Aパート2 アイキャッチ
戦線に復帰したGTは絶好調だった。
絶好調すぎて不透過地域にいる連中が、姿を見かけただけで逃げ出す程である。
それで取引の約束は成り立つのかと言えば――
『何とかなってるみたいですね。データ上』
感情のない声でモノクルが言う。
ここは真っ直ぐに空へと伸びる針葉樹の森の中。
GTは枝を払いのけながら、
「どういう絡繰りだ?」
と誘いに乗るように尋ねてみる。
『GT注意報みたいなものが出ているようですね。で、それが出ると取引は中止。改めて“篭”中枢が場所を用意して、取引の面倒をみる』
すでに相手を“篭”と呼ぶことはGT、エトワールと共に了承している。
「そこも俺が来たら?」
『情けない話ですが、我々がそこまでフレキシブルに対応できているとは思えません。一方で他の職員を派遣したところで――』
「RAが派遣されるわけか。相手はRAをどこに向かわせればいいか確実にわかっているわけだしな」
この相手有利の条件を覆すにはGTが最低でも、もう一人必要で――そんなことはもちろん無理だ。
『やはり敵中枢の位置を掴まないと、このいたちごっこに終わりはありませんね』
それを望んでいる人物もいるには居るが、このままでは望むも何も永遠にこの状況が動かない可能性だってあり得る。
「……で、あの
『確実に“篭”幹部につながっている事が判明している人物ですからね』
GTが突然にブラックパンサーを抜いた。
抜いたからには目標物を発見したと言うことだろう。
ドンッ!
銃声一発。
木々の隙間から無造作に出てきた相手を仕留めるGT。
容赦も警告もなかった。
『……無慈悲な』
「慈悲を掛ける必要があるとは思わねぇが……」
そのまま、さらにドンッドンッと銃撃を加えるGT。
『どうしました?』
「いや……消えた後に何か残ってた。何だ?」
『今度の罠は、自爆攻勢ですかね? RAの例もありますし』
「……の、割には何も爆発しなかったが」
『まぁ、銃で撃ったぐらいで爆発するような危険物抱えていたら、目的を果たす前に勝手に自爆するでしょうが……』
問題のブツはすでに消失してしまっている。
ただ、今の消え方の順序からすると、残された“何か“は後からわざわざ用意した“何か”だということになる。
『今度、また出てきたら残しておいてもらえます?』
「りょーかい」
ドンッドンッドンッ!!
言いながら再び発砲。
またもわらわらと人間が湧いてきていて――みるかぎり正装姿の男達――GTはその男達の頭部に正確に銃弾を叩き込んでいた。
もちろん、そのまま消えていく男達。
明日は
そして、やはり何かが残されていた。
警戒すべきは、残されているものがやはり爆薬で、GTが近づいたときにそれを起爆させる罠。
こればかりは銃を構えていても防ぎようもないので、GTはホルスターに銃を戻し警戒しながら近づいていく。
実のところは、銃をしまうことでここを監視している“誰か”を油断させる目的もあった。
視線を感じた瞬間に、その位置を特定。
爆発に対してはその後に避けても良い――そういう心づもりで近づいていく。
だが、いつまで経っても向けられる視線は感じられない。
エトワールの“認識阻害”さえ通用しなかったGTの知覚能力を欺く――というのも現実的ではないので結論としては、そもそもここを監視している奴はいない。
……という結論になってしまう。
それに首をかしげている内に、男達が残した“何か”の側にまでたどり着いてしまった。
「……モノクル、意見を聞きたい。これは何だ?」
一目瞭然なのだが、その存在の不条理さに思わず尋ねてしまうGT。
『……プラカードですね』
仕方ないので、モノクルが答える。
「……読んでくれ」
プラカードには当たり前に文字が書かれていた。
それを読めないはずはないのだが、モノクルは触らぬ神にたたり無しという心境で素直にそれに従った。
“Welcome, GT! Preparation of a party ia a cinch! ”
(ようこそGT! パーティの準備はばっちりだ!)
