かせる。


 そして気付いた。


 スフィンクスの周り全体に砂煙が巻き上がっている。


 そんな現象が起きている理由。

 答えは一つしかない。


 その答えを抱えながら、アガンがスフィンクスの背中から見下ろしてみると果たして黒い影がスフィンクスの周りをグルグルと回っている。

 間違いなくGTだ。


 その動きに気を取られて、スフィンクスがこの場に停止してはいるが、アガンにはGTにそれ以上のプランがないように感じられた。


 飛び上がろうにも、砂地の上ではどうしても力が殺がれてしまう。

 そのために苦し紛れに、スフィンクスの周りを回ることしかできない。


 格下のチンピラが、強者の周りを回ることしかできないさまにそれは似ていた。


「ヒャハハハハハハハ! GT! 悔しいか! 何も出来ない自分が情けないか!!」


 つい先ほどまで、我を忘れて狼狽していたはずなのに、それはすでに頭の中に無いらしい。

 耳障りな哄笑を、GTの頭上に降り注ぐ行為に夢中になっている。


 だがGTは回ることを止めない。


 GTの姿はあまりの高速移動のために、すでに残像が空間を浸食して黒い帯に――アガンはそこで違和感を覚えた。


 先ほどより速度が上がっている。

 上がっているからこそ、帯のように見えるのだ。


 そしてアガンは気付く。


 GTが走っているルートが、整地されたかのように平らになっていっていることに。

 その理由にアガンが気付いたとき、GTの身体は空高く飛び上がった。


                    ~・~


 ジャンプするためのエネルギーを持続させるために走り続け、それと同時に跳躍のための足場を固める。


 巨獣の背――あの高みに登るためには、それをするしかないと、追いかけている最中にGTは気付いていた。

 そしてスフィンクスがおかしな動きを見せたときに、一気に実行に移し――今がある。


 ここで銃を抜いて、アガンを仕留めることは簡単だ。


 だが、それでは済まない。

 済みそうにない。


 この馬鹿な巨獣を始末して、格の違いを見せつけておかなければ気が済まない。


 GTはスフィンクスの背に飛び乗ると、視線を彷徨わせていたアガンへと声を掛ける。


「良いもの出してるじゃねぇか。その刀を寄越せ」

「な、何だと!?」

「刀を寄越せと言ったんだ。その刀でこのスフィンクスを解体してやる」


 その宣言に、アガンの顔が引きつった。

 それが無理だ、と思ったわけではない。


 GTならやりかねない、と本能的に恐怖を覚えたのだ。


「早くしやがれ!!」


 GTの重ねての欲求に、アガンは逃げ出そうとした。


 チュン!


 鋭く銃声が響き、アガンの右手から曲刀シミターが弾き飛ばされる。


「それ、私も賛成」


 エトワールだった。


 切断ダウンしたわけではなく、反撃の機会を狙っていたのだ。


 アガンを殺すだけならいつでも出来た。

 だが、それで済ませるのはエトワールも納得がいかなかった。


 それに「カイ・マードル」のこともある。


 本当にそうなのか、今一度確かめてみたい――本当にこんなところで欲望のままに過ごしている分身体アバターの本体がカイであるのか。


 そんな風に迷っている内に、GTがやってきた。

 あの時にGTが間に合っていたのかどうか。それは定かではない。


 だが、ここで一方的に助けられるだけの自分も気にくわない。


 この状況を変えるには一発の銃弾――戦うという意志。


 だからこそ、この化け物を解体するというGTの宣言はエトワールの今の心境に寄り添うものだった。


「せめてそれぐらいしないと、腹の虫が治まらないわ」


 GTは、弾き飛ばされた曲刀シミターを拾いながらニヤリと笑った。


「よう、エトワール。やっぱり自力で何とかしてたか」

「当たり前でしょ。そんなド変態に負けるものですか」


 信頼と言うべきなのか、普通に心配されるよりも今のエトワールにはありがたかった。


 そんなエトワールにGTはボルサリーノを脱ぐと、それをピッとエトワールへと放る。

 開放されたGTの銀の髪が陽光に反射してキラキラと輝いた。


 エトワールはそれに目を奪われながらも、何とかボルサリーノをキャッチする。


「な、何?」

「持っててくれ。汚すなよ」

「私もやるから!」

「良いから大人しくしておけ――それと、隠せ」


 その指摘に、思わず頬を染めボルサリーノで自分の胸を覆うエトワール。


 GTはもはやそんなエトワールに構うことなく、茫然自失状態のアガンも捨て置いて、スフィンクスの首筋へと歩いていき、


 ドシュッ!


