Bパート ED Cパート 次回予告

 もちろん全くの無事、というわけにはいかなかった。


 だが、エトワールが何もしなければ、コースターの乗客だけではなく、落下地点にいた入園者達にも大きな被害が出ていたことは間違いない。


 ギィ……


 ようやくのことで、エトワールは抱えていた先頭車両をそっと地面に下ろした。

 そして状況を把握できないままの、その乗客――恐らくはデートに来ていたカップル――に笑いかける。


 それで自分たちが助かったのだ、とようやくのことで自覚できたのだろう。

 二人揃って笑みを返してくる。


 そして避難していた、他の入園者からもパチパチと拍手の音が……


 ミシッ……


 そんな拍手の音に紛れて、聞こえるはずのない、あり得るはずのない音が再びエトワールの耳朶を打った。


 エトワールは思わず支柱へと視線を向ける。

 だが、そこからではない。


 支柱はすでに残骸と化している。今更あんな音を立てるはずもないし、何より音の方向が違う。


「観覧車が――!」


 悲鳴と一体化した声が聞こえる。


 そう。


 あろうことか、観覧車がエトワールの居る方向に傾きつつあった。


 先ほど、何かに当たった最後尾の車両。

 それが激突したのが観覧車の骨組みだったらしい。


 今から、これを支えるのはいくら何でも無理だ。


 エトワールは絶望的な状況に悲鳴を上げそうになった。


 すでに体中が悲鳴を上げている。

 逃げようにも、身体が動かない。


 コースターの乗客達も、放心状態のままだし、怪我を負っているものもいる。


「…………!」


 エトワールは、思わず見てしまう。


 超人的な能力を誇る、あの男を。

 もう、救いはあの男に掛けるしかない。


 そんなエトワールの視線に気付いたかのように、GTはゆっくりと立ち上がった。


 ミシッ! ミシミシミシミシ……


 観覧車が倒れ込んでくる。だが、エトワールはそちらに目を向けない。

 GTの右手が閃くのを、ただ吸い込まれるように見ていた。


 ドゥン!


 GTの右手に出現したブラックパンサーが火を噴いた。


 ガァン!


 ほぼタイムラグ無しに観覧車の骨組みの一部が、轟音と共に吹き飛んだ。


 そしてそのまま消失する。


 しかし消失するまでの僅かの間に、横殴りにされたエネルギーが骨組み全体に伝わり、僅かに倒れ込むスピードが鈍る。


 ドドドドドゥン!


 次に吹き飛んだのはゴンドラ。


 思わず目を見張るエトワール。


 だが、そのゴンドラは全て無人だった。


 ゴンドラは宙に弾け飛び、そのまま消失したが、弾け飛ぶ際にやはりエネルギーを枠組みへと伝えている。

 そのために倒れ込む方向が今度こそ変わった。


 ドンドンドンドン!


 今度は、小刻みな銃声。


 それが響くたびにゴンドラの接合部分が破壊されて、今度は乗客の乗ったゴンドラが落ちていく。


 かなり乱暴な手段ではあったが、銃撃が小刻みになったのは、一応地面に近づいた順に撃ち落としているかららしい。


 事実、撃ち落とされたゴンドラは多少は変形しているものの、中の乗客は怪我ぐらいで済んでいるようだ。


 事ここに至れば、もはや残った枠組みに容赦する必要性はなくなる。

 GTは下手に銃を構え、さらに追撃。


 ドドドンッ!


