シニカル・ルーレット(スマホ・リマスター版)
司弐紘
第01話「虐殺時間《ジェノサイドタイム》」
アバン OP Aパート1
夜空に挑みかかるように様にそびえ立つ摩天楼。その隙間から覗く月は弓の形。
その月の光が長い影を石畳の路地に伸ばす。
影の主は一人の男。それも一見した瞬間に、顔をしかめてしまうほどに派手な出で立ちの男だった。
真っ黒なスーツに、それと揃いのウェストコート。白リボンのボルサリーノ。
ここまではモノトーンでコーディネイトされているが、その他のパーツは実にけばけばしい。
ライトブルーのシャツにパールホワイトのネクタイ。
そしてフラワーホールには真っ赤な薔薇。
何よりも目立つのは銀の髪にエメラルドの如き緑の瞳。
服装や身体のカラーリングに関しては自由に手を加えることが出来る世界ではあるが、この男はいかにもやり過ぎだった。
カツ、カツ、カツ……
やがて一定のリズムで靴音が刻まれた
背後から照らされ自らの影を追い詰めるように、男が路地を進んでいく。
その靴先の向かう先に佇んでいるのも、また一人の男だった。
こちらの出で立ちはダブルのスーツ姿。色はライトグレー。ただその下に防弾チョッキを着込んでいるために理想的な着こなしのラインは乱れており、しかも手に持っているのはアサルトライフルはBK-309という、どう考えてもこんな場末の街角“風”な場所に似合う得物ではない。
街中で振り回すにはあまりにもゴツすぎるし、威力も大きすぎて取り回しが厄介に過ぎる。
そんなアサルトライフルを誇示するようにしながら、男は厳めしい顔つきで近づいてくる銀髪の男を睨んでおり、どうやらそれがこの男の仕事であるらしい。
男の背後には古めかしいビルの一階にあるバーの看板。薄汚れている、という仕様のせいなのか店名は判然としないが恐らくは「TimeOut」
この店に近づく者を排除する――それがこの男が命ぜられた内容なのだろう。
仕事は今までのところ上手くこなしていたようで、この路地周辺に人の気配はない。もとより男の剣呑な出で立ちが、実際に行動をするよりも雄弁にこの路地の危険性を知らしめていた。
だが、それを知ろうとも、理解しようともしないイレギュラーな存在が、ついに男のすぐ側にまで近寄ってきた。
「やあ、アンタこのあたりのシマを仕切ってる連中の枝? ここでなんか取引があるんだよな?」
そして何とも軽薄に話しかける。
話しかけられた男は、無言でライフルの銃口を黒スーツに突きつけ――られなかった。
黒スーツの左手がそれを阻んでいる。銃身を鷲掴みにして力任せに男の行動を押さえ込んでいた。
男はその手を振り払おうとするが、がっちりと固定されていてびくとも動かない。それどころか黒スーツの握りしめている銃身にダメージエフェクトが発生していた。
それは考えるまでもなく黒スーツが素手で銃器にダメージを与えているということになる。
信じられない思いで、黒スーツのエメラルドの瞳を覗き込んでしまう男。
「まぁ、殺しておけばわかるだろう」
黒スーツの右手が閃く。次の瞬間には凶悪な大きさの真っ黒なハンドガンが手の中に出現していた。
その銃口が男のこめかみに突きつけられる。
「て、てめぇ……な、何者だ……」
「GT」
ドン!
