第12話「終焉の虜」
アバン OP Aパート1
グリニッジ標準時、20:43。
気付いたきっかけが、イシュキックにあるガルバルディ宇宙港での騒動の報告であるので、厳密に言うと“気付かされた”シェブランはたっぷりと、脂汗を流すこととなった。
だが、その騒動の事情が明らかになるにつれ、最悪のケースではない、と判断を下せるまでに事態は回復した。
もちろん、それで気を抜く事も出来ない。
彼の持っている僅かばかりの権限を使って、リュミス・ケルダーというアイドルの護衛を命じた。
名目は治安維持でも、要人警護でも、書類作成の間に勝手に付け足されるだろう。
あとは、当人達に注意を促せばいい。
いっそ足下の惑星に降りていこうか、などとシェブランは考えていたが、結果論からいうとこの判断は色々と甘かったことになる。
彼もまた、疑うことを怠っていたのだ。
情報と――そして組織とを。
そしてほとんど同時刻。
ガルガンチュア・ファミリーの若き頭目クーンは、リュミス拉致失敗の報告を受けていた。
それだけであれば以後の対処は簡単であったのだが、その情報にノイズが紛れ込んでいる事が判明する。
いや、それは“雑音(ノイズ)”と呼ぶには、あまりにも巨大すぎる情報。
クーンはそれを聞いたとき、容易には信じようとしなかった。
襲撃に失敗した連中が、それを誤魔化すために嘘を紛れ込ませたのだと。
だが、見過ごすことも出来ずにマフィア式の慎重な尋問を行った結果――安易についた嘘ではない、というところまで情報の強度を上げることが出来た。
(だが、まだだ)
クーンは珍しく慎重に
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
リュミスは目の前の光景をどう判断すればいいのか、未だに判断が付かなかった。
イシュキックに降りてきて、すぐに目の前で銃撃戦が始まった。
ライブ告知は行っていたとはいえ、自分の知名度はさほどではない。
実際に事前準備をしてくれている、楊という人物が宇宙港に来てくれる手配にはなっていたが、降り立った直後にこんな事が起こるというのは、正直言って初めての経験だった。
――
銃撃戦の折、実際に自分を守ってくれたらしい薄汚れた男はすぐにいなくなってしまった。
その後、現れた小柄な男――この男が楊だった――がやって来た宇宙港の警備員と官憲に事情を説明して、あっという間に段取りを付けてしまう。
この
どうにも、あの動きがある男の動きに似ているような気がする。
それを気にしている間に事情聴取――話せることなど何もなかったが――も終わり楊がホテルへと送ってくれることとなった。
その最中に、結局あの騒動は何だったのか? と尋ねてみると、これからその確認が行われるという説明をされ、
「自分も立ち会いたい」
と、リュミスは申し出た。
難色を示した楊であったが、こんな風に巻き込まれて事情を全く知らないままというのは、我慢できないとリュミスがさらに主張すると結局は折れた。
そして、ライブ会場予定の「シェル・カリアリ」へと同行。
元々、騒動がなければそういう予定でもあったし、なによりその“確認”を行うのも、そのライブハウスであるらしい。
楊がライブハウスを事実上本部にしているかららしく、何とかここまでは理解できた。
問題はそこから先である。
~・~
「シェル・カリアリ」に到着して、まずライブハウスの支配人に挨拶する。
それも楊が付き添おうとしたのだが、それは断った。
なんでもかんでも楊が付き添いでは舐められるし、実際の演出プランなどを確認するための時間が必要で、それに付き合わせて先ほどの騒動の確認が遅れるのもいやだった。
楊も、そのリュミスの申し出には同意する。
それでも支配人室の近くに二人の仲間を配置して、警護と連絡は付くように手配していった。
当たり前の配慮ではあるが、あの騒動の後だ。
素直に感謝して、実際に警護に就く二人にたっぷりと笑顔をサービスしておく。
いかにもチンピラ風の二人ではあったが、それだけで頬を染めてくれるのは可愛く思えるし、なによりも、そんなファンの存在はありがたかった。
おかげで気分良く、報告を受けていたライブハウスの設備について、実際のところを確認することが出来た。
