Aパート2 アイキャッチ

 GTと同時進行してみてはどうだろう?


 ……というほとんど子供の思いつきのような提案が連合内で実行に移されようとしていた。


 一緒に攻撃しよう、などという提案も為されたようだがそれはモノクルが却下した。

 GTの顔は広域指名手配犯、ジョージ・譚のものなのである。


 強烈な色彩の変化によって、それが覆い隠されているが長時間接していればそれに気付くものがいるかも知れない。

 この仕事はどこまで行ってもアンダーグラウンドであるのだ。


 もちろんそれを言い訳には出来ないから、別の理由もひねり出した。


 戦力を集中してもそれをスルーされた場合――実際、GT相手には行っている形跡が見られる――その全てが無駄になると主張。


 同時間に運用するのであれば、連合職員が任意に選び出した未透過区画に調査に入る。

 この場合は、恐らくはRAが迎撃に出るから、その隙にGTが他の区画に侵攻しても良い。


 GTの迎撃にRAが出張るのなら、職員が調査を進める。

 この、謂わば“釣瓶の動き”の様なものが有効だ、とモノクルは主張した。


 それと同時に新情報である、


「“篭”一派にはRA以外にも幹部がいる情報を掴んだ。それも複数」


 を突きつければ、それほど多人数を調査に裂けない連合側はモノクルの案に乗るしかない。


 RAと接触した場合に、その後一日に渡って業務が困難になる。

 いや一日で完全復帰、という都合の良いリセットがかかるわけでもない。

 実際に復調するにはそこから三日はかかる。


 職員は他の業務も抱えているのだ。

 この業務に専任で人を割きたいのは山々ではあるのだが――


『そうもいかない諸々の事情がありまして』

「まぁ、俺は一人でやれるなら何でも良いやな……いや、待てよ。エトワールはどうした?」

『本業が忙しいそうです』


「お前、絶対だまされてるよ。どれだけふんだくられるつもりだ? 全然来ねぇじゃないか、あいつ」

『……厳しいことを言いますとね。今の事態に必要なのはあなたクラスの戦闘力を持つ人材なんですよ。そうであればこそ、分散しての侵攻に意味が出ます。彼女の出番はもっと後――』

「その予測が当たれば良いんだがな」


 言いながらGTはスクッと立ち上がった。


 ここは煉瓦造りの倉庫街――を模した区画らしい。

 GTがいるのはそんな倉庫の屋根の上だ。


「ここもまた、古式ゆかしいありがちな裏取引の現場だな」

『どうも裏社会の管理職の皆様は、保守的な方が多いようですね』

「そりゃ、そういうものだろ」


 GTは銃口を下に向ける。

 銃口の先には数名の男達が倉庫の谷間に居て、顔を近づけ何事やりとりをしていた。


 今、倉庫街は霧に覆われており視界が著しく悪いが、GTのエメラルドの瞳は獲物の位置を正確に把握している。

 的が見えている以上、GTが外すはずがない。


「このやり方、現役の時のやり方に似ているから、出来ればしたくないんだが……」

『すいませんが、こらえてください。正面から制圧するこの世界用のあなたのやり方だと、一斉に逃げられて成果が上がりませんから。どこかでRAに蹂躙されている私の同僚に免じて』

「仕方ないか……」


 ドドドドドドドドドドドドンッ!


 GTはマガジンが空になるまで、ブラックパンサーを一気に撃ち尽くした。


 銃声が霧の倉庫街にこだまする。


 その残響が静まる頃、先ほどまで居た男達の姿は消え失せていた。

 霧に溶け込んだのかと錯覚しそうになるが、何のことはない、GTに全員ヘッドショットされただけである。


 当人達に撃たれた自覚もないだろう。

 ただ、切断ダウンした瞬間に一日ほど立つことが困難になるという結果が訪れるだけだ。


『これだけ効率が良いと、このまま進めたくなる誘惑に捕らわれてしまいそうです』


 実際、こうやってGTが会合現場を襲撃したのは今日だけで三回目だ。


 このように気付かれずに区画に侵入し、身を隠して死角からの銃撃を加える戦術を選択すれば、ここまで効率が良くなるのである。

 モノクルが心引かれてしまうのも仕方がない。


「ダメだぞ。それはお前にもわかってるだろ?」

『美学……だけではないんですよね』

「まぁ、美学の方も否定しないがな」


 GTはボルサリーノを押さえて、屋根から飛び降りた。


「さっきの話じゃないが……」

『何ですか?』

「お前にしても、今の仕事の手際ぐらいで事態が片付くと思ってはないんだろ? 思っているなら、それこそエトワールに任せればいいだけの話だ。俺がこんな事をしているのが非常事態だというのはわかってるんだろ?」

