アイキャッチ Bパート1

◆ ◇ ◆◆◇◇◇◆ ◇◆ ◆◆◇◆


 李による調査は成果を上げぬまま、新・カリアリの日付は変わった。


 一方でリュミスのライブの準備は、まず順調と言っても良いだろう。

 何もかもが上手くいくわけではなく、何事も上手くいかないわけではなく。


 そんな風に当たり前に時は流れる中、一人、刻々と変化する状況に悩む男がいた。


 シェブラン――モノクルである。


 刻々と変化しているのは天国への階段EX-Tensionにおいてである。

 わかりやすい変化は未帰還者の数が、急激に増えたこと。


 これだけならまだ良いのだが、この未帰還者が、帰ってきている――非常に矛盾した現象だが、一度制限時間を超えた者が、その後さしたる救助活動も行われないのに、現実に復帰してきた、ということであるらしい。


 朗報である――と単純に言えない。


 接続ライズ中は、現実世界の状態が死んでいるのと変わりがないのである。

 自在にその接続時間を操れるとなれば、事実上生殺与奪の権を、この騒動を起こしている何者か――“篭”に決まっているが――に握られているのも同然だ。


 それに加えて、未帰還状態からの帰還者が抱えている情報だ。

 彼らは、一様に記憶していた。


 ――暗く、そして暗い部屋の中。

 ――鉄格子の中に閉じこめられた、光り輝く宝珠。


 いかにも抽象的であったが、シェブランはそれこそが自分たちの真の目的。

 あるいは、自分たちの真の目的のレプリカ。


 そういうことであろうと直感した。

 つまりは“篭”一派の罠だ。


 このタイミングで罠を仕掛けてきた理由。


 これも推測できる。


 あのビーチで、こちらが使用したあの“術”がどれほどのものか――具体的には恐らく使用回数だろう――を知りたくてたまらないのだ。


 だから、これほどにわかりやすい罠を仕掛けてきている。


 そして――


 ――あの術には、確かに“使用回数”がある。


 もともと、周到に準備されていたものではない。

 現状では“遺品”と呼ぶしかない、あの男の残骸をかき集めて何とか形にしたものだ。


 そして、それを全部使い切るわけにはいかない。

 あの男を解放する時にこそ、この術は必要なのだ。


 そして恐らく相手もそれを察したからこそ、この面倒な罠を仕掛けてきた。


 どう――対応すべきか。


 相手の罠を無視して、不気味さを演出する。

 あるいは罠に乗って、キッチリと使ってみせることで相手の行動を制限する。


 まだ選択肢が“残っている”事を喜ぶべきなのかも知れないが、実はこれを自由に選べる程、シェブランも自由な立場ではない。


 もし罠を仕掛けた“篭”一派の目的が、シェブランの消耗を意図してのものならこれ以上ないほどの効果を発揮していることに喜ぶことだろう。

 それほどにシェブランは悩んでいた。


 GTとエトワールが接続ライズして、例の小部屋に現れたとき、そこにいたのは憔悴しきったモノクルの姿だった。

 ソファに浅く腰掛け、うつむき加減でため息をついている。


 それを見て、思わず顔を見合わせるGTとエトワール。


 二人ともが「今日は無理」と告げてさっさと切断ダウンしようとしていたのだが、これではさすがに放置も出来ずに、モノクルの前に座った。


 そこで現在、天国への階段EX-Tensionに起こっていることをモノクルは説明し、その対応を連合から迫られていることを説明する。


 以前にエトワールが行使した術に関しては、あえて何も言わなかったが、


「で、エトワールがやらかしたのは、後どれぐらい使えるんだ?」


 GTにはすぐに指摘された。


 使用回数に制限があることも見抜かれている。

 というか素直に考えれば、そういう結論になるということなのだろう。


「内緒です」

「おい」

「これも仕事のウチと思ってください。使いどころが難しいんですよ」

「つまり、俺達が正確な数を知っていると行動でバレる危険があるということか」

「そうです」


 即答するモノクルに鼻白むGTだが、そもそもここでへそを曲げるほど深い付き合いでもない。


「連合からせっつかれているって事は“篭”の罠に乗るわけ? どこに行けばいいのかもわからないのに」

「いえ、それは……」


「アガンのいるピラミッドだろ。“篭”だってそんな都合の良い施設つくりまくれるなら、ドンドンつくってるはずだ。ありものを利用してるに違いない。だからこそ、この罠が機能している」


