第20話「星の煌めきよりも速く」
アバン OP Aパート1
――惑星イシュキック衛星軌道上に浮かぶ、
そこには機械の判断と、人の意志が介されている――そう謳われていた。
しかし、今や人の意志の濃度は限りなく低くなっている。
機械の判断に人が
だが、それでも情報は情報だ。
“どんな小さな情報でも、累積し体系化できればそこに新しい光が見える”
この言葉を知るものが情報の波に接し、そのセンスで情報を組み上げた場合――
――
「ミスター・阿」
暗がりの中、モニターからの灯りで、呼ばれたリシャールの金髪が淡く光っている。
呼んだのは公安の人間ではなく、現在リシャールが使用している端末のオペレーターだ。
髪を短く刈り込んだ、二十代後半ほどの外見。大人しそうな見た目であるが、イシュキックで行われているドッグレースに入れあげて、借金で首が回らなくなっていた。
通常であれば、公安に目をつけられた段階で人生終了のお知らせ、となるがリシャールはそんな彼に取引を持ちかけた。
連合の一部が秘匿している“ある種”の情報。
それをリシャールは望んだのだ。
「まだ……でしょうか? それほど長い時間は――」
「ウフフフ。ここはこれぐらいで良いでしょう。しかし困りましたね もう少しあなたには手伝って貰わないと……」
「こ、困ります、これ以上は……」
リシャールはゆっくりと立ち上がると、ほとんど至近と言える距離にまで男に近づく。
そして青い瞳で男を覗き込んだ。
瞳の中に、男は自らの姿を見て狼狽える。
「……ご自身の立場が理解できましたか? なに、ここでの作業はもう結構。あなたには手配を手伝って貰いたいことがありまして。私も申請しますが、他部署からの要望もあれば、色々と面子が立ちやすいですからね――偉い方々の。ウフフフフフ」
「……な、何をすれば?」
男は、頭を低くして嵐をやり過ごす方法を選んだ。
「警察軍の装備の試験運用――ということにしておきましょうか」
リシャールは、男の頭部をグイと掴むとその身体をずらして、宇宙船のキャットウォークのような――いや実はキャットウォークそのものなのであるが――細い通路に躍り出た。
――その口元には笑みが浮かんでいる。
◆◆◆ ◇ ◆◇◆◇◆◇ ◇◇◇◇◇ ◆◆◇◆ ◇◆◇
ジョージの視線は固定されていた。
この事態にどう対処するべきか迷っていたのだ。
場所はいつものように、プラスチック・ムーン号のリビング。つまり、ここ最近の彼のねぐらだ。
復讐を終えて後、あちこちの
その持ち主は今、ジョージの目の前で熱弁を振るっていた。
……振るっているのは熱弁だけではないのだが。
「――聞いてる?」
もちろん聞いていられるわけがない。
要約すると、ウッドストック横町――
もちろん“期待の”はリュミスの主観でしかないわけだが、
そのリュミスの話の大半は、その新人がいかに光っているか、を過剰な形容詞と共にまくし立てる事に費やされている。
ジョージとしては、そこから先の話――例えば契約とか、次のライブにその曲をどうやって組み込むか――そういう話に移行することを期待していたのだが、話がまったく先に進まない。
頭の中に二つの選択肢が浮かぶ。
一つ目。
無視して、ハンモックに帰る。
……どんなに甘い未来を想像しても、そのまま寝かせてもらえるとは思わない。
二つ目。
とにかくリュミスを冷静にさせて話を終わらせる。
この方が早く終わりそうではあるが、冷静にさせるのが面倒そうだ。
そこでジョージは、一計を案じ、対応を思いつくと即座に実行に移した。
ギュ。
ある部分を右手の親指と人差し指で掴む。
ある部分――それは前屈みになったリュミスの胸元の襟口。
今日のリュミスの出で立ちは、レモンイエローの肩がほとんどむき出しのニットシャツ。
ジョージは掴んだ部分を引っ張り、そのまま上へと引っ張り上げた。
その一連の仕草が、あまりに素早かったのでリュミスはされるがままで、まったく反応できなかった。
その動きに合わせて、自らの胸が引っ張り上げられた事でようやく反応でき、
「ふぁらふぁっ!」
奇声を上げ、胸元を押さえリュミスは後ずさる。
そして顔を真っ赤に染めて、
「な、な、何するのよ!?」
「身体には触ってないだろ」
「そ、そういう問題じゃ――」
「お前、
あくまで冷静さを失わないジョージの直接的に過ぎる指摘に、リュミスはさらに真っ赤になると、無言で寝室に引っ込んだ。
――そしておおよそ五分後。
リュミスは青いストライプ地のクレリックシャツに着替えてきた。胸元を幾分か開けているのは、意地が妙な具合に働いたためだろう。
そしてきっと
「……自分がどれだけ落ち着いていなかったか、理解できたか?」
もちろんジョージもそれをわざわざ確かめたりはしない。
ジョージが望むのは、いつでもハンモックへの最短距離だ。
「了解……したわ」
「で、お前がその歌だか作曲した奴だかを気に入ったのはよくわかった。そこから先の話は出来るのか? 出来ないなら、俺は寝る」
一方的な宣言だが、先ほどの自分の興奮状態を嫌でも自覚させられた後では反論も難しい。
「出来る」
せめて事務的に答えることで、精一杯の矜恃を保つしかない。
「楽曲の使用許可とアレンジについては話をしてきた。アレンジした曲は確認して貰わなきゃならないけど、それは自信がある」
