アイキャッチ Bパート1
◇◇◇◇◇ ◆◆◆ ◇ ◆◆ ◇◇◇◇
ボールがアガンの前でダメージエフェクトと共に消失した。
状況を説明するまでもない。
GTのブラックパンサーが、ゴールラインを割ろうとしていたボールを破壊したのだ。
「おまえ~~~!!」
「な、な、な、何やってんのよ、あんたは!」
GTの所行に慣れている分、審判が笛を吹くよりも速くクーンとリュミスが反応した。
「全然わかってないじゃない! 何の説明を聞いてたのよ!」
肺活量の差で、リュミスがさらにGTに声で詰め寄る。
そしてピッチの中央から、あっという間にゴール前へと近づいてく。
「手を使って、ボールを止めた」
感情のない声で、GTは近づくリュミス相手に淡々とそれに答える。
「手って……」
確かに、GTの言ったことは先ほどリュミスが話したゴールキーパーの説明そのままだ。
しかし拡大解釈が過ぎる。
――手を使って。
確かに、引き金を引くときに手は使っただろう。
――ボールを止める。
ボール自体を消失させた。
結果だけ見れば、確かに合っている。
過程が完璧に間違っているが。
「じょ・う・し・き! 常識は何処に行ったの!?」
「俺に? 常識?」
ふてぶてしく肩をすくめるGT。
「俺は俺なりに解釈して俺のやりたいように、このサッカーとかいうのをやる。それがイヤなら――」
「イヤなら?」
「ここにいる全員、殺して試合自体を成立させない」
「な、なにを、てめぇ……」
まったく特別扱いされていないリュミスと共に、ゆっくりと近づいてきた殺され慣れているクーンまでもが、それを聞いて硬直してしまった。
語気は荒くないが、間違いなく本気の声だ。
「も、モノクル、何とかしなさいよ」
『私が思うにですね……』
「うん」
『これは、審判に任せるべき事態なのではないかと――』
ここでまさかの正論。
さすがに審判もすでに立ち直っているが、あまりの事態にとりあえず当事者に任せてみようという状態らしく、遠巻きから傍観している。
確かに、
――“試合に銃を持ち込んではならない”
というのはもう、選手心得という問題ではなく、初等教育の段階だ。
「おい、モノクル」
『なんですか?』
「俺のやり方を、審判に認めさせろ」
『い、いや、それは……』
ドゥンッ!
再びの発砲。
ただそれは何処を狙ったものか、フィールドの中央あたりの芝生をえぐり取る。
単純に考えれば、ただの示威――のはずなのだが、GTの周りの一人の反応が尋常ではなかった。
「俺はこれでも、試合を成立させてやろうという心遣いをしてるつもりなんだがな――なぁ、クーン?」
話しかけられたクーン。
そう。
クーンの反応が尋常ではないのだ。
その顔面からは脂汗が滴っている。
『あ』
突然、モノクルが声を上げる。
何事かに気付いたらしい。
「な、何?」
『いえ、審判の方を呼んできていただけますか? 私が説得しましょう』
「え……う、うん?」
説得、などと言うことで事態が収まるとは到底思えなかったが、どうも何かあるらしいと察したリュミスがそれに従った。
かくして、
ラインズマンは完全なその同調者というわけではないようなので、これには参加しない。
審判は、背筋のピンと伸びた壮年の男性で、ブラウンの頭髪に、厳格さが滲み出ている灰色の瞳の持ち主だった。
この時代になっても生き続けている、
バーナード、と試合前に名乗っていたが、それ以上は選手と交流しようとはしなかった。
馴れ合いにしたくないということなのだろう。
『薔薇越しで失礼しますよ。バーナードさん。私はモノクルと言いまして、ここにいるGTの現在のところの上司です』
まず、自己紹介から始める。
バーナードは、いきなりGTに退場を申しつけても良いところであるが、モノクルの紳士的な態度に、いきなりレッドカードを突きつけるのも紳士らしくない――と思ったのかどうか、とりあえず鷹揚にうなずいて見せた。
『まず先ほどのGTの行為ですが、普通のサッカーでは、間違いなく退場でしょう』
「サッカーどころか、どの試合に出ても退場だ、あんなもの」
クーンがやっと復活してきて混ぜっ返すが、それに注意を払うものはいない。
『ですが、考えてみてください。ここは
「そんな理屈……」
これにもまずリュミスが反応したが、横を見ると、まさかのバーナードが真剣に聞き入っている。
「え?」
思わず声を出して驚くリュミス。
『それにこのGTの拳銃の腕は、私は保証しますよ。人を撃たないと決めたら、GTは絶対に人に当てることはありませんし、逆にどんな遠くにある的でも撃ち抜いてみせるでしょう。お試しになっても結構ですよ』
突然の無茶振りだが、GTに否はない。
元々、自分が言い出したことでもあるしモノクルの言っていることは全くの事実だという自信もあるのだろう。
「……ではコーナーフラッグを」
ついにバーナードが条件を出した。
GTはそれに対して真剣な面持ちで、こう切り返した。
「コーナーフラッグって、どれだ?」
『クーンさん達が守っている側の両端に旗が立っているでしょう? アレです』
ドドゥンッ!!
出し抜けに二発放つGT。
その銃弾はクーンサイドのコーナーフラッグをほとんど同時になぎ倒す。
もちろん、それとほとんど同時にポールはダメージエフェクトを残して消失した。
旗ではなく、その下のポールを狙ったらしい。
取り残される形となった旗が、ひらひらとその場に舞い落ちる。
『――というような常識外れな銃の腕前の持ち主でしてね。新しい可能性を模索するにはうってつけの人材なんです。ただ……』
「ただ?」
バーナードが食いついてきた。
『非常に扱いの難しい男でして、こうして
随分久しぶりにモノクルの長広舌を聞いたリュミスだが、相変わらず思うところは“人でなし”という感想に集約される。
よくもまぁ、これだけ舌が回るものだ。
さて、バーナードがどう出るか……
「――銃弾を手の一部と認めましょう」
答えがいともあっさりと出た。
まじめくさった外見に見合わず、柔軟、というよりはネジが何本か抜けているとしか思えない決断の早さだ。
「お、おまえ、ちょっと待てよ!」
クーンが詰め寄ろうとするが、それをGTが目だけで制す。
「この審判の言うことが聞けないなら、俺が今すぐ……いや、今すぐはやめだ」
GTが口の端を歪めた。
「
その言葉に、強く反応したのはクーンよりもむしろアガンだった。
喉の奥で「ヒィ」と小さく悲鳴を漏らしている。
バラキアにケートと、今までGTの本質を知らなかった連中も、現役のマフィアに正面から脅しを掛けて、しかもそれが有効であるという事実にいささか戦いている様子だった。
「なんなら、俺は今すぐにでもこの試合終わらしたって良いんだぞ。それも、こっちの勝ちでだ。それをリュミスの顔を立てて、ここまで譲歩してやってんだ。これ以上ごちゃごちゃ抜かすと、本気で殺すぞ」
その言葉に、怪訝そうな表情を浮かべるリュミス。
それを見たクーンは、しばらくは無言で頑張っていたが、
「……くそ! 好きにしろ! だけど無制限に
結局は折れてしまった。
バーナードはそれを受けて、こう宣言した。
「GTさんは、ポジションはキーパーですからペナルティエリア内なら、手を使っても良いことにします」
「ペナルティ……何だって?」
サッカーの基本知識をまったく持っていないGTはここでも
「わかった。この四角の中に入ったボールは撃ち落として良いってわけだな」
「手を使っても良いんです。そこのところ間違いの無いように」
妙なこだわりを見せるバーナードであるが、そこにこだわるならもっと他にこだわる部分があるはずだろう、という誰もが思う突っ込みを、口にするものは誰もいなかった。
当のGTが、
「おお、そうだった。すまねぇ」
と、バーナードに妙に好意的なので、全員の腰が引けてしまっているのである。
「……で、リスタートはどうするんだ? コーナーキック? ゴールキック?」
バラキアが、とにかく事態を先に進めようと思ったのか先を促してきた。
「ゴールキックで再開です」
バーナードは迷い無く言い切った。
それを受けて、三々五々とちっていく選手達。
もちろん、リュミスとバラキアはゴールキックをGTに教えるために、その場に残るわけだが、その時にGTからリュミスに指示が出た。
「リュミス、ゴール前の地面を固めておけ。この芝生じゃ、全力で動いたら足が取られる」
その指示にリュミスは、一瞬驚いたもののすぐにうなずいた。
「あ、そうか。それであなたは……ん?」
――引っかかる。
「アガンはさっき……」
「やっと気付いたか。まともに戦うはずがないと思ってたが、フィールドに何か仕掛けてあるな。馬鹿力を加えてもそれを受け止めるだけの“何か”があるんだ」
『あの妙な攻撃指示も、それを活用するためのものでしょうね。まぁ、私もGTがフィールドを撃つまで気付きませんでしたから、偉そうなことは言えませんが』
「仕方ない。これは力が強い奴じゃないとわからないからな。アガンはあの砂漠に住んでるから、力の入れ方も上手いんだろうが――さっきのはやり過ぎだ」
突然の超人的な加速。
それを可能とするには、超人的な身体能力もさることながら、その力を受け止めるための足場が必要だ。
「GT、あなた……」
リュミスが、口元を手で押さえる。
「思ったより真面目なのね」
「……てめぇ、撃ち殺すぞ」
GTが凶悪に顔を歪めるが、そこはすでに長い付き合いのリュミスだ。
それをスルーして、クーンへと視線を流す。
するとその視線の先で、マイクがクーンに小突かれていた。
恐らくは、バーナードを連れてきたことに対して文句を言っているのだろう。
確かに、あの審判業務はイレギュラーすぎる。
「――よし、全員で攻めましょう」
それを見つめながら、リュミスが大胆な決定をした。
「GTに任せておけば、もうゴールを割られることはないわ。むしろ人がいて視界を遮った方が危ないぐらい。それに近くにいると私達も危ないし」
『名案、と言わざるをえませんね』
すぐさま、モノクルが同調する。
そこには、超人的な加速で目くらましにかかるかも知れないアガンへの対策にもなるという含みがあった。
GTの視界の中にある限り、どんな動きをしようが、それから逃れられることはない。
「ただまぁ……」
その悪巧みを黙って聞いていたバラキアが、ゆっくりと呟く。
「……これはもう、サッカーじゃないな」
~・~
果たして“サッカーのようなもの”に成り果てた
敵でブラインドを作れないなら、自分たちで作ればいいじゃない!
……という決意があったかどうかは知らないがクーンチームは、相変わらず数字とアルファベットの指示で多彩な攻撃を繰り出してくる。
その原因が、全員がセンターラインを超えてまで前掛かりに攻撃するリュミスチームのお粗末さがあるわけだが、それに気付いているものが、リュミスチームには誰もいない。
結局のところ、オフサイドというルールを根本的なところで誰も理解していなかったのである。
それでも、GTはゴールを守り続ける。
結局は反応速度の問題だ。
クーンチームの戦術も捨てたものではなく、アガンの能力も相まって、巧みにゴールを狙うのだが、そのことごとくを撃ち落とした。
どんなに振られても、どれほどブラインドを駆使しても。
ボールを視認してから、0.01秒もあればGTはボールを余裕で撃ち落とせるのである。
それでもクーンチームが絶望を抱かないのは、リュミスチームの弱さが際だっていたからである。
十人がかりで攻めているのに、一向にゴールを割れない。
目を覆わんばかりに下手なのだ。
「……あいつに勝つプランはあるのか?」
『私に聞かれても困りますよ』
とりあえず、相手陣地にボールが行っているので、暇な二人が茫洋とあてのない会話を繰り広げている。
ドンッ!
出し抜けにGTが発砲した。
銃弾はボールの上部をかすめる。ブラックパンサーの破壊力は、たとえかするだけでもボールの耐久力をごりごりと削り、その場で消失させた。
もちろんペナルティエリア外なので、
「ハンド!」
と、バーナードの声が飛ぶ。
「何やってんのよ!!」
と、この日繰り返された叱咤の言葉がリュミスから飛ぶがGTはもちろん気にしない。
『――狙いが甘いようですが』
モノクルがなにやら含みのある声で話しかけてきた。
「水晶玉越しの映像で良くそこまで見えるものだ」
それをGTが正面から切り落とす。
『リュミスさんから聞きましたか。まぁ、
「フォロンからも色々聞いた」
『ふむ。そんなことがありましたか。で、それを聞いた結果どうですか?』
「ここが、死に近づいた連中に力を与えるって話を聞いた。まぁ、それは正しいだろうと思う」
『ふむ』
「で、そこからこの世界が危険だという話も聞いた。まぁ、力を与えている基準がそれだとしたら、危険には違いないだろう。リュミスは否定していたが、これだけ便利なんだ。多少は危険があっても、それはそれで良いように思える」
『そこまで答えが出ている割に、何だかここ最近、精彩を欠くように思いますが』
モノクルの問いかけは、リュミスも感じていたことではある。
二人の間に、連携が取れていたわけではないのだが、それだけGTの様子が変だったということだろう。
「……俺はガリギュラー家の連中全部殺して、それで終わったつもりだったんだ。終わったって事は、余りも不足もなく、キッチリと寸法が合ったって事だ」
突然始まったGTの告白。
モノクルもすぐに返答を返すことは出来ずに、たっぷりと間をおいてからようやく、こう答えた。
『……なるほど。わかるような気がする、などとはおこがましくてとても言えませんが、スッと胸に落ちていくような主張ですね』
「それがなぁ。こっちにくると俺も気付いていなかった“余り”が堂々と大手を振って力を与えている。別に俺が頼んだわけじゃないが、何とも気持ちが悪い。で、俺もその力を使って戦うのはわりと好き――ということに最近気付いた」
『ほほぅ』
「だから、あいつらの仲間になるって話は論外だ。かといって“余り”で活動し続けるのも、何か違うような気がしてな」
『――さすがは二十二位』
「何だって?」
『いえいえ。つまり“余り”を有効活用出来れば、そのもやもやも解消できるというわけですよね』
「…………理屈を言えばそうなるのか」
二人の会話に一段落付いたところで、ポーンとボールが高々と舞い上がった。
「行ったわよーーー!」
ケートの声が響く。
今では活発に声が出ている。
これをセーブすれば、恐らく前半は終わりだろう。
~・~
ドラマは特に起こらず、予想通り前半は終わった。
そして、予想通りでなかったことがリュミスチームに訪れた。
「……もう一回言ってくれ」
信じられない事を聞いたと言わんばかりに、GTがバラキアに詰め寄る。
「だから、後半は陣地を入れ替えるんだ。お前はあっち側を守ることになる」
とバラキアは、先ほどまでクーンチームが守っていたサイドを指さす。
もちろん控え室などは用意されていないわけであるが、この際は役に立った。
「何でこんなにやりにくいんだ、このスポーツは。二度と関わりたくねぇ」
「い、いや、風向きとかな。公平さが無いとまずいわけで」
いきなりむき出しにされた憎悪に、バラキアの腰が引けるが、その原因はそもそも何をそんなに怒っているのかわかっていない事も大きい。
「何をそんなに怒ってるの?」
スポーツドリンクを飲みながら――
「お前! 足場固めるように言っただろ!?」
「あ! ……あ~そうね。残念だわ」
「忘れてたのか? おい、忘れてたのか?」
「結果的に、それで問題なかったわけじゃない。前半は良かったわよ、後半も頑張って」
「まとめに入るな。そもそもお前が指示出してる状態が気に食わねぇ」
罵り合いを始める二人
それを見てケートが首をかしげる。
「どうした?」
目聡くそれに気付いたバラキアが声をかける。
「……あのGTっていうのは、リュミスの男だと思ってたんだけど」
「それはそうだろう」
「う~ん……それにしては距離感が近すぎるような。もう家族みたい」
「それはつまり親密度が、そういうレベルって事だろう?」
「……まぁ、そうなのかなぁ」
納得いっていないようだが、とりあえずはそれで収めるしかないと判断したのだろう。
タイミング良く、リュミスがチーム全体に声をかけた。
「みんな! 後半も守りのことは気にしないで良いから、ガンガン行くわよ!」
「……本気で何とかしてくれよ」
ぼそりと、GTがそれに付け足した。
――一方でクーン陣営。
「くそ! 全然点が取れないじゃないか」
「仕方ありません。GTの非常識さが我々の予測を上回りました。それと審判もです」
「マ~イ~ク~!!」
イザークの言葉に、クーンが即座に反応した。
もちろんマイクは即座に逃げにかかる。
「マイクへの制裁はあとで良いでしょう。幸いにも敵はどうやっても点を取れるとは思えません。まかり間違っても負けだけはないんですから」
「そりゃあ、そうかもしれんがなぁ……」
「少なくともGTは試合中は人を撃てないんです。そうなると点を取るために出来ることを、一つ思いつけます」
クーンとイザークの視線がアガンへと向けられる。
前半は、GTの視線に射すくめられる形でほとんど活躍できなかった男だ。
「おい、まさか……」
だが、ここで二人の視線の意味に気付かぬほどにボケてはいないらしい。
「やるしかないだろ。まずGTを罠を張った
「あなたも、ここ最近の芸能評散々に叩かれてますね。何か人の恨みを買うようなことでも? ちょっと調子が悪くなったぐらいで、普通ああまでは叩かれないものですが」
二人がかりで、追い詰められたアガンは、今は贅沢を言っている場合ではないと気付いたらしい。
その瞳に決意の色を浮かべた。
~・~
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