アイキャッチ Bパート1
◇◇◇ ◆◆◆ ◆◆◆ ◇◇◇
「クライス・ア・サンテ」での作業は一段落した。
次は、O.O.E.内での兵器開発の督促に行かなくては。
これもまた裏仕事だ。
何でこんな事ばっかりしているのか、と己の半生を振り返りたくなるが、それをやってしまえば空しくなるばかりなのでやめておいた。
「よう、シェブラン」
おかしい。
聞こえるはずのない声が聞こえる。
この声の主は今は
なので、必然的結果として無視する。
「お前が雇っている、あのジョージ・譚――」
クルリとターン。
ここは区画を繋ぐ連絡通路。
つまりは、
そういう場所で、この人は一体何を口走っているのか。
最近見慣れた、押し出しの聞いたダブルのスーツ姿――いわゆるパワードレッシングが効いた――ではなく、私服に分類されるであろう、濃紺のフライトジャケット姿だったのがまだマシか。
さすがに元宇宙飛行士の議員先生――などと感心している場合ではない。
とにかくその口を閉じさせなければ。
「あなた、一体何を……」
「上手いこと殺しまくってるか?」
止めようとしているのに構わずに話し続ける。
言ってはならないことを、いきなり口にしたのは計算でも何でもないのが困りものだ。
「ええ、ええ! “フォロン一派”の勢力が減少傾向にありますよ」
「……“フォロン一派”? ああ、名前がわかったとか言っていたな。偽名だろうけど」
まったく、この良く通る声は何とかならないものか。
行き交う職員の耳目を集めすぎる。
とりあえずその腕を取って、コーヒーサーバーのある喫茶コーナーに連れて行く。
「なんで、
「う~ん、とりあえず議会制民主主義への理由無き反抗……かな?」
「ただのさぼりを格好良く言わないでくださいよ……こっちに来るまで無理したんじゃないんですか?」
「無理も実験の内だ」
そう言われると、何とも言い返せない。
この議員先生とは、ある計画の同志であり、この議員先生のことだから口調はおちゃらけていても、真面目にその計画推進のために動いているはずだ。
それぐらいには信頼している相手ではある。
その計画の二本柱の内、一つを任されてるのが自分――不本意ながら――ということだ。
「こっちは目処が立ちそうにないしな。一応、様子伺いも兼ねている――A級を越えたような航法士は……そうはいないしなぁ」
「それは仕方ないですよ。そんなのはもう狂人と大差ない人間ですから」
まず超光速航法機関が世界の法則を禁じる。
その隙間に自分の我が儘を押し通す能力こそが今の航法士に求められる能力だ。
扱いにくい連中ばかりになる道理である。
「無茶苦茶言うなぁ」
「こっちも苦労してるんですよ……その――ジョージ・譚の扱いに」
「もう一人、アイドルを仲間にしてただろ」
「アイドルだけに忙しいんですよ」
言いながらやっとの事で用意が出来たらしい、コーヒーサーバーから二人分を取り出すシェブラン。
お互いにブラックで嗜むので、そのまま持って行く。
これに関しては、コーヒーサーバーのコーヒーの味に微塵も期待していないという事情も共通しているからこその振る舞いだ。
「――それで、救出は出来そうか?」
コーヒーの味については無感動に受け入れながら議員先生が尋ねてくる。
シェブランは軽く首を横に振った。
「わかりません。正直もう手遅れなんじゃないかと……」
「それはないだろう」
議員先生が即座に否定した。
「あいつを殺す方法があったら俺が教えて欲しいくらいだ。それをネタに脅迫も出来る」
「…………」
お願いだから、言葉を選んで欲しい。
よくこれで議員先生をやっていられるな、とも思うが、この人は存在自体が希少種だから、皆遠慮しているに違いない。
「殺せないなら、恩を売るしかない。そういう意味では今は千載一遇の好機とも言えるな。しかも、あいつ好みの人材が集まりつつあるじゃないか」
「GT……ジョージのことを言ってるんですか?」
「リュミスというアイドルのこともだ。報告書を読んだが、O.O.E.を利用して見事にのし上がっている。あいつの才能を見逃した世界に未来はいらないだろう。むしろ、彼女を中心にしてショービジネスの新しい形を作った方が良い――よし、エリーゼに相談してみるか」
いきなり盛り上がった議員先生の腕をギュッと掴むシェブラン。
