Bパート2 ED Cパート 次回予告
超光速状態にある船の航法士に、ちょっかいを掛けようなどと試みたのは、実のところジョージが最初かも知れない。
そして今、リュミスは背後から諄々と語りかけられながら、それでも超光速を維持し続けなければならないという状況に追い込まれていた。
間違いなく今までの人生の中で、五指に入る苦行だ。
そんな苦行から逃れるために、リュミスはまったく反論せずに、ただジョージの説明する段取りを唯々諾々と聞いていた。
「止まって、通常航行ですれ違い。反転。すれ違ったら超光速加速」
復唱させられるが、もう文句も出てこない。
「俺は
「うん」
「じゃあ、始めるタイミングは
こうしている間にも、プラスチック・ムーン号は、公安の連絡艇に追われたままだ。
リュミスも慣れてきたのか、目標となる恒星を超光速状態で変更して、色々と工夫をしている。だが相手はプラスチック・ムーン号を目印にしていれば良いだけなのである。
状況があまりにも不利すぎた。
船外活動用の宇宙服――緊急時の対応用に宇宙船には必ずある――を身につけて、ジョージはエアロックに滑り込んだ。
もちろん、というのもおかしな話だがジョージが宇宙空間に出るのは初めてではない。
ただ、さすがにこれからやろうとしていることは経験がない。
ジョージはさすがに緊張しながら、
そして、右手にリュミスの寝室から引っ張り出してきたオートを握る。
コルデック社のライック7だ。
欲を言えば、もうちょっとパワーのある銃が理想だが、この際文句は言ってられない。
トリガーガードに、
「リュミス、止まってくれ」
『了解』
返事が来るのとほとんど同時に、船体の震えが止まった。
エアロックの空気を抜く。
先に空気を抜いておきたいところだったが、これもモノクルにたしなめられた。
超光速状態を終わらせてから、空気を抜くように、と。
おかげで時間の経過に非常に焦ることになるが、こちらとしても向こうが超光速状態を脱して、こちらに機首を向けてくれなければ困るのだ。
この時間はそのためにも利用できると諦めよう。
そんな風にジョージが自分に言いきかせている間に、エアロックのランプが赤から緑に変わる。
フックをエアロック内のホルダーに引っかけて、扉を開いた。
途端、容赦のない
だがそれに目を慣らしている暇はない。
重力方向に気をつけながら船体をよじ登ると、その機首方向へ向けて走る。
さほど大きな船ではない。
すぐにたどり着くと、デザインで反り返った機首部分に足をかけた。
「リュミス、加速してくれ」
『いいの? 前に重力場があるわけだから……』
超光速状態では無い分、幾らかは余裕があるらしい。
「いいんだ。ここで加速しておかないと、後々面倒になる」
ジョージの視界では、衝突防止用の
向こうも超光速状態から通常航行に戻り、こちらに機首を向け直している。
ここまでは、予測の範囲内だ。
Gが来る。
斜め下方向へと落ちる感覚。が、ほとんどは“前”に落ちる感覚だ。
銃を掴んだ右手を伸ばす。
ともすれば
そのシルエットが、ドンドンと近づいてくるが相手の船に武装はない。
だが正面衝突をして、死なば諸共を相手が選ぶはずもない。
向こうもすれ違うことを選択するはずだ。
それに恐らくは、リシャールはすでに自分を見ている。
宇宙空間に、
だとすれば、この好機に奴が選ぶのは――
そこでジョージの思考は中断された。
狙うべき標的が、
――グン!
