Bパート2 ED 次回予告
“死に近しい者が、
その言葉が、リュミスの頭の中でグルグルと渦巻いている。
香藍と別れて後、リュミスは他に行く当てもないので宙港へと戻った。
堅苦しいジャケットとスカートは着替えて、今は動きやすいパーカーと、膝丈のジーンズ姿で、プラスチック・ムーン号に搬入する食料と水、その他、消耗品諸々を、搬入前にリストと照らし合わせている。
船長であれば当たり前の手続きだが、最初はそんな当たり前もわからなかった。
相手も仕事なんだから、これぐらいの間違いはしない、という理屈は通じない。
こちらが金を出しているのに、
「何故、確認しなかったのか?」
と、責められることもあった。
つまり、世の中は失敗することが当たり前で動いているし、仕事をまともに行わない人物がいるという前提が“当たり前”とされている、ほろ苦い状態なのだ。
「……さて」
チェックは完了。
弔意を表していたつもりの、黒いリボンが背中で揺れる感触。
そういえばこれは外し損ねていたか。
リュミスはリボンを外し、蜂蜜色の髪をかき上げる。
口元に、僅かながら自嘲の笑みを浮かべて。
さて、あとはジョージが帰ってくれば、いつでも飛び立てるわけだが……
リュミスは朱に沈みつつある、宙港の姿をぼんやりと眺めた。
こんな光景を昔はいつも見ていたような気がする。
~・~
リュミスはかつて、カイ・マードルと同じ事務所に所属していた。
そのきっかけは、街中でのスカウト。
リュミスは元々、路上でのライブ活動をしていた。今のように
田舎の
それが
リュミスが、自分には才能があるのだ、と信じてもそれは責められないだろう。
ボイストレーニングを受け。
ダンスレッスンを受け。
趣味の範疇でしかなかったリュミスの技能が、プロ用に鍛え上げられていく。
もっとも、そのレッスン料を出していたのはリュミス自身が他で働いて稼いだものだったが、スカウトされたという自信がリュミスを支えていた。
しかし、ある日リュミスは真相を知る。
――カイ・マードル。
今もトップアイドルである、あの男はあの頃から異常なほどの女狂いだった。
リュミスの他にもスカウトされた少女はたくさんいる。
だが、その全てはカイが“つまみ食い”したくなった女であることがスカウトされた条件。
リュミスだけが、その例外であるはずもなく、ある日カイに奉仕するように言われた。
リュミスはそれを拒否した。
カイに抱かれることを喜ぶ少女達が多い中、リュミスはカイが嫌いだったのだ。
理由としてはそれだけで十分だろう。
そして、自分の才能を信じていた。
だが、言うことを聞こうとしないリュミスに、自分をスカウトしたはずの事務所の人間は、ことごとく罵声を浴びせた。
そのほとんどは覚えていない。
だが、一つだけ覚えている言葉がある。
「――お前は、歌が歌いたいんだろ? そのチャンスが目の前にあるんだ。それを逃そうという姿勢は、プロとしてすでに甘い」
――甘い。
――甘いのだろうか?
望まぬ相手に身体を許すことを強制する。
それは、考えるまでもなく“悪”であろう。
その“悪”を強要しているはずなのに、なぜ、それを語る当人はまるで“正義”を語るように上からなのだろう?
答えは、一つに収束される。
今の世界では、悪こそが正義なのだ。
それから、リュミスは徹底的に無視された。
まるで、存在しないかのように扱われた。
“死に近しい者が、
再び、その言葉が思い出される。
今現在、
死に深さがあるというのなら、今日聞かされたジョージの過去とは比べものにはならないほどの浅瀬での死。
ジョージは何度も何度も深淵へと沈んでいき、そのたびに浮上して、再び深淵へと沈んでいく。
そんなことを繰り返したために、あの能力を得ることとなったのだろう。
だが、自分は浮上することはなかった。
浅い浅い死の淵で、きらめく地上の光を間近に見ながら、存在を殺され続けていた。
――だからこそか。
だからこそ、他の誰も獲得していないあの“気配を無くす”能力を獲得するに至ったのか。
あの
ジョージ――GTは「嘘の世界」だという。
確かにそうなのかも知れない。
しかし、リュミスはあの世界に行って初めて、人の“正義”を知った。
誰も、管理してくれない、あの野放図な空間で参加者達は、より善人であろうとする者が大勢いた。
もちろん、悪を為すものもたくさんいた。
だが“何処の誰かもわからない”という、匿名性の中で、思うがままに正義を為す参加者もたくさんいたのだ。
――そうか。
リュミスは気付いた。
フォロンの主張の中で、特殊な能力を獲得する条件に対してはうなずける中で、
