Bパート2 ED Cパート 次回予告

 接続時間を過ぎ、強制的に切断ダウン

 そして目覚めたリュミスの目の前にいたのは――見知らぬ男だった。


 悲鳴を上げそうになるが、男は一人きりではなくその後ろにもう一人いる。

 その男が掲げているものは……連合職員の身分証?


 この部屋に入るために、護衛の二人に身分を証明あかしたのだろう。

 では、救援は間に合ったのか。


 ジョージももう間もなく目覚めるだろうし、あとは……


 チャ……


 安堵しかかったリュミスの眼前にサイレンサー付きの銃口が突きつけられた。

 連合職員であるはずの、その男から。


「な、何が……」


 事態が理解できない

 思わず、傍らの安楽椅子リフティングチェアにいるはずのジョージを捜す。


 ――が、いない。


(いない!?)


 その現実に驚愕した瞬間、目の前の男の首がおかしな方向に曲がった。

 男はそのままクタリ、とその場にへたれ込む。


 その動きに釣られて、リュミスの視線が下に向けられた。

 ジョージがそこにいるのでは、と自然に考えて。


 だが、その考えは再び裏切られることとなった。

 そこにもやはりジョージの姿はないのである。


 プシュッ!


 くぐもった音が聞こえる。


 今度はそちらに目を向けると、天井の隅に張り付いたジョージが身分証を出していた男の頭部を撃ち抜いていた。

 見れば首を捻られた男の手にあったはずの銃がない。


 いつの間にか奪っていたのか。


 ――いや、そんなことよりもだ。


 これは天国への階段EX-Tensionでの出来事ではない。

 そんなことをすれば本当に死んでしまう――


 リュミスはパニックを起こしかける。

 だが、そんなリュミスには構わず、ジョージはもう一発で先ほど首を捻った男の額に銃弾を撃ち込んでとどめを刺した。


 そして、そのまま部屋を出て行く。


 リュミスはそれを呆然と見送るしかなかった。


               ~・~


 お互いに人死にが出ないことを暗黙の了解として拮抗していた戦いだ。


 そこに、人殺しをまったく厭わぬ男が現れたのだから、必然的に片方の戦力は削られる一方になる。しかもその殺人者の技量は圧倒的だった。


 侵入者――クーンの集めた連中と、金で転んだ一部の連合職員もすでに殺す事への躊躇いはなくしている。

 だが、自分たちの命を刈り取ろうとしている相手の姿を捕らえることが出来ない。


 気付けば隣に立っていたはずの仲間が死んでいる。

 ただただ呆気なく。

 はじめから、それが決まり事であったかのように。


 すでに戦意は喪失していた。


 ここは、姿の見えぬ“死”の狩猟場。


 侵入者達は、死という概念から逃れようと、脱出を試みる。


 ――だが、それも叶わぬ夢。


 一人また一人と、侵入者は倒されていく。


 原因も何もわからぬままに。


 自分の死を意識することなく。


 静かに“死”がライブハウスに浸透していった。


 そして、姿見せぬ死の御手は、そっと応接室の扉を開けた。


               ~・~


 そこにはまだ、カイがいた。


 ライブハウスの今の状態は当然気付いていたのだろう。

 今でこそ静まりかえっているが、少し前までパニックを起こした怒号が飛び交っていたのだから。


 状況の不利は悟っていたはずだ。

 だが、それでもカイは動けなかった。


 そして今、最悪の局面を迎えている。


 銃を右手に下げた、黒髪の東洋人が目の前にいるからだ。


 まるでGTとは似ていないように思えるが、カイはこの男こそがGTだと確信していた。

 自分を“殺した”あの男の瞳にそっくりの光が、その黒い瞳にはたゆたっていたからだ。


「……誰だ、てめぇ」


 睨め付けたままで男が話しかけてくる。

