第18話「GT式蹴球術」
OP Aパート1
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黒塗りのリムジンが、見渡す限り何もない、地平線まで続く草原を疾走していた。
舗装された道の上ではない。
かといって獣道のような舗装されていない田舎道を走っているわけでもない。
本当に草原の上を、草を引きちぎりながら進んでいる。
そのリムジンが一直線に向かう先には、人だかりがあった。
~・~
すると、デフォルトでこういった草原に出ることとなる。
今までの区画とは位置関係も何もあったものではない。
ただ、いきなり存在だけが確定されるのだ。
普通の参加者が、こういう場所に来てもやることはない。だからそのまま“元の場所”に帰ってしまう。
そうすると、新しい場所は放棄され――恐らくはそのまま消失するのだろうと考えられている。
あるいは次にそういう新しい場所を望む参加者に回されるか。
“元の場所”――すなわち初めて
連合のどういう職員がデザインを手がけたのか、掲示板のデザインは実に古くさいコルクボードなのであるが、機能には問題がない。
他に単純に参加者達の直接の交流場所としても機能しているが、音楽や映像など少し専門的な分野になるとそれ用の区画が、今ではもう存在している。それどころか、各区画の紹介をして実際にそこに行くことも出来る“案内に特化した”区画も今では運営されていた。
だから、とりあえず黒塗りリムジンが走っている草原は、そういう区画ではなく新しい区画であるということは確定だ。
そして、新しい場所を望んだ張本人が人だかりの中心にいる。
リュミスだ。
今日は、青い髪をストレートヘアに変更して出で立ちはステージ衣装の中から、比較的おとなしめのビスチェにホットパンツ姿。
その傍らにいるのも、やはり女性だ。
こちらは赤い髪をポニーテールにまとめており、ネックレスやブレスレットをジャラジャラと付けた、森の奥に住まうシャーマンみたいな格好だ。
衣服はもちろん身につけているが、装飾品の中に埋もれて何を身につけているのか判然としない。背の高さはリュミスと同じぐらいだろうか。
二人は、ほとんど角付け合わせた状態で何事か言い争っていた。
「……だから、ここにそれぞれがデザインした椅子を持ってきて貰ってね。そのコンペをするわけよ。ケートにはその審査をお願いしたいわけ」
リュミスのその言葉に、赤毛の女性――ケートが訝しげに眉をひそめる。
「……あなたの新しいライブの話をしてるのよね?」
「そうよ」
「それで椅子の審査? どんなライブなのよ? あんたが主役でしょ?」
立て続けにケートの舌峰が繰り出される。
「あ、新しい可能性を模索しようと思って」
タジタジになりながらも、何とか言い返すリュミス。
「方向性がおかしいっしょ。前のあんたのライブステージ良かったわよ。あれ、あんたの男のアイデアなんだって? バラキアが言ってたわよ」
「……男じゃない」
リュミスの反撃がピンポイントになってきた。
「それは何でもいいや。あたしも、それで新しいステージのアイデアを出せって言われていると思ってきたのに――何よそのアイデア」
「私にも事情があるのよ。このまま、あいつのアイデア頼りになったら意地が立たないでしょ!」
そのリュミスの言葉に、ケートは半目になりながら、
「あんたさぁ。何でもかんでも一人でやろうとするのは良いけど、一番得意なのはステージでしょうが。もっと言うと、そのために皆が出したアイデアを最高の形で表現してくれるパフォーマー。あたしは一応、それに混ぜてもらえるの楽しみにして、今日呼び出されたわけだけど」
ケートの斜に構えた状態からの訴えに、リュミスもさすがにシュンとなる。
「……思い直した?」
今度は優しくケートが尋ねるとリュミスも素直にうなずいた。
「私に目を付けたのは良いと思うわ。インテリアデザインが本職だけど、