基本的な演出プランに大きな変更は無しで済みさそうだ。
そして、気になっていた騒動の確認作業現場とやらに赴くことにした。
場所は楽屋であるらしい。
支配人室のある三階からエレベーターではなく階段で地下一階まで下っていく。
それに付き合わされる警護の二人には気の毒だが、さすがに密室に迎え入れるほどに心は許してはいない。
階段を下りてすぐのところに楽屋の入り口があった。
そこに、まず楊がいる。
その横には見知らぬ男。派手な色の開襟シャツに、膝丈のズボン。それにぎらつくサングラス。
楊と同じく東洋系で、年の頃もそう変わらないか。
その割に印象が正反対と言っても良い。
だがこの二人には、印象以上に注目せざるを得ない共通点があった。
部屋の入り口近くで直立不動のまま、なにやら尋常ではない程の汗を掻いている。
部屋の奥に誰かいるのだろう、と思いヒョイと覗いてみると、そこには宇宙港で見た薄汚れた男がいた。
入り口の二人は、その男相手にほとんど廊下に立たされているような状態であるらしい。
見知らぬ開襟シャツの男が、自分を見て表情を輝かせたが、すぐにその表情は引き締められた。
自分のファンであるのは間違いないようだが、それで浮かれることが許されない。
そんな状況らしい――部屋の中の男の為に。
「なんで、そいつがそこにいる?」
その男が発したらしい声が聞こえてきた。
“そいつ”扱いとは大層なことだが、粋がってそういう風に呼んでいるわけではなさそうだ。
「騒動の事情を自分も知っておきたいと仰いまして……」
歯切れ悪く楊が応じると、部屋の中の男はフンと鼻を鳴らした。
「なるほど。それは道理だ。入って貰え。と言うか何でお前ら入ってこない」
色々と状況が混迷さを増してきた。
別に薄汚れた男が、二人を立たせているわけでもないらしい。
それなのに、この男の前では二人は異常に緊張を強いられている。
(一体、何者……?)
「適当に掛けてくれ。俺はジョージ・譚。今は自分でも何をやっているのか、わからん状況だから名前だけ知ってくれればいい。あんたはリュミス・ケルダーでいいんだよな?」
「え、ええ。あなたこの二人の上司……とかじゃないの?」
勧めに従って楽屋の椅子に腰掛けながらリュミスが尋ねると、ジョージは首を横に振った。
「違う。俺にそういう役職があるとややこしくなるんだ」
「じゃあ……」
一向に状況が整理されない。
「楊は知ってるよな? もう一人が李。李は最初はあの騒動の主犯かと思ってここに呼び出したんだが……」
リュミスの呟きをスルーして、ジョージは説明を続ける。
「ちょっと待って。あなたの立場はよくわからないけど、今のこの二人見てれば、あなたに逆らいそうにないのはわかるわ。まず、そこを説明して」
リュミスがそう切り出すと、三者共になんだか微妙な顔になった。
「……楊。お前がやれ」
「俺ですか?」
「消去法でお前しか残らない」
何だか、よほど面倒な状況だったらしい。
「――つまりですね。俺と、そこにいる李は同じ会社に勤めてまして」
「はぁ」
「で、俺がリュミスさんのライブについてあれこれさせて貰ったじゃないですか」
「うん。それ会社と関係あるの?」
「無いんですが、それを聞きつけた李がそこに横槍を入れてきましてね。李はその……会社社長の親戚で――」
「それは……」
リュミスにしてみればくだらない、と思うと同時に難しい事態だった。
両方ともファンには違いないのだから、そこで区別も出来ない。だからといって李のやり方が――
「あんたは言いにくいだろうから、俺の判断で言ってやる。悪いのは李だ」
言い淀んだリュミスを助けるように、ジョージがすっぱりと断定した。
その言葉に李が首をすくめる。
「俺達の業界では、李のやり方は絶対に許されない。正直、この事態を聞いたときに真っ先に李を殺――排除すれば済む話だと思ったからな」
今“殺す”と確かに言いかけた。
どうも、思考パターンが“あの”黒ずくめの男に似すぎてはいないだろうか?
言われた李の方は、ガタガタと震え始めていた。
どうやら、この男が殺すといった場合、その実現性がかなり高いというわけだ。
……ますます誰かに似ていないか?
