Aパート2 アイキャッチ

 音だ。


 音楽だ。


 そして声だ。


 リバーサル・ラダーさかさま梯子の合唱が始まった。

 そこに、立ち直ったリュミスの歌声が重なる。


「へ、へへへへへへへ……」


 それを横たわったまま、全身で受け止めたジョージが気持ちよさそうに笑った。


<小賢しい! 小賢しいぞ貴様ら! 神に! 神に逆らおうというのか!!>


 アーディの声が世界に響き渡る。


 そして、触手がめちゃくちゃに振り回されるが、その長さはあまりにも短い。

 それどころか、そのために触手の起点となる方向が露見してしまった。


 ジョージの視線がすかさず、そこを射抜く。


 そのまま右手を動かして、


 パンッ!


 そのポイントに銃弾を送り込んだ。


<ぐおおおおおおおぉぉぉぉぉ!>


 ついに苦悶の呻き声を発したアーディ。

 確実に、歌も、銃弾も、アーディを追い詰め始めていた。


 そこで、リバーサル・ラダーさかさま梯子が終わる。


 続けて始まるイントロは――いつか聴いた曲。

 演奏するのは、頭にターバンを巻いた男、ラバーブだ。


 ブルースハープで奏でているのは、リュミスに提供した「コルクボード」の原曲。


 リュミスは、その贈り物プレゼントに微笑みを浮かべると、自分のアレンジを加えたものではない、元曲のアレンジで歌い始める。


 この曲は、天国への階段EX-Tensionで生まれた最初の流行曲。

 そして、アーディが人の負の感情を糧にするのならば、この曲はそれとは真逆の愛を綴った歌。


 メロディアスなラインは、あるいはアーディの唱えていた呪文と似たものが含まれていたのかも知れない。


 だが、それだけに参加者達の声が重なったことで、その呪文とぶつかることなく、その呪文を侵略し、その韻を奪っていく。


<やめろやめろ! ヤめテくれ~~~~~!>


 ついにアーディが懇願を始めた。


 そしてついに世界に変化が訪れる。


 触手の起点となった辺り、そこに強く輝く光が現れたのだ。


『“彼”だ!』


 モノクルが叫ぶ。


「やっと当たりか……待ってろ……今――殺してやる」


 その瞳だけをギラギラと輝かせて、ジョージが立ち上がろうとしていた。


<こノマまデ……このまマデ、わラせルものカぁァぁ!!>


 光の周りに揺蕩っていた黒い靄が突然弾けた。

 それが集まって、アーディとしての形を成す。


 そして現れたのは、アーディだけではなかった。

 その周囲には無数の人の影。


<お前が! お前が殺してきた連中の欠片だ。その恨みを利用して、今は我が走狗と化しておる。お前は再び、こやつらを殺せるか? 復讐を成し遂げたお前が!!>


「殺すに決まってるだろ。俺が躊躇う理由があるか」


 即座に言い返すジョージ。


 その言葉には何の迷いもない。


 天性の人殺し。


 殺しのしゅくめいを持つ男。


 それが――ジョージ・譚。


「ジョージ!」


 「コルクボード」は続いているが、リュミスはそれを中断して声を掛けてきた。


 ただ、それはジョージを心配してのことでも、この状況に興奮してのことでもないらしい。

 その瞳が真っ直ぐにジョージを見据えている。


「ここは天国への階段EX-Tensionよ。殺しにいくなら、あなたもその流儀を守りなさい」


 突然に、ジョージに説教を始めたのだ。

 未だ膝立ちのジョージが、その言葉に訝しげに眉をひそめる。


「な、何を……」

「GTに戻りなさい。GTジェノサイドタイムに」


 その言葉にジョージは目を見開き、そして息を漏らすような、声にならない笑い声を立てた。

 そして、笑みを浮かべたままリュミス見やり、


「……それを名乗った覚えはないと言ってるだろうが」


 と、乱暴な口調で返す。


 だがその口調とは裏腹に、まず髪の色が銀に変わる。


 瞳にはエメラルドの輝きが。


 そして、いつもの黒スーツを身に纏い、侵されたはずの右足を動かしてスクッと立ち上がった。


 最後にキザに被るのは白いリボンのボルサリーノ。


 そして、光に向かって半身の構えで見得を切る。


「さぁ、アーディ! 皆殺しの時間ジェノサイドタイムだ!!」


 吠える。

 その右手には、愛銃ブラックパンサー。


 ドゥンッ!


 ブラックパンサーが吠え猛る。


 フェニックスエールとは比べものにならない、圧倒的な銃声。

 アーディが並べた、人の影をその一撃で三体も吹き飛ばした。


 ドンドンドンドンドンッ!


 続けて吹き飛ばされる人影。


 すでに、光の下へ近づくだけのルートは出来上がっている。

 だが、GTは止まらない。


 ドドドドドドドッ! シャコン! ドドドドドドドドドッ!


 器用に片手でマガジン交換しながら、全ての人影を見える端から殺していく。

 そこには全くの容赦も躊躇いもない。


 殺す。


 ただただ殺していく。


 ラブソングである「コルクボード」が流れる中、ドンドンと殺されていく、アーディの駒。


 その異様な光景に、アーディは沈黙してしまったのか。


 ついに本領を発揮して、殺しまくるGTに抵抗する術はもう無いのか。


 そして全ての人影を、GTは駆逐してしまう。


 残るは、アーディただ一人。


 ドゥンッ!


 効かないはずの銃弾を構わずにアーディにぶち込むGT。

 果たして、その銃弾はアーディに届く前に分解されるかのように思えた。


 だが――


 ――分解しきれなかった銃弾が、その額を貫く。


 GTはそれを当たり前のように受け止めると、


 ドドドドドゥンッ!


 続けざまに更なる銃弾を叩き込んだ。


 もはや、アーディにはそれを分解する力も、受け止めるべき意志も存在しなかった。

 無防備に銃弾を受けると、その身体が四散してしまう。


「リュミス、剣だ! それとモノクル!」

『わかってますよ。託されし“竜”の力を解放しましょう』

「行くわよ!」


 声を発する剣を、リュミスはGTに向けて投げる。


 その輝きは、流星のように真っ直ぐにGTへと向かっていった。


 GTはこともなげに剣の柄を握りしめると、幾分か右足を引きづりながらも、さらに強く輝くようになった光へと近づいていく。

 そして、その光をまじまじと見つめた。


「……こいつが“竜”か」

『本当に……面倒ばかりを掛ける人ですが――無事らしくてよかった』


 そんなモノクルの安堵の言葉に、GTは口元を歪める。

 エメラルドの瞳は、未だに光にこびりつく黒い染みを見据えていた。


「……これだな」

『ええ。間違いありません――よろしくお願いします』


 すでに「コルクボード」は終わっている。


 今ここにあるのは静寂の世界。


 そんな中、GTはリュミスの細剣レイピアを振り上げると、その黒い染みを切っ先で裂く。


 ――そして、天国への階段EX-Tensionに光が満ちた。


◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る