「……どういうことだ?」
『挑発行為……なんでしょうね。ちょっと大胆すぎて目眩を覚えますが』
「そもそもここに呼び出された紙切れにも、パーティとか書いてあったらしいな」
『ええ……まさか、本当にパーティを?』
GTがいきなりジャンプした。
そもそも、この地形に付き合う必要もGTにはないのだ。
一回目のジャンプで、針葉樹の中程までに飛び上がりそこから上の状態を確認して、幹を蹴飛ばして、さらに上へ。
そのまま、一本の木のてっぺんを掴んで身体を固定すると周囲の地形を確認。
針葉樹を抜けると視界が開けるようで、さらには周囲の風景を静謐な水面に映す湖がある。
遠くには、実際にあるのかどうかはわからないが峻険な山脈が見えた。
風光明媚、とはこういう風景のことを言うのだろう。
「……パーティ?」
『バーベキューパーティでもする気ですかね?』
「実際にパーティをするという方向で考えるなよ……何かあるな?」
湖の畔で何かがきらめいている。
最初は水面が反射していると思ったのだが、明らかに場所が違った。
だが、クーン達の姿が見えない。
「とりあえず、アレに近づくか――くそ! あのバカを放置できるならそれが一番なんだがなっ!」
叫んで、さらに上空へとジャンプするGT。
そのまま、軽い身のこなしでトントンと針葉樹を足場にして湖へと向かう。
その間にも、クーンの姿を確認しようと目を凝らしてはたが、どこにも見あたらない。
「おい、奴が呼び出したのはここで良いんだよな?」
さすがに不安を覚え胸元の薔薇に話しかけるGT。
『それは間違いないですよ。それにここが不透過地域であることにも間違いないですし』
「じゃあ、何で奴が居ない? 姿が見えないにしても俺を殺すための装置は? 地対空ミサイルでも配置したいのなら、もっと真っ正直にやる奴だと思ったが」
『その人物評には同意ですが、それ以外のことを私に聞かれても……』
ついに針葉樹の森を抜けた。
同時にGTは足場を失うということでもある。
最後の跳躍は大きく前へ。
GTは前回り受け身を行いつつ着地すると、すぐに膝立ちの姿勢へと移行した。
右手にはブラックパンサー、左手はボルサリーノを押さえている。
そのまま上下左右を警戒。
しかし――何もない。
「……何か、俺バカみたいじゃないか?」
思わず我に返るGT。
『大丈夫。必要な動きですよ……しかし、これは一体』
GTを励ましはしたが、モノクルも事態の異様さに戸惑いを隠しきれない。
だが、そんな二人の戸惑いは次の瞬間に驚愕で報われた。
ブォオオオオオオオオォォォォ……ン
得体の知れない、今まで聞いたこともないような音がGTの耳朶を打つ。
そして足下から伝わってくる振動。
音のする方向に目を向けてみると、そこには鋼鉄の異形が迫りくる光景があった。
黒煙を吐き出し、動輪を振るわせ、ドンドンとこちらに近づいてくる。
近づけば近づくほど、騒音が酷くなっていく。
今、自分が感じている振動が音によるものなのか、それとも足下から伝わってくる振動のものなのか判然としない。
音の中に包まれる感触。
その物体の出現に、一瞬完全に惚けていたGTだったが反射的に銃口を向ける。
そしてトリガーを絞る、その一瞬。
GTのエメラルドの瞳は、その鋼鉄の物体から差し出される旗を見つけていた。
『……白旗……ですね?』
人類は、未だにこの旗の意味を形骸化させてはいなかった。
当然GTにもそれは理解できる。
が、油断はしない。
銃を構えたまま、その物体の接近を待つ。
物体はやがて、その動きを変化させGTの視界を横切るような動き――湖の縁をなぞるような――を見せた。
その動きで、モノクルはこの物体が何か思い当たるものを発見できたようだ。
『ははぁ、これは鉄道の一種ですか。すると、あなたが見た光るものはきっとレールですね』
「鉄道? じゃああの煙は何だ?」
『大昔の駆動装置を稼働させたときに発生する余剰部分……というところでしょうか』
そんなことを話している間にも、鉄道はその速度を落としやがてGTの前で停車する。
先頭車両の無骨さとは違って、目の前の客車は随分と繊細な造りだった。
車両自体を支える黄金のフレーム。セーブルブルーの壁面には象眼細工が施されている。