「まぁ、そこは信頼しよう。使用料は?」
「相手がどうも相場をわかってないみたいなので、ウッドストック横町の他の人に話を聞いて相場を知って貰ってから、ということにしたわ。正直言うと、ちょっと多めに払って……」
「――音楽活動に専念して貰いたい? それは背負い込みすぎだ。第一、そこで多めに払ったことが知れたら、今までお前に楽曲提供してくれた奴だって面白くないだろ」
先読みしたジョージの言葉に、リュミスは言葉に詰まる。
「それでも贔屓にしたいってんなら、お前の別の力でそいつが一流だって事を……」
「あ、“そいつら”なのよ。双子でね……これも言ってなかった?」
「聞いてないな」
ジョージのまぶたが段々と落ちてくる。
「う、うん、ごめん。確かに舞い上がってたみたい。それに、あなたの言うこと理解できる。私が歌って、彼女たちを有名にすればいいのよね」
「…………それが常套手段だろうな」
自分の望む結論にリュミスがたどり着いてくれたはずなのであるが、ジョージは酷く疲れていた。
「お前さぁ……」
「な、何?」
「こういう方面って、良い感じにスレてなかったか? 何か素人みたいになってるんだが」
再びの指摘に、リュミスは頬を染めた。
そして、囁くような声で、
「……多分、彼女たちの曲のせい」
「あぁ?」
ジョージの声にドスが利き始めた。
「ちょっと、ピュアすぎてね。何か薄汚れた自分をリセットしたくなったというか……」
「まぁ、じゃあ、とにかく歌えよ」
「え?」
「この後、順当に進めば、ライブでどう歌うか、どう表現するかという話になるだろ? 俺はその曲知らねぇんだ。聞きに行けば済む話だが……ここで時間掛けたいか?」
その底意地の悪い切り返しに、リュミスは渋々と立ち上がって、リズムを取り始める。
ジョージはあぐらをかき、背中を丸めてまるで猫のようにテーブルに身体を預けた。
まず歌詞を確認してみる。
……多分、ありがちなラブソングなのではないか。
と、ジョージは思うのだが塩酸とか水銀とかいう単語が混ざっていることを少し不思議に感じた。
最近の媚薬にはそういうものを入れるのだろう、と解釈しておく。
どのみち、歌詞なんかは大体の雰囲気がわかればいいのである。
で、ラブソングだと仮定した場合、どうも曲調が――パンク? プログレ? ――詩の朗読?
思わず首をかしげるジョージ。
曲のジャンルは、この際おいておくとしてもリュミスはこの曲を“ピュア”だと感じ、何だか酷い影響を受けている。
(……もしかして、かなり病んでる? ……俺のせいか?)
思わず自省してしまうジョージ。
クーンのロボットが出てきた時、かなり追い詰めた事も思い出される――謝る気はさらさらないが。
曲自体はそれほど長くはないらしく、体感時間で三分から四分の間ほどで終わった。
あの調子で、十分とか続けられたら精神的にかなり来るものがあるので、一応は助かった、ということにしておこう。
「どう? どうどう?」
歌い終えたリュミスが勢い込んで尋ねてくる。
ジョージはいつの間にか上体を起こしており、そのまま腕を組んで首をかしげた。
「とりあえず、今までお前が歌ってきた曲とは毛色が違うことはわかる。それ、お前のアレンジは?」
「ちょっとだけ。方向性というか……そういうものを盛り込んでみたつもり」
「う~ん」
ジョージは逆方向に首をかしげた。
この曲には流れとかグルーヴが、言ってしまえば“無い”。
どういう風に構成しても、ライブの中の一曲として組み込むには無理がある。
こういった曲ばかりを……
いや、今はこの曲しかないのだ。独立してこの曲を売り出す方法――
「……PVでも作るか」
「PV?」
思わずオウム返しに聞き返すリュミス。
「だってアレは撮ったデータを編集しないとダメなのよ。
「それで、どうやって
「それはそうだけど……」
「編集できない代わりに
「セットを組んで……
「ようやく頭が回ってくれたようだな。当然そういうことになるだろう」
今度はリュミスが考え込んだ。
具体的なイメージはまだないが、この曲だと自然の下で撮影して、ほとんどホームビデオと変わらない、イメージビデオみたいな作り方には、まずならないだろう。
「……売るのよね?」
編集は出来ないが、ダビングなら出来る。
出来た素材を丸々コピーすることは可能なのだ。
「それで少しでも利益回収しないと、赤字になる。というか赤字覚悟で作った方が良いと思う。先行投資と思って。元々、そいつらに金をつぎ込もうとしてたんだから、それぐらいの覚悟はあるだろ」
いきなり、結構な量の覚悟を要求された。
リュミスは反射的に“やる”と答えそうになったが、そこで踏みとどまった。
「――待って待って。PVのアイデアはいいと思うけど、投資するとなったら、見通しも立たずには出来ないわ。
ジョージはその返事を聞いて、感じ入ったようにウムウムとうなずいた。
「……やっとスレてきたな。じゃあ、始めるか」
と言ってジョージはテーブルの上に、最大サイズのタブレットを引っ張り上げた。
この前、寄港した時に小さいタブレットだと不便だと気付いたリュミスが買ってきたものだ。
このタブレットの上で、今からお互いの指先でダメ出しを重ねて、作品を生み出すのだ。
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