Aパート2 アイキャッチ
「いよいよ始まったようだね」
「何が!?」
「この建物の家捜しだよ。鍵のかかっている部屋でもお構いなしさ」
「く……!」
リュミスは矢も楯もたまらず、部屋を飛び出そうとした。
その先に明確なプランがあったわけではない。
だが、それを素早い動きで立ち上がったカイが遮った。
「どこにいくんだい? せっかく長々と説明して、君は安心だと伝えたのに」
「な……」
「言っただろ。最初は君がターゲットだったって。だけど、その優先順位が下がったんだ。そして彼以外が殺されることもない。君は――無視されてるんだよ」
――瞬間。
リュミスの顔が青ざめる。
そして、眦を決してカイを睨み付ける。
「……以前、私をそういう風に扱うように指示したのはあなたね」
「以前……? いや、君のことを知ったのはごく最近だ。
カイは整った顔に、下卑た笑みを浮かべた。
「ははぁ、君。さては、元・芸能人か。いや、もしかしたら元のつもりはないかも知れないな――僕の欲求を断ったね。馬鹿なことをしたものだ」
「馬鹿はあなたよ……そして、そんな馬鹿が大手を振っている、あの世界なんかに未練はないわ。私は
カイはそれを聞いて声を立てて笑った。
「ハハハ……その君の大事な場所も僕が奪ってあげよう。今からGTはいなくなるんだから簡単な話だよ。そうしたら――僕に飼われればいい。君の身体にだけは価値を認めてあげよう」
「……救いようのないゲスが……!」
ここは
だから、自分には超絶的な力もないし、あの特殊能力もない。
だが、ここでカイに嬲られ続けるのはゴメンだった。
無理でも何でも、この部屋を出る。
ガンッ!
その決意に答えるように、応接室の扉からいきなり衝撃音が響いた。
そして、ドサドサと人が崩れ落ちる音。
何事かと、しばらく扉を注視しているとゆっくりと開かれていき、その向こうにいるのは……
「楊さん!」
「リュミスさん、早く脱出をお願いします」
楊の足下には、崩れ落ちた二人の男。
おそらくは楊が倒したのだろうが、ここに駆け寄ってくる足音も聞こえてくる。
この状況は一時的なものなのだろう。
「カイ・マードル……」
その楊が、カイを睨め付けながら呟く。
「覚悟を決めろ。お前は敵に回してはならない人を敵に回したんだ」
捨て台詞とも思えるその言葉に――だがカイはたじろいだ。
「リュミスさん」
「う、うん」
重ねての言葉に、カイを置き去りにして部屋を出るリュミス。
カイはそれを悔しそうに見送ったが、それ以上邪魔をしてくることはなかった。
――アガンだ。
わかっていたこととはいえ、少し心がひるんだだけで何もかもを投げ出してしまうその性根は確かに、あのアガンだった。
「リュミスさん、三階に向かいます」
三階には
本家とやらから回された二人もその部屋の警護に回っているはずだ。
エレベーターは当然使えないので、階段を選択する。
その最中、楊が問いかけてきた。
「譚先生は
「ええ」
楊はそれを聞くと踊り場で立ち止まった。
「お願いがあります。譚先生を呼び戻してください」
いきなりの懇願に、リュミスは思わずたじろいでしまう。
だが、楊の言葉にはまだ続きがあった。
「油断しました。まさかカイ・マードルまでが一枚噛んでいるとは思って無くて、関係者ほとんど素通しだったんです」
「それは……」
自分のせいでもある。
さっさと、カイがアガンであると報告していれば今の状況はなかったかも知れない。
「抵抗は続けてますが、表だったところは、ほとんど制圧されてます。今、ゲリラ的に局所局所で奪回を試みていますが、正直なところを言うと脱出したいです」
「うん……そうね。ねぇ、ここのマネージャーは?」
「マネージャーはまだ来ていませんでした。ここのスタッフは、一カ所に集められて奴らの監視下にあります。抵抗しないように伝えておきました」
「うん。無駄に殺す気はないって言うのは本当だと思う。表の看板があるからね……だからジョージなのね」
「
クーンとの対戦は、途中で切り上げた。
ということはリュミス自身の接続時間は、まだ残っている。