走る美術品、という表現も決して大げさではない見事な一品だった。
その車両から降りてくる、一人の男。
もちろんGTは油断無く銃口を向ける。
そんな中、男は深々と一礼した。
アイボリーのフロックコートに身を包んでおり見かけ上は――
『車掌……ですかね?』
「まぁ、格好は。だけどアレはクーンの部下だぞ」
『え?』
「さすがにお見通しですね」
GTの指摘に答えるように男は身を起こした。
「私は……そうですね“スカー”ということで」
「なるほどボスと違って、少しは思慮があると見えるな。それに確かにその傷面には似合いの名前だ」
果たして、その車掌姿の男はイザークだった。
が、GTを改めて視界に収めるとその表情が曇る。
「……迎えの者を寄越したはずですが」
「殺した」
「…………白旗を用意しておいて正解でした。お一人しかおられないので念のために掲げておきましたが……」
『心中お察ししますよ。それで、この騒ぎは一体何なんですか?』
どうやら向こうの目的は罠を掛けることではなく、こちらとの接触にあるらしい――実に今更ではあるが――と察したモノクルが割り込んだ。
「ウチのボスが、改めて話をしたいとのことで」
「――何を話すんだ?」
とりあえず銃を収めながら、GTが気のない様子で尋ね返す。
その目は改めて、鉄道車両を前から後ろへと観察し続けていた。
どうも、この車両自体に関心を引かれているらしい。
「まぁ、恐らくは趣味のこととか金のこととか……そんな話だと」
『ご存知ないんですか?』
「我々も、わけがわからぬままにボスの意向に従っているだけなので――私からアドバイスさし上げたのは一つだけです」
『何ですか?』
「我々の技術力の限りを尽くして――」
イザーク――スカーは全くの無表情でこう続けた。
「ロブスターを再現させました」
モノクルは絶句した。
それではこの先の展開が一つに絞られてしまう。
GTは真っ正面からスカーを見据え、しばらくは探るようにその様子をうかがっていたが、何とか自制心を働かせたらしい。
「……用意ってお前、それをどこで食べるんだ?」
まず、慎重に窺ってみる。
「私もよくはわからないんですが、この乗り物には“食堂車”という車両が連結しておりまして、そこで饗させていただきたい、とウチのボスは申しております」
「食堂車……?」
「この乗り物に乗りながらにして、食事が出来るという寸法です。どうやらずっと昔にはこういう乗り物に乗って旅をする慣習があったようでして、それを再現したらしいです」
「ほう」
と、思わずGTは食いついてしまった。
「ご覧のように、この辺り一帯は穏やかな自然の風景を再現しておりまして、お食事中の間にも移り変わる景色をお楽しみいただけるかと」
「……なるほど」
その声の調子で、モノクルはGTが随分とこの申し出に惹かれていることがわかった。
何しろ自分自身が惹かれているのだから、その心中も察して余りある。
「話をするということなら、まぁ、この誘いに乗るのもあり……か?」
一応の節度として、GTがモノクルに尋ねる。
『……仕方ないですね』
モノクルもそれに同意した。
何しろ本来の目的は“クーン殺すこと”ではなくて“クーンから情報を引き出すこと”なのであるから。
相手の目的がはっきりしないのが何とも不気味ではあるが、古来、虎穴に入らずんば虎児を得ず、との言葉もある。
実質、危険にさらしてしまうのがGTだけという部分に忸怩たるものを覚えるが、当の本人がロブスターと豪華でクラシックな列車に心奪われているのだから――問題なしとすることにしよう。
『しかし、当然ですが武装解除などこちらが譲歩するつもりはありませんよ』
「この人相手に、武器の有無でこちらの状況が有利になったりするとは思えませんが……ええ、もちろんそんなことを要求したりはしません。こっちだって武器は持っていますから」
「なるほど完全になれ合いを求めているわけではないって事か」
GTはニヤリと笑った。
「よし、話をしよう」
◆◆ ◇◇ ◆◇◆ ◇◇ ◆◆
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