アイキャッチ Bパート1

◇◇◇◇ ◆ ◇◇◇◇ ◆ ◇◇◇◇


 もちろん、男は車でジョージの出迎えに赴いており早速ジョージもその恩恵にあずかった。

 その車中でようやく自己紹介とあいなり、晴れて男の名はグレゴリーであることが判明した。


 さらに素性を確かめると、イシュキックに根を下ろしたチャイニーズマフィア、つまりは黒社会に所属する構成員の一人だと説明される。

 ここまではジョージも予測していたから、確認以上の意味はない。


 そこから先の情報については、これからというところだろうが、とりあえず今は十分だ。


 向かう先は、組織の運営するビルではなく――もしかしたらそうかも知れないが――未だに再開発の手が入れられていない、雑多な街角の中華料理店へと誘われた。


 ロブスターを供する、という話であるから、この展開にも疑問はない。


 案の定というべきか、グレゴリーは店の者とは顔なじみの間柄であるらしく、グレゴリーの姿を見た瞬間に、奥まった個室へと通された。

 店の構えは確実に中華料理店であったが、この個室はそうでもない。


 無機質で無個性な事務所のような部屋で、食卓はかろうじて丸い形をしてクロスが掛けられているが、どちらかというと事務用のスチール机の方が部屋の雰囲気に合っている。

 冷房の効きすぎが鼻につく、というよりは肌に違和感を覚えるがこの際仕方がないだろう。


 時折、聞こえてくる言葉――連合公用語ではない――から判断するとチャイニーズ・マフィアといってもその母体は客家ハッカのようだ。

 もともと欧州系の移民が多いこの星に、こうしてある程度の地盤を確保しているのだから当然といえば当然かもしれない。


 そうすると、この目の前のグレゴリーと名乗った男はどういう立場にあるのか。

 カルキスタのサミー・陳と同様であることに疑問を感じるが、同じ民族の者は自分に会わせないという不文律でも出来上がって居るのかも知れない。


「当主、李兵輝より……まぁ、これも型通りのものですな。とにかく意を汲んでくだされば幸い、ということです」


 言いながら席を勧めてくるグレゴリー。

 それにジョージが素直に従うとグレゴリーもその向かいの席に腰を下ろした。


 その行動で、大体のところが読める。


 グレゴリーと自分は会ったら「飯でも食おうか」となるぐらいの個人的な友誼を育んでいる――という設定なのだろう。

 李家――これまた腐るほどありそうな名前だが――が自分に依頼を出しているわけではない、という形を整えたいわけだ。


 それを、こんな確実に息のかかっているであろう店でも行うところを見ると、色々とややこしい事情があると、ジョージは判断した。


 こういう緊張感を見せつけられると、確かにカルキスタの組織はどこかのんびりしていたように感じられる。

 だが、実際のところ相手が大きかろうが小さかろうが、ジョージにとってはさほど重要ではない。


「ロブスターは?」


 これが重要だ。


「間もなく来ますよ――ところで譚先生は茹でたロブスターがお好みとか」

「ごちそうしてくれるのに、調理法までは文句は付けないよ」


 以前、その問題でガルガンチュア・ファミリーを虐殺しているのだが、その件は置いておく。


「それは良かった。実のところ先生に試していただきたい調理法を――もしかしたらお試しかも知れませんが」


 タイミング良く、給仕が現れた。

 その両手に捧げ持つのは、蒸籠である。

 必然的にグレゴリーが提案したい調理法は一つに絞られた。


「……蒸す、か。そういえば試したことはなかったな」

「では、一度おためしあれ。ロブスターの味を余すところ無く味わうとなれば茹でるよりも、こちらの方が良いと思いますよ」


 無駄に調味料を使用しないのは確かにジョージ好みではある。

 蒸籠の蓋が開けられ、真っ赤に色づいたロブスターが現れた。


「先生。一応、タレを各種用意させてますが……」

「いらねー」


 ジョージはロブスター二つに割って早速かぶりつく。


「む……旨いな」

「それは良かった。私もご相伴にあずかりますよ」

「俺のロブスターはヤラねぇぞ」


「そんな危険なことはいたしません。私はステーキを頂きます」

「お前……そんな食生活だと早死にするぞ」

「大丈夫。先生よりは長生きして見せますから」


 こうして、なかなか和やかな食事会と相成った。

 グレゴリーがイシュキックの印象を聞き、ジョージがそれに適当に答えるという形で、何とか会話も継続している。


 そして、お互いの腹が満ちてきたところでグレゴリーがさりげなく切り出した。


「……先生、最近は連合の仕事を手伝ってらっしゃるそうで」

「ああ。ロブスターを買う金欲しさにな」

「ほう……」


 その答えに、グレゴリーは目を細めてみせる。

 だが、それ以上は何も言わなかった。


