第14話「奈落の流儀」

アバン OP Aパート1

 重力制御法が確立して以降、宇宙船の推進法にも革命的な変化が起きた。

 進みたい方向に重力場を作り出して、ひたすらに“落下”する、という手法が当たり前になったのだ。


 またこのような重力機関を備えることによって、小さな船であればそのまま惑星ほしに着陸することができ、利便性が拡大したことも普及の助けとなった。


 星間連絡船や、豪華客船などは惑星ほしには降りてこないが、それは単純に惑星ほしの地表にそれだけのスペースがないということと、はしけで船に向かうことも旅の楽しみの一つであるからだ。


 さて、話は大きく変わる。


 二十世紀末、あるいは二十一世紀初頭。

 「ザ・ファイナルスポーツ」と呼ばれた球技があった。


 それまでに人類が培ってきたあらゆる球技のエッセンスを集めて、創造されたスポーツ。

 そういう理由付けがされている。


 ところがここに重力制御装置という科学の発展が訪れ、新しい要素エッセンスが人類社会にもたらされた。


 これを利用してのスポーツが幾つも創造される中「ザ・ファイナルスポーツ」にも、この要素エッセンスが加えられることは当然の流れだったと言えるだろう。


 そして現在、試合時間の間に司令官QBが三度重力を変更できるという要素を加えて、今もそのスポーツは存在していた。

 もちろん、このスポーツが行われるスタジアムには重力制御装置が設置されている、ということになる。


 そして今――


 このスタジアムの設備を利用して、画期的なステージ演出を試みたアイドルがいた。

 スタジアムのキャパは軽く十万人を超える。


 前提条件として、まずこれだけの集客力をもつアイドルでなければならない。

 そして軽減した重力の中、自在に動き回れる発達した運動神経と、体幹の強さ。


 その条件を兼ね備えた存在は、カイ・マードル以外あり得ない。


 一週間の世界ア・ウィーク・ワールドにおける十の主要惑星を巡り、そしてファイナルたる、このイシュキックではもっとも充実したパフォーマンスを披露する――


 ――はずだった。


 肝心のカイが全くの不出来で、せっかくの重力軽減状態を上手く使いこなせていないのだ。

 その上、何に怯えているのか客席に異様なほどのガードマンを配置することを要求し、自分はステージの奥から移動しようとしない。


 耳聡いファンは、カイが何かトラブルに巻き込まれた事を聞きつけて、それでも変わらぬ声援を送っているが、明らかに観客のノリが悪いのも確か。

 関係者も、おしなべて渋い顔だ。


 だが、カイにも現状に対して主張したいことがあった。


「命が狙われているときに、呑気に歌っていられるものか!」


 ――だが、それを実際に口にするわけにはいかない。


◆◆◆ ◇ ◆◇◆◇◆◇ ◇◇◇◇◇ ◆◆◇◆ ◇◆◇


 雨が――


 ただ雨が降っていたことだけは、よく覚えていた。

 そして、その雨の中で白い息を吐いて、辛抱強く身を伏せていた同僚の右手を覚えている。

 銃を構えたその右手を。


 恒星クンティを巡る第四惑星ナクラは、移民時代初期に開発が開始された。

 もっともこの惑星の場合、開発といっても「テラフォーミング」ではなくて通常の意味での開発、ということになる。


 この惑星ほしは地球環境に酷似した気候を所有していた。


 ただ、そのほとんどが熱帯雨林で、地球を上回る多種多様な植生が惑星全体を覆っている。

 もちろん、この豊かさを見逃す人類ではない。


 新薬の開発、観賞用の植物への品種改良、新素材の入手。

 多様な植物は、人類社会に新たな彩りを与える。


 だが、それはそれとして熱帯雨林が人類にとって住みづらい環境であることもまた事実だ。


 開発当初こそ、保全が声高に訴えられていたが、それを上回る利益がこの惑星からもたらされることが確実となった時、この星の地表に鉄とコンクリートがはびこり始める。

 もちろん、この豊かな植生を根絶やしにしては利益が生まれないので、全てを開発し尽くしたりはしない。


 人類にとって“有益”か“無益”か、という圧倒的に独善的な、そして圧倒的に正しい価値観によって、ナクラの植生は分類され、そして宇宙へと旅立つこととなったのである。


 そして利益が生ずれば、それに絡みつこうとする集団も現れる。


 古くは欧州においてチューリップの球根売買から、莫大な富を生み出したと言われるガリキュラー家。その一族がナクラの植生についても、乗り出してきたのだ。


