第10話「神に逆らう奇跡を」
アバン OP Aパート1
青い空。
湧き上がる入道雲。
果てしなく続く砂浜に、打ち寄せる白い波。
そして、その砂浜に寝そべる水着姿の人の群れ。
――紛う事なきリゾート地だ。
そんな砂浜の様子を、黒スーツ姿の男が感情のない瞳で眺めている。
その傍らには仮面姿の怪しい女性。
胸元に繊細なレースをあしらった、黒いキャミソールがギリギリこのリゾートな雰囲気に適合しているかもしれないが、その上から羽織ったピンク色で襟ぐりの大きく開いたカーディガンはこの場ではさすがに暑苦しい――もちろん黒スーツよりはマシであるが。
ボトムスはスリムジーンズ。
そして剣帯と、それにつるされたレイピア。
限りなくアウトに近いアウトである。
『水着は?』
黒スーツが胸元に挿した薔薇が不満げに呟いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
不透過地域、とはつまり連合の立場からの主観的表現である。
つまりは“不透過”といっても、その地域が見通しの悪い、不気味な地域であるというわけではない。
もっとも今までは“篭”一派の趣味のせいなのか、はたまたそこを利用する裏社会の住人達のせいなのか、概ねは理不尽で、暗くて、殺伐とした世界ばかりだった。
ところが一週間ほど前に突然、今までとはまったく趣を別にした地域が出現した。
眩しく輝く白い太陽。
そして、どこまでも続く――様に見える白い砂浜。
ただの砂ではなく、砂浜、というところがアガンのいる砂漠地域とは完全に趣を異にしている。
椰子の木が均等に植樹され、パラソルの下にはデッキチェア。
海である。
ビーチである。
遠浅の海岸には水上コテージまで敷設してある。
こんな地域が
ゴールドラッシュのような熱狂が訪れるのは自明の理――ビーチラッシュとでも名付けるべきだろうか。
行き帰りの手間がない。
日焼けはしない。
海水で身体がべたつくようなこともない。
多少の手間を掛ければ、水着のデザインは自分で出来る上にやり直しも出来る。
商売ッ気の多い連中が水着の販売を早速始めているので、それを利用してもいい。
これだけの条件が揃って、海に行かない者が……居るには居るのだがごく少数派と言っても良いだろう。
ビーチの突然の出現。
そしてそれが不透過地域であったこと。
つまりは“篭”一派の狙いは民間人を人質に取ること――などとも考えられたが、今のところそういう動きはない。
ただ、さらに人を集めるような仕掛けがされていた。
この突然出現した海の沖合には小島が一つある。
もちろん、砂浜からの視認が可能だ。
そしてまことしやかに流れる一つの噂。
「あの島には、何か凄いものが隠されているらしい」
“らしい”
この語尾でわかるように真に噂話らしい頼りなさだが、逆に好奇心を刺激するのも確か。
何人かの有志が島に渡ることを試みたが、未だに成功者は居ない。
~・~
「何でだ?」
素朴な疑問として、GTが島にたどり着けない理由を尋ねるが答えが返ってこない。
胸元の薔薇は沈黙したままで、傍らのエトワールはただじっと、GTを見つめている。
会うのは、いつぞやのアガン戦以来であるが、二人とも特に構えたところはない。
GTには元々そのあたりの情緒はないし、エトワールは文字通り仮面を被るのは得意だ。
そのエトワールは、GTの問いかけに小首をかしげ、
「……GT、あなたタバコは吸わないの?」
GTの質問には答えずに、逆に質問してくるエトワール。
「……吸わない」
「ちょっと、吸ってみない?」
「何でそんなことを……大体、俺の質問に――」
「ベラーラ・デルビッシ監督のお決まりの手法を知ってる?」
GTに話す隙を与えず、さらに質問してくるエトワール。
『エトワールさん。それはない。この人が映画監督知ってるはずありません』
散々な言われようだが、事実であるし、それに何よりどういう人物かわかった分、得をしたような気分になる。
黙ってGTは教養があるらしい二人の会話を聞いてみることにした。
「デルビッシ監督はね、登場人物にタバコを持たせて長回しするのが特徴なの」
『ああ……言われてみれば、そうですね』
二人がそう言うからにはそうなのだろう、とGTは無関心に納得した。
(“長回し”とは何だ?)
