アイキャッチ Bパート1

◆◇ ◇◇◆◆◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇ ◆◆


 死屍累々――


 という形容を、スクラップに用いて良いものかどうかわからないが素直な第一印象がそれだった。


 引きちぎられたバルカン砲。ひしゃげたミサイルランチャーがうずくまる、赤茶けた渓谷。

 その合間を、安定しない軌道で右往左往するバイク達。


 記憶の中に似た光景を探すのであれば“悪夢”のフォルダをひっくり返すのが一番手っ取り早いだろう。


 これだけダメージを受けて、未だに存在自体は消失してないのだから、その耐久値だけは認めるべきかも知れない。

 クーンの乗る一際大きな機体だけは無事だが、特に嬲ろうと思ってそうしたわけではない。


 「集団と戦う場合は、まずその頭を潰す」


 というのは、巷間に流布した戦術の中でも、もっとも間違った戦術の一つと言っても良いだろう。


 正解は、


 「一番弱いものから確実に潰す」


 だ。


 その点、レーザー(仮)を搭載した機体をいの一番に潰したGTの戦術は褒められたものではないかも知れないが、そのあとは動きの鈍い機体から潰していった。


 結果、この現状がある。


 クーンの機体のミサイルランチャーは無事だが、すでに空っぽだ。

 そしてバルカン砲はすでに破壊されている。


 クーン側には、もう攻撃する手段がない。


『およそ……一時間……と半分ぐらいでしょうか』

「保たなかったなぁ……お前の方はどれくらいかかるんだ?」

『それが、こちらもあと一時間半といったところでして。優秀な航法士を手配したんですが、いかんせん目的地が僻地過ぎます。先行している者はジャガーノートの封鎖には取りかかっているはずですが』


 真正面に鎮座したまま、動かなくなったクーン機を前に現状確認を続ける二人。


「リュミスはどうした?」

『真面目にプローンポジションを保ってますよ――寝てなければ』


 武装の三分の一ほどの破壊は、リュミスの狙撃によるものだ。


 バンッ!


 またクーン機のキャノピーが開け放たれた。


「……何か飽きてきたな」

『あんなに何度も開けるものじゃないような気がしますが』

「てめぇら! まさかもう勝った気じゃねぇだろうな!?」


 クーンはいつも通り二人の会話にはまったく構わずに自己主張。

 しかもその内容が、あまりにも現実を見ていない。


「……いや、もうどうやっても俺達の勝ちだろ」

「甘いなぁ。甘いぞGT。こっからが俺達の本気だ。恐怖に戦慄するが良い」

「――お前」


 GTの顔色が変わる。

「大丈夫か? そんなに難しい言葉使って。知恵熱出てないか?」

「るせーーーーー!」


 クーンは大きく右拳を振り上げた。

 そしてそれをそのまま、コンソールがある辺りに叩き降ろす。


 GYUAooooooN!!


 耳をつんざく、エレキのサウンドが渓谷にこだました。

 一瞬遅れて、リズム隊がそれに覆い被さってくる。


 ほとんどメタルサウンドだ。


 だが、言ってしまえばそれだけの話である。


『賑やかし……?』

「いや、それだけじゃないようだ」


 そう言うGTの視線の先では、先ほどまでフラフラしていたはずの二機のバイクが並んで走り始めていた。


『別回路でも積んでありましたか』

「だからといって何にも怖くはないな」


 もう、ひき殺すしか攻撃手段が思いつかないが、さすがに大人しくひき殺されるのを待つほど無気力なわけではない。

 そして次の変化はGTの目の前で起こった。


 ギャンッ!


 クーンの機体が突如アクセルターンを決め、遠ざかっていったのだ。

 そして併走する二機の後に付いていく。


 いや、クーンの機体だけではない。

 クーン機の両脇に残りの二台が同じように併走を開始している。


 前に二機。

 後ろに三機。


 クーン機が一回り大きな車体なので、上から見れば綺麗な紡錘陣形シェブロンを組んでいる様に見えるだろう。


「五機を束にしても、やっぱり怖くはないよな」


 本当にひき殺そうと思うなら、束になるよりも、バラバラに機動させた方が可能性としては高いだろう。

 五機はそのまま、現れた方向へと土煙を上げて突き進んでいく。


 もちろん、そのまま退場するわけではなく、どこかでUターンしたのかシェブロンの切っ先をGTへと向けて突っ込んできた。

 やはり、ひき殺すのが狙いなのか、と気を緩めかけたGTだったが、編隊の僅かな変化に気付いた。


 先頭の二機がクーン機に近づきすぎている。

 いや、二機の後部がクーン機の機首部分にほとんどくっついているように見える。


「ん?」


 GTの目が細められる。

 さらに、先頭の二機の機首部分が上へと折れ曲がっていった。


「んン?」


 ボンッ!


