アイキャッチ Bパート1
片や、明るい陽の光の下、黒ずくめで剣呑な雰囲気を纏った男。
片や、出で立ちは辛うじて許容範囲であるものの、一点突破でおかしなパーツが付いている女性。
間違いなく奇異な目で見られるコンビではあったが、当の本人達がまったく気にしていない。
そうなると、周囲の方が自分の観測結果に自信が持てなくなる。
元々、
わざわざ面倒そうなものを認識して、嫌な思いをすることはない、とあっさりと無視することを選択した。
二人の方も、出で立ち以外にわざわざ騒ぎを起こすこともなく、今は遊園地内のカフェに陣取っている。
根本的な問題を言うなら、そもそも遊園地に入る必要性があったのか? という疑問もあったのだが、少なくとも一人は、遊園地に入ったことはよかったと考えている。
――片方が
「――ということは、これは“あいつら”がいるような場所じゃないのか」
「違うわよ。ここはちゃんと連合に申請して、許可された施設」
初対面の挨拶に付随していた敬語が消失するまで、時間はかからなかった。
一方があまりにもポンコツ過ぎたためだ。
「つまり連合の監視の目が行き届く場所ということだな」
「身も蓋もない言い方をすれば、そうね」
このカフェの位置は、遊園地のほぼ中央。屋内席はなく自動的に全席オープンカフェだ。
雨天の時は別の店に行けと言うことだろう。売り上げはどちらにしろ、全部遊園地に流れていく。
周囲は広場になっており、足下には柔らかな幾何学模様を描くパステルカラーの化粧レンガ。その上でコミカルに飾り付けされた清掃ロボットが、入場者に愛想を振りまいている。
現実の遊園地と大きく違う点は、子供がいないところだろう。O.O.E.への接続は十五才以上からという厳格な決まりがある。破れば管理責任者まで刑事罰の対象となるので、少なくともこういうオープンな場所に子供が現れることはない。
こんなところでいきなり会合をセッティングされ、二人とも内心嫌な汗を掻いていたが、その心配は結果的に杞憂だった。少なくとも現段階で話題に困ることはなさそうだ。
無知をさらけ出すことこそが、コミュニケーションの第一歩なのかもしれない
――無知な人物が無関心でさえなければ。
「……本当に、
「ああ、あの金のことか。あんなもの用意した覚えはないんだけどな」
この遊園地に入園する際、GTは確かに硬貨状のオブジェクトを支払っている。
GTは持ってないと主張したのだが、エトワールにいいからポケットを探してみろと言われ、素直に従った結果、出てきたものが、GTのいうところの“金”である。
「あれは……ここに接続した人はみんな持ってるの」
一応、教えてくれてはいるが、エトワールの声には疲労が滲んでいた。
「じゃあ、何度もここに来ればそれだけで金が貯まっていくのか?」
「いいえ。単純に積み重なったりしないわ。あのコインを利用して、ここの利用者は色々なものを作るの。そうすれば結果的に積み重なっていく事になるわね――あなたのその格好だって、元はコインよ」
その説明に、思わず自分の出で立ちを見直すGT。
「じゃあ、これはモノクルがしこため貯めていった結果か?」
「……連合ではどうもコインをある程度は自由に作れるみたい――もしかしたらどんどん作れるのかもしれないんだけど……制限掛けてるだけかもしれないわ」
「アンタでも知らないことがあるのか」
「そりゃあね。私は
「なるほど……俺が全然知らないわけだ――」
「……言い訳の仕方が見つかってよかったわね」
話疲れたのか、エトワールは注文しておいたコーヒーに口を付けた。
それをじっと見つめるGT。
「何? マナーがなってないわよ」
「……そのコーヒーも元は金なのか?」
尋ねられたエトワールは、仮面の上からでもはっきりとわかるぐらい顔をしかめた。
そして、静かにカップをソーサーにおいてゆっくりと答えを告げた。
「確かにそうなるけど、この世界でコインをコーヒーへと変化させる技術がそこに加わっているの。そういう苦労をわかって欲しいわ。この遊園地だって――」
エトワールは大げさに腕を振り回してみせる。
