アイキャッチ Bパート1

◇◇◇ ◆     ◇ ◆◆◆


 ――問う。一週間の世界ア・ウィーク・ワールドに航路はあるか?


 これに対する答えは、応でもあり、否でもある。


 星間連絡船が一週間の世界ア・ウィーク・ワールドをカバーしている、その網の目のような往来の軌跡は確かに“航路”と呼ばれるものだろう。


 多くの人間を運ぶことが前提となる連絡船は、ある程度、その進路が画一化されていないとトラブルが起きたときに迅速に対応しにくいという事情もあるからだ。


 だが、星間連絡船は一種の狂人である“航法士”の中でも特に変わり者、安定した生活を望む航法士、という自己矛盾を抱えた者達が運営していることを忘れてはいけない。


 超光速航法の要となる、航法士。

 既存の概念に囚われず、距離を足下にねじ伏せて相対性理論アインシュタインを否定する者達。


 そんな連中が宇宙に出て、定められた進路、予定通りのスケジュールで宇宙を旅しろ、などと言われたらその能力を喪失する者まで現れるだろう。

 そもそも、超光速航法が開発されて後、人類の版図を広げたのは航法士達の野放図な行動に因るところが大きいのもまた事実。


 結果として、様々な不具合、非効率を目にしながらも人類は航法士達の宇宙での振る舞いに目を瞑っている。


 何しろ、既存の科学大系は崩壊寸前まで追い込まれている現状であるが、宇宙の広大ひろさだけは紛れもなく本物で、人類ひとが目くじらを立てるほど宇宙は過密していないのであるから。


               ~・~


 公安の連絡艇はもっぱら惑星間移動にのみ用いられてきた。


 例えば、公安の仕事として宇宙海賊のような存在の取り締まり――などを前時代のSF小説などから影響受けた者は思い浮かべるだろうが、現実としてそういう稼業が生存することは不可能に近い。


 なぜなら宇宙空間にあるのは、超光速航法を可能とする航法士が操る船であり、つまりは単純に“速い”のだ。

 到底追いつけるものではない。


 では、海賊にも航法士がいればいい、という反論になるかも知れないが、この世界、航法士の素質を持つ者はどんなときでも売り手市場なのだ。

 わざわざ犯罪に手を染めなくても、高給優遇は間違いなく、海賊稼業など馬鹿らしくてやってられないのである。


 もちろん、そんな中でも「俺は海賊にロマンを感じる」という者もいるかも知れない。

 高給には目も向けず――ある意味リュミスがそうであるのだが――自分のやりたいようにやる。

 そんな者が過去にはいたかも知れないが、記録には残されていない。


 つまりは海賊行為の成功者がいないのである。


 いかに海賊稼業が成り立たないかを端的に示している事例と言えよう。


 だが公安職員リシャール・阿がこれから行おうとしている行為は、ある意味、海賊行為に通じるものがある。

 宇宙空間にある一隻のクルーザーに狙いを定め、臨検、そして指名手配犯の捕縛を目的としているからだ。


 場当たり的に獲物を待つという不確実さは、リシャールが獲得した情報によって解消された。

 速度に大差がないため、結局は最寄りの惑星ほしに逃げ込まれるという可能性には、宙港を封鎖することで対応する。


 連絡艇の航法士、ギャブレットは自らの名がそんな未踏の行為に刻まれることに興奮していた。

 彼もまた航法士の端くれである。


 彼自身は、B級とされている航法士だ。

 そして彼はそれを不満に思っていた。自らの能力が何故A級に劣るのか?


