アイキャッチ Bパート1
◆ ◇◇
その声は、海岸にいた利用者の注目を一斉に集めた。
そしてエトワール――リュミスは顔をさらしている。
すぐに、リュミス――
「リュミスだ……」
「お、おい、本当か?」
「ライブ告知あったっけ?」
それに構わず、リュミスはさらに叫ぶ。
「助けて欲しいの! 助ける相手はGT! ローダンの遊園地での事故を知ってる人もいるでしょ!? あの時にとんでもない銃撃で皆を助けてくれた人よ!!」
その声に、利用者達はざわめきだした。
「今、彼は閉じこめられている。早急に助けないと命が危ないの。お願い手を貸して!」
ここでリュミスはいったん間を置いた。
あまりにも突然で、そしてあまりにも突拍子のない状況の説明。
まともに相手にしてくれる方がおかしい。
だから、こちらの都合だけを次々に押しつけては、逆向きの空気が流れるかも知れない。
ここで僅かな時間を惜しんで、全てを台無しにするわけにはいかなかった。
利用者達はなおも、顔を見合わせるだけで、具体的な行動に出てはくれない。
まだ。
もう少し……
「手、手を貸すって……具体的には?」
来た!
と、心の中で拳を握りしめるが、それは顔には出さず、ゆっくりと答えを返す。
「未帰還者が多いって話は聞いてる?」
声を掛けてくれた相手――当たり前に水着姿の男だったが、それは良い。
「え、ええ」
「GTはその調査に出ていたの。で、本拠地を見つけたんだけど、砂漠の真ん中にあってまずそこに向かうための足が必要なの。そんな乗り物を持ってる人に協力して欲しい」
要求が具体的になったことで、利用者がさらにざわめき始めた。
だが、否定的なものではない。
名乗り上げるものが相次いでいるのだ。
「それとその先には、ピラミッドがあるの。それが未帰還者が増える仕掛け。そこには迷路があるから、その捜索のために、人手は多ければ多い方が良いの」
「じゃ、じゃあ……何か乗り物を持ってる奴が砂漠に行って、それにみんなで乗り込んでそのピラミッドへ……」
利用者達から、ついに具体的な提案が成された。
リュミスは、はやる気持ちを抑えて、大きくうなずくと一番最初に声を掛けてきた男の手を取った。
「今から砂漠にあなたを連れて行く。まずはあなたが案内人になって」
「は、はい!」
言ってそのまま砂漠の位置を思い浮かべ、そのまま数歩進んで移動。
砂漠に着くと同時に、男の口から、
「ふぁぁぁ……」
と、間の抜けた声が聞こえる。
「この場所覚えた?」
その感慨に付き合っている暇だけはない。
リュミスはそれでも優しげに話しかけると、目一杯微笑んだ。
「あ、は、は……」
「戻るわよ」
また男の手を取って、海岸へと戻る。
そして惚けた男はその場に置いて、その場にいたままの他の利用者の手を取った。
今度は女性だ。
「あなたにも、案内をお願いして良い?」
「は、はい」
元々、一人に任せようとは思っていない。
あの砂漠の位置を知るものを一人でも多く――
――時間が足りない。
今、こうしている間にも自分の接続時間の限界が来るかも知れない。
あるいは、現実世界で事態が急変するかも知れない。
その恐怖と戦いながらもリュミスは砂漠への遠征隊を組織していった。
かなりの時間が経過したのか、それとも一瞬だったのか。
砂漠の入り口には、様々な乗り物が一列に並んでいた。
バイク、4WD、サンドバギー、そして戦車。
戦車の数が一番多いのが
リュミスにとっては全部まとめて戦車としか言いようがないが、その形は様々だった。
「こんな場所があるなんて!」
「ここなら全力火力演習が出来る!」
「いやいや、他にも――」
何だか濃い面々が水着姿のまま戦車の上で興奮していたが、それに付き合ってもいられない。
「この場所がわかったのなら、それはいつでも出来るでしょ? その時には付き合ってあげても良いから、今はピラミッドへ! 真っ直ぐに進めば行き当たるから!」
「了解!」
「それと!」
リュミスは一際大きな声で叫んだ。
「ここまで言い出せなくてごめんなさい! 危険があるかも知れないの! 危なくなったら逃げて。
リュミスは目を伏せた。
「命は大事にして」
静寂がその声に応えた。
砂漠を渡る熱い風が、その静寂を切り裂き――
ウォオオオオオオオオオオオオオ!!
熱い
そして、砂塵を巻き上げ一斉に戦車隊は突撃を開始した。
~・~
「撃てーーーーーーーー!」
ドドドドドウゥン!