「――全部一から組み上げた人がいるからここにあるんだから」
今度はGTが顔をしかめた。
「――ここも?」
「そうよ。製作者は一応私の知ってる人だけど。遊園地を作りたい、と思い立って、連合に申請して、有志を募ってコインを集めて、そしていろんな遊具をプログラムして、こういうお店もデザインして、そういう苦労があるから、この遊園地はここにあるの」
そう説明されて、次にGTが思いつくのは当然いつもの戦場だ。
GTの眉が微妙に形を変える。
エトワールもそれを察した。
「……多分、あそこは違うわ。感覚的なものだけど。それにあの人形達……アレは無理」
「なるほど。モノクルが躍起になるわけだ」
連合が管理するべき場所に、貨幣発行権を持った一つの国家が出来上がっていると言っても良い。
モノクルの主張では、ブラインド状態で裏取引の段取りを整えられていることで、現実世界での取引が潤滑に行われる事がマズイ――という話だった。
だが実際のところは、連中の存在自体がそもそもマズイのだろう。
だからこそモノクルは早急にこの事態を解決したがっている――昨日聞いた理由も全くの嘘ではないだろうが。
「…………」
――やはり、何か隠しているな。
無理矢理吐かそうかとも考えたが、隠しているからには隠しているだけの理由がある、とも考えられる。
それに、このエトワールという女の話によるとモノクルはそれだけの代償を……
そこまで考えたGTは次の疑問に突き当たった。
「……なあ」
「何?」
とことんまでGTの疑問に付き合おうと、エトワールは決意したのか、ごく自然に応じる。
「この遊園地作った奴が居るって言ったよな。そいつはボランティアで作ったのか?」
「ボランティア?」
「入園するときに金を出したから、そりゃこの世界での金は貯まるだろうけど、それじゃあいまいち使い勝手が悪いような……」
「換金するシステムはあるわ。もちろんその逆も」
エトワールはコーヒーカップを傾けながら、済ました声でそう応じた。
「それは……」
続く言葉は「どんなシステムだ?」で間違いないだろう。
だが、GTはそれ以上は口にしなかった。
「……やめた。知ったところでどうでも良いしな。善人ばっかりが闊歩しているような、そんな気持ちの悪い世界でなかったことがわかればいい。どうせ嘘ばかりの世界だ」
カチャン。
と、静かに、しかしはっきりとエトワールのコーヒーカップとソーサが音を立てた。
「聞き捨てならないわね」
仮面越しの瞳が、はっきりとGTを睨み付けているが、それで恐れ入るGTでもない。
すぐに、こう言い返した。
「銃で撃たれても死なないんだぞ。これが嘘でなくて何なんだ」
「それは……」
「それに俺のでたらめなこの能力だ。これも嘘だ。この世界は信用に値しない――この能力の原因については知らないのか?」
GTはそう言うと、デモンストレーションのつもりか親指と小指でテーブルをつまむとヒョイと持ち上げて見せた。
確認するまでもなく現実ではあり得ない光景だ。
「そうね……」
GTが下ろしたテーブルを今度はエトワールが親指と人差し指でつまみ上げて見せた。
「正直に言うと、さっぱりわからない。ただどういう風にコインを使っても、こうはならないことははっきりしてるわ」
「……そういえば、モノクルもそんなこと言ってたな。で、こういう状態の奴はかなり少ない」
「私が知ってる限りでは――まず私たち」
「ああ」
「そして、あの犬耳の……」
「RAか。確かにあいつもな――なぁ、あの犬耳もコインじゃ無理なのか?」
それはGTにとっては素朴な疑問、と自覚できるほどの裏表のない問いかけだったが、どういうわけかエトワールは口元を歪めている。
「私は近くで見ていたわけじゃないけど……あれは動いていたの?」
「うん? あ~……」
GTは以前の戦いを思いだし、
「……耳も尻尾も動いていたな」
「本当に? そうなるとそれは未知の技術だわ。ただ、人形みたいに絶対無理かと言われると、それほど困難でもないような……」
「つまりは、髪の色を変えたり、瞳の色を変えたりとかと、同系統の技術?」