「やめてください」
シェブランの声がこれ以上ないほど固くなる。
「何だ? 反対か?」
「計画自体には反対しません。だけど同時進行は止めてください。お願いですから」
しかも相談相手が「
繰り返すがシェブランは、慎ましく生きていたいのだ。
エリーゼがこっちの企てに首を突っ込んでこないのは、救出するべき相手とまったくそりが合わないからという理由による。
「――そのまま、くたばっていればいいのよ」
と、いつもの毒舌で罵っているところを何度も聞いたことがある。
この仲間が微妙にまとまっていないうちに、事を済ませてしまいたい。
だからこそ早期解決を目指しているのだが……
「そうだシェブラン。さっき減少とか何とか言ってたな」
「ええ。“フォロン一派”――」
「それ面倒だな……そうだな“篭”と呼ぼう」
「“カゴ”?」
「ああ、漢字でこう書く」
日系人の議員先生は、コーヒーを小指に付けて白いテーブルの上にさらさらと認める。
シェブランも漢字はまったく不案内ではない。
字形を見て、なるほど、と思わず納得してしまった。
だが、GTとエトワールが納得するか――そもそもこだわりはしないか。
むしろ短くなったことを喜びそうだ。
シェブランは採用することにした。
「じゃあ“篭”で。で、その“篭”がどうかしましたか?」
「なんか、上手いこと成果が出てるらしいじゃないか」
「数字の上ではそうですね。しかしながら肝心な情報が……」
「それもっと引き伸ばせ」
「はい?」
尻上がりのアクセントで思わず応じてしまう。
「俺の勘だが、この事案は引っかき回せばこっちの助けになりそうな奴が出てくる可能性が高いと思う」
「しかしですね……」
「いいか。俺達の目的にはまだまだ人材が足らないんだ。こういうときは貪欲に行こう。なに、正義の味方を集めようってわけじゃないんだから、簡単だろ?」
「……確かに、彼は正義の味方でも何でもありませんが……」
「だが制御不能の化け物でもない。あいつは目的を果たし――そして人生を終えたと思っている」
議員先生はそこでニヤリと笑みを浮かべた。
「もったいないとは思わないか?」
相変わらず、ずるい言い回しだ。
それに対する答えなど考えるまでもない。
シェブランは肩をすくめた。
「彼をその気にさせるのは、あるいは何よりの難事になるかもしれませんよ」
~・~
目の前にあるのは、オレンジ色のソースをたっぷり纏ったロブスターの身。
つまりはエビチリだ。
それが盛られた皿には青梗菜が飾られており色彩も鮮やかだ。
見つめるエビチリの皿から次第に視界を広げていけば、無謀にもテーブルクロスが敷かれている。真っ白な……恐らくは絹だ。無謀に無謀を重ねている。
汚れる可能性を考えていないのだろうか?
そのテーブルが置かれているこの部屋は清朝末期の中華風の内装に設えてある。
元はかなり広い部屋の一角らしいが、精緻な彫刻を施された衝立がちょうど良い具合に視界を遮ってくれていて、圧迫感も空虚さも感じない。
そういった調度品関係は好意的に受け取ったジョージではあったが、他の要素は、ほとんどストレッサーでしかない。
「……俺はエビチリいやなんだよ。何で素直にロブスターを出さない?」
「誠に喜ばしいことで」
「……青梗菜も嫌いなんだよ。この野菜、食う意味も存在している意味もわからん」
「食べなければそれはそれで済むお話ですが、食していただければこの上ない幸せ」
「……お前、誰だ?」
「失礼いたしました。私は当家、張家の家宰を勤めておりますサミー・陳と申します」
良いながら深々と頭を下げる、初老ほどの男。
仕立てのよいスーツ姿。
ミクロネシア系の浅黒い肌に、顔一杯に刻みつけられている笑い皺。
そのあたりに疑問を抱かないわけではないが、それはさておいても確認したいことがある。
「当家の当主より、直接ご挨拶できない不調法を詫びておくように、と言付かっております」
だが、その出鼻を挫かれた。
「いかがでしょう。私たちの目一杯のもてなしは」
そして続けられた言葉には目一杯の隙があった。
どうにも誘われているような気がしたが、文句を付けたいという欲求は抑えきれなかった。
「俺がエビチリ嫌いなの知ってるだろ」
「もちろんでございます」
いけしゃあしゃあと答えるサミー。