砲塔が一斉に火を噴いた。
目標はもちろんピラミッド。
灼熱の砲弾が、ピラミッドの石壁を破壊する。
そして、その砲撃はピラミッドの中腹にぽっかりと穴を開けた。
ピラミッドの構造自体が崩れたわけではないが、
『あそこが迷路の入り口です』
モノクルの言葉を合図に、利用者に指示を出すリュミス。
我先にピラミッドに侵入する利用者達。
「で、モノクル。連絡は?」
『――一つ、考えが浮かびました』
「それは?」
『剣の力を利用するんです。何らかの術でこちらの術を妨害しているなら、その剣の力を利用すれば、術は通るはずです』
「そ、そんなことして……」
『ええ。効果範囲はさらに狭まるでしょう。それも使えば使うほど――だが、これしか手がありません。GTに連絡を取って、位置を知らせて貰うんです。それを協力している方々に発見して貰い……』
「そこに剣を振り下ろすわけね」
『それが、今取り得ることが出来る、最良の選択かと』
「わかった。で、どうすればいいの?」
『剣をかざして、GTの胸元の薔薇を思い浮かべてください』
言われたままに、リュミスは
そして目を閉じ、何度も目にしてきた薔薇を思い浮かべた。
剣から細い光の糸が伸びる。
やがてその先端は中空に消え、それとは反対にリュミスの脳裏には糸が薔薇に絡みつくのを感じた。
「GT!!!」
目を開けると同時に、リュミスは叫んだ。
~・~
『GT!!!』
暗闇の中、突如エトワールの声が聞こえてきた。
ボルサリーノの奥。
GTの瞳がゆっくりと開かれた。
『聞こえる!? 聞こえるなら返事をしなさい! GT!』
「……ああ」
GTは、自分の声を確かめるように、ゆっくりと返事をした。
「聞こえるな」
『そこはどこなの? わからないなら銃でも何で適当にぶっ放しなさい! それで位置を割り出してみせるから!』
「やめとけ」
ごく自然に、GTの口から拒否の言葉が紡ぎ出された。
「俺は負けたんだ。なら、この嘘だらけの世界でもそれは受け入れるべきだろう」
『な、何言ってるのよ、こんな時に!』
「放っておけ、と言っている。この罠にしたって無限に有効なわけじゃないだろ。そのうちに解放されるさ」
『そんなこと、悠長に待っている時間はないんだってば! 現実じゃあなたをそのまま殺そうとしている連中がすぐそこまで!』
「だからそれは、俺が負けた結果だろ。嘘だらけの世界で、それでも俺が死ねば、それは少しの真実になる。すでに引退した身だ。死に方としてはあり――俺はすでに執念は失っているしな」
『こ、この……!』
リュミスは、今まで耐えてきたものを全て吐き出しそうになった。
~・~
ここで動かないと死んでしまう。
楊達の想いを捨ててしまう。
そもそも、引退って何だ!!
だが、ここでその思いの丈をぶつけて、さらにへそを曲げられては元も子もない。
リュミスは必死の思いで言葉を飲み込んだ。
だが、GTにはそういう遠慮は全くないようで、ごくあっさりとこんな事を口にした。
『モノクルによろしく言っておいてくれ』
「言えるか、この馬鹿ァ!!」
反射的にリュミスは叫んだ。
「いいから、さっさと居場所を知らせなさい! それでさっさと帰ってきて私を助けなさい!!」
一度、瓦解してしまえば、後はもう勢いに任せて押しきるしかない。
理屈が通っていなくても。
支離滅裂であっても。
『なんで俺がそんなことを……』
「私はね! あんたみたいな人でなしで、偏屈者のろくでなしを助けるために、今大変な苦労をしてるの。あなたの命を救うためにね。謂わば命の恩人よ! 恩に着なさい!!」
『恩……?』
~・~
GTの身体がピクリと動いた。
そして、喉の奥からクククと漏れ出してくる。
「お前が? そうかお前が……俺の“命の恩人”に。それは考えたこともなかった。ああ、だがそれも愉快な未来かも知れないな」
『じゃあ……』
「俺が昔と同じに、自分の命に価値を見いだしていた
『嘘よ!!』
それを即座に否定するリュミス。
『あなたは、この世界を嘘だと言いつつも、その死を嘘だとは思っていない。死を恐れている』
「何を馬鹿な……」
『じゃあ、何で負けたと思った時にその銃で自分の頭を吹き飛ばさなかったのよ!?』
リュミスの指摘に、目を見開くGT。
そしてすぐに、その言葉に対しての反論を紡ぎ出した。
「ま、負けの形が俺を閉じこめることだったんだ。それを第一に――」
『そんな言い訳、私が聞き入れるとでも? あんたはね、すぐに銃で頭を吹き飛ばしても良かった。だけど、それをしていれば
「おい、勝手に…………」
『本体に襲撃されることも読んでたみたいねぇ。自分の命が大事じゃなくて、その策を見越していたなら、それこそ頭を吹っ飛ばして無防備な身体を晒しても良かったはず。それなのに僅かでも希望を残したのはなぜ?』
「…………」
『ロブスターのことでも良い。あなたを慕ってくれている、若い人達の成長を見守りたい気持ちでも良い。あなたは根っこのところで生きることに執着してるのよ! だ・か・ら――』
~・~
リュミスは大きく息を吸い込んだ。
「その大事な命を助けてあげようってんだから、いい加減素直になりなさい!!」
その叫びと共に、リュミスの姿に揺らぎが生じる。
限界時間が近いのだ。
いや、すでにオーバーしていて気力だけで
ドゥン!
その時、懐かしい銃声が砂漠に響き渡る。
それはリュミスの勝利の合図でもあり、GTがついに白旗を揚げたという証でもある。
「みんなお願い! その銃声の場所まで私を導いて!」
ドゥン! ドゥン!
さらに二発。
「リュミス! こっちだ! 見つけた奴がいる!」
待ち望んでいた報せが届く。
もう、時間がない。
「モノクル! セーフティを!!」
『もう外してます!』
その声を置き去りにするようにしてピラミッドを駆け上がる。
黒光りする通路に入り、その行く先々で誘導してくれる利用者の指示するままに突き進み、幾度も角を曲がり――
――ついに、その視界の中に黒スーツの男を見つけた。
別れたのは、ほんの数時間前。
だから、胸の内に湧き上がる感情はいかにも大げさすぎる。
それでもリュミスの表情には笑みが浮かんだ。
「帰ってきなさい! ジョージィ!!」
剣が――振り下ろされた。
~・~
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