「それよりはもっと複雑だけど。服とか、アクセサリーとか。そういう装飾品の一環じゃないかな――趣味はどうかと思うけど」
「自然に生えてるんじゃないのか? それが力の源とか」
「面白い仮説だとは思うけど、それだと必然的にあなたの身体のどこかにも、そういう部分があるということにならない?」
GTは、その指摘にう~ん……と腕を組んで、
「例えば気付かないところが変化しているとか。例えば……歯の数が増えてるとか」
「……それ、私に確認させるつもりじゃないでしょうね」
「いや、俺のこの姿を作ったのはモノクルなんだ。そのあたりからカマをかけて――あいつ何か知ってると思うんだよな」
「それは同感。どうも胡散臭いわ、あのニヤケ面」
「そういえば、そっちは何を報酬に――」
そのまま、グダグダと会話が続き、それはそれで親交が深まることとなった。
あるいはGTの
しかし、それを遮ったのは一つの異音。
聴覚もまた超人的な二人だからこそ、気付くことが出来たと言うべきか。
ミシッ……
人生の中で蓄積された音の分類の中でも、相当な危険度を感じさせる音。
何かの限界が訪れた音。
破滅への予感。
頭の中で警報が鳴り響く。
他の来場者はまだ気付いていない。穏やかの陽気の中、嬉しそうに笑いあっている。
そんな光景の中、一気に緊迫した空気を張り詰めさせた二人の居るカフェの一角だけが、周囲から浮かび上がる。
音が聞こえた方――
それはGTの背後、エトワールのほぼ正面。
――ジェットコースターのレールを支える支柱の一つ。
「みんな! そこから離れて!!」
エトワールが叫ぶ。
声量は確かにあった。それに声もよく通った。
何しろGTが驚いて目を丸くしている程だ。
が、その声で指示された内容は、著しく具体性を欠いていた。
もっともエトワールを責めることもできないだろう。
二人がいる位置から、
「支柱の何本目――」
まではさすがにわかるはずもないし、それに例えそれが判明したとしても、受け取る側でもその情報が共有できない。
結局注目を集めたのはエトワールだけであって、肝心の場所から人が引く気配はない。
「ほっとけ」
GTは短く告げた。
一応、音のした方向に首を向けているが、その表情はすっかりと冷めている。
「もうどうやっても、何人かは巻き込まれる」
視線だけをエトワールに向けた。
「それに巻き込まれたところで、どうせ嘘の世界だ」
吐き捨てるように呟くGTに、
「……違う!」
エトワールは立ち上がりながら、その呟きを否定した。
だがGTはなおも冷めたまま、
「違うものか。何があっても死なないんだぞ。嘘でよかったと胸をなで下ろすところだ」
と、一向に取り合わない。
「この世界を本物扱いすることは危険すぎる。一番に気にかけるべきは“区別”。俺がこの世界に来て一番最初に感じたことだ」
「それは……そうかもしれないけど……」
ミシッミシ……
また異音が響いた。
今度は二人の他にも気付いた者がいる。
先ほどのエトワールの叫び声の事もあって、異音がした方向を見上げ緊迫した表情を浮かべている者もいる。
だが危機が起こりつつあることは、まだ多くの者が気付いていない。
「やっぱり、何とかしないと」
エトワールは何かを振り払うように、決意を口にした。GTは焦れたように舌打ちする。
「だから……」
「確かに、この世界は嘘かもしれない。でも、ここで感じた感情に嘘はない。嘘だとは誰にも言わせない」
「…………」
「今日、楽しさを持って帰るはずだった人達がこのままだと、嫌な思いだけを持って帰ることになるのよ!」
エトワールは、もうGTには構わず、異音がした方向――支柱が並び立つ方へと駆けだした。
その背中にGTが声をかける。
「――あんまり酷いことになるようだったら、先に撃ち殺してやるからな~」
「うるさい!」
投げやりに声を返し、エトワールは事故現場――の予定地に向かう。
エトワールの移動速度は、超人レベルには達してない。
向かうまでの間に、エトワールの脳裏ではこの事故が何故起こったのか?
