Bパート ED Cパート 次回予告

 砂漠の中にそびえ立つ、ピラミッド。

 あるいは正しい状態を取り戻したとも言える風景。

 陽炎がその周囲を彩り、風が砂の上に波紋を描いていく。


 その砂の中からいきなり突き出される、手。

 そして起き上がる黒スーツ姿の男――GTは生きていた。


「あ~、死ぬかと思った」

切断ダウンしてないのが不思議なほどです』


 薔薇も健在のようだ。

 そして、それが気にくわない者がいる。


「ヒャッハーーーー!」


 二筋の斬撃がGTの背後から襲いかかってきた。


 当然その襲撃は察知していたGTだが、いかんせん足場が悪すぎた。

 一つは身を捻って何とかかわすことが出来たが、もう一つは無理――


 ガッヒィン!


 銃弾と刃が噛みつき合って、火花を散らした。


 ブラックパンサーの威力と、アガンの膂力。

 当然の帰結としてブラックパンサーが勝利した。


 それでも刃筋が僅かにそれただけなのはさすがと言うべきか。


 が、そのそれた刃筋に、生き残る余地を見いだせたのも事実。


 GTはそのタイムラグを利用して砂地を転がり、距離を取る。


「く……」


 そのまま立ち上がろうとした、GTは足下の不安定さに歯がみする。


「ヒャッハーーーー!」


 さらに襲いかかってくるアガンの斬撃。

 アガンはこの砂地になれているようだ。


 GTは覚悟を決めた。


 迫り来る刃を横合いから殴りつける。

 ダメージエフェクトは出ないが、その軌跡はずれた。


「アガン、俺は動くの止めたぞ」


 決意を口にするGT。


「この足場じゃ、お前の攻撃に付き合うしかなさそうだ」

「ハッハーー! 勝手にしやがれ。俺は俺のやり方でお前を切り刻んでやるだけだ!」


 さらに斬撃を繰り出すアガン。

 刀の腹を掌底で叩いてその軌道をそらすGT。


「何でよりにもよって曲刀シミターなんか選びやがった!? 弾よりも遅い分厄介じゃねえか!」

「ヒャハハハァ! 刀じゃねぇと傷つけてる快感が味わえねぇだろうが。俺はなぁ、なんだってまず気持ちいいかどうかが重要なんだ!」

「それがお前の美学か!」


 一歩も譲らずに攻防を繰り広げるGTとアガン。


 砂漠、そしてピラミッド。


 薄衣を纏い、曲刀シミターを振るう戦士。


 攻められているのは、この光溢れる世界に溶け込もうとしない黒。

 この世界から消え去るべきは、明らかに黒。


 だが、黒は消えない。


 曲刀シミターの戦士の猛攻を。

 縦横無尽に振るわれる斬撃を。

 その場から一歩も動かずに、かわし、そしていなし続ける。


 GTは、この砂漠の区域に、そしてアガンに否定されることを全力で拒み続けた。


 アガンの表情が歪み始める。

 彼はこの世界の王だった。


 何もかもが彼の意のまま――彼の心がそのまま具現化したのがこの世界。


 好きな時に好きなだけ女を抱き、気に入らない相手は、授かったこの力で殺してきた。

 それが彼のルール――世界のルール。


 ――なのに、なんだこの目の前の男は!?


 怒りがアガンに必要以上の力を込めさせた。

 斬撃の合間、その必要以上の力が隙を生じさせる。


 ガッ! ガッ!


 左手、右手。

 GTのそれぞれの手が、アガンの右腕と左腕をがっしりと掴んでいた。


 ミシィ……


「グッ、グワァアアアアアア!」


 アガンが悲鳴を上げる。


「離せ! 離しやがれ!!」

「おっと、すまんすまん。お前のひ弱さを忘れていた」


 GTは言いながら、下から睨めあげるようにアガンに顔を近づけた。


「まったく好き勝手やりやがって、このまま握りつぶしてやろうか?」

「離せ! 離せって言ってるだろ!!」


「……ったく、俺の話を聞け。俺の質問に答えたら離してやる」

「し、し……質問?」

「そうだお前の上は――


 ゴバァアアアアアアアアアッ!!