だが……
「わかった。起こしてくる」
リュミスは強い決意と共に、返事をした。
「お願いします」
硬い表情で楊はうなずいて、再び階段を駆け上がる。
リュミスもそれに続きながら決意を固めた。
何もかもを投げ出す覚悟で、この事態を引き起こした責任を取らなければならない。
この階段は制圧済みなのか、侵入者とかち合うことはなかった。
だが、階下では足音が聞こえてくる。
段取りの上手い楊の手腕がここでも発揮されたらしい。
行き先ではきっと……
だが、それでも――
~・~
三階は銃弾こそ飛び交ってはいなかったが、肌を刺すような緊迫した空気は戦場のそれだった。
部屋に押し入ろうとしている連中が警護の二人と対峙している状況だ。
それを見た楊が両手を交差させる。
部屋の警護に当たっていた一人が、それに気づきこちらに突進してきた。
それと同時に、楊も背後から陣を急襲する。
この挟み撃ちに、陣を築いて侵入者は判断に迷ったらしく、反応がわずかに遅れた。
その隙に、楊が勢いよく飛び込んだ。
楊の攻撃は見かけはただの体当たりだが、ナイフを構えようとしていた侵入者の腕ごと叩き折る勢いで、その場になぎ倒す。
その反対側からも護衛の一人が回し蹴りを行い道が開けた。
もう、リュミスは指示を待たない。
そうやって出来た陣の隙間に強引に身体をねじ込むと、もう一人が守る扉へと向かう。
普通なら内鍵がかかっている。
だが、リュミスはその心配はしていなかった。楊がその手配をしていないわけがない。そしてスタッフと接触していることも聞かされている。
(これで、マスターキーを手に入れてないわけがない!)
その期待は裏切られることなく、残りの一人が扉を開けてくれた。
それを横目で見るだけに留めて、もう一つの
ここで、ジョージに声を掛けて時間を無駄にするわけにはいかない。
ヴン……
右手を動かしサインイン。
リュミスはエトワールへと姿を変え、
~・~
いつもの小部屋。
そこには苦悶の表情を浮かべ、水晶玉を睨み付けているモノクルがいた。
「な、何……?」
その声にギョッとなって、モノクルが振り向く。
片眼鏡の奥の瞳はいささかうつろではあった。
「エトワールさん……来てくれたんですね」
だが、その言葉は聞き取れる。
エトワールはモノクルがそういった状態に陥っている理由に気付いてしまった。
「まさか
「使いますとも。この緊急時に使わないでどうしますか」
だが、モノクルは即座に開き直った。確かに今は接続延長できるなら何でもしたい状況だ。
モノクルは、厳しい目つきでエトワールに優先順位の変更を迫る。
「それよりも……」
エトワールは最後までそれを言わせなかった。
「わかってる。あなたは私が使いたいときに、あの剣のセーフティを解いて。他に言っておくことは?」
「GTはピラミッドの中に閉じこめれています。そして現状連絡が取れません」
「連絡が?」
どんな状況でも、モノクルからの連絡が絶えたことはない。
それが、出来ないからこそモノクルは無理をしてでもこの場に留まっているのだろう。
「そしてピラミッドの中は迷路です。剣を使うにしても、GTの居場所がわからないと、闇雲に剣を振り回しても無駄に終わってしまう」
リュミスは歯がみした。
状況は限りなく最悪に近い。
一つ、腹案を抱えてリュミスは
それが最高に上手くいったとしても……時間との戦いになるだろう。
だが、ここで尻尾を丸めて逃げ出す選択肢だけはない。
自分が怠ったことに対する責任を。
カイに屈する未来には抵抗を。
「わかった。一つ考えがあるの。それをやってみる。だから……」
「なんとしても、GTと連絡を取る方法を考えます」
「まかせた!」
エトワールは扉を開けて駆けだした。
その最中に仮面を取る。
そしてたどり着いた先は――
――
到着と同時に、リュミスは大きく息を吸い込んで叫ぶ。
「みんな、聞いて!」
◇ ◆ ◇
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