 公安としては実際に超光速航法が発現し、しかもA級に比べれば落ち着いた人柄の彼のような人材をまさに必要としていたわけが、もちろんそれが直接ギャブレットに伝えられたわけではない。

 結果、悶々としていたギャブレットの心の隙間を付く形で、リシャールは彼をこの計画に巻き込んだ――というわけである。


「阿さん。相手の航法士がB級って事に間違いはないんですね?」


 大きな目を血走らせながら、ギャブレットが操縦席シャドーロールから呼びかけた。その黒い肌の表面には空調が効いているはずなのに、汗が珠のように浮かんでいた。

 かなりの興奮状態だ。


「ウフフフ。僕のことはリシャールで結構です。これから共に行動する仲間じゃないですか」


 この連絡艇に乗っているのは、リシャールとギャブレットだけだ。


「かわいそうに、ジョージ・譚に無理矢理乗り込まれているその女性がB級航海士であることは、調べてあります。同じB級とはいえ、もちろん君の方が優秀でしょう。期待しても良いですよね?」

「もちろん! しかも軍から回されたあのレーダーでしょ? もう逃がす方が難しいですよ」


 口角から泡を飛ばしそうな勢いでギャブレットが応じるが、リシャールの表情は逆に冷めていった。


 コンソールに表示させていた、連合標準時の確認する。

 義憤を煽り、おだて、プレッシャーを掛けた。


 これで少しでも、この航法士がB級である所以が軽減されればいいのだが。

 もう少し人選に気を遣うべきだったか――いや、それでは結局同じ事になる可能性がある。


 船内時間と、現実の時間のズレ。


 それがどれほどのものになるか……リシャールは敵が迎撃の策を練っていると“期待”した。


          ~・~


 リシャールを船におびき寄せて殺す。

 ジョージが示した、その単純明快な策はすでに却下されている。


 一つはリュミスの「船が汚れる」

 もう一つはモノクルによる「情報源を殺さないで」


 という訴えによるものだ。


 こうなると、航法士でも何でもないジョージには、ハンモックの上で不貞寝するぐらいしかすることがない。


 一応、生け捕りにする方法も検討されたのだが、捕縛してその後、扱いはどうするのか?

 リシャール自身は航法士ではないから、最低でも後一人いる。これも捕らえるのか?

 二人とも捕らえるとして、それを安全に監禁できるのか?


 近くの港は封鎖されている。また封鎖されていない港に降りるにしても、その港にはモノクルが手を回さなければ意味はない。そして回したら最後、公安に嗅ぎつけられる。

 という具合に、ドンドンと不具合が浮き彫りにされ、結果として、


「何とか逃げ切れ」


 という、努力目標のような曖昧な目的だけが生き残ることとなった。

 その結果、もろに負担が掛かるのがリュミスである。


 何しろ、


「根性で何とかしろ!」


 という、理屈にもならない根性論がまかり通ってしまうのが航法士の常識である。


 この状況では頼りにならないジョージをリビングに残し、リュミスは操縦席シャドーロールに滑り込んだ。


「とりあえず、近くの宙港は危ないとして、何処に行くべきかしら」


 リュミスの頭の中で、一週間の世界ア・ウィーク・ワールドの恒星の光が輝いた。


 航法士は恒星ほしの光を目標にして、宇宙船ふねを飛ばす。

 逆に言えば、目標に何もない状態では、超光速機関はその真価を発揮できない。


 人類の居住区たる惑星ほしは必ず恒星の周りを回っているので、今まではこの方式で問題がなかったわけだが――


「……いざ逃げるとなると、非常にコースが限定されるわね」


 宇宙そとを映し出す仮想ディスプレイに重ねて、恒星の名称と開発されている惑星が表示されるが、どれもこれも罠に見える。


 とりあえず、予定していた寄港地に向かうのはマズイだろうと、リュミスは舵を切った。


 重力制御装置がうなりを上げて、機首の向きを変える。

 重力制御によって行きたい方向に“落ちる”という方法が当たり前の一週間の世界ア・ウィーク・ワールド


 姿勢制御ももちろん、重力制御によって行われる。


 つまり、本来なら前も後ろも関係ないのであるが、人間いきなり今までの習慣を捨てろといわれてもそうはいかない。前に進むという感覚が精神上よろしいし、その精神上の働きによって航法士は光を越えるのである。


