アイキャッチ Bパート1

◆◆◆ ◆◇◆ ◆◆◇◆◆ ◆◆


 距離的に近いところにいるのだから、たまには現実リアルで会おう――


 ――などという間抜けはいなかった。


 ジョージはともかくとして、リュミスには監視の目が付いている可能性もあるし、連合の職員が金で転んだ現状をまざまざと見せつけられた今現在、シェブランにしても、うかうかと油断はしていられない。


 つまり会合場所は、いつもの天国への階段EX-Tensionのいつもの小部屋に落ち着くしかない。


 ジョージ――GTはいつも以上に難しい顔をして、ソファの中央にどっかと腰を下ろしている。


 リュミス――エトワールはいつもなら別の男モノクルが腰掛けているその向かい側に腰を下ろし何かを言いたげにしている。


 そしてシェブラン――モノクルは部屋の隅で、曖昧な笑みを浮かべて直立不動。


「……GT、あんた今どこにいるの?」

「うん? なんだっけ――まぁ、いいやカイが歌ってる場所の近く」


 そんなモノクルを無視して、二人の会話が始まる。


「――殺しちゃダメよ」

「何でだ?」


 極めて素朴な疑問風にGTが尋ねるが、エトワールは首を横に振った。


「私が殺して欲しくないの」


 理屈も何もない、真っ直ぐな力業でGTの疑問を封じてみせるエトワール。


 こうなるとGTも言を左右にできない。

 つまり率直に殺すべき理由を告げるしかなくなったわけだ。


「しかし殺しておかないと面倒だぞ」

「じゃあ、その面倒をしなさい」


 エトワールはにべもない。


「得意じゃない」


 GTもまた躊躇無く拒否する。

 しかし、エトワールは切り札を持っていた。


宙港みなとで、一人も殺さずに四人からの男を鎮圧したわよね」

「…………」


 十匹ぐらいまとめて苦虫を噛みつぶしたような表情のGT。


「昨日のことは必要だった……と思う。私が判断することではないのかも知れないけど。だけど、こっちも殺されそうだったんだから。それに――」

「…………」


「あの男にはちょっと因縁があるの。簡単に言うと……」

「……言うと?」

「易々と死んで欲しくないわけ。もっと苦しんで欲しいのよ」


 あまりにもあっけらかんと言うので、随分と根の暗いことをエトワールが主張していることに、GTもすぐには気づけなかった。


「――で、その因縁があったからアガンがカイ・マードルだって事にはずっと前から気付いていたんだけど……言い出せなくて……」


 段々とその声が小さくなる。

 だが、そこでエトワールは顔を上げ、


「そのせいで、迷惑を掛けてしまってごめんなさい」


 まず、しっかりと謝った。


「私がちゃんと報告していれば、昨日みたいなことには……」


 その言葉に、表情を戻したGTとモノクルの視線が一瞬交差する。


「……いや、昨日のことは必然だ。お前の報告があってもなくても、同じ事になっていた」


 慰める風でもなく、GTが極めて事務的にエトワールの言葉を否定した。


「でも……」

「アガンが、そのカイ・マードルだと報告される。だからといって、俺はわざわざ殺しに行こうとは思わない」

「え? だって――」


「今と、その時とでは事情が違う。俺は敵対した者は全部殺す。そういう生活信条だ。嘘の世界でやり合うって言うならともかく、現実で殺しに来た奴を見過ごすつもりはない」


 今度はエトワールが口をへの字に曲げてしまった。


「私も、報告を受けたところでカイを排除しろ、などと命令しなかったことについては保証しますよ」


 部屋の隅からモノクルが言葉を添える。


「で、でもね。カイの事があったから、あれだけの人数がライブハウスに――」

「同じだ。だからこそ、モノクルがあれだけ小さくなってるんだ」