 まるっきり丸腰のままのカイの立場が判断できなかったのだろう。


「ぼ、ぼ、僕はカイ。カイ・マードルだ。知らないか? アイドルなんだよ! 有名なんだよ!」

「知らねぇなぁ……」


 言いながら男は銃口をカイへと向けた。

 それを見たカイは、ヒィ、と喉の奥から悲鳴を漏らした。


「とりあえず、殺しておくか」


 ごくあっさりと、男はカイにとって最悪の選択を口にした。


「ど、どうして!?」

「俺に銃突きつけられて怖いってのは、俺の敵って証拠だろうが。敵は殺す」

「そ、そ、そ、そんな馬鹿な話があるか! 大体僕を殺したら大騒ぎだぞ! 絶対にただじゃ済まない。官憲が目の色変えて――」

「お前みたいなのに心配されるほど、俺は落ちぶれてねぇ……ん?」


 男の眉根が寄った。


「お前、気持ち悪い。弱すぎて気持ち悪ィ」


 その言葉に、再びカイの口から悲鳴が漏れた。


「……お前、アガンか」


 男は――こうなればもう、GTに違いないが――もっとも知られたくない事実にたどり着いてしまった。

 カイの足がガタガタと震え出す。


「それならそれで利用価値があると言いたいところだがなぁ……お前から得られる情報なんか、どうせ、大したことはないだろう」

「い、いや、僕は……天国への階段EX-Tensionに行きさえすれば」

「お前と一緒に? 冗談だろ」


 GTの人差し指が、トリガーを絞り始める。

 それをカイは、絶望と共にただ見つめていた。


 終わる――


 終わってしまう。


 どこで間違ったのか。


 何がいけなかったのか。


 クーンだ。


 あのチンピラが、GTなんかに気付かなければ、こんな目に遭うこともなかったのに。


 そうだ。


 そもそも、あのチンピラはどこにいるんだ?


 絶対に、絶対に許さない。


 この僕をこんな目に遭わせておいて――


 絶望的な状況がカイの意識を加速させる中、その状況を作り出したGTがいきなり床に身を投げ出した。


 ――そして次の瞬間。


 大量の銃弾が、応接室を薙ぎ払った。

 部屋の外からバルカン砲が掃射されている。


 窓ガラスを噛み砕き、粉々に細分して光を乱反射させながら、その銃弾は応接室のすべてを瓦礫に変えてしまった。


 そんな圧倒的な破壊の中、頭を抱えてその場にへたれ込むカイの手を掴むものがいる。

 おかしな色のスーツに身を包んだクーンだった。


「早く立て! ここから逃げるぞ! くそっ、最悪の相手だ!」

「に、逃げる必要はないだろう。あんな武器があるんだ……」

「あんなものが復讐完遂者パーフェクト・リベンジャー相手に役に立つか!」


 その言葉を証明するかのように、外に設置してあったバルカン砲が、突如火を噴いて爆発した。

 クーンは最初から使い捨てるつもりだったのだろう。


 窓とは逆方向。

 つまり、バルカン砲が破壊した扉へとカイを連れてただひたすらに走る。


 そして、ライブハウスを脱出して、外に待機させてあったワゴン車に転がり込むと、運転席を蹴っ飛ばして即座に発車させた。


「ク、クーン、これは一体……」


 未だに落ち着きを取り戻せぬまま、それでもカイは尋ねずにはいられなかった。


 この状況について。

 そして、GTと呼んでいたあの男について。


 クーンは揺れる車内の中で苦々しげに呟く。


「……GTの正体がわかった。ジョージ・譚だ」

「ジョ……ジョージ・譚?」


 オウム返しに、呟くカイ。


 そして、そのイニシャルがG・Tである事に気付いた。

 だが、その名前自体に心当たりはない。


「な、何か有名なのか?」


 その問いかけに、クーンは壊れたような笑みを浮かべた。


「有名も有名さ。買収した連合職員が、ジョージに気付いていきなり震えだしてくれたおかげで、俺もなんとか逃げ出せた。それでも一部の馬鹿が、欲に駆られてりに行ったが案の定、返り討ちにあったようだな」

