Aパート2 アイキャッチ

「……しかしだ。仮に俺が殺しすぎていたとして……」

「まだ言いますか」


「殺しすぎていたとして、それを緩めるだろ。そうするとどうなるんだ?」

「ピンチに陥った、ああいった区画の利用者が奴らに助けを求める。それを忍び込んだエトワールさんが見聞きできれば――」


 GTの目が半目にたわめられる。


「――お前、それ本気で言ってるなら、付き合いもこれまでだ」

「望み薄なのはわかってますよ。でも裏社会は所詮、縁故社会でもあります。中枢に連なる連中の恩人なりが取引に区画を利用していたら? 追い込まれて愚痴でも何でも本名を言ってくれれば……」


 GTはフン、と鼻を鳴らした。


「まぁ、全然無いとは言えなくなってきたな。だけど“クーン”ではわからなかったんだろ?」

「……痛いところを突いてきますね。でもそれも、あなたが殺しまくらなければ可能性があるわけです」

「うーん……」


 どうにも話し合いは平行線だ。

 もっとも、平行線であるからこそ話し合うのだという逆説的な捉え方も出来るわけだが。


「……会って、もらいますか」

「は?」


 突然のモノクルの申し出に、GTは思わず声を上げた。


「会うって、そのエトワーにか」

「もう、ル、言ってしまいましょうよ。ええ、そのエトワールさんです」

「何で? 別に会う必要ないだろ?」


「現状の役割のままなら。ただ私は将来的に、お二人の協力体勢が必要になるのではないかと考えています。で、あればまったく知らないままというわけにもいかないでしょう」

「協力……?」


 それはGTにとっても意外な言葉だったのだろう。


「私も疑問があるんですよ」


 その反応を予測していたのか、モノクルは慌てずに言葉を継いだ。


「先ほどのあなたの主張『恐怖をすり込む』ですが、その方策も私も一応考えていました。でも効果がない――何故でしょう?」


 GTは口をへの字に曲げた。

 その答えがわからないほどGTもバカではない。


「――一番単純に考えれば、あなた以上の戦闘能力の持ち主が向こうにいる」

「…………無いとは言えないな。俺も何でこんな事になってるのかわからないんだし……向こうにそういった奴が居ないとは言い切れない――お前は知ってそうだが」

「なるほど。ではその信用を、この際は一つ利用するとしましょう」


 モノクルは真っ直ぐにGTを見据える。


「敵にはあなた以上の能力の持ち主が居ます。そう仮定して事に当たることにします」

「……わかった。雇い主がそこまで言うなら、俺も、もうどうこうは言わないよ。不利な条件が一つ増えたと思うぐらいにする」


「……要するに、エトワールさんをまったく信用してないからそういう態度になるんですよね。お互いに認識していない方がリスクが分散できると考えていましたが、やはり会ってもらった方が良いようです」


 GTは降参とばかりに両手を挙げ、そのままの勢いでソファから立ち上がった。


「それで、今日の区画は? 試しに心持ちゆっくり殺してみても良いが」

「あ~~……それなんですけどね。エトワールさん、今日は忙しくて無理なんですよ」


 GTはその返答に、身動きを止めじっとモノクルを見つめる。

 そして、ゆっくりと一つ瞬きをして、


「……それ、アリなのか?」


 と、さらにゆっくりと尋ねた。


「アリ、です」


 モノクル自身も、無茶を言っているという自覚があるのだろう。それだけにことさら真っ直ぐにGTを見つめる。だが、それで何とかなる相手でもなかった。


「――いや、無いだろ。それならそもそもお前に、俺に文句を言う権利があるとは思えないぞ。今まで新人は何回待機できてたんだ?」

「そんなこと……あなただって今まで殺し尽くした区画覚えてないでしょ」

「それはそうだが……」


「勘弁してください。あなたについて行けるだけの身体能力の保有者は極めて希なんです。多少は融通を利かさないと、人材も集められない」


 GTはその答えに興味を覚えた。

 まず、自分について行けるだけの身体能力の保有者だということ。


 そして、そういった能力の持ち主をわざわざ選んでいるからには、モノクルの目的の優先順位としては、エトワールに割り振るべき仕事は諜報活動ではない。

 恐らくは自分に協力させて、敵の首領|(なのだろう)に対抗させることを考えている。


 そしてそういう順番になるのは、


(確実に、事態の大元を知ってやがるな)