という新たな疑問も湧いてきたが、それは置いておくことにする。
何しろ、疑問を感じたと言うことならもっと別で、優先順位の高いものがあるからだ。
「おい、俺は島に行けない理由をだな……」
「それを確かめるからちょっと協力して」
と、エトワールに言われて黙ってしまったところで手を引かれた。
そのままビーチチェアに座らされ、肩を落とすように指示される。
「……一体、何なんだ」
「もうちょっと俯いて……そう。そんな感じ」
エトワールは、職を失って公園で暇を潰すサラリーマンのようになったGTを上から眺める。
「なかなか近いんじゃない」
『あの、これは一体……』
と、口を挟んでくるところを見るとモノクルも、このエトワールの行動は知らないらしい。
「注目を集めても言い訳できるような状態を整えているわけ」
言いながら、エトワールは右手にライフルを出現させた。
そのまま平然とスタンディングでそのライフルを構える。
「……なるほど」
GTは、ようやくエトワールの行動に合点がいったようだ。
エトワールの持つライフルには、おおよそ限界性能に近いスコープが装着してある。
沖合にあるという島も、スコープを覗けば確認できるかも知れない。
だが、こんな場所で銃器を持ち出すのはいかにも剣呑だ。
周囲の目が突き刺さる――はずなのだが、GTは不思議とそれを感じなかった。
僅かに視線を動かして確認してみると、確かに視線は集めているがあまり引いている様子がない。
「映画の撮影だと、勝手に思っているわけよ」
そのエトワールの短い説明に、
『なるほど』
と、今度はモノクルが理解を示した。
異常な空間が出来上がっても、多くの人は勝手に穏健な方向へと修正する。
人は所詮、自分の見たいものしか見ない。
このリゾート気分を自ら壊したくないという、事なかれ主義的な心理も大いに働いているだろう。
『となればGT。もっと気怠げに。ぼそぼそと話す感じで、いかにも意味ありげに』
「何だかわからんが、お前がその監督をバカにしていることはわかった――どうだ?」
「とりあえず泳いで、たどり着けない理由はわかったわ。激しい潮の流れが邪魔してるわね」
エトワールがスコープを覗き込んだまま、答える。
「島は?」
「何か小屋みたいなものがあるわね……人がいる」
行けないはずの場所に、存在できる人間。
まず間違いなく“篭”関係者だろう。
「どんな格好してる?」
「和服ね……それ以上はちょっと……」
「いや、それで十分だ」
フォロンだ。
タイミング良く、ここに来ているのはもちろん自分たちがここに来たからだろう。
『誘い、ですね』
「今の状況は、お互いがお互いを殺したがっているわけだからな。こっちも誘いに乗ると踏んだんだろ――実際、乗るわけだし」
『しかし、誘いに乗るにしても行くための手段が……』
「そこがよくわからん。前みたいに、誰かが作ってる船なりクルーザーなり……」
「GT、少し前まで
それで、説明は十分だろうとばかりにエトワールは説明を打ち切ったが、確かに十分だった。
要するに需要がない。
創っても試す場所がない。
「そうか、まず水を創らなきゃならんのか、この世界は……」
「そう。もの凄く大量のコインを変化させてね。誰もやりたがらないのは想像できるでしょ?」
『問題は、わざわざこんなものを創った狙いですね』
もちろん、
「水中戦が狙いか」
『でしょう。思い起こしてみれば、あなたは水関係に弱い』
思い出されるのはクーンが用意した古城での水責め。
GTは脱出したが、水に対する根本的な対処をしたわけではない。
そして先日の雨だ。
最終的に打ち破ったとはいえ、かなりバタバタした対応になったのも事実。
つまり水を前にするとGTと言えどもただの人になる、と“篭”は判断している。
「エトワール、一応確認するけど潜水装備もないんだよな?」
エトワールは仮面の上からこめかみを押さえる。
「……海ほどじゃないけど、プールとか水槽とかを創ってる連中はいるのよね」
「うん」
「ただ、そこに潜水装備を――ごめん、やっぱり無いと思うわ」
GTはその答えに考え込んだ。
エトワールは、ライフルを収納しながら首をかしげる。
「何?」
「相手が、俺がどんなやり方で島に向かうと想定しているのか、そこが気になってな」
「つまり、その逆をやりたいと」
「簡単に言えばな――エトワール、その和服姿の男、狙撃できるか?」
「現状じゃ無理。風向きが全然わかんないもの。あなたが島まで行ってくれれば、話が違ってくるけど……」
「だよな。さて……」
GTは出し抜けに立ち上がると、ポケットに手を突っ込んでスタスタと海へ向かって歩いていく。
砂の上での動きには随分慣れたらしく、淀みのない動きだ。
「なに?」
『さあ……』
それを訝しく思いながら見送る二人。
片方の視点は今もGTの胸元にあるはずだが、それでもわからないらしい。
GTは止まることなく海に突き進み――
――そのまま沈んだ。
~・~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます