第08話「今更、弾丸《めいし》交換」

OP Aパート1

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ガルガンチュア・ファミリーのナンバー2。


 ……と言えば、誰もがイザーク・バァンと答えるだろう。


 このファミリーはボスが自ら金庫番をしているという変わり種ではあるが、それだけ他の職務については、このナンバー2に負うところが多い。


 そして、このファミリーのもう一つの特異性は、そのシノギの手段として「天国への階段EX-Tension」を最大限に利用しているということだ。

 こちらも、ボスの担当……だと今までは思われていた。


 ところが最近、この「天国への階段EX-Tension」でのファミリーの活動がピリッとしない。


 シノギにはっきりとわかるほどの影響は出ていないが、取引相手が必要以上に関わってこようとしない――つまりは沈む舟からはいつでも逃げ出せる準備。

 そんなことを考えている“きらい”がある。


 原因は、はっきりしている。


 今までは、文字通り天国であった「天国への階段EX-Tension」の安全が脅かされているのだ。

 あの黒い悪魔――GTの手によって。


 ファミリーのボスが、この悪魔相手にイモを引き続けている――つまりは負かされ続けている。

 そんな評判が「天国への階段EX-Tension」に広まりつつあるのだ。


 実際にはっきりと負けたのは二回だけであるのに、他の敗戦についても“クーンが負けた”という事になっている。

 しかも、とんでもない化け物まで使ったのに負けた――という都市伝説の如き噂まで広まっていた。


 この事態をイザークは非常に憂慮した。


 彼の業務には、他組織との渉外も含まれているからだ。

 なんだかんだ言っても、裏社会では保持している暴力の規模で交渉結果も変わってくる。


 結果、一向に先の見えない「天国への階段EX-Tension」対策に、ついにこのナンバー2が乗り出すこととなった。


 イザークの思考はシンプルだ。


 「天国への階段EX-Tensionで殺せないのなら、現実世界で殺せばいい」


 以前から主張していた事ではあるが、それを具体的に肉付けしていった。

 幸いにして販売網の拡張は、そのまま情報網の拡張にもつながっている。


 然るべき情報さえ入手できれば「一週間の世界ア・ウィーク・ワールド」で個人を探すのも全くの不可能事ではない。

 然るべき情報――それはGTの顔である。


 イザークは学んだ。


 「天国への階段EX-Tension」では例外なく、元の顔を基準として分身体アバターの顔が形作られるという仕様を。

 そして、それに手を加えることが出来るのは基本的に色だけで、その容姿を整形でもするように変えることは出来ないということも。


 つまりは、写真ホロでも撮って後は民族的にスタンダードな配色を考えてやれば、立派な指名手配書が完成することになる。

 その写真を手配すれば――


「それはな、俺も考えた」


 だが、イザークが考えた作戦はボスであるクーンはとうに思いついていたようだ。

 頼もしくもあるが、何故それを実行に移さないのか、という疑問がある。


「お前は天国への階段EX-Tensionの仕様を理解し切れていない。天国への階段EX-Tensionの中から持ち出せる物は実質的にはないんだ。それがデータでもな」

「……しかし、あれは何というか……所詮デジタルデータなのでは?」


「そこが違うんだよなぁ。安楽椅子リフティングチェアの構造については、それこそ世界ア・ウィーク・ワールド中の人間が解析を試みてるんだぞ。チート技は誰だって使いたいからな」


 クーンはどこか得意げに語った。


「そんな中一番に匙を投げ出したのは、システムエンジニアの連中だよ。専門外だってな」

「じゃあ、成果は上がっていないんですか?」

「いや……超光速機関に関わってる連中が、どうもとっかかりを掴んでるみたいなんだけどな……実質は何も掴んでないのと同じ事だろう」

「超光速機関……?」


 それこそはブラックボックス中のブラックボックス。


 クーンが、その関係者と論を交えている――天国への階段EX-Tensionでのことであっても――事にも驚きだが、それと同等の機密性を持つシステムということであれば、ここに拘るわけにもいかない。


 GTへの報復にいくらでも時間を掛けても良い、とイザークは決して思ってはいないからだ。

 そこで、この計画にこだわりを持つのは止めた。


 だが方針としては合っているはずだ。

 イザークはその確信と共に、今度はマイクを呼び出して新たなる可能性を追求した。

 そして――


 星間連絡船「フォーマルハウスト」


 連合建造の連絡船の慣例に倣って、ただ星の名前が順番に与えられただけのグリース級六番艦。


 無論、豪華客船でも何でもないが、何よりも“ほぼ”定時に目的地に到着することで人々はこの連絡船を重宝に使っている。

 それに何よりも運賃が安価であるのだ。


 クーンがそれを利用しない理由はどこにもない。


 それでもS級個室を利用しているあたり少しは吝嗇が治ってはきているようだ。

 実際そこまでの倹約をする必要はなく、むしろ裏稼業を営む身としては当然の配慮ではあるだろう。


 かくして目的地へ向かうまでの間、ファミリーは仮初めとはいえプライベートな時間を持てることとなった。


 イザークが二度目の提案を行ったのはこのタイミングだ。


 「天国への階段EX-Tension」で、ただ遊ぼうと考えていたクーンは隠す事なく嫌そうな表情見せたが、さすがにイザークの提案は無下には出来ないと諦めて、カウンターバーに腰掛けた。