 ここで連合の取引として、減刑を申し出なかったのか? と尋ねてこないところが田舎の組織とは違うところなのだろう。


 ……と、ジョージは勝手に結論づけた。


「先生が手伝っているのはO.O.E.での連合の活動ですかな?」

「オーオー……あ、ああそうだな。そうなるな。ん? それが話か? それだとロブスター分、俺の得だな」

「いえ、これは事のついででして。ついでにしては収穫も大きかったですが」


 グレゴリーが肩をすくめて見せる。

「何故だ?」

「当家の天国への階段EX-Tensionでの取引から順次手を引かせます。先生が関わっているとなると、無事では済みませんでしょうし」

「信頼されたものだな」


 皮肉のようにジョージが呟くと、グレゴリーはまじめくさった顔でうなずいた。


「もちろん。復讐完遂者パーフェクト・リベンジャーの恐ろしさを一番理解しているのは我々です」


 そんな風に正面切って言われてしまうと、ジョージもポリポリと首筋を掻くことしかできなくなる。


「まぁ、そういうことなら俺も何も言わないよ」

「では本題に参りましょうか。少し部屋を暗くしますがよろしいですか?」

「ああ」


 ジョージが了解すると、グレゴリーの宣言通りに部屋の照明が少し落とされる。

 その代わりというのもおかしな話だが、飾り気のない壁に一枚の写真ホロが映し出された。

 蜂蜜色の豊かな巻き毛の女性。


「……見たことあるな」

「それは話が早い。まぁ、天国への階段EX-Tensionでは有名なアイドルですから」

「アイドル……ああ、アイドル」


 色々な記憶がつながったのか、一人うなずくジョージ。

 その最中にエトワールが思い出されるが、それはもちろん口にしない。


「名前はご存じですか?」


 それを見透かしたかのようにグレゴリーが尋ねてくるが、ジョージは首を横に振った。

 実際、本名かどうかはわからないし、これから聞かされる名前も本名かどうかはわからない。


「リュミス。リュミス・ケルダーといいます」


 だからどうした、と返したいところだがとりあえず名前を知ることはケジメになる。


「で、こいつがどうした?」

「いや、彼女がどうしたという話では実はないのかも知れませんが……彼女の説明を続けても?」


 ジョージはしばらく考え込む。


 別段、急ぎの予定があるわけではない。

 それに、この女がエトワールであるとするなら、聞いたところでさほどの損にはならないだろう。


 あとロブスターの旨い食い方を教えてくれた恩もある。

 これを無くすためにも、相手の要求に応えておいた方が良い。


「まぁ、いいだろう。これで貸し無しだな」


 それをわざわざ宣言すると、グレゴリーも軽く頭を下げた。


「助かります。彼女は天国への階段EX-Tension最初のアイドルといわれていまして、あの世界でショービジネスを最初に始め、そして成功させた人物ですね」

「へぇ」


 その説明に、ジョージの口から素直に感嘆の声が漏れる。


「ステージなどは自分で設営。使用する楽曲は同じく天国への階段EX-Tensionでオリジナルを発表している個人と契約。徹底的に従来の芸能界とのしがらみを断ってますね」

「うん、待てよ? 配信は……そうか天国への階段EX-Tensionじゃ、そもそも無理か」

「録音機器は一応あるんですけどね。普及するには、まだまだですね」

「じゃあ……こいつは歌ってるだけか」


 ジョージのその言葉に、グレゴリーは苦笑を浮かべる。


「身も蓋もない表現ですなぁ。どういうシチュエーションでどんな曲を歌うか、とか歌い手の技量とか、そういう要素もあるんですよ」

「んで、それからどうした? 何かやけに詳しいが。ファンか?」

「私は特別ファンというわけではないのですが……ある状況が発生しまして。それが先生へのお願いにも関係してるんですが」

「ん」


 ジョージは、小さくうなずいて先を促した。


「このリュミスは、要望があると現実世界でもライブを行うわけでして」

「へぇ」


 エトワールが忙しそうにしているのは、そのせいなのかも知れない、とジョージは心の中で呟いた。


「今度、このイシュキックに来るんですよ」

「ここにか? ここで、そういうことするのはハードル高そうだが」

「仰るとおりです。普通であればそう簡単には行かないんですが――今回、それを可能にする要素が出現しまして」

「要素?」

「ウチの若いのがリュミスの熱烈なファンでして。それで……ライブの手配を請け負ったんです」


 ジョージは身体中から力が抜けていくのを感じた。

 思った以上に馬鹿な事態だ。


 一言で言うと“しょっぱい”。


「……それを止めろと?」

「いえいえ。それ自体は良いんです。ファミリーの名前を出したわけではなく、個人の伝手で手配したようですから。将来的な経験を積むのには良い機会だとも思いますし、それに止めるつもりなら、先生の手を煩わせたりはしません」