 何かが爆発するような音がして、くっついた三台は上部装甲をGTに見せつけるようにして起き上がった。


 いや、三機だけではない。


 クーン機の後部部分には、併走していた残りの二機が接続されている。


『こ、これは……も、もしかして、が、合体!?』


 興奮気味にモノクルが叫ぶ。


 先頭を走っていた二機は“脚部”だ。

 前部装甲がスライドし、膝部分を形成し、後部装甲は太もも部分のサイドカバーに回される。


 “腕部”を形成する二台の装甲は、その全てがまず側面へとスライドされた。

 そして二の腕部分の装甲が、さらに下部にスライドし盾を形成。

 その盾の下から、五指を揃えた“手”がせり出してくる。


 “胴体”部分を形成しているのは、クーンの機体だ。

 こちらは目立った変形はないが、こうやって完成形を見てみると、もう最初から“胴体”としてしか見られなくなる。


 その“胴体”の胸の前で、両腕が交差される。


 ここで、ずっと掛かりっぱなしだったメタルサウンドが止んだ。


「WOOOOOOON!」


 鋼の咆吼が響き渡る。


 交差された腕が開かれ、あるべき場所に“頭部”が出現していた。


 ローマ兵のような“とさか”をもつ兜。そして東洋風の面鎧。


 これをらを組み合わせた異様なデザインだが、不思議に調和しており、面鎧の双眸部分には金色に輝く光が確認できる。


 開かれた両腕の内、左腕は腰ダメに構えられ、右腕はそのままグルリと大きな弧を描いた。

 そして脚部は軽く踏ん張る形で広げられ、大地を掴む。


 右腕が一周したところで、まずは左正拳が繰り出され、続いて右正拳。

 そしてぐっと右腕をたわめて、見得を切った。


【至上制圧! ガルガンチュア!!】


 そう。


 ロボットだった。


 紛うことなく、合体変形ロボットだった。


「うわ、ダサ……


 ドゥンッ!


 何かを言いかけたリュミスに弾丸が襲いかかる。


 ドン! ドン! ドン!


「な、何?」


 と、パニックを起こすリュミスだが、何が起こっているのかは一目瞭然だ。

 GTがロボットに視線を固定したまま、ひたすらにリュミスに向けてブラックパンサーを撃ちまくっているのだ。


「ちょ、ちょっと!」


 と、文句を付けようとするが、そんな悠長なことをしている事態ではない。


 リュミスは気配を消して移動をするが、その移動した先にも的確に銃弾が送り込まれてくる。


 ドンドンドンドン! カツン、ジャコン! ドンドンドンドン!