 銃弾のアッパーカットが、枠組みを浮き上がらせる。


 ジャコン、とマガジンがブラックパンサーから滑り落ちる。


 GTは改めて構え治すと、無防備|(?)な骨組みへと、さらなる銃撃を加える。


 桁外れの威力を誇るブラックパンサーの一撃は、一瞬で骨組みを構成していた鉄骨の耐久値を削り取り、当たる端から消失させていった。


 それはまさに虐殺。


 正確無比で無慈悲な銃弾が、細かに破片になって逃げまどう鉄骨を蹂躙していく。


 だが奪われていっているのは、かりそめではあっても命ではない。


 そのために倫理観への抵触が存在しないこの虐殺は――あまりに盛大すぎるショーでしかなかった。


 一人の男が、強大な敵を一歩も動かずに圧倒していく。

 それは壮大なスペクタクルと言っても良い。


 そして、ブラックパンサーのチャンバーが深呼吸するように、大きく口を開け、その牙を突き立てることを止めたとき――


 ――観覧車の骨組みは、この世界から消失していた。


 避難していた入場者達から、ため息にも似た吐息が一斉に漏れる。


 今まで強いられてきた、異常な緊張。

 そしてそこからの解放――それもとんでもない方法で。


 理解が追いついていかないのだ。


 静寂が園内を支配する。


 GTもやりきった感があるのか、珍しいことに停止したまま観覧車が消失した空間をただ眺めていた。


「や、やぁやぁ、助かりました! お見事でした!」


 そんなGTに突然話しかけた者がいる。


 園内を清掃していた、ロボット……ではなかった。

 ロボットのような外装を着ぐるみを来た男。


 年の頃は四十といったところだろうか。赤毛で丸っこい輪郭の持ち主だった。第一印象は場に相応しいことにピエロ、というところだろう。


「……誰だ?」


 当然の疑問を口にするGT。


「実はここの経営者でして。ローダンと申します」


 その質問に答えながら、男は快活に笑いかける。

 癖というか習慣というか、マガジン交換をしながらGTは顔をしかめて応じる。


「――だったら少なくとも笑ってる場合じゃないだろ、お前」

「まったくその通りなんですが、実際のところ、笑う以外に何をすればいいのやら、本当に」


 言いながら、アッハッハ、と空虚に笑う。

 GTは、軽く肩をすくめて、その笑いを見つめていた。


 そして現状では確かに他にすることはないな、と妙に納得する。


「――それでご相談なんですが」


 いきなり真顔に戻るローダン。


「言っとくが弁償なんかしないぞ」

「とんでもない! あなたは恩人ですよ。そんなこと言い出したりはしません。賠償請求は実際の製作者に行います。なに心配ご無用、契約書の文言は完璧です」

「いや、心配は……」

「それで、ご相談というのはですね――」


 強引に話を進めてくる。

 さすがに商売人、という感じだ。


「――あのジェットコースターのレールの残骸も、さっきの手法で更地にしていただけないかと」

「……あ?」


 思わず声を出して二人揃って、中途半端に壊れたレールを見つめる。

 確かにアレなら、全部撤去してしまった方が話が早いだろう。


 GTはボルサリーノを被り直し、はぁ、と大きくため息をついた。


「エトワール!」


 突然に、今日会ったばかりの相方を呼ぶGT。


 未だに呆然としたままだったエトワールが、その呼びかけにビクッと身体を震わせる。


「こっちに来てくれ! 面倒が起きた」


 そう言われては、この状況下で無理に逆らう選択肢など選べるはずもない。

 駆け足で、エトワールはGTの元へとやってくる。


 そして心配そうにGTに尋ねた。


「な、なに?」

「ちょっとお前のライフル貸してくれ。持ってるだろ?」

「え? え、ええ、あるにはあるけど……」


「引き金を引いたら弾が出る部分だけで良いからな。でかいと取り回しが面倒だ。で、そっちが……」

「ローダン!」

「おや、私をご存じですか?」

「え、ええ、そうね」


 仮面をしている意味はあるらしいな、とGTは内心で呟きながら、左腕をエトワールに差し出す。

 エトワールは各種アタッチメントを外した、対重力ヘリライフルをその腕に預けた。


 それだけでも相当な重量がある代物だったが、GTは造作も無しに構えると、


 パンッ!


 といきなり発砲。


 その銃弾は見事にレールの構造的弱点を射抜いたようで、ただの一撃で見事にバラバラになる。


「な、何を……!」


 ドドドドドンッ!


