Aパート2 アイキャッチ

 まず屋内であること。


 これは、早々に一致した。

 天候任せの撮影を行うわけにはいかない。


 では、どんな屋内にして、どういう風に撮影するか。


 よくよく考えてみればリュミスは歌い続けなければならないのである。


 それに気付いたリュミスは、消極安全策。

 そんなことは何とでもなると割り切ったジョージは積極革新策。


 いつの間にか、そういう立場に立ったそれぞれが意見を戦わせ始める。


 ジリリリリリリリリリリリリ!


 その話し合いの最中、古式ゆかしいベルが鳴った。

 それを合図に、二人はリビングに掛けられた時計を見る。


 表示されている時刻は連合標準時。

 そして示されている時刻は、モノクルに定期連絡を行う時刻。


「……よし、このタイミングでモノクルに会えるなら、願ったりだ」


 それに眉をひそめる、リュミス。


「どうして?」

「お前だって、あの小部屋見ただろ? アレは利用出来そうだ」


 ポン、と手を打つリュミス。


「そうね。今日もまた、取引現場を潰すいつもの作業だろうし、ちょっとその相談に乗せましょう」


 二人は安楽椅子リフティングチェアに寝転がると、接続(ライズ)する。


 ――浮上する感覚。


 ジョージ――GTは例の如くモノクルの用意した小部屋に。

 リュミスは……出現しない。


「あのバカ、初期設定をずらしたな。どこまで――」

「GT! あなた一人ですか?」


 GTの独り言は、いきなり遮られた。

 モノクルが血相を変えている。


「な、なんだ? どうした?」


 身を乗り出してくるモノクルを、GTは片手で制しながら何とか落ち着かせようとする。

 今日はこんな事ばっかりだな、とここまではGTも呑気なことを考えていた。


「あなた方の位置情報が漏れました」

「何?」

「情報管理のオペレーターが、公安にプラスチック・ムーン号の情報を漏らした事が判明しました」

「公安に……情報を漏らす?」


 おかしな物言いだ、とGTは気付いた。


「ええ。そこが問題でしてね――」

「ごめんごめん。初期設定間違って……」


 このタイミングで、リュミスが遅れて現れた。

 そして男二人の深刻な表情を見て、一歩後ずさる。


「そ、そんなに怒らなくても――」

「そういう事態ことじゃないんだ。モノクル……」

「――わかりました。この際ですから状況を最初から説明しましょう」


 GTの呼びかけに答えるように、モノクルは宣言する。


 それに対してGTは戸惑ったような表情を浮かべるが、それに構わずモノクルは二人に席を勧め、自分は座ることなく努めて冷静な声で説明を始めてしまった。


 モノクル達一派が秘匿している、行政首都ロプノール内のデータベース。

 そこに必要のないアクセスがあった。


 調べてみると、いらないことをしたオペレーターがいる。


 では、そのオペレーターを調べれば済む話――と軽く考えていたのが間違いだった。

 実際には、オペレーターが調べたのではなく、その端末を利用して公安職員が情報を引き出したことが判明したからだ。


「その公安職員が誰かはわかってるのか?」

「ええ。リシャール・阿という人物です」

「リシャール……RA――という事?」


 リュミスの指摘に、モノクルは微妙に口元を歪めた。

 どうやら、確証はないが同じ推測をしていたのだろう。


「……呆れた。イニシャルつなげただけじゃない。どこかの誰かさんと同じ」


 その誰かさんであるところのGTは、これ以上ないほどに表情を歪めていた。


天国への階段EX-Tension接続ライズはしたが、それ以上の興味を持てなかった方々が、しばしばやる命名法ですね」

「なるほど」


 神妙にうなずくリュミスだが、GTはますます面白くない。


「で、止める手段は講じてるんだろうな?」

「いや、事ここに至ってはすぐには無理です」

「何?」


 意外な返事に、GTだけではなくリュミスも目を剥いた。


「公安職員が強引な捜査を行ったとはいえ、広域指名手配犯の乗った船を追い詰めようとしてるんですよ。公安に手を引かせる理由がありません。公安にも面子がありますから」

「何よそれ! こいつ乗せてたことが裏目に出てるじゃない」


 GTを指さしながら、リュミスがまくし立てるとモノクルは神妙に頭を下げて、こう返した。


「裏目と認めてくださって助かりますよ。表側に幾らかは意味があったということですから」

「ま、まぁ、本来の意図とは違う意味で役に立ってはくれてるけど」

「モノクル」


 GTの鋭い声が、二人の会話を引き裂いた。


「本当に何もしてないわけじゃないよな。こっちで出来ることは?」

「ええ。リシャールの情報収集の仕方が、あまりにもピンポイント過ぎるんですよ。リュミスさんの船に乗っていることを最初から知っていないと、こうも効率よく調べられるはずがない。彼はその情報を、どこから得たのか?」

「……そうか、クーンかカイか、という話になるわね」


 リュミスがモノクルの問いかけに答える形で、その可能性を口にする。


「そうです。“篭”一派との繋がりがないと、こんな情報は得られない」

「――無理があると思うが。公安の連中が、裏側と通じていることは良くあるぞ」

「その無理を押し通して、公安に言うこと聞かせるのが現状の最善手です」

「かなり状況が悪いって事は、了解した」

「そうだ!」


 突然にリュミスが叫んだ。


「今から進路変更しましょう。別に行き先なんか決めてないんだもの。後はジャマーが……」

「はっはっは」


 突然、わざとらしく笑い出すモノクル。


「……おい」

「まさか、ジャマーが通じないなんてことは……」

「――あるんですよ。リシャールは警察軍から最新鋭のレーダーを借り受けてましてね」


 思わず両手を挙げるGT。


「そんな横車引いて、無事で済むはずがない。圧力掛けるならそっちからだろ」

「そっちには“まだ”有力な伝手がありません。手間を考えたらどっともどっちでして」

「どっちもやれ」

「ええ。もちろん」


 にこやかに応じるモノクル。


「現在、両方から圧力を掛けています。ですが現在彼の一途さが仇になっているようで。もっとも、そのなりふり構わない行動がこうして隙を作ってくれているわけですが――逃げ切れますか?」

「それが、そっちの望みか」


「あなたがいる船が捕捉されたら、公安が切り札ジョーカーを握ることになります」

「乗り込んできたら、殺す――」

「船が汚れるから止めて」


 即座に止めるリュミスを、半目で見返すGT。


「実際、リュミスさんの船にジョージ・譚が乗っているらしいと疑惑がかかっただけでも結構面倒でしてね」


 リュミスのフォローをするかのように、モノクルが告げるとGTはその場でひっくり返った。


「じゃあ、もう好きにしろ。俺に出来ることは何もねぇ」

「リュミスさん」


 モノクルが、期待を込めた瞳と共にリュミスを見つめる。

 そんなモノクルを見て、リュミスは深くため息をついた。


「……航法士がどうにかして逃げ切るしかないわけね」


◆◆ ◇◇◆◆ ◇ ◆◇◇◆ ◇ ◇◇ ◆◆◆

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