名乗ると同時に、黒スーツ――GTは男の頭をハンドガンで弾き飛ばす。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ロブスターをくれ」
バーに乗り込んだGTはカウンターに座るなり、バーテンダーに注文する。
カウンターに座るまでに、店内にたむろしていた男三人も始末済みだ。
店外で銃声が響いた為に表の男の仲間とおぼしき連中も臨戦態勢だったのだ。
だがGTは右手に銃をぶら下げたままバーのドアを開け、何よりも先に男達の眉間を撃ち抜いていた。問答無用――という言葉すら追いつかないほどの早業。一秒もかからずに三人の男が消え去った。
「ろ、ロブスター? な、なんで……いや、そ、それは用意してない……」
突然、自分の店で行われた虐殺に目を白黒させながらも、バーテンダーが律儀に応じるとGTは眉を潜めた。
そこで初めてグルリと店内を見渡した。
シーリングファンが緩やかに回る、それなりの広さが確保された店内は暖色系の間接証明で照らされている。
消えてしまった男達が陣取っていたテーブル席は他に四台。GTが腰掛けたカウンターはマホガニー製という“設定”でもあるのだろう。深みのある光沢で存在感を示していた。
店内に窓は見あたらず、全体的に穴蔵の中の秘密の部屋と言った雰囲気である。
「……こういう店だとロブスターはないのか」
『無いでしょうね』
突然、男の胸元の薔薇がしゃべり出す。
すっかりと恐怖に心を支配されているバーテンダーはそれだけで「ヒィッ!」と悲鳴を上げるが、単純に通信機の類がその薔薇に仕込まれているだけの話だろう。
趣味を疑うセンスではあるが。
「じゃあ、何があるんだ?」
『……バーボン、といったところでしょう』
「酒は一応やめておくか。おい、酒以外を出せ」
酒場に来ておいてこれ以上理不尽な注文もないが、この注文には応じることが出来るらしいバーテンダーがいそいそとミネラルウォーターを準備する。何かの命乞いのつもりなのか、グラスにはこの世界でも設定の難しいアイスボールが入っていた。
「水か……まぁ、ロブスターがないんじゃ仕方がない」
GTはそう言うと、銃を腰の後ろホルスターからおもむろに抜いて、バーテンダーの頭を吹き飛ばした。
その動作があまりに自然すぎたため、バーテンダーは消え去るその瞬間まで自分が何をされたのか理解できなかったようだ。
哀れにも笑みを浮かべたまま世界から退場していった。
『……何で殺すんです?』
「ん? なんかおかしかったか?」
グラスにミネラルウォーターを注ぎながら、生返事を返すGT。
『……GT、この仕事の目的はお話ししたと思いますが、どうもコンセンサスが取れていないようです。一度確認しておこうと思いますがよろしいですか?』
「どうぞ」
『いえ、できればGTから、どうお考えなのか教えてください』
「殺しまくる。困る奴が出てくる。そいつが“当たり”だったらボスを吐かせる。外れならそのまま殺す」
淡々と答えて、そのままミネラルウォーターを啜るGT。
それに対して薔薇はしばらく沈黙を保っていたが、やがて声が漏れ始める。
『――そもそもの目的はこの世界に監視の目が届かない空間が構築されたため、その排除、ですね?』
「俺に聞いてどうする? そもそもそっちがそう言いだして、俺を雇ったんだろう?」
『依頼内容をあなたが忘れていなかったことに驚きを禁じ得ませんが、実はそうなんですよ』
薔薇からため息が漏れる。
『わかっていて何でこんなに殺すんです?』
「決まってるだろ。俺が“殺し終えた”男だからだ。そっちだってそれを見込んで俺に依頼してきたんだろうに」
『それはそうですけどね。何事にも限度はありますよ。あなた、この世界でなんと言われているか――』
バァンッ!
いきなり店の扉が開け放たれた。
そして店内に男が転がり込んでくる。
格好から考えると先ほどと同じ組織の男。
その男が馬鹿でかいリボルバーの銃口をGTに向けながら吠えた。
「てめぇGT!