リュミスは、この悪が正義となってすり替わる現実の中で、あの嘘の世界では――
――嘘であるが故に
正義が正義として振る舞うことが出来る空間だと信じているのだ。
それを否定されたくはない。
……否定されたくはないのだ。
~・~
物思いに耽りながら外の様子を見ているうちに、翠椿の恒星・暁蘭は宙港の真っ平らに整備されたエプロンの向こうに沈んでいった。
そして、それと入れ替わるように人影がエプロンの向こうに現れる。
ジョージだ。
いつもの格好ではなく、あの袍だったので、逆にわかりやすかった。
義足の調整という話だったが、随分と時間がかかったらしい。
遥か彼方にいるようにも思えたが、気付けばジョージはもう目の前に迫ってきていた。
どうも体内時計が狂ってきているような気がする。
「よう。もう出るのか?」
ごく自然に声をかけられた。
それはそうだろう。ジョージにとっては長いスパンのある“日常”をこなしてきただけなのだから。
「……ちょっと迷ってるところ。誰かさんのせいで、この
「そうだな。今も、三人ばかりでここの警備してるぞ」
悪びれもせず、淡々と答えるジョージに少し苛つくリュミス。
つまり、こちらもいつもの“日常”だ。
「……あなたの昔の話聞いたわ」
香藍と話をしたことは、ジョージも察しているだろう。
だから、わざわざ言うことではないのかも知れないが、言っておいた方が精神衛生上よろしいような気がした。
返事も大体予想は付くが。
「そうか」
見事なまでに関心がない。
為すべき事を為しただけ。
ジョージにとってはそれ以上でも以下でもない。
そんなジョージの反応にリュミスも話題を変える。
「で、義足の調整は上手くいったの? あなたが義足だとは知らなかったけど」
「まぁな。昔に比べりゃ楽なもンだ」
「昔? そんなに義足の技術って進歩してるの?」
「俺の昔の話聞いたんだろ? 子供の頃に義足作ったから、すぐに寸法が合わなくなるんだよ。おかげであっちこっちで苦労した」
「それは……」
いわれてみれば確かにその通りだ。
その苦労も容易に想像できるが、どうも滑稽さをの方を強く感じてしまう。
「……なんだその顔は?」
どうも表情に出てしまっていたらしい。
慌てて首を振って、
「なんでもない」
と、とりあえず誤魔化した。
――なんでもない。
そう。
今日のことはなんでもないのだ。
ジョージの昔の話を聞いた。
ただそれだけのこと。
何かお返しに自分の昔話でもしなければいけないのか、という気分にもなっていたが、この男のことだ。
「で?」
で、終わるに違いない。
いや、それ以前に途中で寝てしまうかも知れない。
リュミスがそんな想像を巡らせていると、ジョージから話しかけてきた。
「急ぐ予定がないなら、明日どこか案内してやろうか? 一応、元・地元だ」
「え?」
「え、じゃねぇよ。昔の話聞いたんだろ?」
意外な申し出。
……には間違いないが、お互いに傷をなめ合うよりは健康的だろう。
リュミスは前向きに賛意を示すことにした。
それに宇宙からみたこの
久しぶりに観光してみるのも悪くはない。
「香藍さんも誘いましょうか」
「え?」
「え、じゃないわよ。いいお姉さんじゃない。あなたのこと心配してたわよ」
「……そうなのか?」
この男は……
「会話もしないの?」
「あの人は俺にとって残された唯一の主筋だぞ」
なるほど。
そんな認識だから、墓の前で跪くようなことになるのか。
「あの人は、ずっとあなたのことを“弟”と呼んでいたわよ」
「…………」
ふて腐れたように、顔を背けるジョージ。
この場で説教の一つでもカマしてやりたいが、それはきっと自分の役目ではない。
「とにかく明日は香藍さんも呼ぶわよ。これは“恩人”としての私の命令。私をそういう風に利用したんだからこれぐらいのこと、言うこと聞きなさい」
「しかしなぁ……」
「ロブスター、食べることにするから」
「行こう」
始末に負えない。
けれど、これでこの姉弟に新しい関係性が築けるのならば目を瞑ることにしよう。
かつて自分が現実を知り、そして
――“殺されし日々”はどこかで終わらせなければならないのだから。
◇◇◇ ◇ ◇ ◆◆◆◆◆◆◆ ◇◇ ◆
次回予告。
追い詰められつつあるクーン。
これを切り抜けるためには、是が非でもジョージを始末しなければならない。
だが、そのチャンスを掴むことさえ、今のクーンには難しい。
そこで、アガンを巻き込んでGTを挑発し、ある賭けに出る事を決意した。
受けて立つGTはこの局面をどう乗り切るのか?
次回、「GT式蹴球術」に、
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