アイキャッチ Bパート1

◆◇◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆


 GTはその名を呼ばなかった。

 一欠片の情報も渡したくはない。


 その代わりに、先ほど声を発した分身体アバターを瞳を動かさずに捕らえる。


 フォロンを前にして瞳を動かせば、それはすでに決定的な隙だ。

 だが、そのリスクを背負ってでもこの情報を拾わなければならない。


 何しろ、


「兄貴」


 と呼んだのだ。


 単純に考えて血縁関係。

 みたところ東洋系の顔立ちが揃っているので、義兄弟かも知れないがそれでも関係性は深いだろう。


 “篭”一派の最奥部にいるフォロンの血縁者。


 その身元がわかれば、一気にゴールにたどり着ける。


 だがそこには特徴をそぎ落としたような、髪を短く刈り込んだ男が居るばかりだ。

 しかもサングラスまで掛けている。


 モノクルも同じ考えで、今の事態に対応しているはずだが、果たしてどれだけの成果を上げられるか――


「初めてお目にかかる。君がGTだね」


 フォロンとおぼしき青年が話しかけてきた。

 その口調にはどこかたどたどしさがある。


 だがGTはそれも指摘しない。


「その通りだが……そちらの名前を聞いても良いのかな?」


 型通りに返事をするだけにとどめた。


 すると、青年は何がおかしいのか突然笑みを浮かべた。


「僕の名前を知らない? 僕はそこまで君たちを過小評価しては居ないつもりだが……いいだろう。茶番に付き合おうじゃないか」


 青年はGTを見据えた。


「僕は“フォロン”だ」


 あっさりと名前を口にする青年。


 GTはそれに――銃撃で応えた。


 ここで自分の反応を知らせるわけにはいかない。

 ならば相手の意識を別に向ければいい。


 都合四連射。


 狙ったのは額、心臓、肝臓、そして金的。


 フォロンはその全てを、右手一本で払い落とした。

 先ほども見せた技だ。


 銃弾に対して真横から高速で衝撃を加えると、フォロンが起こしたような現象を引き起こせる。

 もちろん常人に可能な技ではないが。


「噂通りのトリガーの軽さだ。そして狙いも正確」


 いきなりの銃撃に対してはさほどの痛痒を感じていないらしい。


「お前も大したものだ」


 GTは悠々とマガジン交換を行った。


 相手の強さがはっきりすれば、必要以上に怖がる必要はない。

 こうなれば、いつもと同じだ。


 フォロンを仕留めて……あの幹部に対して改めて尋問すればいい。


「わざわざそんな手間を掛けているところを見ると、その後ろにいるのはお前の身内か?」


 揺さぶりを掛けてみる。


「もちろん」


 フォロンは堂々と応えた。


 GTの周囲視が、背後の男達の動揺を見る。

 フォロンもその気配は背中で感じているであろうが、まったく動じることなくさらに言葉を継いだ。


「我が盟主が構築した秩序に賛同し、その秩序に従って共に繁栄を目指す大事な身内だ」


 盟主。


 新しい言葉が出てきた。


 クーンの言う“奴ら”