そう宣言するケートの手をギュッと握りしめるリュミス。
「お願い! あの男に負けないようなのを、本当に!!」
「……本当に
「お前に話がある! リュ~ミ~ス!!」
二人のやりとりに、いきなり異物が紛れ込んできた。
リュミスとケートが同時に目を向けるとそこには信じられないほど、派手なスーツを着た男がいる。
柄は千鳥格子であることに間違いはない。
だが、その配色がモスグリーンにショッキングピンクというとんでもない代物なのだ。
そしてグレーのシャツに、緋色のネクタイ。
見ているだけで目がクラクラしてくる。
それに加えて、その背後に控える男達が揃いも揃って黒スーツ姿なので、この男の異常さがさらに強調されていた。
「……クーン」
その男が自己紹介する前に、リュミスがその名を呟いた。
「そうとも、クーン様だ!」
異常なスーツの男――もちろんクーンなのであるが――が、それでも大声で自分の名を叫んだ。
「……誰?」
「
容赦のないリュミスの説明に、クーンよりもむしろその背後の男達が硬直する。
「よく、
だが、リュミスの言葉は止まらなかった。
クーンは額に青筋を浮かべながらも、それに答える。
「馬鹿野郎!」
まず、一吠え。
「余裕がないから、一発逆転を狙って
「…………」
リュミスは返事のしようがない。ケートは逆に興味が湧いてきたようで、無慈悲にこんな事を尋ねてきた。
「……もしかして、いい人なの?」
「まぁ……頭がいい感じに茹だっているのは間違いないわね」
「し、失礼すぎるっすよ! ボス!! こいつらボスの恐ろしさをちっともわかってない!!」
背後に控える男の一人が喚きだした。
「いや……ある意味での怖さは味わっている最中だけど」
「凄い! やっぱりボスは凄いッスね! 俺は全然怖くないけど!!」
「ねぇ、リュミス。本当にマフィアなの? なんかこういうコント集団なんじゃ」
リュミスは頭を抱えた。
クーンの後ろでは、傷面の男が同じように頭を抱えている。
その中央で、クーンが硬直していた。
完全に
――ガシャ。
リュミスはとりあえず礼儀として、右手に対重力ヘリライフルを出現させておく。
そもそも、こうやって言葉を交わすような間柄ではないのだから。
背後の男達も、次々に獲物を装備し始める。
ケートには
「待て待て待て!」
クーンが突然制止の言葉を放った。
「やり合いに来たんじゃねぇんだ、今日は」
「そう……なの?」
「考えてもみろ。GTいないところで俺達が勝っても仕方ねぇだろ――お前らも得物をしまわねぇか!」
そんなクーンの行動に、リュミスも態度を和らげることにした。
それに、考えてみればクーンがこんな事をしてもなんの意味もない。
「元々、GTには逆立ちしたって敵わないわけだしね。
再びクーンの額に青筋が浮かぶ。
「……派手に虎の威を借りてくれるじゃねぇか」
「事実を指摘するのと、虎の威を借りるのとは意味合いが違うわ。それに――」
リュミスの目が据わる。
「なんなら、ここであんな達とやり合っても良いのよ。現実じゃともかく
横でケートが何だか驚いた表情を浮かべているが、あとでフォローを入れておこう。
「その現実って奴だ。お前らが何処にいるのかわからなきゃ、さすがに俺達も手出しのしようがねぇ」
クーンが妙なことに食いついてきた。
「あの時は、いきなり
安い挑発を仕掛けてくれる。
「何でわざわざそんなところに行かないといけないのよ。そんな都合良く――」
「そこで今日、俺が尋ねてきた話に繋がるわけだ。俺達は――お前らに試合を申し込みに来た」
勝負――ではないことに気付くまでしばらくの時間が必要だった。
「……試合?」
「そうだ。ぶっちゃると、殺し合いでは俺達はGTに万に一つの勝ち目もない!」
「ボス、格好良い!!」
絶対に間違っている合いの手が、クーンの背後から飛んだ。
「そこでルールのあるスポーツで勝負だ。それに負けたらお前らは俺の指定する