 その言葉にエトワールが何かを言いかける。

 だが、それが形を成す前にGTがモノクルにさらに詰め寄った。


「お前、俺達が嫌がったので今回は見送り、みたいな返事が欲しいんじゃないのか?」


 モノクルは、言われて初めて顔を上げた。

 そして、しばらく救いを求めるようにGTを見ていたが、やがて大きくため息をついた。


「……そうは行きませんね。やはりやるしかないようです。今回は“忙しい”の言い訳は聞きません。可及的速やかに未帰還者多発の原因を究明して、それを解消してください」


 雇い主がここまで決断したのであれば、今更否とも言えない。

 GTはそのために必要な確認に移る。


「俺の銃にあの仕掛けは……?」

「仕様上、あなたの銃には仕掛けようがないんですよ。そこでエトワールさんがこだわりで持っていた剣です」

「……まさかこんな事になるとは……」


 今度はエトワールがため息をついた。


「じゃあ、エトワールを護衛してピラミッドに行き、未帰還者を閉じこめている“何か”を破壊か?」

「……いえ、請け負ったのは未帰還者の解放ですから……」

 モノクルが“悪い”笑みを浮かべる。

 それでGTは、モノクルの意図するところを了承したが、


「つまり俺が撃ち殺して、強引に切断ダウンさせるのもありって事か」


 わざわざ口にしてみせる。

 モノクルは涼しい顔で、


「私は何も言ってませんよ」


 と返すが、その口ぶりで幾らかは復調してきたことがわかった。


「じゃあ、私は基本は使わない方針で行動するわけね……もっとも使い方がわからないんだけど」

「基本、私のセーフティが効いてますから」

「そんなに……やばいのか?」


「教えません。ただ“篭”にしても、こちらが使わない方がさらに迷うんじゃないかと。で、その間にあなたが力尽くで突破していけば、いつしか思考もそれるでしょう」

「皮算用臭いが、とにかく今日ややこしくないのは有り難い。珍しく、現実で忙しいんだ」

「あ……私も」


 モノクルは薄く笑みを浮かべ、


「……では利害が一致します。二人で協力して速やかに。私もそれを望んでますから――そのための用意もしてありますよ」


 その言葉に送られて、二人は部屋を出た。

 お互いが知覚している、砂漠に行こうと意識する。


 そうして、何歩か進むとあの強烈な日差しの元へとたどり着いた。

 目の前には一面に広がる大きな砂漠。

 ほんの少し前まで、小さな部屋にいたはずなのにいきなりの落差である。


「……相変わらずでたらめな世界だ」


 ボルサリーノを目深に被りながら、うんざりしたように呟くと、


「どうして、また一台だけなの……」


 そこにエトワールが被せてきた。


 砂漠の出現地点。いつか見た光景に、全く同じオブジェが。

 いや、オブジェではなくそれもまたいつか見たサンドバギー。


 モノクルが言っていた“用意”とはサンドバギーのことだろうと当たりは付けていたが、またもや用意されているのは一台だけ。


「時間がなかったんだろ? それに一台あればピラミッドまで行けるのは証明済みだ」

『あなたが私の味方になってくれるとは……感激です』


 薔薇越しにモノクルが混ぜっ返してくるが、エトワールはそれには取り合わずにモノクルにさらに問いかけた。


「またスフィンクスが出てきたら……」


 あんな経験をしたあとでは、心配になるのも無理はないだろう。

 だが、モノクルはわざとらしく思えるほどの明るい声で、


『それは大丈夫です。GTにそれ用の銃弾渡してますから。一撃でクリアされます』


 モノクルは調子良くペラペラと返してきた。

 完全に復調してきたらしい。


 エトワールは思わず苦笑を浮かべ、小さくうなずいた。

 そうなると次の問題は――


「今度は俺も運転できるという確信があるな」

「……私が運転するわよ。どうしたって、あなたの腕が自由になっていた方が良いに決まっているもの。前みたいに囮みたいな事はしなくて良いんでしょ?」

『かと思われます。向こうが仕掛けてきた罠ですからね。少なくともエトワールさんの剣を使いたくなる状況までは誘導してくると思いますよ』


「そうか……ピラミッドを外から潰すというのは無理なんだな」

『この前、使ってわかりました。効果範囲から考えて無理ですね。で、それは相手もわかってます』


 何しろ敵の目の前で使っているのだ。


「とにかく了解。じゃあ、後ろに乗って」

「ああ」


 二人でサンドバギーに乗り込み、エトワールはエンジンを掛ける。

 何事もなくバギーは動きだし、一路逆さピラミッドの元へ。


 変わらぬ景色に、変わらぬエンジンの駆動音。

 そんな中、エトワールがポツリと呟いた。


「GT、あんた本体はどの惑星ほしにいるの?」

「イシュキック」


 ほとんど即答といっても良いタイミングで、GTが答えるとエトワールは何かを諦めたように、


「私もイシュキック」

「……だろうな」

「いつから気付いてたの?」


「うん? ああ、カルキスタでポスター見たときだな。ちょうどこの砂漠でお前の顔見た後だったからだろう。まぁ、その時は確信が持てなかったけど」

