Aパート2 アイキャッチ

 “ロブスターを探していた”という情報を与えることに危険性を感じたが、思いの外、反応が良い。


「ダメって、何がだ?」

「A級航法士が慢性的に不足しちまってるらしくて、運搬品目の優先順位が低い方はカットされてるらしいんだよ。この星だと海ものはダメだな」


 海ものという表現は初めて聞いたが、言いたいことはわかる。


「……じゃあ、どこに行ってもダメか」


 このまま降りてやろうかと思った瞬間、発車するタクシー。

 あざとすぎるタイミングだが、文句を言う気も起きない。


「まぁ、ダメだろうなぁ。何か特別なコネを持っているところとかはまだ望みがあるかもしれないけど……」


 車線をずらしながら運転手が応じる。


「コネ?」

「ああ、つまり……高い店だよ。ロブスターを使った料理をだすところ」


 説明がいちいち引っかかるが、ちゃんと伝えるべきところは伝わってくるのは、この運転手の不思議なところかもしれない。


「俺は、茹でてるだけのロブスターが欲しいんだがなぁ」

「ええ? そりゃ勿体ないよ。いつだったかチャイニーズレストランでチリソースのロブスターを食ったことあるけど、ありゃあ旨かったよ。お客さん、東洋系だろ? 喰ったことないのかい?」


「あるけど、俺の好みじゃないんだよ……だけど店と直接交渉する方法はあるな。そういう店に回せるか?」


「いやいや。やってやりたいのは山々だけど、俺の稼ぎじゃとてもとても。場所もはっきり覚えてない。それこそ港の案内受けた方が確実だよ……というか、直接交渉に応じてくれるかってのが一番の問題だと思うけど」