 突如、GTの背後で砂が爆発した。

 吹き上げられた砂が、二人を影の中に包み込む。


 間髪を入れずに、GTはアガンを放り出してその場から逃げ出した。


 尋常ではない殺気を背後から感じたからだ。


 それに対抗しようとか、意地を見せてその場に踏みとどまろうとか、そういう思考が及ぶ前に、GTは生存本能に従って、ただ逃げた。

 この場で必要なのは人間の理性ではなく野生の本能。


 チュンチュンッ!!


 その判断が正しかったことを示すように、GTが一瞬前までいた空間を熱く灼けた銃弾が疾り抜ける。


 もちろん、その銃弾はアガンにも襲いかかることになるが、アガンはそれを辛うじて避けた。


 もっとも、それを見越しての銃撃でないことは、GTにも――そしてアガンにもわかっていた。

 爆発の中から現れたのは――


「RA……!」


 右手に銃を構えたGTが呟く。


 即座にRAに向けて銃撃。


 RAはそれをかわし、


「ウフフフフフフフフ」


 と、笑みを浮かべながら両手の拳銃でGTに反撃する。

 GTはもちろんそれをかわすが、足場が悪いことに変わりはない。


 その上――


「こいつ……強くなってる」

「ウフフ。ええ、GT。僕は変わりましたよ」


 GTの呟きが聞こえたのか、RAが銃撃を止めてそれに答えた。


 見れば出で立ちも変わっている。


 犬耳は生えたままだが、頭には真っ白なボーラーハット。

 その色に合わせたのか、これもまた白いジャケットを新調しており、ちょうどGTとコントラストを競うような装いだ。


 そして下半身は――


「尻尾が無くなってる?」

「気付いたら無くなってましたよ。原因はあなたでしょう!」


 叫びざま、RAの銃撃が再開された。


 アガンを助けに来た――と考えるのが妥当なところだろうが、そのアガンに一向に構う気配がない。

 あるいはアガンの口を封じに来たのだとしても、あまりにもアガンを無視しすぎている。


 足場が悪い中、最小限の動きで弾をかわしながら、RAが出現したことの意味を探ってしまうGT。

 その合間にも、RAに銃撃を加えることを忘れない。


 ――と言うか、忘れると一気呵成に攻めきられる可能性まである。


「ケヒャヒャヒャア!」


 その上、アガンまでRAの銃弾を気にせずに近接攻撃を仕掛けてくる。


 足場が悪い。

 手練れが二人。


 あまりに不利な状況にGTは二人の攻撃をかわし、いなしながら胸元の薔薇に呼びかける。


『モノクル、さっきから黙ってるが壊れてないか?』

「……話しかけると邪魔をしそうだったので」

『気遣いには感謝するが、そこまで余裕を無くしたわけじゃない』


 そう言いながらも、RAに牽制の銃撃を加えるGT。

 その銃弾をRAは自ら放った銃弾に迎撃させた。


 明らかに技量――というか視力、反応速度を含めた身体能力が上昇している。


 そこに横合いからアガンの斬撃だ。

 GTはそれを弾き飛ばし、さらに二人から距離を取るが、端から見ているといつGTが死んでもおかしくない光景だ。


「――アガンから情報引き出すのは今は無理だ。諦めてくれ」

『やむをえません』


 即座に了承するモノクル。


『しかし“今は無理“と言うのは?』

「奴が死んで消えるまでの間に、あいつの身体にしこたま銃弾を叩き込んでやる。今度俺の姿を見ただけで萎縮するようにな」


 物騒な宣言と共に、GTは両者の足下に向けて残りの銃弾を全て叩き込んだ。


 巻き上がる砂。


 その隙に乗じて交換されるマガジン。


 シャコン! とチャンバーがスライドして次弾を装填する。


 GTは、アガンへ向けてダッシュ。


 足場が悪い中ではあったが、その一瞬の加速と行動はアガンを戸惑わせるに十分なものだった。

 自らが作り出す斬撃の嵐の中にGTが自ら飛び込んできた――要は自殺行為を行ったように思えたのだろう。


 しかし、GTの思惑はもちろん別にあった。


 迫り来る斬撃にたいして、その刀身をブラックパンサーで横から殴りつける。


 この日初めてGTは銃把でアガンの曲刀シミターを横合いから殴りつけた。

 そうすることで刀を持つアガンの手を痺れさせ、そこに決定的な隙を生じさせたのだ。


