Bパート2 ED 次回予告
ジョージは昼食の後、グレゴリーによって楊に引き合わされた。
楊は背の低い男であったが、鳥の巣のような頭に象徴されるように身体の内側でエネルギーが爆発しているような、そんな男に思える。
なるほど、グレゴリーが目を掛けたくなるのもわかる、とジョージは心の中で呟いた。
未だにスーツを仕立てるほどの金回りが良くないせいか、はたまたイシュキックの今の気候に合わせてのものか、麻に見える合成繊維のジャケットを着こなすなかなかの色男だ。
仲間――同じリュミスのファンらしい――に矢継ぎ早に指示を出している姿も様になっており、グレゴリーの言うとおりジョージはその後ろにくっついているだけで良かった。
「本当に助かります。先生が来る前は、妨害が酷かったものですから。これで遅れを取り戻せますよ!」
前髪でほとんど目が見えないわけだが、それでも如才ない対応も出来るらしい。
ジョージの感じたところ、楊の周りには確かに不穏な空気も感じられたが、今のところ手出ししてきそうではない。
ジョージは戦うと決めれば、全く容赦しなくなるが、それでも“戦う”という状況を自ら作り出そう、などとは考えない。
それをするほどの気力を持ち合わせていないからである。
そんなわけで、最初はジョージを伝説の人物として、幾らかは遠慮をしていた楊とも一日もすれば気安い会話も出来るようになっていた。
「……凄い女だな。航法士でもあるのか」
「そうなんですよ。それで彼女は星々の海を巡り、歌を届けてくれるわけです。航法士なら、もっと安泰な生活もおくれたでしょうに……」
ライブ会場として、楊はイシュキックでも有名な「シェル・カリアリ」というライブハウスを抑えていた。
収容人数は、五百人程でなかなかの大きさと言えよう。
楊はここ数日ライブハウスに寝泊まりしていて、ジョージもそれに付き合っている。
同じ空間にいれば、気心も知れてくるという寸法だが、ジョージはその楊の意見には首を捻った。
「そうかな? 例えば俺が航法士だったとしても同じことしてたと思うぞ。いや、歌うことじゃないぞ。自由にこの世界を行き来できるんだ。それなのに雇われて、言われたままのところに行くばっかりの仕事やってられるか?」
ジョージがそう言うと、楊は人好きのする笑顔を浮かべ、
「なるほど。しかし僕にしてみると譚先生が航法士じゃないことが不思議ですけどね。距離なんかバカにしてるでしょ」
「俺が航法士じゃない理由ははっきりしてるよ」
「何です?」
「気力が足りないんだ」
何ともリアクションの取りづらいジョージの答えに、楊は愛想笑いを浮かべるに留めた。
そして――
ついにリュミス到着の日がやってきた。
イシュキックにはその性質上、小さなものから大きなものまで多種多様な宇宙港が存在しているが、リュミスが降りてくるのは新・カリアリの郊外にある「ガルバルディ宇宙港」である。
大層な名前が付いているが、大型の宇宙船やシャトルは受け入れ不可能な手狭な宙港である。
しかし、リュミスのクルーザーのような小型のものであれば、このくらいの宇宙港の方が色々と便利だ。
逆に言えば、クルーザーを持っている選ばれた者こそが、こういう小さな宇宙港を利用できる、という見方も出来る。
その宙港には楊も、そしてジョージももちろん迎えに来ていた。
ジョージはモノクルに
普段、エトワールにはその自由を許しているし、フォロンの動きを観察することがこのところの主な仕事であったので、これにはあっさりと許可が下りた。
そして
これ以上、事態がややこしくなるのは防げそうだからだ。
「――楊。この港、妙な奴らが入り込んでる」
短く告げると、ジョージの傍らに立って周囲を警戒していた楊の表情が引き締まった。
小さいとはいえ宇宙港である。多種多様な人間が出入りしているが、ジョージの危機感知能力は確実に敵意ある人間の存在を察知していた。
「無理をしてでも、すぐに降りてくるクルーザーに近づけるように手配しろ。このタイミングで襲撃を掛ける理由は一つしかない」
楊は、すぐにジョージの言わんとしていることを理解した。
相手の計画とは恐らく、後先考えずにリュミスの身柄を抑えてしまい、それから楊との交渉に乗り出す。
まともな神経をしていればジョージを敵に回そうとは思わないはずだが、まともな神経を維持しているアイドルファンもまた希少な存在だろう。
楊は端末で何事か指示を出したり連絡を受けていたが、一分もしないうちに、
「先生、付き合っていただけますか?」
と切り出してきた。
どうやら話を付けてしまったらしい。
「ああ」
「それと、殺すのは無しで……虫のいい話だとは思いますが」
「いや。そうでもない。妥当な判断だ」
二人揃って走り出すと、クルーザーが降りてくるエプロンへと乗り出した。
停まっている宇宙船は二隻。
その内の一つに、邪な想いを抱いた連中が詰め込まれている可能性――いや予断は禁物だ。
「港全体を監視できるところに仲間を――」
「やってます。宙港の外にも監視を。先生、銃は?」
「必要なら敵から取る」
嫌な予感がますます高まって来ている。
襲撃がある可能性、ではなくて襲撃があると考えて行動した方が良い。
「来ました。リュミスのクルーザーです」
言われて見上げるが、宇宙船の腹なんかどこからどう見ても同じにしか見えない。
色が赤色系だということはわかるが、すでに影になっていてほとんど黒だ。
「先生、我々のものとは違う通信が行われています。ここを監視している別集団がありますね」
ジョージの勘を裏付けるだけのものだったが、確証が得られたことは良い材料だ。
「外から船を開けるのは不可能だな。ということは……」
「彼女が降りてきた瞬間を狙っている?」
それが答えだろう。
リュミスのクルーザーは、すでに着底寸前だ。
管制から開けないように指示を出させるか――いや、相手が実力行使に出るような馬鹿なら、ここで動かぬ証拠を押さえて、いらない手間を省いた方が良い。
相手もファンであるなら、リュミスをいきなり狙撃というようなことはしないだろう。
リュミスのクルーザーが静かに着底した。
「どこが出口だ?」
と、尋ねるが明確な答えが返ってこない。
その点について、楊を責めることは出来ない。
何しろ、リュミスがどんな型のクルーザーに乗ってきているのか、今の今まで情報がなかったのだ。
「わかりました。逆側ですね」
だが、すぐに情報が入ってきた。
仲間からのものだろう。
それはありがたかったが、運が悪い。
その時、二人の他にもエプロンに侵入してくるものがあった。
スキール音をきしらせて突っ込んでくる、黒塗りのバンだ。
クン……!