 続いてブラックパンサーが吠え、空中にばらまかれたレールの破片を消滅させていく。


「おお、これはお見事。何という素晴らしい効率の解体作業!」

「え、あ、あ、解体?」

「俺の銃だと威力がありすぎて、ただこそぎ落とすだけになるからな。効率が悪いんだ」


 そしてまた、ライフル、ブラックパンサーのコンボで、レールを消失させる。


 再び繰り返される、超人によるスペクタクル。


 先ほどまで、ただただ呆然としていた入園者も、今度はそれを楽しむだけの心の余裕を回復していた。


 GTが破片を消失させるたびに歓声が上がる。

 その中には、GTの超絶的な技量に見とれる者もいた。


「……最後においしいところ取られちゃったわね」

「そんなつもりはない。それよりもその商売人と話を付けてくれ。あとでねじ込まれたら厄介だ。どうもそいつは信用できない」


「アッハッハ、これは異な事を」

「了解。にしても、いざとなったら私たちを撃ち殺すんじゃなかったの?」


 そんな皮肉に、GTはフンと鼻を鳴らす。


「……数が足りなかった」

「はい?」

「思ったほど、人が少なくてな。たくさんぶっ放せる方を選んだだけだ。撃ってないと勘が鈍るからな」

「……なによそれ」


 短くエトワールが応じる。

 しかし、その口元には笑みが浮かんでいた。


 恐らくは限りなく相性が悪い。主張も相容れない。

 だが、なんとかなりそうな――そんな予感だけはする。


 たとえ、それが錯覚だとしても、少なくともここで見限ってしまうほど最悪ではない。


 弾け飛ぶレールの部品が、光となって、遊園地の空を彩る。

 それが花火のように見えてしまうのも――


 ――きっと錯覚だ。


 エトワールは肩をすくめ、頼まれた仕事をこなすことにした。


「OK、それじゃあそこでせいぜい練習しておいて。ローダンさん、ちょっと書類を揃えましょうか」

「タマが必要なら言ってくれ」


 GTのその言葉は現金の比喩表現では――きっと無い。

 エトワールは顔をしかめ、


「それは結構」


 と、丁寧に断った。


 やはり相性が悪いことは間違いない。


 根本的な考え方がまず違う。


 だが――


 ここは「天国への階段EX-Tension


 GTに言わせれば、全てが嘘の世界。何もかも曖昧だ。


 良いと思えることも、悪いと思えることもなにも定まっていない。


 だからこそ、そこから自分が何を信じるか――


 ――確かなことはこれから見極めていけばいい。


◇◇◇◇◇◇ ◆ ◇ ◆ ◇◇


 急用を済ませたモノクルが接続ライズする。


 現れたのはいつもの部屋。

 ソファーセットのテーブルに、何枚かの紙が置かれていた。


 それを取り上げ、モノクルが確認してみると、どうやら二人の書き置きであるらしい。


「少しトラブルがあったけど、さほどの問題は無し。GTは思ったほど最悪ではなかったわ。あと失敗してしまったの。それは謝っておくわ」


 これはどうやらエトワール。

 首をかしげるモノクル。


 それをめくって、もう一枚の書き置きに目を通す。

 おそらくGTからのものだろう。


 なるほど、少しはこの世界の仕組みを覚えてくれたらしい、とモノクルは一人うなずいた。

 ハラリ、とめくる。


「なんか手強くて弾代が出なかったらしい。だから、千発ほど補充よろしく。あと銃も故障しいかれた。メンテナンスもよろしく。一応、悪いとは思ってるから、心付けな」


 モノクルの顔にどっと冷や汗が吹き出した。


 紙片に乗っていたらしいコインが滑り落ち、それを追うように片眼鏡モノクルが、コロンと落ちた。


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次回予告。


自分の非力さを呪うクーン。

装備をいくら揃えても、勝ち目が見えない。そんな中、遊園地での騒動がクーンの耳に入る。


それを聞いたクーンはGTの対抗する手段を見いだしたと確信した。

そんなクーンの誘いに乗った、GTが向かうは石造りの古城。


果たして待ち受けるクーンの罠とは何か――?


次回、「バーサス500」に接続ライズ

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