「青梗菜がお嫌いなのも存じ上げております――ですが、我々としても譚先生の好物を、そのままご用意するわけにもいかなかったのですよ」
サミーは顔中の皺を動員して微笑んで見せた。
「先生に恩を感じていただくと諸共に滅んでしまいかねませんから。“嫌がらせ”が必要なのです」
きっぱりとそんなことを言う相手に、これ以上の文句は無意味だろう。
ジョージは諦めて、エビチリに箸を伸ばした。
味付けは嫌いではあるが、ロブスターはロブスターである。
それにあの後、官憲の追跡を免れたのは、間違いなく張家の助けに因るところが大きい。
もちろん、ジョージは官憲にとどめは刺さなかった。そんなことをする理由がなかったからである。
そのまま宙港から離脱を測るジョージの前に張家の車が横付けされ――今に至っていた。
だから、この嫌がらせは甘んじて受けておいて、
「張家と自分は、関わりがない」
ということにしておかなければならない。
「それにしても先生。相変わらず見事な腕で」
「殺さなかったけどな」
「それもまたお見事。多くの兇手はその稼業に酔ってしまい、いらぬ仕事を増やすのが常でありますのに。あそこで殺してしまえば、我々にしてもかなり面倒でした」
「どうやったんだ?」
「官憲ともあろうものが、手もなく捻られたのです。その不甲斐なさで彼らの恥を刺激して、この件を公にする必要性があるのかを問いただしました」
「なるほど」
中々にやり手のようだ、とうなずきながらチリソースに染まった青梗菜を引っ張り出す。
「これさぁ、人間は何で食べ始めたんだろうなぁ」
「美味しいですよ」
「お前の感想を俺に押しつけるなよ」
「そのまま、お返ししますが」
「それもそうだ」
ジョージは大きく口を開けて、青梗菜を頬張った。
物怖じしないサミーに免じてジョージは嫌がらせを丸ごと受け止めることにした。
「……
突然にサミーがジョージの異名を呼んだ。
ジョージは、わざと気付かなかった振りをして青梗菜を咀嚼し続ける。
「正直、我々も驚いているのですよ。まさかあなた様のような御高名な方がこの
「ロブスターがな……」
さすがに今日の自分の軽率な行動には、ジョージも恥じ入るところがあった。
語尾が段々と弱くなる。
「は?」
「この星にロブスターが入ってきてないみたいでな。それで探してたんだ」
サミーの表情が微妙に引きつる。
本気で機嫌を損ねさせてはいけない相手に、どういう風な表情が相応しいのか迷っているだろう。
だが、それよりも先に確認しなければならないことがサミーにはあった。
そのためにも、まずはジョージの疑問に答える形でクッションを挟んでおく。
「この星に、今海産物は不足気味です。末端に出回るほどの数はないでしょう」
「その話は聞いたな。何が起きてるんだ?」
「中央の方で取引が活発になっており、そのために航法士がごっそり引き抜かれたようですね」
「それって、裏側の取引の方か?」
「ええ。今まではそういう目立つことが無いように心がけていたみたいなんですが、何だか尻に火が付いたみたいになっている一部の組織がありまして……」
ジョージは咀嚼を止めて、しばし考え込む。
自分が今している仕事が、影響を与えているのではないかと。
「それにプラスして、連合が何かやっているようですね。超光速航法の強化案が提出された――という様な話もあります」
「……どう考えてもそっちが本命だろ」
サミーの続けての説明に、思考を止めて咀嚼を再開するジョージ。
この青梗菜の素直でないところもジョージは嫌いなのだ。
「時に譚先生」
「何だ?」
「そのロブスターのお求めの際の代金はどうやって捻出を? 安い買い物ではないと思いますが。正直、先生がロブスターが原因で餓死、というのは我々にとっても厄介な話でして」
「俺はそういう死に方が良いんだけどなぁ」
「そうは参りませんよ。先生が我々の膝元で餓死……やはり悪い未来しか想像できません」
「……まぁ、その心配はないさ。ロブスター代を出すというスポンサーが現れたから」
「スポンサー……ですか?」
どうにも、事態がファミリーにとってよろしくない方向にばかり転がっていく。
サミーは表情を必死で御した。
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