 当初の目的地の斜め後ろあたり。

 目印は恒星ミハシラ。

 日系人の入植者が多かったはずだが、この際それは関係ない。


 クン……


 超光速機関がうなりを上げた。


「げ」


 だが、その途中でリュミスは見たくなかったものを見てしまった。


 ほとんど視認できる距離に、船影が確認できる。

 黒光りする流線型の船体の上下左右に、ブレードが不格好に突き出ていた。


 船腹には円筒形の樽のような物体が張り付いている――恐らくはジェネレーター。

 航路上を進んでいるわけではないのに、これだけの近距離で他の船に行き当たるという現象。


 確かめるまでもなく、アレが公安の船なのだろう。


 幸いにも、舵だけは切っておいたのでこのまま加速すればとりあえずは逃げることが出来る。


 ――いや、それしかできない。


 リュミスはミハシラに向けて加速した。

 そしてリュミスの駆るプラスチック・ムーン号を目標にして加速を開始する公安の連絡艇。


 ここに、人類史上初めての超光速によるチェイスが始まった。


         ~・~


 リビングで不貞寝にしていたかに思えたジョージ。


 だが、引っかかりを覚えていた。

 モノクルが描いているであろう絵図面にだ。


 今現在、リシャール――なのだろう――が現れる前に情報が漏れたという情報がもたらされている。

 ということは、さっさとこの予想宙域を離脱すればいかに優秀なレーダーを積んでいたとしても、余裕で逃げ切れるはずだ。


 それなのにモノクルの対応はいかにもお粗末だ。

 そうなると――裏がある。


 裏があるがしかし、自分たちが捕まることを望んでいるとも思えないし、何かこの事態を切り抜ける方法をモノクルは抱えている?

 この予想が当たっているなら、モノクルは天国への階段EX-Tensionのあの小部屋で今も待っていることになる。


 そこに、


「やい、何か隠してるだろ。助かる手段も含めて教えやがれ」


 と、乗り込んでいく――ちょっと見たくない未来だ。


 プライド云々よりも、ここでモノクルに頼り切ると今後の力関係にも問題がでてくる。

 まずは、モノクルの真意を読むこと。


 これが肝心だ。


 何もかも相手に頼りきりでは、例え身内だとしても舐められてしまう。

 もちろん身内などとは一度も思ったことはないのだが、今の状況はさすがに面倒くさい。


 ジョージは、そんな思いを振り払って順番にモノクルの思考を探っていくことにした。


 ――リュミスを騙した形になったのは、リュミスには必死で逃げて貰いたいからだろう。


 これは簡単だ。


 ということは現状で期待されているこちらの働きは囮。

 容易にリシャールに接触させたのもこれなら筋が通る。

 囮として活用させた結果、モノクルの前には何がもたらせることになるか?


 公安職員の暴挙?


 いや、これはもう判明している。

 今更、必要な情報ものではないだろう。


 超光速状態でのチェイスのデータ。


 あるいはこれかも知れないが、現状で緊急に必要な情報とは思えない。

 欲しがってたとしても、それは副次的なもの。


 チェイスの果てに、一体どんな状況が起こるのか?