最悪な合いの手にめげることなく、クーンは要求を突きつけてきた。
「……ねぇ、リュミス。なんか超展開過ぎてついていけないんだけど」
取り残された形のケートが、ようやくのことでリュミスに話しかけてきたが、ついていけないのはリュミスも同じである。
こめかみを押さえながら、尋ねてみる。
「ちなみに聞くけど、スポーツって何を……?」
~・~
ジョージの機嫌。
言ってしまえばリュミスには良いのか悪いのかも、わからない。
今日もどこかの取引を潰して、RAに遭遇して撃ち合いしてきたのだろう。
つまりはいつものことだ。
で、
――どうしたものか。
例のフォロンの話以降、どうも以前とは様子が違うのは変わらない。
だが、それをわかりやすく人に見せる男でもないのだ。
これは困る。
出来れば、最大限に機嫌の良いときに話を切り出したい。
「何だ……飯がまずいのか」
しかも、こっちの気配には妙に聡い。
デリカシーは欠片もないが。
リュミスの目の前にあるのは、確かにあまり美味しそうには見えない野菜を中心としたサラダだけだ。
翠椿で、ちょっとやらかしてしまって調整中なのである。
おかげで今も、出来るだけ身体のラインが出ないようにわざとサイズの大きなシャツを羽織っていた。
ちなみにジョージがいつもの格好であることは言うまでもない。
「確かに、こんな虫みたいな生活は勘弁願いたいけどね」
「虫……」
割とありふれた比喩表現だったのだが、ジョージの声にはどこか感心したような響きがある。
悪い意味で世間ズレしていないのだろう。
だが、とりあえず興味を引き起こすことが出来たようだ。
このまま、流れにまかしてみるか……と、ある意味男らしく決意を固めたリュミスは、まずこう切り出してみた。
「ジョージ、あなたスポーツに興味はある?」
「ないな」
予測通りとは言え、あいかわらず世事に関心が薄すぎる。
「やらなくても良いから。見るだけとか」
一応、重ねて尋ねてみる。
ジョージは、それでリュミスがそれなりに真剣であることを察したらしい。
しばらく間をおいて、何事かを思い出そうとしていたようだったが、
「何かを観た覚えがあるが、何をやっていたのか、どんなスポーツなのかはわからない」
結局、同じ答えに落ち着いた。
だが、とにかく足がかりが現れたことには違いない。
リュミスは、さらに踏み込む。
「それ、なにかボールみたいなものを使っていた? どんな場所で戦ってた? 一対一だった?」
しつこく食い下がるリュミスに、ジョージも引っかかりを覚えたらしい。
グルンとハンモックを逆さまにすると、音もなく降りてきた。
とことんまで、暗殺者気質だ。
そのままリュミスに近づいてくると正面に座る。
「一体、何の話だ? 新しいライブの話か? 今度はお前が一人でやるって言ってたよな」
「あ、ああ……あのね」
流れに身を任せるチャンスが来た――のかも知れない。
もの凄く広い意味で考えれば、今の事態もライブ活動の一環――と強弁してみよう。
「げ、厳密に言うとライブ活動じゃないんだけど」
「ああ」
「ファンの人達と、その……」
「何かスポーツをやると――厳密に言わなくても、それはライブじゃないんじゃないか?」
なかなかに鋭い突っ込み。
「で、でも、ファンの人達と盛り上がって、それでとにかく一戦交えようって話になって……」
このまま勢いで、ジョージも参加させよう。
そんなリュミスの思惑を見抜いたように、ジョージの黒い瞳がいきなり強い光を帯びた。
「それだけの話なら『勝手にしろ』で、済む話だ。だけどお前やけに言いにくそうにしてたな」
「く……」
「何を隠してやがる」
「た、対戦相手が……」
もはや隠しきれないと観念したのか、リュミスは一から説明を始めた。
~・~
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