「え?」

「連合の職員が買収されてたんだ。多分、クーンの金に転んだな。カイがいようがいまいが、連合の検問には穴が開いていたんだ」


 GTのどこか投げやりな指摘に、モノクルはますます小さくなるがエトワールは納得しない。


「そ、それは結果論でしょ」

「おい」


 GTが真っ正面からエトワールを睨み付ける。


「昨日の俺の殺しを気にしているみたいだが、気にするな。少なくともお前の責任じゃねぇよ」

「…………」

「試しに、同僚を散々殺されたモノクルに感想を聞いてみよう」


「実に清々しました」


「見ろ。間違いなく、昨日の事態の責任者なのにあの態度。ここで撃ち殺してやろうか」

「……あんた達みたいな人でなしと一緒にしないでよ」


 なおも思い悩むエトワールを見て、GTはボリボリと後頭部をかきむしる。


「――わかったよ。カイはもう狙わない」


 それを聞いたエトワールが思わず顔を上げた。


「まだ諦めてなかったの?」

「諦める理由がない」

「いやぁ、これはエトワールさん。しょげてないでちゃんとGTを監視しておかないと大変なことになりますよ……ハッハッハッハ……ハハ…ハ……」


 わざとらしい笑い声が段々としぼんでいく。


「おいモノクル。やっちまったものは仕方がない――実は俺にも気がかりがあってな。あの建物の中の連中、大丈夫か?」

「大丈夫? いえ、怪我人はいませんが。李家には怪我人も……」


「そっちはいいよ。あいつらも関係者だからな。ただあの建物ライブハウスの連中は――」

「ああ、そういうことですか。大丈夫だと太鼓判は押せませんが……そうですね。銀行強盗に遭遇した、ぐらいの衝撃でしょうか」

「……それ、結構な衝撃だと思うけど」


 呆れたようにエトワールが口を挟むが、


「まったく孤立していたわけでなく、なんか色々と監視する人間が入れ替わっていたようでしてね。で、とどめに冴えない男がやってきて『もう終わる』と言った後に、本当に騒動が終わったので、あまり大事だと認識してない人もいるみたいで」

「だ、だって、銃声とか、人も死んでるし!」


 またもエトワールが反応した。


「銃声については“イシュキック”ですから。で、死体はさっさと片付けました。あれが残ってると連合としても恥ですからね」


 何という、悪党の回答だろうか。

 エトワールが沈黙すると、モノクルは視線をGTに振った。


「しかし、あなたがそんなこと気にするなんて珍しいですね」

「いや、あれは俺も現役時代に戻ったは良いけど、よく考えたらあそこはどちらかというと身内の建物だろ? 今まで敵のところに飛び込んでばかりだったから、防衛戦はしたことがなくてな。敵がどんな思いをしようが知ったこっちゃないし、文句があるなら殺してやろうか? ってな寸法だったんだけど、そうもいかないし」


「ははぁ」


「っていうか、あの連合職員行動がおかしかったぞ、何でいきなりエトワールこいつを殺そうとしたんだ? 普通、俺からだろ」

「あなた切断ダウンしたあと、すぐに安楽椅子リフティングチェアからいなくなってたじゃない。そのせいじゃないの?」

「だからといって、お前を殺して何の得がある? あの瞬間に完全に現役に戻っちまった」


 自嘲気味に告白するGTに、エトワールは何とも掛ける言葉がない。


「――可能性としては、目撃者を全員殺す予定だった。もう一つは、精神的にハイで……」

「“ハイ”?」


「興奮状態ということです。考えてみてください。相手は生ける伝説、復讐完遂者パーフェクト・リベンジャージョージ・譚ですよ。殺そうと決意した段階で、もうまともな精神状態じゃありません。連合が『危険すぎるから、対応は慎重に』なんて判断を下した“個人”は後にも先にも一人だけです」