 そして今、この惑星を仕切るのはガリギュラー家のマウリッツ。


 この惑星の表に、そして裏にと隠然たる影響を及ぼす人物であり、現在五十三才。

 脂の乗りきった円熟な手腕で、ガリキュラー家に貢献してきた人物だが――


 ――その実力の高さが今は仇となっていた。


 ガリキュラー家の当主が突然暗殺されたのが、おおよそ連合標準時換算で半年ほど前。

 そこから始まる殺人事件の連鎖。


 一週間の世界ア・ウィーク・ワールドの人類は全員が気付いていた。


 これは復讐なのだと。


 復讐者が、ガリキュラー家の人間を標的として蠢いているのだと。


 連合もマウリッツもその復讐者の存在には気付いていた。


 通常であれば、敵対関係であることが多いこの二つの組織が、今ばかりは手に手を取り合って一人の男を警戒していた。


 ――曰く、止まらぬ銃弾マッド・ブリット


 ジョージ・譚を恐れていたのだ。


 そのような事情から、連合の公安職員であるリシャール・阿がナクラに派遣された理由は推して知るべしといったところだろう。


 リシャールは、名前だけを見れば東洋系だと思われがちなのだが、外見は金髪に青い瞳。

 欧州、それもフランス人である母の血が強く出た外見を有していた。


 オックスフォードを優秀な成績で卒業し、リシャールは自分の進路を迷っていた。

 公共に貢献することは尊いことだという母からの薫陶もあり、大体の方向性は決まっている。


 問題は、自分の能力をどこに捧げるかだ。


 行政首都ロプノールを中心とした連合職員か。

 司法首都アストライアを中心として活動する司法警察軍に志願するか。


 迷ったリシャールは、事が終わってから全てを粉砕していく印象がある司法警察軍よりも、トラブルを未然に防ぐ、連合職員、それも公安が自分の適正に合っていると判断した。


 その判断にはある程度の客観性が含まれていたらしく、万事そつなくこなすリシャールは若手の中でも頭角を現し、一週間の世界ア・ウィーク・ワールドを揺るがす大事件の捜査に抜擢される。


 それが、このジョージ・譚を主犯とする第二千一号事件。

 通称〔ガリキュラー家連続殺人事件〕なのである。


 没形兇手。


 それはこの主犯が持つ一つの異名。


 姿を見せず。得物に拘らず。

 静かに。

 速やかに。

 ひたすらに死を。


 だからわからないのだ。

 それがどんな形をしているのか。

 それがどんなに危険であるのか。


 雨中に突如現れたかのように見える男。


 いや、まだ少年と呼んでも良い頃合いなのか。

 二十歳前後といったところだろう。


 ただ、その目元は見えず頬はこけ、到底尋常な有様ではない。

 ましてや雨の中、何ら対策を施さず平然と歩いているのである。


 その時、緊急手配を告げるオペレーターの声がイヤホンから響いてきた。

 すでにマウリッツは殺害され、その従者、血縁、二十数名が命を絶たれた。


 犯人の目撃情報により特徴は――


 ――黒目、黒髪の東洋人。

 ――合成繊維のダークグレーのシャツ。

 ――ダークグリーンのカーゴパンツ。

 ――星マークの入ったスニーカー。


 妙な錯覚を覚える。


 報告されたままの人物が目の前にいる。


 まるで、無線機から流れ出した言葉がその人物をその場で作り上げたような。

 だが、無線機から流れ出した言葉は違うものを創造した。


 ――地獄ヘル


 男の姿が消えていた。

 雨の中に溶け込むように。


 そして、次に現れた現象は唐突な死。

 リシャールの左で伏せていた同僚が死んでいた。


 右か。

 左か。


 生と死を分けたのは、ただそれだけの簡単な選択に過ぎなかったのか。


 殺される。


 その予感の正しさを、誰かが強力に保証してくれる。

 きっとそれは――神。


 ブシュッ!


 恍惚の境地に至る過程からリシャールを引き戻したのは、人が創りし銃声。


 今まさに、自分の命を奪おうとしていた男は転がってその場を離れた。


 リシャールは、神に見捨てられたような心持ちになる。


 ブシュブシュ!


 さらに銃声が響く。


 他の待機場所から応援が駆けつけてきたのか。

 このまま時間が経過すれば、男は取り囲まれることとなるだろう。


 そう――


 ――このままでは神は零落する。

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