「欲って……どうして?」


「あの男を倒せば、不滅の名声を手に入れられる。表でも裏でもな。あいつは現在進行形の生ける伝説なんだ」

「で、伝説……?」


「ああ……裏社会じゃ、最悪の有名人だ『九族滅殺ナイン・イレイズ』『止まらぬ銃弾マッド・ブリット』そして『復讐完遂者パーフェクト・リベンジャー』」

「な、なんだそんな虚仮威しの言葉の羅列は」


 引きつりながらカイが混ぜっ返すと、クーンはその胸ぐらをいきなり掴んだ。


「虚仮威しじゃねぇ! あいつはなぁ! 復讐のために、ガリキュラー家の血統を根絶やしにしたんだ。その数、七十三人! それを邪魔しようとした奴らは誰も彼もが殺された。最後には連合も奴から手を引いた!! くそっ! 連合め!! よりにもよってなんて化け物を雇いやがったんだ!!」

「じゃ、じゃあ……」

「今度は俺達が狙われるんだよ! 一週間の世界ア・ウィーク・ワールドで一番の殺人巧者からな!」


 クーンの言葉に血の気を失うカイ。

 だが、そんなカイに掛けるべき言葉をクーンも持ってはいなかった。


 ――今はただ、ひたすらにGTから遠ざかるしか選択肢はない。


◇◇◇◇◇◇ ◆ ◇ ◆ ◇◇


 「シェル・カリアリ」が、何とか落ち着いたのは、夜もとっぷりと暮れてからのことだった。


 通常の犯罪捜査とは違うんだろうな、と思いつつリュミスは目の前で流れていく光景を、ぼんやりとしたままやり過ごし、いつの間にかホテルへと引き上げていた。

 そして、目の前のいるのは楊。


「リュミスさん、お疲れ様でした」

「……あなたもね。なんかその……もみ消し? とかが大変だったんじゃ?」


「それがですね――連合の方が、それに躍起でして。他言無用ということで我々は即時解放に近かったです。まぁ、硝煙反応が出た奴は誰もいませんでしたから」

「化け物が乱入して、殺し回っていった、なんて説明の方が現実に近いなんてね……」


 結局、リュミスはあの部屋から出ることが出来なかった。

 職員の死体は、護衛の二人がさっさと運び出してしまったが、それから先の事はほとんどわからない。


 ただ、ジョージが何もかもをやらかしたことだけはよくわかっている。

 そして、結果的にとはいえ、それは自分が望んだことなのだと。


「リュミスさん、よくぞやり遂げてくださいました。一同を代表して御礼申し上げます」


 そんなリュミスの心境を知ってか知らずか楊は突然、深々と頭を下げた。


「そ、そんな……結局やったのはその……ジョージなんだし」

「いえ。譚先生があそこまで本気で行動してくださるとは考えていませんでした――おかげで我々は救われたのです」


 楊の言葉には真実の響きがあった。

 そして、それは未だに迷い続けているリュミスの心を幾分か和らげる。


「で……そのジョージは?」

「さすがに身を隠しておいでなのでしょう。我々と共にいれば、連合も体面上無視できるようなお方ではありませんし」


 ますます、何者なんだ?


 ――という疑問がつきまとうが、それは聞かないでおく。


 今日の一連のイベントはもう精神の許容範囲を完全にオーバーしていた。

 これ以上は何も受け付けない。


「それで……ですね、リュミスさん」


 楊が、言いづらそうに話を切り替えてきた。

 それで、リュミスはその先を察した。


「わかってるわよ。この件と、ファンのみんなの期待を裏切ることは別。ちゃんとライブはやります。ただ――」

「シェル・カリアリはもう無理なので、他のライブハウスを抑えに回ってます。もう目処が付いてますから、その件は明日の朝にでも」


 本当にあきれかえるほどに有能な男だ。


 リュミスは深くため息をつくと、小さくうなずいて、部屋のソファにへたり込んだ。

 楊は小さく笑みを浮かべると一礼して部屋を出て行く。


 その部屋の前には、キッチリと警護の二人。


(よかった……酷い怪我はしてないのね)


 ふと、意識にそんなことが浮かび、それを成し遂げたジョージのことを思い出しながら――


 ――リュミスは深い眠りの海へと沈んでいった。


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次回予告。


あの日の悪夢が鮮明に甦る。

雨と屈辱に塗れた、惨めなあの日。


だが、それはRAに新たな力をもたらした。


一方、モノクルは大幅な方針転換を二人に告げる。

それは二人にとっても新しい生活の始まりとなった。


次回、「奈落の流儀」に接続ライズ

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