 この個室はさほど広くはないが、一流ホテルのスイートルームにある設備をギュッと詰め込んでいるような印象がある。

 イザークはクーンが観念したのを見計らって、さらに二人を部屋に呼び込んだ。


「マイク? ……と、誰だ?」


 自分に害を及ぼそうとする者をイザークがここに招き入れるとは思えないが、見知らぬ顔があるのは正直――気にくわない。


「こいつはマイクの伝手で、今回の作戦の為の機材を制作してもらった……」

「イザークさん、ダメッスよ。制作じゃなくて、プログラミングッス」


 いきなりイザークの文言にダメ出しするマイク。

 それだけで、クーンには大体の事情が飲み込めた。


「まさか、外に天国への階段EX-Tensionへのデータが持ち出す方法を見つけたわけじゃないんだろう?」

「それはやっぱり無理でしたよ。ただそこで起きた出来事を記録する事は、出来ますよね?」


「ああ。しかし何が映っているのわかるぐらいのもので……」

「ええ。回覧用にするには画像の不鮮明さなど問題は色々とある。だがそれを解決する手段があるらしいんですよ――そうだな?」


 イザークは紹介の遅れた、もう一人に目を向けた。

 もちろん――と言っても良いものか、外見はまったく裏社会ファミリーに似つかわしい格好ではない。


 ギンガムチェックのシャツに、洗いざらしのジーンズ。

 だらしなく伸びた長髪。痩せぎすの身体に猫背。


 正直言うと、クーンは最初からこの乱入者に苛ついていた。

 だが「天国への階段EX-Tension」関係の技術者とは、概ね“こんな感じ”である事も知っている。


「え、ええ。僕はあそこでの出来事を記録して――」

「名前ぐらい言え」


 クーンはイラついたままの声で、当然の作法を要求する。


「ぼ、僕は、あなたの名前を知りませんよ」

「なんだと……?」


 クーンの目がキュッと細くなった。

 時々こういう輩が居る。

 状況をまったく考えず、しかも感じずに、杓子定規に正論を振りかざす輩が。


「タナカ! マズイって。この人がボスだよ!」


 マイクがフォローしているが、そのフォローの仕方からしても裏社会としてはあり得ないほどフリーダムだ。


「ボス」


 イザークが状況にたまりかねて口を開いた。


「こいつが作る物がGT対策に有効であることはもちろんですが――それ以外にも、上手く使えばかなり儲かる事も出来ます」

「何ィ!?」


 クーンの表情がさらに険しくなった。


「お前ェ! ようこそいらっしゃいました!!」


 言葉の繋がりも口調も無茶苦茶である。

 クーンは席を立って、先ほどまで自分が座っていた席にタナカを座らせると、


「酒飲むか? 何か食べるか? マイクでもパシらせるか?」

「ボス! そりゃあ無いよ!」

「るせぇ! 俺のファミリーで一番偉いのはお金様だと何度も教えただろうが! それをお前はいつまで経っても、俺にくっついてるばっかりでろくに稼ぎもしやがらねぇ!」


 足にすがりついてくるマイクを足蹴にするクーン。


「ボス、今回のことは一応、マイクが渡りを付けましたので……」


 イザークが口添えすると、クーンも金儲けの機会が目の前にあることを思い出したようだ。


「それで、タナカ様。その金儲けのプランとやらを話してくださいやがれ」


 あまりにも無茶苦茶なファミリーのボスの姿に、タナカはすでに目を白黒させている。


「おお、そうだった。俺はクーン・ガルガンチュア。マイクのボスだ」


 元が自己紹介を巡るトラブルがあったことをここでようやく思い出したようだ。


「ぼ、僕はタナカ……」

「よく考えれば金稼ぐのに、名前は重要じゃないな。で、何をしようとしてるんだ? いや、それよりもそれはもう完成してるのか? 俺からの資金援助は? 取り分はどうする? 1:9か?」

「ボス、そんな話もまずはGTを排除してからです」


 勢い込むクーンにイザークが冷や水を被せた。

 途端に、表情を曇らせるクーン。


「ボスに任せても、そいつに任せても面倒なので、ここから先はまず自分のプランを説明します」

「「ええ!?」」


 声を揃えて、抗議の声らしき物を上げる二人。


「せ・つ・め・い・し・ま・す」


 もう一度宣言するイザーク。

 ボスとコミュ障は大人しくなった。


                      ~・~


 イザークのプランは簡単な物だった。


 要するに「天国への階段EX-Tension」でGTを写真ホロに収めよう、というプランだった。


 ただし、その写真ホロには解像度の上昇、そして加工とあとから手を加えることが出来るのが、今までのプラントは違うところだ。

 話によると、3D映像も作れないことはないらしい。


 とにかく画像データを残しておいて、構成員に順番に接続ライズさせ、それを確認させる。

 実質的には写真ホロを配るのと同じ効果が認められるはずだ。


「待て待て待て。それいくらかかるんだ?」


 予想通り、クーンが突っ込んできたがイザークは意に介さなかった。


「試算してません」

「何で!?」


 悲鳴のような声を上げるクーンに、イザークは追い打ちをかけた。


「いくらかかってもやり遂げなければならないからです」

「な、何を馬鹿な……」

「我々の商売が、それぐらいの危機に追い込まれていると考えてください」


 もちろん構成員一人一人に安楽椅子リフティングチェアを与えるなどという馬鹿なことは、しなくても良い。


 現実的なのは接続ライズする際に各惑星のサービスを利用することだ。

 これなら、目の玉が飛び出るほどの経費がかかることにはならない。


 クーンもそれをわかっているはずだが、クーンの場合は単純に金がかかることをするのが嫌なだけだ。

 だから、脅しの意味も含めて多少大げさに言ってみる。


 実際のところは、ある程度の不自由さを感じるものも現状は維持されている、というのが本当の感触だ。

 だがクーンが負けているという噂が流れていることも事実。


 この場合注意すべきは、他のファミリーがガルガンチュアが独占していた市場に割り込んでくることだ。

 クーンが、あの不思議な力を持っているらしい連中から見限られた場合――


 やはり、今確実にGTに報復しておく必要がある。


 そういう意味では“追い込まれている”と言ったのも全くの嘘ではないことになる。


「……それはわかったよ。それで写真ホロで金儲けの話はどうなった?」

「ほ、写真ホロじゃありません」


 ボソッと、タナカが呟いた。


「ぼ、僕が目指しているのは動画の撮影と編集です。そ、それをコピーして売り捌く……」

「というのは現実的ではないので、修正してみました」


 イザークが割り込んだ。


「動画の撮影までは良いんですが、それを記録媒体にコピーしても受け手にそれを再生する機械がありませんので」

「その機械も売ればいい」


「敷居が高すぎます。自分は動画の上映会みたいなものを開催するほうがコスパも良いと考えますが――もちろん、ゆくゆくはそれを売り出すところまで視野に入れても良いでしょう」

「……ああ、つまり映画を作るつもりなのか」

「ぼ、僕は反対です。だ、だってそういうものは個人で楽しみたいものでしょう?」

「「…………」」


 タナカが何を作ろうとしているのか、それで察したクーンと、恐らくはそれをすでに知っていたであろうイザークがジト目でタナカを見る。


 もちろん、その手のビデオに需要がないとは言わないが、接続時間の制限がある世界でそれを行おうとする男性限定の商売はあまりにもニッチすぎる。


 どう考えても、映画館でも作って逢瀬を楽しむカップルでもターゲットにした方が市場は広いだろう。

 イザークはそこまで視野に入れているに違いない。


天国への階段EX-Tensionならではの無茶を映像に収めることが出来れば、計画としても悪くはないかと」


 この時、イザークの脳裏にはGTの超人的な身体能力が頭の中に浮かんではいたが、それは慎ましやかに言わないことにしておいた。


「ふん、確かにな」


 この慎ましやかさの効果もあって、クーンはそれには同意したものの、すぐに問題点に気付いた。


「……いや今の段階じゃ動画撮影も出来てないんだろ? 見通しはどうなんだ」

「それは大丈夫だよボス。加工できる画像を撮影できるカメラについては完成してると言っても良いんだ――ただ資金が続かないらしくって……」


 今まで静かだったマイクがここで言葉を添える。


 イザークが現実世界の腹心なら、マイクは天国への階段EX-Tensionでの腹心と言っても良い。


 マイクがそう言うのであれば写真ホロに関しては技術的な問題は克服していると考えても良いだろう。


 そこで具体的に、作戦の流れを想像してみるクーン。

 そしてすぐに困難な状況に行き当たった。


 どう考えても、レンズを向けられて素直にそれに応じるGTの姿を想像できない。


「大丈夫」


 それもまたイザークの想定の範囲内だった。


「これには足で稼いだ情報で対処します――GTには弱点があるんですよ」

「弱点?」


 イザークは顔の傷を引きつらせるようにしてニヤリと笑った。


                     ~・~

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