 それに感づいたGTは笑みを浮かべた。


 何も知らない盆暗よりも、腹に一物抱えた悪党の方が頼りになる。


「それで、今日はどうしますか? RAさんの言うところの虚名を継続させておくことも、やっておいて損はない――あなたが接続ライズしている間は“虐殺時間ジェノサイドタイム”だと向こうに知らしめますか?」

「せっかく来たしな。やるだけはやっておくか。当たりが引ければ、それはそれで幸いだ」


 ――幸いでなかったのは、そんなGTの襲撃を受けた裏社会の皆様だ。


 散々に追い回されて、頭が弾け飛ぶ感覚を味わいながら切断ダウンに追い込まれていったのである。


                  ~・~


 その翌日――


 定期連絡に訪れたGTを出迎えたものはモノクルの書き置き。


「急用が出来ました。セッティングは済んでますので、添付している場所に行ってください」


 GTがその書き置きを手に取ると、不可解な模様が描かれた紙切れ。それを見ることで、なぜかGTはどこに向かえばいいのかを認識できた。


 O.O.E.内では距離の概念が曖昧だ。

 “行こう”と思えば、いつの間にかその場所に着いている。


 ……というのが、実感としては一番近いだろう。


 今回のGTの場合は、一応は閉鎖空間に居たので、ドアを開けて外に出る。そして歩くという現実世界での慣習を行うことによって、指定の場所にたどり着いた、という実感を得ることとなった。


 ただ、その実感を視覚情報が裏切った。


「……なんだ、ここは」


 GTは思わず呟いてしまった。


 まず目に入ってくるのは鉄骨で組み上げられた輪っか――観覧車。

 同じく鉄骨で組み上げられた曲線――ジェットコースターのレール。

 おおよそ実用的ではないやけに尖った部分が多い建造物――おとぎ話の中のお城。


 他に色とりどりの風船に、原色を散りばめたファンシーな売店。

 そして漏れ聞こえてくるのはブラスバンドの楽しげな音楽。


「もしかして、遊園地……という奴かな?」


 GTは、ここに踏み込んだ場合の戦闘プランを考え始める。


 それがGTの今までの人生経験から導き出される、ごく自然な対応。

 警戒態勢と呼んでも良いだろう。あるいはそんな心構えが過剰反応したのか――GTは突然振り向いた。


 右手も腰のホルスターに伸びている。

 危険が迫ったから、そうした、という理由づけられるような行動ではなかった。


 反射的な行動。


 では、何に反応したのか。


 振り向いたGTの目に女性の姿が映る。


 トップスはライトグリーンのブラウス。ボトムスは膝丈のパンツ。

 革のロングブーツ。それと同じ素材の剣帯には細剣レイピアが吊されている。

 ピンク色の髪は高い位置でポニーテール風にまとめられていた。


 そして、何よりも特徴的な羽根飾りの付いた仮面マスク


「はじめましてGT。私がエトワールです」


 お互いに初対面ながらも、確信に満ちた声で女性――エトワールが自己紹介。


 GTもまた確信した。


 この相手が、あの茫洋とした気配の主。モノクルが見込んだ能力の持ち主。


 ――第一印象がそれ以上に胡散臭いが。


 もちろん右手を差し出したりはしない。


 その代わりに、右手でボルサリーノを軽く持ち上げて挨拶。


 エトワールも口元だけで、にっこりと微笑んだ。


◇◇◇ ◆◆◆ ◇◇◇ ◆◆◆

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