 言われてみれば、確かにそうだ。


「じゃあ、何が問題なんだ?」

「リュミスのファンが、ファミリー内には他にもいましてね」


 それを聞いたジョージは眉を潜めた。

 言ってしまえば、だからどうした? というのが正直なところだからだ。


 グレゴリーも半分はそれに同意なのだろう。どこか虚ろな笑みを浮かべたまま、さらに説明を続ける。


「旧来のファン――こちらは楊という男が代表ですが、この楊が今回のライブについてはまとめて面倒見てます。リュミスをここに呼ぶのに随分と骨を折ったようでしてね。何しろファミリーの名前出せませんし、下っ端なので」

「それはわかる」


「で、そこに現れたのが新しいファン。これを率いているのが李という男です。リュミスに会えるとわかった段階で、乗り出してきたというわけで……端的に言うと、お行儀が余りよろしくない」

「一種のシマ荒らしだなそれは。だが、ファミリーの看板を出してない以上、ファン同士のもめ事にしかならないよな」

「……だけど、そのもめ事を起こしているのは両方ともウチの構成員なんですよ――割と絶望できるでしょ?」


 言われてみると確かに、かなり情けない構図だ。

 ファミリー内で意見が合わないことはままあるが、その原因がよりにもよってアイドルを巡ってのトラブル。


「これが外に知れただけで、ウチとしては相当なマイナスですよ。本当に官憲が出てくるような事態にでもなれば……」


 グレゴリーを見れば脂汗を浮かべていた。

 これには、さすがにジョージも同情する。


「ま、まぁ、いざとなれば無理矢理にでも押さえつければ……」

「そこで先生です」


 グレゴリーの口調がいきなり切り替わった。


「俺?」


 自分を指さしながら、ジョージが応じるとグレゴリーは力強くうなずいた。


「楊の奴にしばらくご同道願えませんか? もちろん四六時中、ということではありません。楊の後ろには先生がいる。それだけで抑止力になるのです」

「お前は?」


 即座に切り返すジョージ。


 一応最後まで聞いてみたが、やはり自分ジョージが乗り出すほどのことはないと思われた。

 ポジションがいまいちわからないが、グレゴリーがイシュキックの李一家の幹部であることは――


「――李?」


 思わずジョージは呟いていた。

 その姓は先ほど聞いたばかりだ。


 まさか……


「ご理解いただけて何よりです」


 ジョージの顔が、ロブスターのグラタンを見たときよりも派手に歪んだ。


「じゃあ、何か? あとからシマ荒らししてるのは、ここの主筋の関係者なのか?」

「遺憾ながら……」


「普通なら、ファミリーの事情が優先されるから、主筋の者でもそんな横車は引けない。だが、これはファミリーには関係のない事柄。だから個人の権威がものをいってしまう」

「ご明察恐れ入ります」


「で、主家を抑えるほどの権威の持ち主が都合良く、この星でフラフラしているから使ってしまおう、と」

「そこまであからさまな事は……」

「これまた都合良く、ファミリーのこととは関係のないことなので、俺を利用しても言い訳もしやすいと」

「…………」


 ついにグレゴリーは黙り込んでしまった。

 これだけ先回りで説明されてしまうと、言い訳を付け足す隙がない。


 ジョージはそこでしばらく考え込んだ。


 この一家には何ら借りもないし、貸しを作る気もないが、説明された事情であるならば付き合ってみるのも悪くはないとジョージは感じていた。


 今のところ説明された事情にも嘘はなさそうに思える。

 それに、個人的な好奇心も刺激されていた。


 エトワールの正体がリュミスかどうか――


 それこそ確かめたところで、どうとなるものではないが、それだけにこの“遊び”のおまけとしては相応しいようにも思えた。


「――まず、三食ロブスター。あっちで仕事してるのは言ったとおりだから、それを優先させるぞ。だから俺を引きずり回す必要があるなら、先々で何だっけあの椅子……」

安楽椅子リフティングチェアですね。心得ております。手配させましょう」


 今度はグレゴリーが先回りした。


 ジョージは、その後もしばらくは何か要求できないかと視線をさまよわせていたが、自分の欲望が思ったほど少ないことを自覚して、一つため息をついた。


「わかったよ。その楊とかいうののケツは俺が持ってやる」

「た、助かります!」


 本当に救われたような声を出すグレゴリー。

 彼は彼でなかなか苦しい立場なのだろう。


「ただ、ちょっと気にくわないところがなぁ……」

「なんでしょうか?」

「この流れだと、俺がリュミスの熱烈なファン、みたいなことにならないか?」


 グレゴリーからの返事はなかった。


                      ~・~

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