 自分たちを犠牲にして――これはない。


 天国への階段EX-Tensionにおいて、特殊な力を持つ条件が先日判明した通りなら、ここでジョージ達を切り捨てると、モノクルは優秀な手駒を失ってしまう。


 つまり、このままのんべんだらりと時を過ごしていていても、モノクルはこちらを助けるための手段を講じており、その助かった結果が訪れることを確信している。


 ――結果。


 つまりは自分たちが、リシャールから逃げおおせるということだ。

 殺して欲しくないというところにも嘘はないだろう。


 リシャール――RAには聞きたいことが山ほど……


「……そうか」


 ジョージは、モノクルの意図に到達した感触を掴んだ。


 で、あればするべき事も見えてくる。

 リビングを抜け、コクピットへと向かい操縦席シャドーロールに座るリュミスに背後から声を掛ける。


「すまん。相手の船を見せてくれるか」


 さすがに気を遣いながら声を掛けると、リュミスは振り返りもせずに軽く首を傾けることでディスプレイに映る公安の連絡艇を示した。


 ジョージはじっとそれを見つめ、さらにはズームも要求する。

 ジョージが何事か思いついたらしいと察したリュミスはそれには即座に応じた。


 ジョージもそれに答えるように、ディスプレイを見つめたまま大きく頷く。


「リュミス。このままの状態でその席動けるか?」

「ちょ、何を言い出すのよ。そんなことしたら――どうなるのかしら?」


 知らないらしい。


「じゃあ、簡潔に言うぞ。銃を貸せ。お前の寝室にある奴だ。家捜しされたくなかったら、正確な場所を言うんだ」

「な、何? じゅ、銃……そういえば買ってたっけ――あ」


 航法士の気がここまでそれれば、超光速状態は維持できない。

 軸線合わせなどせずに大雑把に追ってきていた――それもまた航法士らしい――公安の連絡艇があっという間に遠ざかっていく。


 これで振り切れれば問題はないのだがそんな都合のいい話もないだろう。

 リュミスは、とりあえず方向転換をすることを決めたようで別の恒星ほしへと機首を向けた。


「おい、銃は?」

「あ~もう! ドレッサーの一番下! 他のところ触るんじゃないわよ!」


 言いながら、リュミスは寝室の鍵を投げて寄越す。


「興味がないから安心しろ」

「色々とむかつく!」


 その叫びと共に、プラスチック・ムーン号は再び超光速状態に移行した。


                   ~・~


 ジョージが接続ライズしてみると、果たしてモノクルは例の小部屋で待っていた。


「やあ。さすがに気付いてくれましたか」

「……お前、まどろっこしいんだよ。ちゃんと言え、ちゃんと」

「リュミスさんが現れなかったときはラッキー、と思ってそのまま話しそうになったんですが」

「お前なぁ」


 これでリュミスの望まれている役割がはっきりした。

 囮で間違いない。


 今も本気超光速になって逃げている。


 考えてみればこれも不思議な話だ。

 身体は超光速で動いているのに、天国への階段EX-Tensionには問題なく接続ライズ出来るのである。

 いったいどうなってんだ、とも思うが今現在重要なことはそこではない。


「で、何処まで算段が付いてますか?」


 良い具合に、モノクルの質問が現実に引き戻してくれた。


「銃は現実世界の俺が持ってる。お前よく知ってたな?」

「購買記録を覗きましたから」


 どうにも犯罪臭がする。

 だが、これでモノクルが考えている方法と自分の考えがある程度は合致していることがわかった。


 今度はGTから問いかける。


「で、質問なんだが超光速状態で船外に出ると――」

「絶対ダメです」


 GTの質問を皆まで言わせず、モノクルはそれを遮った。


「……じゃあ、出来る手段が一つしか思いつかない。リュミスを説き伏せるのが面倒だな」


 だが、先ほどのトラブルが参考になった。

 アレを上手く利用すれば、望みの状況を作り出せる可能性も高い。


「リシャールがRAなら、あなたへの執着心も尋常ではないでしょう。それを利用すればよろしいかと」


 モノクルがさらにアドバイスをくれるが、GTはそれに眉をひそめた。


「俺は別にリシャールとか言うのを殺したいわけじゃないんだがな」

「もちろんです。殺されては困ります」

「じゃあ、お前の狙いはリシャールを、宇宙に漂わせることで良いんだな?」

「正確に言うと、誰も所在を掴んでいないリシャールの身柄をいち早く抑えたい――ですね。だから、引っ張り回した後に撒いて貰って、その位置情報をください」


 GTはうなずく。

 それに応えるように、モノクルが厳かに告げた。


「今は多くの人間が、あなたジョージこそが切り札ジョーカーだと考えています。ですが、この状況下では、リシャールが全くのジョーカー道化師たり得ます。それに他の者が気付く前に成果を――一応、あなた方が窮地に陥った場合も想定して、すでに知人を向かわせていますが、出来ればあなた方でケリを付けていただきたい」

「それはそのつもりだが……協力してもいいんじゃないか、この場合?」

「それがまぁ……」


 モノクルは言い淀む。


「何だよ?」

「お金にがめつい人でしてね。あなたの正体を知ったら、きっと目が眩みます」

「……お前、酷い知り合いしかいないのな」


 モノクルはそんなGTの感想に、生暖かい眼差しを向けた。


                 ~・~

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