だがGTの右手にはすでに銃が出現していた。もちろん銃口はキッチリと男の頭を捉えている。
不意を突いたと確信していた男の額に冷や汗が流れ落ちた。
次の瞬間には男は眉間を撃ち抜かれ、GTのあだ名を呼んだ声の響きを残滓に消失してしまう。
『……なんと言われているか、彼が説明してくれたわけですが』
「ここじゃ名前を出すのマズイんだろ? だから俺はイニシャルを名乗っただけだ。それをどんな風に相手が呼ぶのかまで知ったことか」
『あだ名というのは当人の行動が一番の要因だと、私は思うんですけどね』
GTは肩をすくめながら、そんな薔薇の非難に軽い口調で応じた。
「それぐらいは殺してるからな。俺がわからないのは殺すことを忌避しているお前の考え方だ」
『字面だけ捕らえると、完全に異常者の台詞ですね』
「しかしまぁ、水だけじゃ飽きるな。なんか無いか?」
言いながらGTはカウンターを乗り越えて、キッチン部分にある冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫内には――見事に何もない。
『そりゃそうですよ。それは店内の雰囲気作りのインテリアですから』
薔薇が賢しげに語る。
『あそこの隅にあるジュークボックスと同じです。音楽は流れるかもしれませんが別にレコードが入ってるわけじゃない』
「じゃあ、なんか送ってくれよ」
『というか、何でこの店に居続けるんですか?』
「この店の入り口は一つだけ。ここに俺がいる限り、奴らは少人数で小出しに攻撃を仕掛けてくるしかない。相手に戦力の逐次投入を強いているわけだ--ロブスター無い?」
『……一瞬、まともな戦術に聞こえた自分が恥ずかしい。我々は別段、相手戦力を削る必要性はないんですよ。相手の頭に言うこと聞かせればいいわけで、むしろゲリラ戦術が望ましい。あ、ロブスターは用意してません。まさかここでも食べたがるとは思わなかったので』
「俺はいつだってロブスターを食べたいんだよ!」
今までとは違う、一際強いGTの語気にまたも薔薇からため息が漏れた。
『……それに相手の戦力を削る事が目的だったとしても、あなたの選択した戦術はあり得ません』
「おい、ロブスターの話はどうなった」
『相手の次の手段は――』
バァンッ!
再び店の扉が開け放たれる。
しかし、次に飛び込んできたのは防弾チョッキを着込んだむさ苦しいスーツ姿の男ではなく、
カランカラン……
と、乾いた音を立てて転がり込んでくる手榴弾。
それも二つ。
タイミング的には絶体絶命。
GTは“死んだ”と意識する間もなく、この世界から消え去ることになるだろう。
その手榴弾を放り込んだのは店の前で陣形を汲む、あからさまなコンバットジャケットに身を包んだ四名の男。
左手には爆弾処理班が使う特殊なクリスタルシールド。右手には狭い路地で取り回しが不利になるアサルトライフルではなく、高性能にチューンされたハンドガン――Q3119が握られている。
今までの、どこか自分の趣味と折り合いを付けていたような出で立ち――いやすでに“装備”の域だが――ではなく、確実に敵を抹殺する為に準備してきた相手だ。もちろん手榴弾を放り込んだあとも油断無く迎撃態勢を取っており、その動きにも隙はない。
ゴウゥゥン!!!
店内で手榴弾がその役目を果たした。
扉は吹き飛び、古いビル全体が熱病を患ったかのように振るえる。
これでは店内に生存者がいるはずがない。
だが男達は油断しない。四名のうちの二人がハンドガンから装備を変えた。マシンピストルに分類されるYY-3000だ。
さらに銃弾を店内にばらまき、その援護を受けて残り二名が突撃、というプランであろう。
男達が頷き合った瞬間、
ドドドドッン!!
四人の男はあり得ない方向から響き渡る銃声を認識した。
そして、その方向を確認する間もなく、四人の男が消失する。
あり得ない方向――脳天からの銃撃を受けて。
男達はもちろんヘルメットも装備していたのだが、放たれた銃弾はそれを易々と貫通し無慈悲に男達を消失させた。
その消失エフェクトが未だ残る路地の中央に、GTが降り立つ。
服装に乱れはなく、すでに銃は腰のホルスターに。
左手でボルサリーノを押さえて、涼やかな笑みを浮かべている。
そして左胸の薔薇からは、シクシクと泣き声が。
「……泣くなよ。今のは殺さないとどうしようもないだろ」
GTが、薔薇に対して慰めるような声を掛ける。
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