 いきなり、その首筋に刀を突き立てた。


 GTは即座に引き抜いて、刀を目の前にかざす。


「腐食しないな」

『そのようですね。さすがに特別製』


 モノクルが答える。

 GTが突き刺した傷口からは、勢いよく血――のように見える赤い液体が噴き出していた。


『これだけの巨体を動かして居るんです。どこかに指令の中継ポイントが設定されているはずですが』

「そりゃあ、まずは頭だな」


 降り注ぐ血を血刀で切り払いながら、GTはさらに前へと進んだ。


 そのまま頭部へと至ったGTは躊躇うことなく、その頭頂部に刀を突き刺す。

 その途端、ガクン、とスフィンクスの頭部が垂れ下がった。


 スフィンクスはGTが背に乗って以降、走ることを止めていた。


 だから、そんな風に頭部が下がったところで背中の三人が投げ出されることはなかったのだが、GTはむしろ自分から飛び降りる。

 それと同時にスフィンクスの前足から力が抜けた。


 GTはそれを待ちかまえ、曲刀シミターを腰ダメに構える。


 狙うのはスフィンクスの喉。

 GTは身体を一杯に伸ばし、狙い過たず刃を喉に突き刺した。


 刃が突き通ったその瞬間に、GTは全力で走り出しそれと同時に刀を振り下ろす。

 結果、スフィンクスの喉は大きく引き裂かれた。


 一気に血があふれ出す。


 さすがのGTもその全てをかわすことは出来なかったらしく、スーツのあちらこちらから白煙がたなびいた。

 だがGTはそれを気にした様子も見せない。


 戦いにおいて美学ロマンを追求することを、いったん棚上げにしたのか――あるいは、何か別のスイッチが入ったか。


 スフィンクスの上半身はもう完全に崩れ落ちている。

 そしてGTが広げた傷口から、ドプドプと血液は流れ続け、その大量の血を砂は貪欲に飲み込んでいた。


 赤い染みが、白い砂漠に急速に広がっていく。


 そうして砂が潤うたびに、スフィンクスの身体はしなびていき、ついには下半身までもが崩れ落ちた。


 しかし、GTは攻撃の手をまだ緩めない。


 まずは目の前にある左前足を切り刻み、血刀の下に切り伏せると、次は腹部に刃を突き立てる。

 そのまま前進して、さらに腹を切り裂いた。


 もちろん、そこからも血液があふれ出すが、GTはそれに構わずに今度は後ろ肢に刃を通す。


 宣言通り、GTはスフィンクスを完全に解体する腹づもりのようだ。


 そして砂を飲み込んだ血は、堅く凝固し始めていた。それを足場にすることでGTの速度が増していく。


 先ほど同じように、スフィンクスの周りをグルグル回り始め、それに合わせてズタズタに切り刻まれていくスフィンクス。


 そうして、およそ五分後――


 かつて、スフィンクスだったものは、ただの傷ついた毛皮と成りはてた。

 GTも、全身に血を浴びてジャケットはほとんど形を残していない。


 それでも胸元の薔薇が残っているのは奇跡と言うべきか、あるいはそれでもGTが庇っていたのか。

 そんなGTは、珍しくハァハァと肩で息をして、自らの行いを見下ろしていた。


『……やりきりましたね』


 モノクルが、恐る恐る話しかける。


「この毛皮も、消しちまいたいところだが……」

『これだけダメージを与えても残ってるんですから、パージ機能が付いているのは間違いないでしょう。これを消すには……また銃が壊れかねません』


 哀愁が漂うモノクルの言葉に、GTは肩をすくめるとぺちゃんこになったスフィンクスの上をスタスタと歩いていき、エトワールに近づく。


「おい、返せ」

「か、返せって何? 今返したら見えちゃうじゃない。そういう趣味なの?」


 GTのボルサリーノは、今、引き裂かれたエトワールの胸元を隠している。


「俺は正当な要求をしているだけだ。それは俺のだぞ」


 そう言い返したものの、GTはそれ以上要求することなく――アガンへと向き直る。

 そして、血に汚れた曲刀シミターをその足下に投げつけた。


 アガンは、ヒィ、と悲鳴を上げて後ずさる。


「ば、化け物……!」

「化け物を使ったのはお前が最初だ――しかし、創ったのはお前じゃねぇな?」


 GTはブラックパンサーを抜き放つと、


 ドンドンドンドンッ!