「そこは何とかするさ。じゃあ予定通り港に回してくれ」

「あいよ」


 と、言うところで会話は途切れ、タクシーは港へと進み始めた。

 この運転手、腕は確かのようで巧みに渋滞を避けて順調に進んでいく。


 やはりこの運転手の問題は遠慮の無さだな、と結論づけたジョージはふんぞり返って窓の外を眺めた。


 ちらりと腕時計に目をやる。

 今日の定期連絡までにはまだ間がある。


 あの巨獣スフィンクスが出現して以降、それに対抗するための手段をモノクルが製造しているところだ。


 現実の装備で言うと、GT用には反応焼夷弾。

 簡単に言うと、あの“血”を強制的に気化させる弾頭だ。


 エトワールの方は、あの腰の剣に細工をしているらしい。


 GTが驚いたのは、エトワールがあの剣をただのファッションで付けていたという事実だ。


 ……まぁ、それがエトワールの美学こだわりというなら、それはそれで構いはしないが……


 そういった装備開発のために、仕事は今小休止中だ。

 だからロブスターを食べる以外にやることもないというのに、まったく今の事態には納得いかない。


「お客さん、もう着くよ」


 運転手が話しかけてきた。

 そんなに時間が経ったかな、と疑問を抱いたが確かに外の風景はだだっ広い宙港が広がっている。


「助かった。早かったな」

「そこは腕だよ」


 まんざらでもなさそうに答える運転手に、ジョージは代金にチップを上乗せした。


「サンクス! 俺はダウリンってんだ。指名してくれたら、こんどこそロブスターの旨い店覚えておくからさ」

「俺は茹でたのが一番良いって言ってるだろ」


 と言いながら、ジョージはロータリーに到着したタクシーから降りる。


 指名手配犯としては、悪くない時間だった。


 この運転手が誰を乗せたのかに気付いたときが、少し楽しみではある。


                   ~・~


 宙港、と言っても惑星に一つだけ、というわけではもちろん無い。


 運転手に「港」の一言だけで場所が通じたのは、カルキスタには基本的に海がないことと、近場の宙港がここだったということだ。

 もちろんこの宙港にも名前が付いているはずだが――ジョージは覚えていなかった。


 この惑星ほしに来たときに利用して以来、ここを訪れる事無く今までやって来ている。

 あの時に使った偽造パスは……確かまだ使えたはずだが。


 タクシーの中で色々と思索に耽った影響か、どうにもとりとめのない思考にとらわれている。

 それを自覚しつつ惑星ほしの案内所を探した。


 重力制御によって往復するシャトルの発着場だけであればさほどの広さはいらないのだろうが、中には“宇宙船のまんま”降りてくる場合もある。

 特にこの星では大量の鉱石が運び出されるので、そのための大型貨物船が頻繁に降りてくることも多い。


 そのために灰色の平原の上に、ポツンと入星管理局などの設備が付属した建物が放り出されている。

 それがこの星の宙港の全体的な印象だ。


 ――相変わらず名前が思い出せないのだが。


 兎にも角にも、この宙港を普通に利用するのが目的ではない。

 発着ロビーを目指しながらも、整理された区画ではなく売店や喫茶店が並ぶ区画へと向かう。


 他の星のパターンでは、あのあたりに星の案内所があるはずだ。


 そこに向かうまでの吹き抜けのホールには、天井から大型のホロタペストリーが表示されていた。

 何か男性アイドルが近々来星するらしい。そのライブ告知のようだ。


 名前は……「カイ・マードル」か。


 視覚から入ってくる情報を無差別に受け入れながら、キョロキョロと目的の場所を探すジョージ。

 いつもの習性と、必要性に従って柱の陰に寄り添うようにして移動する。


 そうしていると今度は、随分と古いポスターが貼られている柱の前にたどり着いてしまった。

 この時代に、まずあり得ない紙媒体で、こんな場所に貼るのはどうにも“地下”の臭いがする。


 真っ当な活動に伴ってここに貼られたものではないだろう。


 興味を引かれて目を向けてみると、こちらもアイドルの宣伝目的であるらしい。

 ただし、男性ではなく今度は女性。


 ほぼ暗闇の中。ライブハウスか何かだろうか。カラフルでどぎつい照明を当てられており、ほとんど人相もわからないような写真ホロを利用したらしく、宣伝としてこれで良いのか、とも思ってしまう。


 名前は――リュミス・ケルダー……かな?


 何故、こんな扱いなのかは見当が付かないが。


「よう、兄さんもリュミスのファンかい? 半年前のライブは盛り上がったなぁ」


 突然に話しかけられて、ジョージは身構えそうになる身体を一心に御した。

 声には殺気も警戒心も感じられないし、何よりは“引退”した身としてはここで事を大げさにしたくない。


「いや、どこかで見た顔だなぁ、と思ってそれだけだ」


 同じファンだと持って声を掛けたのだろうから、少し気の毒に感じながらも振り返る。


 そこにはありふれたスーツ姿の白人が居た。

 年齢は二十代半ばといったところだろうか。


 全体的にくたびれた印象であるのは――これが噂に聞く外回りの営業職なのだろう。


「お、それは嬉しいなぁ。リュミスもやっとそういう風に知られるようになったのか。俺なんか天国への階段EX-Tensionで、ず~~っと追っかけをしてて――初期からのファンなんだよ」


 困ったことに、男はまったくめげずに語り始めた。

 だが、先ほどの運転手と同じように上手く使えば情報収集の手助けになる――かもしれない、ということでジョージは少しばかり乗ることにした。


「……そうか俺が見たのはあそこでだったか」


 そこでジョージの脳裏で初めて、ポスターの女性とエトワールが結びついた。

 だが、そこでまた首をかしげる。


「いや……こっちの方が美人じゃないか?」

「出たよ」


 その言葉に、よれスーツは何故か上から目線で反論してきた。


「大方、髪の色が不自然だとか、目の色がおかしいとか、そんな理由だろ?」


 よくわからないが、確かにエトワールの髪の色は人間としては不自然なものが多かったような気がする。


「それが天国への階段EX-Tension発信のアイドル、リュミスのリュミスたる所以じゃないか。そこを受け入れないと“にわか”になっちまうぜ」

「お、おう……」


 逆らってはいけない、と本能でジョージは察した。


「だけど、これ半年前のライブなんだろ? 何でまだ貼ってるんだ?」


 露骨に話題をそらしてみる。


「ああ、新規ファンを増やしたいとか、アンタみたいなのにリュミスの顔と名前を一致して貰いたいって事なんだろうな――俺は本当はこう言うの取り締まらないといけないんだが……」