 モノクルの調子の良い言葉に、GTは手を振ってそれを辞めさせた。


「わかったよ。うるせぇよ。で、その不始末を起こした連合代表者としては、どう落とし前を付けるつもりなんだ?」


 モノクルの言葉を遮るようにして、GTは先を促した。


「まず、あのライブハウスの方々には十分な保証を――具体的にはザ・金銭ですが」

「もう、それでいいよ」


 投げやりにGTが応じるとモノクルは小さくうなずいて、二人の傍らに近づいてきた。


「それで今回、私が応援を頼んだのも、金で転んだのもいわゆる官憲、公安職員といった部署からなんですが……」

「そりゃそうだろ」

「対外的には隠蔽対策済みですが、もちろん隠蔽の対象に“身内”であるところの私は含まれないわけでして」


 それもまたもっともな話だ。


 だが、二人ともそこから先の展開を察してしまった。

 半目になりながら、ほとんど同時に声をかけた。


「脅したな」

「どんな取引を持ちかけたの」


 モノクルはにやりと笑った。


「“篭”一派に対する、独占的且つ優先的な対処」

「つまり?」

「この件に関する、他の部署からの干渉を完全に排除しました」

「ふん……」


 今までも、色々と面倒事が発生していたから、この取引は妥当だとGTは判断したのだろう。


「それに伴い、方針転換です。GTの案をほぼ採用というところですね」

「俺の?」

「ええ。かねてから仰っておられたでしょう? 早急に事を進めるよりは“篭”に圧力を加え続けて、相手の心を折る方が良いと」

「まぁ、そんなようなことを言ったな。だけど、状況は変わってるぞ」


「もちろん現実世界での締め上げも忘れません。カイ・マードル。どう考えても接続延長薬ハイアップを使用していると思われますからね。なにしろ天国への階段EX-Tensionでの行為に“違法”性はありませんから、その安全地帯で享楽に耽るとなれば、あの薬は必要不可欠です」


 そこで、ちらりとGTはエトワールを見る。

 因縁があるらしい相手に、この対応で満足なのかを確認したかったのか。


 エトワールは、小さくうなずいてモノクルに先を促した。


「……もう一人。クーン。クーン・ガルガンチュア。完全に身元は割れました。ここ最近、急激に勢力を拡大している組織のボスですね」

「まぁ、そんなとこだろうとは思っていた。というか、こいつに関してはもっと前に身元を割っていただろ」

「いやぁ、ハッハッハ」


 実に下手くそに笑って誤魔化してみせるモノクル。


「――ただ、今回のことでどういう風に販売経路を拡充していったのか大体パターンがつかめましたからね。どういう組織、人種にコネがあるのか。そういうパターンです。これで効果的に締め上げることが出来ます。これはまたカイを締め上げることにもなりますね」


 接続延長薬ハイアップの供給元がクーンであるという推測には簡単に行き着くことが出来る。


「……しかし、その一方であなた方二人も完全に身元が割れてしまいました。未だ身元がわからない二人が、現実世界でどれほどの影響力を持っているのかわからない分、極めて危険な状態と言えます」

「俺は――」

「言い換えましょう。リュミスさんが危険なんです。惑星ほしに降りてのライブ活動は続けるつもりなのでしょう?」


 いきなり尋ねられたエトワールは、一瞬目を瞬かせて、そして力強くうなずいた。


「そこで提案です。GT。いやジョージ。リュミスさんと行動を共にしてくれませんか?」


 そう切り出したモノクルは、返事を聞くために当然黙り込む。

 一方で、実際に尋ねられた二人は言葉の意味がよくわからなくて、返事も出来ずに黙り込んだ。


 小部屋に、静寂が訪れる。


 誰も答えを見つけられないまま、一番にモノクルがよれた。


「――リュミスさんへの報酬は前払いで」

「は? ……え、え? 前払い?」


 とにかく文句を付けようとしていたエトワールの気勢が、それで殺がれた。


「つまり俺がこいつの船に乗り込んで、行く先々で警護しろって事か? ロブスターはどうなる?」

「そのあたりの福利厚生については、船主リュミスさんと話し合ってください。リュミスさんの危険と、あなたのロブスターへのこだわり。どちらの優先順位が高いかなんて、いちいち説明しなければならないほど、あなたは愚かではないと信じたいところですが」