 アガンの周囲に弾をばらまいた。

 その一撃ごとに、アガンは飛び上がる。


「さっさと創った奴のことを話せ」


 アガンは、GTの圧に耐え切れずその場で尻餅をついた。そして手と足をばたつかせて、GTから逃げ出す。


 もちろん向かう先には血をたっぷりと吸い込んだ砂。

 だがそれは血には見えるが、その正体は酸あるいはそれに似た何かしらだ。


 触れたアガンの身体が白煙を上げる。

 相当な痛みもあるだろう。


 だがそれでも、アガンはGTから遠ざかろうとする。


 GTは軽くため息をついて、そんなアガンへと歩み寄った。

 アガンは背中を向けて逃げ出す。だが、恐怖で身体が上手く動かないのか亀の歩みほどの速度もない。


 GTは簡単に追いつくと、その背中を右脚で踏みつぶした。

 アガンの全身が酸の血に触れ、シュウシュウと白煙を上げる。


「もう良いよ。お前のような化け物に、もう用はない」


 銃口をアガンの頭部へと向けるGT。


「ば、化け物はてめぇじゃねぇか!」


 ほとんど反射的にアガンは言い返すが、GTは冷めた声でこう告げた。


「化け物の基準が、人並みでない部分があるということなら、お前にも十分な資格があるよ」

「な、何を……?」

「お前、弱すぎるんだよ。人間として弱すぎる」


 GTはトリガーを絞る。


 その一撃でアガンの頭部は弾け飛び、全身が消失エフェクトに包まれた。

 その光も無くなる頃に、GTはポツリと呟いた。


「――弱すぎて、気持ち悪ィ」


◇◇◇◇◇◇ ◆ ◇ ◆ ◇◇


 今はただの毛皮と成りはてたスフィンクスの上で、エトワールはアガンの能力について説明していた。

 捕らえられると切断ダウン出来ないという、能力についてだ。


「……余り使い勝手が良さそうには思えないが」

『いえ』


 GTの感想にモノクルは興奮気味に応じた。


『非常に大事な能力です。もしかしたらアガンの存在こそが、今の敵が形成されるきっかけになったのかもしれません』

「……そうか、それはまずったな。本当に重要な情報を握っていたかも」


 エトワールが、それを聞いて何かを言いかける。

 だがそれよりも先にモノクルがGTの言葉を否定した。


『いや、それはないでしょうね、あの有様だと』

「まぁ、俺もそう思ったから、やったんだがな。アレには何も預けることが出来ん」

『今の扱いは、ただのバックアップ。そしてこの砂漠は試験場――そんなところでしょうね』


 男二人は、それでアガンの扱いについては納得してしまったらしい。


 幹部ではあるらしいが、下っ端も下っ端。

 重要な情報を持っているはずがない、と。


 エトワールもそれを察し、言いかけたもう一つの情報を、口の端に昇らせることを――やめた。


「……なんだ?」


 GTがエトワールのそんな様子に気付く。


「あ、うん。その……帽子被ってない方が良いんじゃない? その髪の色綺麗だし」


 その言葉に、GTは露骨に顔をしかめた。


「やだね。俺はこの世界を嘘だと証明するために美学を追究するのさ」


 そう言うと、GTはボルサリーノが無いことで、はっきりと見えるエメラルドの瞳を歪めた。


-----------------------------------   


次回予告。


行政首都ロプノールにて、敵の勢力が縮小しつつあることを確認するモノクル。


その頃、現実のGTに最大の危機が訪れていた。そのために、あてもなく街を彷徨うこととなったGTは、今まで知らなかった街の姿を知る。そんなGTにさらなる危機が。


だが、それはGTが「O.O.E.」設立の真の目的を知るきっかけとなる。


次回、「O.O.E.のある世界」に接続ライズ

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