 クーンが複数形にしたのはその盟主とやらも含めてのことなのか。


 一瞬の思考の隙。


 その意識の隙間に――フォロンがそっと忍び込んだ。

 着流しを揺らめかせながら、GTとの距離を詰めて――いやすでに距離は詰まっている。


 結果として、GTの目の前に突然フォロンが出現したこととなった。

 そのための“因”が何もない状態で。


 GTにとってはこれ以上ない程、理不尽な状況。

 が、GTはこの状況に対して心を閉ざした。


 怒りも悲しみもない。


 ただ一歩、右足を前に踏み出してフォロンの陣地に侵入する。


 フォロンがそれに対応するかのように、その足をかわして半身になると、GTはそのまま背後のフォロンにもたれかかるようにして体当たりを繰り出す。


 フォロンはまたも反射的に、その場に踏ん張ろうとした。

 するとGTはフォロンの身体を支点として、後方へと宙返りを行い一瞬にしてフォロンの背後を取る。


 その時にはすでにGTの左手はフォロンの、のど笛を掴もうとしていた。

 同時に、右手の銃はフォロンが守ると言っていた“身内”へと向けられている。


 純粋殺戮者の本能に火が付いていた。


 それがフォロンという怪しい存在に刺激を受けた結果だとしても、この場では必要な“現象”と言える。


 だがフォロンもそのままGTによってもたらされる死を受け入れはしなかった。


 その場で180度ターン。


 いきなり“結”だけを出現させた様に見えるが、GTの右腕が跳ね上げられたことで、それが間違いだと気付く。

 回転のモーメントを利用して、フォロンの左腕がGTの右腕を下から払ったのだ。


 GTはそれに逆らわず、そのまま空中での側転に以降。


 普段ならそのまま銃撃を行うところだったが、フォロンが空中のGTにさらに詰め寄ってきた。


 GTはその行動に“奇妙”を覚える。

 必殺の一撃が来ない。


 それをかわしてのカウンター――はっきりとそう意識していたわけではないが、GTの漠然としたプランにフォロンが一向に乗ってこない。


 そのフォロンの右手が袈裟懸けにGTの頭部へと迫る。

 側転中のGTを迎撃する形ではなく、後追いする形で。


 黙っていても避けられそうだが、GTはそれを選択せずにその右手を左手で掴む。

 そのまま左手を引いてフォロンの体勢を崩すと、強引に銃口をフォロンが守ろうとしているスーツの集団へと向けた。


 フォロンの目的は時間稼ぎだ。

 ならば、それを利用しない手はない。


 果たしてフォロンは崩れた体勢から強引にGTの左手を振り払うと、射線上へと身を翻らせる。

 GTははそれに構わずに発砲。


 空中にいるために無茶な体勢で発砲したので、ブラックパンサーの反動がGTの身体を揺さぶり、GTは肩からの着地となった。

 フォロンも放たれた銃弾を弾くのに精一杯で、そのGTの隙につけ込めない。


 もちろん、そのまま大人しくしているGTではない。


 起き上がるのと同時に――あるいは起き上がるそのための力をも利用して一気に加速すると、フォロンのいない側へと回り込んだ。

 光速以上、と言うだけのことはあってほとんど瞬間移動テレポートである。


 遮蔽物のない事を最初は問題視したが、こうなると縦横無尽に動ける分、GTには有利かと思われた。

 だが、それはフォロンも同じ条件だ。


 スーツの集団の中央をGTよりも小さい半径で回り込む。

 GTは銃口を向けるが――トリガーは引かなかった。


「……いたちごっこが狙いか?」

「僕はあなたを倒そうとも、仲間に引き入れようとは思ってないのでね」


 フォロンが笑いながら応じた。


「僕を前にすれば、あなたは事実上無力化される。その事実があればこの場の秩序は乱れない」


 フォロンはGTから目を離さずにさらに続けた。

 元からいた男達に向かって。


「見たでしょう? ここで彼がいくら暴れ回っても、そちらには銃弾の一つも通らない。今の内にさっさと用を済ませて切断ダウンしてしまいなさい」


 それは厳然とした事実。


「ここを利用している段階で、ある程度のリスクは覚悟を決めてきたはず。今ここで右往左往するより実利を取った方が効率的だ」


 フォロンの言葉に今まで呆然と立ちつくすばかりだったスーツ姿の男達が動き始めた。


『GT……』


 戦闘中であるのに、珍しくモノクルが話しかけてきた。

 それほどに今の展開が不安なのだろう。


「あの男の能力は俺と同じか、もしくはそれ以上だ」


 GTが淡々と告げる。


『本当に……?』

