Bパート ED Cパート 次回予告

「……さて、秩序の破壊者は去ったようだ。改めて会合を」


 そんな中、何事もなかったかのように、フォロンは話を進めようする。

 銀縁の眼鏡の奥。感情を失った穴のごとき目が、ただ周囲を睥睨していた。


「ふ、ふざけるな。こんな事聞いてないぞ!」


 それに噛みついた者がいる。


 その目に蹂躙されることに恐怖を感じたのか。

 あるいは、その目にある種の予感を覚えたのか。


 噛みついたのは本当の意味でのフォロン――哲士――の身内に当たる方からだ。

 健悟の背後に控えているので、松浦か高倉。


 ここではなんと名乗っているかわからない。


 フォロンはその言葉に僅かに首をかしげ、それに目を向けると、まず堅気――古川建設の代表者へと頭を下げた。


「このたびは身内の不始末で申し訳ない。ある人物がここでの取引を連合に流したようでね。それで一番手強い者を散々引っ張り回しておいて、この場に誘い込んだのが、いささか計算が違ってしまいそちらにも迷惑を掛けてしまった」

「い、いや……我々は……」


「しかし、ご安心いただきたい。今日、僕がこの場に現れたのは、この空間の絶対的な安全性と秘匿性を示すため」

「し、しかし連合の職員は現にここに現れた……これでは何もかも……」


 フォロンはそんな声に柔らかく微笑んだ。


「大丈夫。そちらの本当の身元は連合も掴んでいません。裏切り者は、あなた方から甘い汁を吸うことを考えていたのでね。そこまでの情報は流さなかったのですよ。裏切り者が望んだのはあくまで自分が所属している組織でクーデターを起こすこと」


 フォロンはそこで改めて、もう一つの集団――加東組へと向き直った。


「ここで顔を見られたところで、身元を割る事は容易ではなく、それを明確な証拠と共に外に知らしめる方法はありません。また法整備も追いついていない」


 フォロンは加東組に手を伸ばした。


「後はここの管理人がしっかりしていればいいのです。そしてそれを行っているのが我々だ」

「あ、あんたはGTに一方的にやられていたじゃないか」


 先ほど声を上げた男が再び声を上げる。

 それはどこか悲鳴に似ていた。


「当たり前だ。僕たちとGTはこれから先も戦うことになる。ここで全ての手の内を晒すわけにはいかない。時間切れを狙えるなら、次も迷うことなくそうする」

「な、何を……」

「だが高倉。お前は別だ。すでに資金の使い込み、上納金の横領、組への反逆が判明している」


 フォロンは罪状を数え上げる。


「――死ね」

「ヒッ! ヒィィィィィィ……」


 高倉――なのだろう。


 その足下が結露している。

 先ほど降った雨が、高倉の足下だけ凍り付いていた。


 それは高倉の全身に及び、そのまま氷の彫像と化す。


 ――魔法。


 そんなものがあるはずがないとはわかっている。


 わかってはいるが、今起きたことをどう受け止めればいいのか。

 誰もその答えを見いだせない。


「高倉はそちらで始末できるな?」


 その言葉に加東組の一人がうなずき、そのまま切断ダウンしていった。

 残された一人――恐らくは松浦がこわばった表情のままその場に立ちつくす。


「さて、急ぎの仕事ということであればこのまま会合を続けていただいた方が良いと思うが、どうかな」


 片足のままの得体の知れない男は、再び古川建設へと向き直った。


「ご希望とあれば、明日にでも別の場所をようしても良いが。その手のセンスが認められる人間がいてね。少しはマシな場所を用意できると思う」


 フォロンは笑みを浮かべた。

「この世界の安全性は、証明できたと思うがな。あの氷の彫像一つで」


 高倉は、未だにこの世界に留まっていた。

 切断ダウンも出来ず。死ぬことも出来ず。


「望みがあればいつでも言ってくることだ。ただし秩序を乱すことのない様に」


 フォロンは、そう言い残すと再び黒い染みへと戻っていき――


 ――その場から消え去った。


◆◆◆◆◆◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆


 それから数時間後――


 再び西苑寺家の離れで兄弟は顔を合わせていた。


「……高倉の処理はどうした?」


 話しかけたのは、今度は兄からだった。

 どこか嬉しげに見える。


「高倉組自体を無くすことは混乱を招くと判断しました。若頭かしらの伊藤と共に破門。破門状はすでに回してあります」

「伊藤はそれでも良いが、高倉はダメだぞ」


「弁えております。ただこのタイミングで命まで失わせるのはいらぬ疑念を招きます。破門の名目には薬に手を出したことも加えてありますので、今はとりあえず薬で処理。その後、折を見て始末します」