 マズイ、と思ったときには身体に反応が出てしまっていた。

 一瞬でそれを抑えたが、果たして相手はジョージの変化に気付いてしまったようだ。


「ん? その左腕――」


 即座に対応を検討するが“この手の職種”――営業職ではもちろん無い――が単独で行動している可能性は低い。

 そして柱の陰に入り込んでいるとはいえ、ここは開けたホールであることに間違いはない。


 ジョージは即座に逃亡を選択。

 一気に宙港ロビーを脱出するが、その背後にはもちろん足音が迫ってきている。


 思った通り二人分だ。


 スッと視線を滑らせて、迎撃に使えそうな地形を探す。

 だがここはだだっ広い宙港だ。

 そうそう都合の良い見通しの悪い路地などあるはずもない。


 先ほどのことといい、宙港という場所に赴くことの危険に気づかなかったことと良い、相手が持っているであろう銃に気付かなかったりといい、自分の油断振りに思わず笑ってしまいそうになるが、それは後回し。


 そして、ようやくのことで利用できそうな地形を発見し、そちらへと向かう。


 追跡者も見失ったりはしていないようだ。


 もちろん応援の手配はしているだろうが、この二人を始末しないことには、その先がない。


                 ~・~


 広域指名手配犯、ジョージ・譚。


 具体的な犯罪歴を上げるとだけで、調書が真っ黒になる。

 その中でも一際目立つのは殺人件数二百件以上。


 男も、女も、老人も、若者も――そして殺人を阻止しようとした官憲も。


 丸ごと殺して、二年ほど前にピタリとその足跡を消した。


 ここであったが百年目、という古典的表現がリアルな意味を持ちそうなほどの連合の標的。


 カルキスタにいるなどとは、まったく想像していなかったが、見つけたからにはどんな不真面目な官憲でも無視は出来ない。


 標的はパーキングへと向かい、大型の運搬車――つまりはトレーラー――が並んでいる区画へ入り込んだ。

 銃を構えて、二人組みでその区画へ飛び込む二人。


 ――いない。


 と思った瞬間に、一人が何かに絡みつかれた。


 それをもう片方が察知したときには、相方はもうその場に崩れ落ちていた。

 

 命はあるようだが、口から泡を吹いている状況ではもう役には立たないだろう。

 しかし、それだけの“何か”をしたはずのジョージ・譚がいない。


 ――没形兇手。


 得物を選ばず、姿も見せず。


 ただひたすらに殺していくジョージに付けられたあだ名の一つだ。


 残された一人はがむしゃらに頭を振って、とにかくジョージの姿を捕らえようとした。


 そして見つける。


 サスペンダーの金具をトレーラーに引っかけて、音もなくその側面に張り付いているジョージの姿を。

 だがそのために、顎を上げたのがその後の男の運命を決した。


 ジョージの手が伸び、顎をロックされ、そのまま悲鳴を上げることも出来ずに、先ほどまでリュミスについて熱く語っていた男はその場に引きずり倒された。


 続いて腕がロックされ、拳銃を落としてしまう。


 そして次の瞬間には頸動脈を絞められ……そこで意識がブラックアウトした。


 ジョージは、男から離れゆっくりと立ち上がる。

 その手には、拳銃が握られていた。


◆◆◆ ◇◇◇ ◇◇◇ ◆◆◆

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