 そこまで計算していたわけではなかったが、その経験はアガンにとって初めてだったのだろう。

 効果は抜群で刀を取り落としそうになっている。


 しかも、銃口はすでにアガンへと向けられていた。

 さらにとどめとばかりにGTはアガンの身体を下から蹴り上げる。


 それは痺れていない左手に握った刀の腹で何とかガードするアガン。

 しかし、身体が宙に浮くことは避けられなかった。


 いかな達人とて、宙に浮いた状態では回避できない。

 この間、僅かに一秒と少し。


 RAは当然撃ってきているだろうが、それを“見て”からかわしてもまだ間に合う。

 GTは宙に浮かぶアガンに銃口を向け、トリガーを――


 ――また影がGTを覆った。


 そして再び感じる尋常ならざる殺気。


 原因はRAであろう。それがわかっているのなら、確認するためにわざわざ視線を向ける必要はない。

 今はただ、アガンに銃弾を――


 そんな理性を裏切ったGTの視線は上から覆い被さってくるRAを確認していた。


 目を向けずにはおられなかった。

 知らずにはおられなかった。


 RAの持つ“未知”への恐怖に野生が反応したのだ。


 そして野生はまたも正しい選択をGTにもたらした。

 そこには銃口を向けたRAではなく、ジャケットの裏に大量の爆薬をぶら下げたRAがいたからだ。


「――――!」


 声にならない悲鳴を上げ、GTはその場に仰向けに倒れ込む。

 そして、アガンを狙うはずだったブラックパンサーを垂直方向に跳ね上げた。


 ――ドーーーーーーーーーンッ!!!!


 その音は果たして銃声だったのか。

 それともRAの抱えた爆薬が炸裂した音だったのか。


 轟音と共にGTの頭上、砂漠の空にもう一の太陽が出現する。

 その異形の太陽からは細かな金属球が雨のように降り注いだ。


 そしてその雨音の中に――


 ――何もかもが沈んだ。


◇◇◇◇◇◇ ◆ ◇ ◆ ◇◇


 ピラミッドの麓。

 砂地一面に穴が穿たれた、異様な光景。

 砂漠を渡る風がその異様さを包み込もうとした直前、GTがゆらりと立ち上がった。


 ボルサリーノには穴が開き、スーツにも引き裂き傷をはじめとして大小ひとそろいの傷が全身に刻まれていた。


「……アガンはどうした?」


 出し抜けに呟いた。


 RAがこの場にいるはずのない事をGTは理解していた。

 あの爆発を至近で食らって、この世界にいるはずがない。


『もう影も形も見えませんね』

「くそ……追うぞ!」

『もう無理です』

「何を言ってるんだ? ここで引いてたまるものか!」

『あなたの接続時間が限界なんですよ』


 砂漠を徒歩で渡り、アガンとの会話。さらにはひたすら受けに徹した戦闘。

 時間を使いすぎている。


『それに、その格好で戦うんですか?』


 その指摘に自分の出で立ちを改めて確認するGT。

 みるみるうちに、その表情が歪んでいく。


「……これも“金”を変化させて作ったんだろ。ダメージを受けてるのに良くも消えずに、こんなボロボロな状態に出来るな」


 その憎まれ口は、負け惜しみの一種なのだろう。

 そうと悟ったモノクルも、ここは無理に反論せず、


『特注品ですから。で、追いますか?』

「やめだ。こんな格好で戦うなんて、まったく俺の美学に反する」


 GTは穴の開いたボルサリーノを被りなおしながら、ニヤリと笑った。


「そして、このままアガンを見逃すのもな――奴は俺が仕留める!」


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次回予告。


アガンとの決着に拘るGT。モノクルはその心情を鑑みながらも、エトワールに協力を依頼する。


一方で、アガンもまた別な意味で窮地に陥っていた。そんなアガンの元にフォロンが訪れ、協力を申し出る。


果たしてフォロンが用意したアガン救済の一手とは?

果たしてGTはフォロンの策を打ち破れるのか。


次回、「砂は血で潤う」に接続ライズ

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