「だが身体を動かした経験自体が少ないのか――それを使えていない」


 GTは銃をホルスターにしまい――真っ直ぐにフォロンへの体当たりを敢行した。

 フォロンはそれを避けるわけにはいかない。


 背後には守るべき“秩序”がある。


 GTの身体を受け止めようと、両手をGTへと差しのばす。


 この時にフォロンは気付くべきだった。

 自らの腕が、下への視界を遮っていることに。


 フォロンは確かにGTと同じように“見て”から動き始めても対応できるだけの“早さ”を持っている。

 だが、それは見ることが出来なければ何も出来ないということだ。


 GTは易々とその死角に入り込んだ。

 そしてフォロンの右足をそっと抱え込む。


 優しく、そして静かに――狙うのは膝の靱帯。

 フォロンが察して力を込めてきたとしても、それを上回るパワーで。


 いやそもそも関節技とは、それをさせないところに妙がある。

 GTはフォロンの膝を曲げてはいけない方向に捻った。


 “聞き”慣れた手応え。


「グッ!!」


 フォロンが痛みの余り声を漏らす。


 果たして足に消失エフェクトが生じ始めていた。

 フォロンはこのまま足を失う事になる。


 同時に、それは速度も失うということだ。

 あとはゆっくりと片付ければいい。


 が、通常の世界とは違うこの現象がGT――ジョージ・譚――の手口に対して変更を強要した。


 通常であれば、靱帯が挫かれても足は変わらずにそこにある。

 つまりはその足をそのまま利用して、さらなる苦痛を与えつつ、そのまま蛇のように身体に絡みついていけばいい。


 だが足自体が無くなってしまえば――フォロンは絡みつくGTから一瞬とはいえ解放される。

 そしてそのフォロンは窮鼠――いや、手負いの獅子けものだ。


「我が盟主アーディよ!」


 残された足一本で、フォロンは宙へと飛んだ。


「その力を示し給え! この不埒者に神の力を!」


 その声も、口調も、そして苦痛に歪んだその顔も。


 明らかに狂信者のそれであった。


 だからGTのみならず、スーツ姿の集団までもが唖然としてフォロンを見つめる。

 だが、ここは通常のことわりが通用しない「天国への階段EX-Tension」。


「雨を!!!!」


 空へと手を伸ばすフォロン。


 そして――


 周囲一帯に、突然の豪雨が襲いかかった。


「なんだぁ!?」


 GTはとっさにボルサリーノを押さえながら声を上げる。

 それでも咄嗟にブラックパンサーを抜きはなっているのはさすがというべきか。


 しかし豪雨のため、その狙いが定まらない。


 フォロンはすでに着地して、その場に膝をついている。

 そちらに銃口を向ければいいだけの話なのだが……


「くそ! なんだこの雨! 真横に降ってるぞ!!」


 水滴がバルカン砲の様にGTの身体に襲いかかって来ている。

 ダメージはほとんど無いので、無視しても構わないのだが厄介なのは目に飛び込んでくる雨粒だ。


 そして銃口に飛び込んでくる雨粒も厄介だ。

 タイミングが悪ければ、ブラックパンサーが暴発するかも知れない。


 GTはまず、ブラックパンサーをホルスターにしまう。


 次にボルサリーノを左手に持ち、自分の目の前の空間をなぎ払った。


 超絶的な速度と力で、そこに存在するものこと如くをゼロにしたのだ。


 空間をえぐり取った、と言い換えても良いのかも知れない。


 GTはそこに“ ”を創造した。


 その“ ”を通して、エメラルドの瞳がフォロンを捕らえる。

 その“ ”に吸い込ませるようにして、その右手にブラックパンサーが滑り込む。


 トリガーを――


「くそっ!」


 ――GTは絞ることが出来なかった。


 その身体が、消え始めている。


 ダメージを受けたわけではない。

 接続限界時間が来たのだ。


 身体の末端から中央部に向けて、段々と消えていくGT。

 ついには、その姿が完全に消え失せた。


 後にはただ、激しい雨が降るばかり。


 フォロンはそれを確認して、ゆっくりと立ち上がった。

 もちろん片足だけで。


 そしてまた片手を挙げると、雨を止めた。

 今度は声も発しない。


 だが、それだけにこの世界の支配者であるという説得力があった。

 天候をも自在に操れるとなれば、それはもう他に表現のしようがない。


 周囲の男達はゴクリとつばを飲み込んだ。

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