「だが、俺が楊の方に付いたことでそれ以上いらないことをしないだろう、と考えていたのがあの騒動までの状況だった。が、実際に騒動は起こった。最有力容疑者は?」
何故かそこで、ジョージは問いかけてきた。
リュミスは戸惑いながらも、一番妥当な答えを模索する。
「それはまぁ……李さんになるわね」
「違うッス!」
ようやくのことで発言したと思ったら見事なチンピラ口調だった。
「譚先生が楊についた段階で俺達が相談していたのは、どうやって詫びを入れるかと言うことだけッス。第一リュミスさんを攫おうなんて、そんな大それた事、考えたこともないッスよ!」
李は必死に主張した。
リュミスはそんな李を半眼で眺める。
ふと、ジョージの方に目を向けてみると、ほとんど同じような表情をしていた。
「……無条件に信じたわけではなさそうね」
「そこまで無邪気には育ってないからな。だが、用件を伏せて呼び出したら、こいつノコノコここに現れたからなぁ……」
「なるほど」
「あと、事情は先ほど説明したとおりですが同じ会社なので、どこにいるのか大体わかるんですよ。で、その確認を行ってみたところ……李の仲間の騒動時の所在は概ね判明しました。宙港に近づいた者もいなかったようです」
何とも微妙な話である。
攫わせるのに人を雇った可能性があるからだ。
だが、状況証拠的には現在、白に近いだろう。
「……李」
「ハイィ!」
ジョージの不機嫌そうな声に、全力で応える李。
「こうなったらお前にも協力して貰う」
「先生! それは……」
その指示に楊が声を上げる。
だがジョージは静かな声でさらに説明を続けた。
「こっちの仕事には混ぜない。そもそも今更混じられたら仕事が複雑になるだけだ。こいつらにやらせるのはこの騒動の調査だ。元々あるはずのない仕事だからな。それに、こいつらがやってないというなら必死になって何か見つけてくるだろ。さもないと――」
ジョージはそこで薄く笑った。
李が、今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。
「楊。お前はグレゴリーに連絡して、こっちに人を回して貰え。今のお前の仲間は荒事向きなのはいないんだろ?」
「そ、それはそうですが……」
「俺にケツ持ちを依頼したのはあいつだ。状況がこうなって今更知らぬ存ぜぬじゃ筋が通らない。文句言ったら“殺すぞ”と伝えておけ」
今度はきっぱりと、殺すと言い切った。
間違いない。
リュミスは確信した。
こいつら“堅気”じゃない。
今までも、こういう連中とつるむことはままあったから、今更怖じ気づいたりはしないが今回は何か“桁”が違う。
その原因は、このジョージという男だ。
相変わらず事情がさっぱりわからないが、危ない男達の間では相当なカリスマであるらしい。
そして、あの宇宙港での一件を見る限り腕も確かだ。
そのジョージがリュミスに声を掛ける。
「あんたも、着いて早々に色々あってすまなかったな。そこの楊の手配はキッチリしてるから、あとは任せて――」
そこで、ジョージが視線を流すと楊は力強くうなずいた。
「大丈夫みたいだ。俺はあんたの仕事のことはよく知らんが、上手く行くように祈ってるよ」
「あ、ありがとう」
少し構えていたリュミスは、拍子抜けしたように言葉を返した。
セクハラじみたことを要求されるかと、そんな心配もしていたのだが、まるで自分には興味がないらしい。
「せ、先生!」
話は終わりだと気を抜いたところに、まだその場にいた李が声を上げた。
「……何だよ」
「し、調べるにしても何から手を付けて良いのか――」
何とも情けない告白だった。
これは雷が落ちるかな、とリュミスは肩をすくめたが、そもそもジョージには怒る気力ももう残ってないようで、気怠げに楊に声をかけた。
「楊。あの宇宙港はどこのシマだ?」
「ベラネッツィ家ですね」
「李。あれだけのことをしでかそうとしたんだ。先に話は付けているはずだから、どこからか金が入ってないか調べろ。上に聞く方法もないし、聞いたところで答えたりはしないだろうが、下っ端が羽振りの良くなった兄貴分のことは知っているかも知れない。下っ端は下っ端同士で仲の良いのもいるだろ。それが糸口になるはずだ」
「は、はい! で、でも……」
「まだなんかあるのか?」
「ベラネッツィのとこは、カイ・マードルのツアーにも噛んでいて、今、全員がかなり潤ってます」
「そうか……そうだったな」
李の言葉に、楊が思わず声を出した。
その楊にジョージが尋ねる。
「その、カイというのは何だ?」
「アイドルですよ。ツアーのファイナルが間もなくあるんです。リュミスさんとは客層が被りませんから、知ってはいましたが今まで意識してませんでした――迂闊です」
「いや、この場合――」
何かを言いかけたジョージは、そこで異変に気付いた。
リュミスの顔から血の気が引いている。
「おい、大丈夫か?」
「そう……あの男がこの
~・~
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