Aパート2 アイキャッチ
クーンは予定より早く
イザーク《腹心》と別行動を取っていたのはカイと会うためだった。
しかし今の事態が訪れるとわかっていても自分はイザークと別行動だったろうな、と考えると面倒でも今の事態を受け入れるしかない。
それに
リュミス襲撃のメンバーを集めて、以前撮ったGTの
タナカがプログラムした画像処理機器で加工した
そして幼少期の食生活から恐らくは東洋系だろうあたりをつけ、黒目黒髪に改変されている。
そして襲撃者の全員が、この男が自分たちの邪魔をしたと証言した。
「ボス……これは……」
イザークが何か言いたげに、話しかけてきた。
その瞳を見ればわかる。
この絶好の機会に自分がイシュキックにいない悔しさ。
そして、この情報の真偽を議題へと持ち出すことが、自分がこの場にいないことに対する意趣返しと受け取られないかという危惧。
なるほど、イザークはこの情報が本物だと確信しているらしい。
――ふと、
クーンは気付いてしまう。
なのに、何故こんなところまで“再現”出来ているのか?
「ボス?」
クーンの答えが返ってこないことで、イザークが再び声を掛けてきた。
「あ、ああ。そうだな。こいつがGTで間違いないと俺は思ってるよ」
ふと浮かんだ、答えのでない疑問を振り払いつつクーンが答える。
イザークの迷いを払拭するためにもここは、断定しておいた方が良い。
するとイザークもそれにうなずき賛同して見せた。
そうなると次の議題は当然こうなる。
「……やれそうですか?」
「相手は、生身の人間であってGTじゃないんだ。確かにそれでも腕は立つようだが、あれほど馬鹿げた強さはないだろう。ちゃんと準備すればやれる」
当たり前のことを自分で口にして、クーンはようやく心が落ち着くのを感じた。
そうだ。
あのGTのでたらめな戦闘能力こそがこの世界の“嘘”を証明している。
「では、ボスにお任せします。良い報告を待ってますよ」
「まかせろ」
そう言って、その場を後にしたかったが一人気になる動きをしている者がいた。
何度も見ているだろうに、GTの
マイクだ。
「どうしたよ?」
クーンが声を掛けるとマイクは首を捻りながら、
「GTの正体についてなんすけどね……」
「だから、それを発見したって話だろうがよ」
焦れたように、クーンが言うとマイクは首をすくめて、
「いや、居場所はもちろんボスの話で良いと思うんスけどね。何かこの顔を見たとかいう話が結構あって……」
その言葉に、クーンとイザークは顔を見合わせる。
「何でそれを早く報告しない?」
実際に詰め寄ったのはイザークだった。
その声も顔も本気だ。マイクは脂汗を浮かべながら、必死に首を振る。
「だ、だって、欲しい情報は居場所でしょ? それに見覚えがあるというだけで、実際に名前は出てこなかったんですよ。名前がわかっていたら、いくら俺でもちゃんと報告しますって」
それでも報告はするべきだと思ったが現状でそれを追求しても仕方がない。
それよりも、ここではっきりさせておくべきはマイクの抱えているらしい疑念についてだ。
クーンはその点を問いただす。
「……で、何で改めて
「俺らが聞いて回ったのって、要するに裏社会の連中でしょ? それが見覚えがあるんだから、GTの正体も――でしょ?」
「まぁ……そうだな」
「そんなのが、なんでアイドルの護衛なんかしてるんです?」
クーンは首をかしげ、イザークを見やる。
マイクの疑念も確かにうなずける部分はあるが……
「組織の人間だとして、何か事情があるんじゃないか?」
イザークがまず指摘する。だがマイクはさらに反論してきた。
「……それ、GTっぽくないような……」
「
クーンがそこにフォローを入れる。
何しろ、カイという生きた事例を見てきたばかりだ。
「そう……なんですかね。すいません、俺が気にしすぎッスね」
マイクは頭を掻きながら引き下がった。
クーンはそれを見届けて
後に、マイクのこの疑念が大いなる示唆をクーンに与えることになるのだが、この時のクーンは気付くことはなかった。
~・~
そこからのクーンの行動は迅速だった。
もはやリュミスの事など二の次であったがリュミスがいるところにGTがいる。
そう考えて間違いないだろう。
そしてリュミスがライブを行うライブハウスも判明している。
あとは話を通して、人を集め、襲撃するだけだ。
カイとの約束があるので、リュミスは攫うことになるだろうが邪魔者を先にやってしまえばどうということはない。
イシュキックの売人を組織して、金も断腸の思いで盛大にばらまき、何とか形になった頃、凶報がもたらされた。
ライブハウスが、連合の手配によってガードされているという報せ。
それと同時に、チャイニーズマフィアの李家がこの件に関わっているらしいとの報せだ。
冷徹に計算すれば、李家の方とはこれで抗争状態になっても構わない。
だが連合の方はマズイ。
襲撃のためには武装が不可欠だが、その武装を抱えたままライブハウスに近づけなくなる。
いや――近づけないことはないが、時間がかかるだろう。
自分たちの居場所がばれていないと相手が油断している、この優位性を維持できるのがいつまでかわからない以上、ここで時間を掛けるのは避けたいところだ。
クーンは、そこでカイを巻き込むことに決めた。
そのついでにフォロンもだ。
どちらにしろ、GTの件はフォロンには報告しなければならない。
で、あるなら利用した方が得だ。
クーンはそう考えたのだが、カイは予想通りそれを嫌がった。
それを予想していたクーンは、カイに賭けをふっかける。
――今から、例の場所に行ってフォロンがいたら全てを話そう。いなければ俺達だけでやる。