 マガジン交換を行っても、その銃撃に止む気配は微塵も感じられない。


「も、モノクル!」


 名前しか呼べなかったが、その意図は明白だろう。


 ――暴走するGTを止めてくれ。


 だが、返された言葉はリュミスの予測を大きく覆すものだった。


『ロボットを馬鹿にする女性は、全員殺されれば良いんですよ』

「んな!」


 だが、ここでまた一つ予期しないことが起こった。

 GTの銃撃が止んだのだ。


「……そうだよな。まったくそうだよ。本当にそんな女なんか全員死んじまえばいいんだ」


 まるで慟哭のように聞こえる告白と共に、GTはブラックパンサーを降ろした。


『本当に。こんど立法首都アウラで、そういう法律が通るように働きかけてみましょうか』

「あ、あんたたちねぇ……」

「――リュミス、お前本当にもう良いよ。なんて困った奴なんだ。時間でも数えて後は大人しくしてろ」


 反論を試みようとしたリュミスに、GTのため息混じりの指示が飛ぶ。


「………………わかったわよ。もう好きにすれば」


 拗ねたような――というか、完全に拗ねたリュミスの声が返ってくる。


「さて……」


 リュミス邪魔者を整理したところで、GTが改めて巨大ロボットに向き直る。


 まずじっくりと上から下まで眺めて、大きくうなずくと、ブラックパンサーを腰のホルスターに収めた。

 そして、丁寧にゆっくりと両の手を打ち合わせ始める。


 つまり――拍手だ。


『是非、私の分もお願いしますよ』

「まかせろ」


 モノクルの熱い訴えにも動じることなく、GTは拍手を続けた。


 見得を切ったところで、敵が突然仲間割れを始めたために、身動きが取れなくなっていたのだろう。

 そのロボットの腹部部分にあるキャノピーが開かれ、クーンが再び身を乗り出してきた。


「て、てめぇら、一体何のつもりだ!?」

「感心してるんだよ。見てわかんねぇのか」


 まるで恫喝するようにGTが答えると、クーンの上半身が反らされる。


「お前、すげぇよ。これにはマジで感動した。もう褒めることしか出来ねぇよ」

『まったくです。天国への階段EX-Tensionにおけるあなたの造形センスは素晴らしすぎる』


 その称賛に、まったく裏がないことにクーンも気付いたのだろう。

 頬を紅潮させながら、


「い、いや、俺が全部作ったってわけじゃ当然なくてだな。基本設計はスリーKって奴なんだ。今は左足にいる」


 何かいきなり説明を始めた。


 バンドメンバーを紹介するかのようだ。

 だが、左足のキャノピーが開かれる様子はない。


「人見知りな奴でな。で、右足にイザークも乗ってるんだが、これを作る事に大反対でな。まぁ、付き合ってくれるだけ有り難いんだが」


 ファミリーの大番頭の地位にいるイザークが、この道楽に反対していると聞かされるのは、GT達にとってはあまり愉快なことではない。

 この局面に至っても諦めていないということだからだ。


「右腕にはタナカだ。作るのも手伝わせた。で左腕がマイクだ」

「ヤッホー! GTさん。格好良いでしょ!」


 左腕のキャノピーが開け放たれて、マイクが現れた。


 GTは、そんなマイクにサムズアップ。

 マイクもそれに応えて、白い歯を見せてニカッと笑って見せる。


 それに大きく頷いたGTは、サムズアップした手をゆっくりと下ろしながら、こう告げた。


「――さて、そろそろ始めるか」


 GTの声の響きが変化する。

 クーンはその声を聞いてニヤリと笑い、


「ああ、まったくお前は気に食わねぇが――」


 そこでばたんとキャノピーを閉める。


【――絶対になれ合わないところは最高だ!】


 見得を切った状態から、ロボット――ガルガンチュアが動き出す。

 その右腕がいきなり引き絞られ、右手が拳の形に握られた。


【タナカパーーーンチ!!】


 と、クーンは絶叫するが見かけはただの打ち下ろしの右パンチだ。

 だが、それを巨大ロボットが行っているわけであるから、人間が食らえばもちろんひとたまりもない。


 GTも当然、回避行動をとるかと思われたが、


 ゴンッ!


 ガルガンチュアの右拳がGTに直撃した。


 いや――直撃ではない。


 GTの左手が、打ち下ろされたガルガンチュアの右拳を受け止めている。


「あのバカ女が、これぐらいのことを遊園地でやっていたからな。俺が出来ないはずがない」


 GTのエメラルドの瞳が、決意とともに強く輝く。

 そして叫んだ。


「来いよ、クーン! 左腕も持ってこい!」


 それに応えるように、ガルガンチュアの左拳が薙ぎ払いの軌道でGTに襲いかかる。


 GTはそれを、


 ガンッ!


 右腕を曲げて肘から先全体で受け止める。


 ピシッ……


 と、GTの足下の地面が割れた。


【いいなぁ、GT! お前はまったく敵として最高だ!】

「こっちの台詞だ。まったく、こっちがロボット用意できないのが不手際で申し訳ないぐらいだ」

『本当に、情けない限りですよ!』


 ブンッ!


 ガルガンチュアの右足が風を巻いて襲いかかってきた。

 それも受け止めるGTだったが、攻撃の方向が下から上だったために、これには踏ん張る音が出来ず――


 ――GTの身体が宙を舞った。


            ~・~

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