音のない世界で、ただ銃の反動だけが己の為した行為を教えてくれる。
狙ったのは正面から連絡艇上部にある灯火。
それとすれ違い様に翼端灯に相当する、船の幅を示す赤い灯火。
だが、ジョージはその悉くを外した。
宇宙空間。
重力場。
そして初めて撃つ銃。
悪条件がこれだけ揃って、いきなり命中させられるはずがない。
今のジョージは、GTではないのだ。
『回すわよ』
リュミスの短い警告と共に、プラスチック・ムーン号が姿勢制御を始めた。
機首を百八十度回頭。
今までの進行方向に落ちるエネルギーはそのままに、グルリと船首と船尾が回転する。
ジョージは、様々な方向から襲いかかってくる力に逆らいながら、何とか今のポジションをキープした。
この有様では、どのみち長く持ちそうにない。
機首が九十度ほど回頭したところでジョージは公安連絡艇を探した。
一度、確実にその形を捕らえたためにすぐに見つかった。
そして、その機首部分には人影がある。
モノクルの狙い通りと言うべきか。
これで、こちらが目的を果たした場合、向こうの行動が大幅に遅れることになるだろう。
自分の命を的にして、得られる成果が時間稼ぎ――割に合わない。
が、これはそこから先、リュミスが求める“篭”がいない
やがて回頭が終わり、ジョージは相手の人影と正面から向き合うこととなった。
そして感じる殺気が
反射的に右腕が跳ね上がる。
そしてそれは向こうも同じだ。
――お互いの銃の照星が、お互いの身体を捉えている。
出来るなら、頭の芯が痺れるようなこの感覚を長く味わいたいところだった。
しかし、今は優先すべき事がある。
「リュミス。通常航行で出来る限り加速してくれ」
『わかった。落ちないでよ!』
返事が来ると同時に、加速が始まる。
公安連絡艇の加速がそれと同時だったのかは、もうわからない。
ただ、二つの船が先ほどよりも速く。
そして、もっと近い距離ですれ違おうとしている。
音のない
――星の煌めきよりも速い、刹那の一瞬を。
グン!
右腕に手応え。
両目に映るのは、相手のマズルフラッシュ。
後はもう相手の弾が当たらないことを祈るしかない。
二つの船がすれ違う。
ジョージはすぐに振り返り、見るべきものを見た。
流し込むべきエネルギーの通り道を断たれ、オーバーフローの火花を散らす公安連絡艇の船体から飛び出たジェネレーターの姿を。
そう。
最初からジョージの狙いは、ジェネレーターから伸びるエネルギー供給パイプだった。
急ごしらえで外付けされたために、造りが甘いのである。
一度目の射撃で、諸元値と銃の癖を把握したジョージの一撃が、見事に各種ケーブルをまとめたパイプを撃ち抜いていた。
そして、その結果起こることとは――
ジョージは、急いでエアロックに飛び込むと扉をロックする。
一応、
身体にも痛みはないから、恐らくは外れたのだろう。
自分でも体験したが、あの状況下で初撃から的に当てるのは、GTであっても至難の業かも知れない。
「リュミス!」
もはや具体的な指示をする時間さえも惜しい。
今、相手のレーダーは使い物にならない。
ジェネレーターからのエネルギーを断たれたからだ。
こちらのジャマーに問題はない以上、
――そしてプラスチック・ムーン号は、光を越えて加速した。
◇◇◇ ◇ ◇ ◆◆◆◆◆◆◆ ◇◇ ◆
――それからおおよそ一時間後。
モノクルに連絡を付け、そこから先のことは二人にはよくわからない。
接続限界時間が、今日の内はギリギリになってしまったのだ――モノクルの方が。
そのため、その後の展開は後日伝えられることになるだろう。
「……ありがとう。助かったわ」
明らかに、疲労の影を滲ませたままのリュミスが、リビングでへたりながらジョージに礼を言う。
特にイヤミでも何でもなく、本当にジョージの機転に救われたのだと感じているのだろう。
ジョージは、寝室の鍵をリュミスに返しながら、
「気にするな。元はといえば俺のせいだしな。むしろ俺が礼を言いたいぐらいだ」
と、謙虚に応じておいた。
リュミスを積極的に騙したという心理も、ジョージを謙虚にさせた原因だろう。
何もかもをネタ晴らしする趣味はジョージはないから、このまま本当のことを言うことはないだろうが。
リュミスは鍵を受け取りながら、言葉を返す。
「……じゃあ、今回はお互い様ということで」
「ああ」
話が丸く収まったところで、ジョージはハンモックへと引き返そうとした。
「ちょっと!」
いきなり、リュミスの声が険しくなった。
「あぁ?」
「企画立ち上げの途中だったでしょ。何寝ようとしてるのよ」
「いや……」
さすがに、ジョージの顔が青ざめる。
「こっちも一段落付けないと、落ち着かないじゃない。さぁ、座って」
バンバンと、机を叩くリュミス。
刹那の戦いを制したジョージは、この持久戦への誘いに思わず天を仰いで呟いた。
「……もう勘弁してくれ」
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次回予告。
追い詰められたアイドル、カイ・マードル。
それは
カイは、なりふり構わずにリュミスを狙うが、リュミスにも決意があった。
今、二人の因縁に決着が訪れようとしている。
次回、「一歩、前へ」に
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