これを素直に信じれば、フォロンに会える確率はそれほど高くない。
もちろん
何よりも、実働部隊を指揮するであろうクーンが、この賭けに応じなければ動いてくれそうにないことをカイが悟ったことが大きい。
そして二人は、盟主アーディが鎮座する
この
そして――
――そこにはフォロンがいた。
足下の僅かな灯りだけが周囲を照らす、例の場所である。
中央の椅子には、アーディの姿はないがその椅子の下、蹲るようにしてフォロンが座り込んでいた。
明らかに衰弱した様子ではあったが、確かにフォロンだ。
剣呑な目つきで訪れた二人を睨み付けていたが、クーンから現在の状況を説明されると、眼鏡の奥の目つきがますます険しくなった。
カイ――アガンの背信とも思える行為を非難したいのだろうが、その無益さと戦っているのだろう。
クーンもそのあたり誤魔化して説明しているし、何より、
「今、思い出した」
と言われれば、それ以上追求の使用もない。
それに何より、こうして報告はしているのである。
しかもギリギリ間に合いそうなタイミングで。
「……ここは勝負のしどころだろう。正直、奴らの対応に苦慮していたところだ」
ようやくのことでフォロンが、口を開く。
しかも、似合わない弱気な言葉だった。
「実は、敵がこの世界自体に深刻なダメージを与える武器を持っていることが判明してな」
「そんなのは、わかってたことじゃないか」
散々に自分好みの世界を破壊されたクーンが応じると、フォロンは首を横に振った。
「そういう
「それはそんなにビビる事か? そんな便利なものがあるなら今まで使わなかった理由がねぇだろ?」
フォロンの慎重な反応をアガンが混ぜっ返すと、フォロンは再びアガンを睨み付けた。
「少し前に完成したのかも知れない。そしてその武器を何よりも盟主が恐れている」
「……盟主が?」
その言葉に驚きを隠せないクーン。
あの得体の知れない老人が恐れている?
だからこそ、フォロンは何とかしようと、ここで何事かをしていたわけか。
「なら、
強引に畳みかけるクーン。
さきほど、フォロンも“勝負のしどころ”と言っていたから、まず間違いなく乗ってくるはずだ。
「GTと、ついでに女も始末してしまえば、盟主も安心するだろう?
「……とにかく、細かなところを聞こう」
フォロンに促されて、リュミスとその護衛であるらしいGTの“本体”がどういう状況なのかを説明。
また、マイクが気にしていたGTの正体についても触れておく。
アガンには、ライブハウスがどういう構造になっているのか。
そして、カイの名前を出した場合、イシュキックで何が出来るのかを確認。
フォロンは瞑目し、そしてそのまま目を閉じた状態で言葉を紡ぎ始める。
それは、現実の動きと
だが、その策には一つ問題がある。
しかもそれは、何よりもフォロンが危険視していたはずだ。
「GTさえ取り除くことが出来れば、奴らは実行力を失う。あいつらが“それ”を仕掛ける前に、本体を亡き者とする。それぐらいの期待はさせてもらえないのか?」
クーンの確認に、フォロンは挑発的に応じた。
そういわれてしまうと、クーンも文句を付けるよりは自分で前向きに対応策を積み重ねた方がマシなように思えてくる。
今がチャンスなのは違いなく、フォロンの策は一度軌道に乗れば実現性は高い。
「アガン。君もだ。女は用意してやるから妙な欲は出すなよ。今、我慢できなければ、あの
「…………チッ。わかったよ。俺はリュミスを足止めすれば良いんだな」
「それと、クーンの手引きだ。君の表の世界での看板がものを言う。それを当て込んでこの計画を立てたんだ。スケジュール調整は大丈夫か?」
「なんとかするさ。これでも俺は扱いやすいアイドルで通っているからな。たまの我が儘ぐらい何とかさせてみせる」
「いいだろう。それでこそ君にあの
「――奴らは乗ってくるか?」
クーンが、もう一つの不安点、いやフォロンの計画のもっとも脆弱な点を指摘した。
フォロンもその点については強気に言い返せない。
「……新しい武器について、こちらが悩んでいると同じように向こうも悩んでいるはずだ。こちらが武器について、どういう判断を下したのか」
「それは……そうだとして、どうする?」
「使ってみせるように挑発する。一度きりしか使えないとしても、ここで引き下がるわけにも行かないだろう。相手は乗ってくる」
「複数回、いや何度でも使える場合は?」
「それも乗ってこない理由はない」
上手くいく、という未来しかないように思える。
そこに危うさを感じはするが、クーンが思うに向こうの陣営云々というよりもGT自体がこの手の挑発に乗りそうだ。
「それにだ」
何かの確信を込めた声で、フォロンがさらに続ける。
「この挑発を派手に行うことで、こちらの目的を上手く隠すことが出来る」
「それはつまり……ええと『向こうが新しい武器についてどう思っているのかを俺達が知りたいが為の挑発』と向こうが思いこめば、相手も油断をするということか?」
「理解できているなら、わざわざ言葉にしなくとも……ああ」
フォロンはアガンを見ながらうなずいた。
「んだよ。俺だってわかってるよ。俺達が奴らの本体の情報を握っている事をギリギリまで悟らせないためだよな。というか、危うく俺がそっちを信じるぐらいだ」
「そのぐらいの方が良いぐらいだ。だが、忘れるな? この策では死んだら失敗だ」
「ああ。俺も……死ぬのはゴメンだ」
アガンが苦々しげに呟く。
フォロンは満足そうにうなずき、厳かに告げた。
「――では、始めよう」
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