「どうして?」

「ポスターの方が美人だったからな」


 その返事に、不自然な間が空く。

 サンドバギーが風を切り裂く音だけが、耳元でヒュウヒュウと静寂を埋めていた。


「……あなたは現実世界だと、パッとしないわね」


 ようやくのことで、エトワールが答えると、


「ほっとけ」


 とGTが短く返す。エトワールはその答えにフフッと短く笑うと、


「この仕事終わったら、祝杯でも挙げましょうか――あ、それはマズイか」

「何でだ? もっとも俺は酒飲まねぇから、どっちにしてもやらないけどな」

「あ、そうなの。私が嫌がったのは、何か死亡フラグみたいだったからよ」

「シボウフラグ――なんだそりゃ?」

『物語などで、ある特定の発言や行動を行ったキャラクターが死んでしまう確率が高い事を揶揄した言葉です』


 突然、モノクルが割り込んできた。

 聞いてないはずはないのだが、それを改めて意識することになりエトワールの頬が僅かに染まる。


「具体的に言ってくれ」


 情緒のないGTは、自分の疑念の追求に暇がない。


「『帰ったら、俺、結婚するんだ』」


 突然、エトワールがそんなことを言い出した。


「……すりゃあ、良いだろ」

「違うわよ。典型的な死亡フラグの例を挙げたの。そういうことを戦う前に言い出したキャラクターは、創作の世界では高確率で死んじゃうわけよ。だから“死亡”フラグ」


「なるほど。フラグの意味はよくわからんが、納得は出来た」

「フラグは……」

『エトワールさん、無駄です。この人、ゲームの類まったくしませんから。説明するためにどれほどの準備が必要なことか』


 モノクルの的確なフォローに、エトワールは説明を先に続けることにした。


「……で、帰ったら何々しようとかいうのは、この死亡フラグと同じみたいだから、そういうこと言い出すのは止めることにしたの」

「別に言っても良いんじゃないか?」

「そ、そう?」


「この世界はどうせ嘘なんだ。実際に死ぬわけじゃない」

「また……それ。何だってそんなに天国への階段EX-Tensionを否定してかかるの?」

「それは――」


『失礼、着いたようですよ』


 白熱しかかった論議にモノクルが水を差した。

 その指摘に嘘はなく、逆さまではない見慣れたピラミッドの麓に三人の人影。


 装甲服を纏った一際大きな影――恐らくはクーン。

 薄衣を纏い、両の手に曲刀シミターを握った男――アガン。

 和装姿の青年――フォロン。


 三人は、横に並んでGTとエトワールの到着を待ち受けていた。


                    ~・~


 サンドバギーを停め、GTとエトワールも三人に対峙するように並ぶ。

 それを三人は手出しもせず、黙って見つめていた。


「……おびき出されてやったぞ。そっちの目的は何だ?」


 さすがに、この状況ではGTでも、いきなり銃撃することは躊躇われたらしい。

 それでも、すでに右手にはブラックパンサーが握られている。

 エトワールもライフルを装備していた。


「――決まっているだろ。以前の戦いで君たちが――というよりはそこの彼女が使った武器についてだよ。どこまでのことが出来るかそれが悩みの種でな」

 

 フォロンが代表して答える。

 それにGTは笑みを浮かべながら返す。


「それで人を攫って閉じこめたわけか。俺達が正義の味方だと思ってるわけじゃあないよな?」

「だが、正義の味方であることを要求される立場であることは間違いない。結果として君たちはここに来ている」

「つまり――攫った連中はピラミッドの中か?」

「答えかねるな」


 そうやって、二人が言葉を交わしている間にも、エトワールはじっとアガンを見つめていた。


 ――お互いがお互いの正体を知っている。


 自分の正体は恐らく報告済みなのだろう。


 であるならば、昨日の騒動にも心当たりがあることになる。

 しかも、カイもまたイシュキックにいることを知った。


 モノクルとGTは武器のことを中心に話していたが、エトワールは“篭”の目的は、この異常な状況を向こうが知ってのことではないかと、疑っていた。


 だが――


 エトワールは未だに、アガンの正体を言い出せないでいた。


 それを語ることは、どうしても躊躇われてしまう。


 宇宙をさまよっている自分は安全だという、そんな言い訳が出来てしまったことも、今から思えば問題だった。


 アガン――カイは今のイシュキックの状況をどこまで把握しているのか。

 そして、この状況は何か他に目的があるのではないか。


 だが、アガンはニヤニヤと笑みを浮かべているだけで、特にエトワールを見つめたりはしない。

 フォロンとGTの応酬を、ただ黙って聞いているだけだ。


 今日はただ、ピラミッドを利用する関係でここにいるだけなのか――


「ええい! まどろっこしい!!」


 突然に装甲服のクーンが吠えた。

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