『痛いところを突かれましたね……』


 GTの戦闘能力は謂わば決戦兵器だ。

 これをこういう風に、平均化して運用するのはロスが大きい。


 然るべき時、然るべき場所にGTを投入して、一気に片を付ける。


 これが理想だ。


 今の状況は謂わば、戦力の逐次投入という愚策中の愚策を形を変えて行っているようなものである。


「さて、次はどこに向かう?」


 GTが次の戦場を要求した。


 今までの話とは矛盾した欲求ではあるが、すでに片足以上を突っ込んでいる状態だ。

 それに逐次投入したところで減っているのは、一日で回復するGTの接続時間だけという見方もある。


 で、あればぜめてその接続時間を有効に使った方が少なくとも前向きだ。


『え~っとですね……そこから北東に向かう心持ちで』

「このいい加減な方向指示……」


 もちろん、この倉庫街に明確な方位が設定されているはずもなく。

 GTが「多分、こっち」と思う方が北東なのである。


 その思いこみの方向にGTは駆け出し、やがて倉庫街を抜けた。

 そしてすぐに、一面乳白色の世界に紛れ込む。


「……で、実際に移動できてしまういい加減さ。俺はこの世界が嫌いだ」


 改めて確認するGT。


 だが、いつもならそれに応えるであろうモノクルのから反応がない。

 その代わりに薔薇から漏れ出たのは、独り言じみたこの言葉だった。


『これは……随分と懐かしい光景ですね』

「“懐かしい”?」

『これはO.O.E.成立初期の空間に似ています』

「どういうことだ?」


『すでにご存じでしょうが、O.O.E.はもともと情報収集、連絡用に開発されました。だから先ほどの倉庫街とか、ピラミッドとか、古城とかは本来ならいらないものなんです』

「それはわかるが……」


『ようするに分身体アバターが佇むスペースがあるだけの空間です』

「それがこれ……待てよ遮蔽物がないのか?」

『あ……』


 そのGTの指摘に、モノクルは思わず「しまった」というように声を上げた。


『しばらくして立ちっぱなしは色々と格好がつかないということで、椅子ぐらいは用意するようになったんですが……』

「椅子じゃどうにもならんだろ――結局、正面制圧になるぞ」

『まさか、こんな区画があるとは……ここは臨機応変で』

「行き当たりばったりと言え」


 GTはホルスターから銃を抜いた。

 こうなったら、見つけた端から撃ち殺していくしかない。


 GTは“恐らく”北東方向に走り出した。

 無人――ではなく、その方向に確かに人がいた。


 この区画の中央なのかどうかもわからないが、空振らなかった事を幸いとすべきだろう。


虐殺時間ジェノサイドタイムだ!」


 当たり前に発見される。

 しかも名前も売れているようだ。


 声が上がった瞬間に、GTはジャンプして、空高く舞い上がった。


 走りながらよりも、飛び上がり最高到達点における一瞬の静止の瞬間に撃った方が安定する。

 それに加えて、人の目は縦方向の動きに弱い。


 ジャンプしながら、人数と構成を確認する。

 見慣れた雰囲気の連中が結構な数。その内の三人が幹部だろう。


 それと相対しているのが、見慣れぬ雰囲気の男が二人。


 全員がスーツ姿で、単純にビジネス上の会合と考えるのが自然かも知れないが、もちろんGTはそんなことは忖度しない。

 効率よく撃ち殺す順番だけを考える。


「兄貴!」


 見慣れた雰囲気の幹部の一人から声が上がる。


(兄貴……?)


 意味不明だ。


 GTは委細構わず、最初のターゲット――奇しくも声を発した幹部――に照星を合わせる。

 そのままトリガーを絞った。


 ドゥンッ!


 この一瞬までは時間の流れは正常だった。

 少なくとも感覚的には。


 だが、そこから何かが狂い出す。


「……やれやれ。手間を掛けさせる」


 空中に染みが生まれたかと思うと、その染みが形を成し人影となった。

 先ほどの声はこの人影が発したのだろう。


 だがそうなると、その声はいつの時点で発せられたのか。

 それに何より、先ほどGTが撃ったはずの銃弾は今どこにあるのか?


 実はまだ標的を仕留めては居なかった。


 その射線上に人影が現れたのだから、当然といえば当然だが、当たり前だと思っていることが、当たり前に起こらない。


 GTは、自分だけが世界のことわりの外に置かれた錯覚にとらわれた。


 その錯覚を振り払うようにしてGTは発砲する。

 同時に人影は腕を振るった。

 

 ――何も起こらない。


 強引に解釈するなら、人影は腕を振るうことによって、銃弾を横から殴りつけ――そうとしか考えられない――その軌道をそらし集団を守った。

 そういった無茶苦茶な現象を想像しなければ、今の状況を説明出来ない。


 それでもGTはひるむことなく、さらに銃弾を叩き込むが人影はその全てをはたき落としてしまう。


 RA、そしてアガン。

 そして自分にエトワール。


 超絶的な力を発揮する分身体アバターが存在することに今更驚いたりはしない。

 だが何か――この分身体アバターは歪だ。


 まるで人影が今からしっかりとした分身体アバターになろうとしているように見えてしまう……そんな因と果が逆転しているような理不尽さを覚えてしまうのだ。


 分身体アバターはやがてしっかりと像を結び、着流し姿の青年が具現化する。


 陣羽織に似た上着を羽織っているが、その装いはあくまで地味だ。

 銀縁の飾り気のない眼鏡を掛けているので、その印象はますます強くなる。


 だが、GTは背中にじっとりと汗をかいていた。


 眼鏡の奥。

 その奥の黒い瞳。

 まるで“穴”だ。


(……これがフォロンか)


 それは予感に近い確信だった。


◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◇◆

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