と、ジョージは自分の頭の中でスイッチが入るのを感じた。
その時にはすでに、楊を置いて駆けだしている。
情報戦では負けていたらしく、黒塗りのバンは迷わずクルーザーの出口がある側面に横付けしていた。
すでに、様々な格好をした男達がバンから湧きだしてきている。
殺すつもりであれば、ここで姿を隠すところだが今回は追い払えばいい。
普段とは逆に、見せつけるように派手な音を立ててクルーザーの機首方面から回り込む。
男達は突然出現したジョージに明らかに戸惑った表情を浮かべていたが、ジョージはそれに構わず、そのままジャンプして停車したばかりのバンの上へと飛び乗った。
相手には
バンの上を転がるように移動して、着地と同時に足払い。
改めて確認すると、男の数は五人。
タラップを囲もうと意図してのことか、都合良くクルーザーの壁面に沿って一直線に並んでいる。
ジョージの身体は、お互いの身体が邪魔をして実際にジョージに接している者しか確認できないだろう。
そして襲撃されているというのに、その陣形を変えようともしない練度の低さ。
足払いで倒した男の頸動脈を締めて落とすと、懐を探って銃を取り出す。
ようやくのことで、他の連中も銃を抜き始めた。
その銃を狙って、躊躇うことなく発砲。
なんだかんだいっても相手の方が数が多いのだ。
しかも殺さずに、お引き取り願わなければならない。
面倒なことだとは思うが、しがらみというものがある。
ジョージは次々と男達の拳銃をはじき飛ばしていった。
ショートノーズのリボルバー――官憲みたいな銃だ――の手入れは確かなようで、ジョージの連射に見事に応え、男達の手から銃を弾き飛ばしていく。
その上で、無防備になった手近な男の首筋に銃把を叩き込んだ。
「おい、これ以上やられたら、引き上げるのにも面倒になるぞ」
今、立っているのは三人だがあと一人倒されると、撤退するときに一人は見捨ててしまいたくなる誘惑に駆られることになる。
それに加えて、一瞬の襲撃で事を済ます予定が、このように手こずっては……
ビーーーーーーーーッ!
宇宙港に非常事態を告げるブザーが鳴り響いた。
「チッ!」
「引き上げるなら手出しはしないぞ。安心しろ」
そう言って、ジョージは大胆にも銃を捨てて見せたが、男達にはジョージに構っている暇はなかった。
ここでささやかな復讐心を優先させてしまうと、そのあとに訪れる警備員に取り込まれ、道路は封鎖されてしまうだろう。
残された三人の男は、ジョージが捨てた銃も含めてことごとくを回収すると、バンに乗り込んで逃走していった。
「さて……」
ジョージにしてみてもここでのんびりとはしていられない。
「先生!」
と、呼んで近寄ってくる楊が都合を付けてくれるかも知れないがこの場にいるのはいかにもマズイだろう。
その時、ジョージはふと自分に注がれる視線に気付いた。
全く殺気がなかったので、今まで気付かなかったが、剣呑な雰囲気を纏った男達が去ったことで、それに気付くことが出来たのだ。
その視線は頭上から。
ハッチが開放された、クルーザーの出入り口。
蜂蜜色の巻き毛。ヘーゼルの瞳。
グリーンのサマーセーターにスリムジーンズを着こなした女がいた。
ゴールドチェーンのネックレスと、巻き貝をかたどったイヤリングが夏のククルカンの日差しを浴びて輝いているがそれ以上の存在感を女性は放っている。
確認するまでもなく、この女こそがリュミスだろう。
リュミスは難しい顔でジョージを見下ろしており、ジョージもまた難しい顔でリュミスを見上げていた。
――こうして、
◇◇◇◇◇◇ ◆ ◇ ◆ ◇◇
次回予告。
襲撃失敗の報を受けるクーン。だがその報告には続きがあった。
自分たちを退けたのは、あの手配書の男なのではないか、と。
一方で、
万一に備え、警備の手を差し向けるシェブラン。
だが、この千載一遇の好機を“篭”一派が見逃すはずもなく、策謀を巡らせ始める。
次回、「終焉の虜」に
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