「……ちょっと待って。いくら何でも無茶苦茶でしょう。なんでこいつを乗せなきゃならないのよ!」

「貞操と、命。優先順位が高いのは?」

「そこのところをロブスターと同じように扱わないでよ。っていうか、やっぱり襲われるの?」


「それを俺に聞いてどうする。襲ってほしいならそうするが、俺は嫌がる女を押し倒す趣味はねぇよ。面倒だからな」

「……果てしなく、理由が最低だけど説得力はあるわね。それで報酬前払いは本当?」

「ええ。今の話を了承してくれたら、すぐにでもあなたの船に取り付けましょう」


「よう。こいつの報酬って何なんだ?」


「軍用の強力ジャマーですよ。それこそ軍で利用しているような、高出力のレーダーでもなければまず捉えられません。実は今回の連合うちの不祥事は司法警察軍にも波及してましてね。脅し取ってやりました」


 そう言って呵々と笑うモノクルは、どこから見ても悪党だった。


「しかし、何だってそんなもの……」

「……ファンと言っても、楊さん達みたいにいい人ばっかりじゃないのよ。惑星ほしに降りるようになって、一端居場所が知れると、そこからつけ回してくるのもいるわけ。それも結構な数が」


 うんざりしたようにエトワールがそう答えると、GTは納得、という風に肩をすくめ、それと同時にモノクルを見た。


「ええ。今の事態に対してもこの報酬は実に有効でして。それも含めての“前払い”ですよ」

「しかしよ、この仕事はどうする?」

「……私の船には元から安楽椅子リフティングチェアが二台あるわよ」

「何で?」


 そんな風にGTが声を上げたのも仕方が無い。

 安楽椅子リフティングチェア所有でも異常であるのに、それが二台である。


 だがリュミスは平然とこう答えた。


「私にとって天国への階段EX-Tensionはホームも同じ事よ。故障したときのために予備を備えておくのは当然でしょう?」

「そ、そうか……な」


「そのあたりのバックアップは全部連合こちらが引き受けましょう。船に改造を施したいなら、言ってください。今すぐでなくても結構ですよ。なにしろGTと生活を共にするわけですから、やってみないと判明しない面倒もあるでしょうし」


「それを既定路線で話を進めるの止めてくれる――って言いたいところだけど、まぁ、それなら寝室に鍵でも掛けて――」

「俺はハンモックでもあればそれで良いぞ」

「お風呂には入りなさい」


 いつかのことを思い出してか、エトワールがしかめ面で迫るとGTは露骨に嫌な顔をしてみせるが、その表情がふと緩む。


「何よ?」

「俺からも一つ要求があるんだが……」

「何? 三食ロブスターとかは勝手にして。私は面倒みるつもり無いから」


「いや。行って欲しい惑星ほしがあるんだが。そうだな……一月後くらいかな。お前航法士でもあるんだろ?」

「そうじゃないと、旅は出来ないでしょ……一月後ね。まぁ、しばらくはライブの予定もないし、それぐらいは別に良いわよ」


「では、決まりですね。今日はもちろん通常の意味での仕事はありませんから、各々支度にかかってください。GTは少ないとはいえ私物もあるんでしょう? カイを殺している場合じゃありませんよ」

「それはさっき禁止されたからな。もうやらねぇよ。で、お前は今どこにいるんだ?」


 GTが尋ねると、エトワールは今朝方届いた楊の手配した段取りを確認するかのように口にしていった。


「まずは――」


 かくして、ジョージ・譚は無事リュミスと合流することに成功。

 その後、新たな環境への移行に追われることとなった。


 リュミスの船にもシェブランが手を回し、ガリバルディ宇宙港から連合の息のかかった改造用のドックへと移送され、様々な改造が施されることとなったので、すぐにイシュキックを発つというようなことにもならず。


 ――図らずも二人は、この惑星ほしでしばしの休暇を取ることとなった。


               ~・~

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