その可能性がいくつも浮かんでいた。
ここの経営者がメンテナンスを怠った――は、まずない。
エトワールの知人でもある経営者は僅かのコインを惜しんで信用を落とすほどの愚か者ではないし、なにしろ開園からさほどの時間は経過してない。
すると設計段階でのプログラムミス。
開園を急ぐ余りチェックを怠ったか、特急仕事を引き受けるが脇の甘い下請けに任せたか――それならば幾人か心当たりがある。
(多分……こっち)
と、この場では役に立たない推測に身を委ねるのをエトワールは止めた。
視界に猛スピードでレールの上を驀進するジェットコースターが割り込んできたからだ。
コースターが問題の地点にさしかかった時――きっと破滅が訪れる。
「みんな! ここから離れて!」
もう一度叫ぶ。
今度は場所が近い。異音に気付いていた者もいる。
エトワールの声が今度は効果を現した。
支柱の下に到着した、エトワールの周囲から人が引いていく――パニックのおまけ付きで。
「くっ……!」
飛び交う悲鳴に、エトワールの視線が引っ張られる。
その僅かの隙に――
――決定的な破滅が始まっていた。
コースターが下り始めたところで、そのレールを支える支柱の一本がすでに折れている。
コースターがさしかかる直前に限界を迎えたのか。
あるいは、さしかかったからこそ限界が来てしまったのか。
その原因を探る作業はあとで良い。
すでにコースターはレールを外れ、宙へとジャンプしている。
悲鳴は怒号に変わった。
エトワールは、ほとんど考えることなく決意する。
落下してくるコースターの落下予測地点に回り込んだのだ。
その迅速さには、直前のGTとの会話が影響している事は間違いない。
――無理でも、無茶でも、無謀でも。
(ここで引いたら女の意地が立たないじゃない!!)
心の中で叫んで、迫り来るコースターに手を伸ばす。
のし掛かってくる、コースターの影と恐怖。
しかし引かない。足を広げ、足場を確保し――
ゴッ!
――コースターを受け止める。
その瞬間に、あらゆる思考が飛んだ。
痛みも感じない。
そんなことを感じている余裕を、この非常識な状況は与えてくれなかった。
足下にから、ピシシッ、と何かにひびが入った音がする。
そのまま身体が持って行かれそうになる。
それに対抗しようと思えたのは、ただ、負けん気だけでしかない。
このままで終わるものか。
このままで済ますものか。
そう思って生きてきて、今の自分がある。
ここで負ければ、今の自分まで否定される。
甦る思考に、全身の超人的な筋力が応えた。
足が地面を掴み、エトワールの位置をその場で固定する。
背筋が破滅へと倒れ込もうとする、身体を支えた。
腕が暴れようとするコースターの先頭車両を押さえ込む。
コースターが保持していた位置エネルギー、そして等加速度直線運動で増した速度のエネルギーを。
エトワールは、その筋力で相殺しようとする。
――いや、相殺しようと出来たことがすでに奇跡と言っても良いだろう。
そして奇跡は連鎖する。
コースターは止まった。だが、それは後続車両が宙に浮いてしまうということになる。
次に起こった奇跡とは、その事をエトワールが気付くことが出来た、というその事だ。
「うおぉぉぉぉーーーー!!」
雄叫び――女性が叫んでいるので字面が矛盾しているが――と共に、エトワールがコースターを振り回す。
落下、つまり下方向に向かおうとしていたベクトルは、強引にその向きを変えられた。
コースターは弧を描く。連結部分がしなる。
だがそれは急激な落下エネルギーを散らすためには必要な行為。
コースターに乗る乗客達も必死になってバーを掴んでいた。
この暴力的な横殴りのGに耐えきれば、あの絶望的な状況を脱して命を永らえさせることが出来る。
例え、この世界の死が嘘であったとしても。
――人にとって死が未知である限り、その恐怖を取り払うことはできない。
振り回したコースターの最後尾の車両が、他の建造物に当たりあらぬ方向に吹っ飛んでいくが、それは幸いにも無人の車両だった。
ここまで来れば、あとはもう勢いに任せるしかない。
コースターが渦を巻く。
周囲からはもう、人影は消え失せている。あとはコースターの軟着陸を待つだけだ。
エトワールは、先頭車両をずっと離さなかった。先頭から順番に着陸させるなどという、そんな格好の良い状態をエトワールは夢見たりはしない。
二つめの車両が接地する。
ガッ!
跳ねる。
エトワールはそれを許さない。
ギギギギギギギギギギギギ!
接地面と車両の連結部分が嫌な音を立て続けるが、それは無視をする。
こればかりはどうしようもない。
いくつかの車両が横転する――が、それはその車両が接地したという証でもある。
キガガガガガ……
嫌な音が段々と収まっていく。
そして――
――ついに惨劇は回避された。
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