 フォロンの正体を知るものを外部に出すわけにはいかない。


 哲士はうなずいた。


 その拍子に、ゴホゴホと咳き込むが健悟はじっとその場で耐えた。


 兄に触れてはいけない。

 兄を気遣ってもいけない。


「……健悟」


 咳の収まった哲士が話しかけてきた。


「はい」


 畏まっていた健悟はすぐに答えた。


「これで加東組は一本化された。あとは若頭かしらに任せればお前は足を洗えるだろう」

「…………!」


 元々、組を二分しかねない状況であったから瑠璃子が強権を発動して、健悟に跡目を継がせたのだ。


 健悟には元来、跡目を継ぐという意志もなかった。

 そこを頼み込まれて今に至っているのである。


「……ですが――俺はもう十二分に稼業に染まってしまいました。今更、足を洗っても……」

「本当に今更だな。この場で道義的な問題点を口にしようとは」


 哲士は、薄く笑う。


「それに兄貴のこともある」

「そうだな。僕のことは言い訳になるだろう。実際、お前にしか接触の機会を与えていないのだし」


「言い訳って……兄貴!」

「正直に言え、健悟。お前も酔ったんだろう? 権力の味に」

「…………」


 健悟は下唇を噛みしめた。

 そして、それを否定できない自分がいることに忸怩たる思いを抱く。


「そうだ。お前はこの程度の組織一つを与えておけば満足してしまう。その程度の器だ」


 そして兄からの非情な評価。

 思わず顔を上げて、兄を睨み付ける健悟。


 わかっていた。


 以前から、兄は自分に嫉妬していたことを。


 同じを血を分けながら、何故これほどまでに違う身体に生まれついてしまったのか。


 本来なら、加東組を継ぐべきは長男である自分だったはず。

 哲士にはそういう思いが確かにあり、それに怨念じみた不満を抱いていたはずだ。


 ――それが、いつの間にか兄はあの世界の実力者となっていた。


「だが僕は違う。僕はあの世界の秩序を構築するものだ」


 だからこそ、健悟を否定する。

 そのちっぽけな組織の長にすら選ばれなかった惨めな自分を否定するために。


 それがわかるからこそ、健悟は何も言わない。

 それが、この兄への同情であるからだ。


 ――兄は同情を何よりも嫌うからだ。


「今日は一日雨かな……」


 突然、哲士が呟いた。


「予報ではそうですね」

「雨は……いいな」


 健悟が眉をひそめる。


「兄貴が雨が好きだとは知らなかったな。それで今日もあんな戦い方を?」

「ああ、あれは全くの思いつきだが……そうだな。僕はやはり雨が好きなんだろうな」

「雰囲気かな? 確かに雨の音は心を落ち着けてくれるよな」

「はは……」


 哲士は力なく笑う。


「健悟、そんな事じゃないよ。僕が雨を好きな理由はそんな事じゃない」

「兄貴?」


 そのまま、違う世界に行ってしまうのではないかと思うほどの儚げな哲士の声。


「……僕が雨を好きなのは、雨が降れば人が皆、家の中に閉じこめられているんじゃないかと、そんな風に想像できることが嬉しいんだ……皆、僕と同じようにね」

「…………」


 健悟はただ頭を垂れた。


 もう哲士は、健悟を一顧だにしなかった。

 代わりに僅かに目線を上げる。


 その視線の先。


 ――格子窓の向こう、雨。


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次回予告。


天国への階段EX-Tensionに突如出現した、海。そして白い砂浜。

人々はこの区域を利用してのバカンスを楽しむ。


だが、それは“篭”勢力が作り出した不透過地域でもあった。


調査に赴くGTとエトワールの前に出現するフォロン。

彼は二人を挑発し、GTはかつて無い苦戦を強いられることに。


次回、「神に逆らう奇跡を」に接続ライズ

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