アイキャッチ Bパート1

◆◆◆ ◆◆◆ ◇◇◇ ◇◇◇


 ザバザバザバザバザバザバザバザバ……


 水位はあいかわらず絶賛上昇中。

 そんな中、動こうとしないGTに、モノクルはいささか焦れたように話し続ける。


『本気で死ぬつもりですか? さすがに水中で息が出来るほど融通は利かないでしょうし……』

「えらが生えている可能性を追求してみるのはどうだ? 犬耳の奴もいるんだし」


 言いながら、GTは目を瞑る。


『ちょ、ちょっと!』

「――良いから黙ってろ」


 言いながら、GTは銃を胸の前で構える。

 今までのGTの行動には見られなかったパターンだ。


 水がGTの胸元まで迫ってくる。


『ど……


 モノクルが再度、GTに真意を問いただそうとした一瞬――


 ドンドンドンッ!


 GTが続けざまに、発砲した。

 あちらこちらではなく、ある一定の方向に向けて。


 チューン!


 さすがに防弾対策、というか構造物自体がブラックパンサーの銃撃に耐えうるだけの質量を持っていたらしい。銃撃を受けてもダメージエフェクトすら出ない。もちろん、跳弾が縦穴の中で弾け回る。


 それをかわすためにGTが回避行動を取ったところで、いきなり水が爆発した。

 GTの回避の動きに周囲の水が付いていけなかった結果だが、GTはそんな中でも、変わらずに発砲を続けていいるらしい。


 その銃声はもはや聞こえない。

 だが、その音の中に一つ、聞き慣れない音が混ざった。


 ピシッ……


 その音を聞き逃さなかったGTは、マガジンをスライドさせる。

 交換のためではない。そうしておいてGTは銃弾を一つ取り出すと、それを手首の動きだけで音がした方へと投げつけた。


 そして再びマガジンを装填し、今度は慎重に狙いを定める。

 その間にカーテンのように周囲を覆っていた水が引いていった。


 ドンッ!!


 ブラックパンサーが火を噴いた。

 今まで撃っていたのと同じ方向に。


 で、あれば結果も同じになるはずであるが――


 ゴゥゥゥウンン……


 まず最初に響いた音は三半規管を深刻に揺るがす低くて重い爆発音。


 その後に密閉された空間から解き放たれた空気の流れる音。


 そして最後に、ゴォォォォ、という水が引いていく音だ。


 縦穴のどこかに穴が開いたのは間違いないらしい。


『そうか……銃弾を簡易爆薬に使ったんですね』


 ようやくモノクルの理解が追いついた。


 常人が撃てば、腕がソーラーパネルの様に畳まれる程の威力を誇る、ブラックパンサー専用の弾丸。

 その火薬ガンパウダーの爆発力は並の炸薬弾を凌駕する。


 通常ならその爆発力が一方に解き放たれているわけだが、その出口を塞いだ状態で爆発させれば、当然その威力は弾薬の周囲に波及することとなる。


 GTはこれを利用したのだ。


『しかし、よく弾薬をねじ込める穴が空きましたね……一点を狙ったとか?』

「クーンがここで俺を仕留めていたとして、それをどうやって証明すると思う?」


 モノクルの疑問に、問いかけで返すGT。


 それでモノクルの疑問はほとんど氷解した。


 GTを倒したことの証明のために、その決定的なシーンを保存しておく必要がある。

 録画機器はこの天国への階段EX-Tensionでも存在しているし、そうなると問題は……


『そうか、アレは可視光線ではない、何かの光源を探っていたんですね。恐らくは熱』


 普通の録画機器で撮影するにはこの縦穴の中は、あまりにも光量不足だ。それをGTに感知されないように補うとなると、自ずから答えは導き出される。


 この縦穴を照らすための仕組みがあるはずで、その部分は構造的に脆弱になるはずだ。


「さすがによくわかるな。多分赤外線だな。熱でわかる」


 とことんまで非合法イリーガルな体質の持ち主だ。過去にもそうやって探知した経験があるのだろう。

 しかし未だ疑問は残る。


『しかし、そうなるとカメラの設置自体はもっと上の方がよかったように思いますが』


 このトラップが順調に働いた場合、GTが命を落とすのは縦穴の上部ということになる。

 水で縦穴が満たされないと、そもそも溺死はあり得ないからだ。


 つまり溺死する瞬間は、穴の上部ということになる。


「沈んできた俺の死体……は無いのか、この世界だと。じゃあ単純にあいつがバカなんだな」

『……可哀想ですが、そういうことにしておきましょう』

「で、どうなってる?」


 と呟きながら、GTは水の流れのままに、自分が開けた大穴の奥へと足を踏み入れる。

 そこは小さな部屋になっていて、当然のように録画機器カメラが揃っていた。


 しかも部屋の雰囲気がまったく違っている。


 録画機器カメラだけが置かれた殺風景な部屋であることに変わりはないが、明らかに“中世風”ではない。

 そうやって観察している内に、上の方で響いていた水音が止んだ。


『遅ればせながら――というところですね。どうしますか? 恐らくはここを進めば労せずして中枢部分にたどり着けると思いますが』


 小部屋には、果たして奥の方に扉があった。ここもすでに水に浸食されており、水が止まったのはそこから水が流れ込んでいく場所にクーン達がいるからだろう。


「……クーンにご褒美を上げよう」


 モノクルの問いかけに、GTは笑みを浮かべながらそう返答した。


『というと?』

「改めて真っ正面から打ち砕いてやる」


 胸元の薔薇がしばしの沈黙を獲得する。


『……まぁ、その方が私もありがたいですからね。で、どうします?』


 正面から打ち砕くためには、この縦穴を登らなければならない。


「……そうだ」


 GTがポツリと呟いた。


                   ~・~


 エトワールの前では、クーン達が右往左往していた。

 彼らにしてみれば、初手でGTが易々と罠に引っかかっり勝利を確信していたのだろう。


 実際、エトワールも、


「あ、終わったな」


 などと考えていた。


 エトワールが今いる場所は、まさにこの古城の制御室ともいうべき場所で、壁一面にモニターが設えられている。城内のトラップのある場所はこれによって監視と録画のバックアップを行っているのだろう。


 画像自体はカメラから引っ張ってこられたものか。

 配線が大変そうだが、この辺りは努力でなんとでもなる。


 モノクルが言うには、この機器に関してはクーン達が用意した可能性が高いらしい、ということで金銭的にもお疲れ様といいたいところだ。

 もっとも、この古城を丸ごと用意することに比べたら雀の涙ほどの費用しかかかってはいないだろうが。


 エトワールの他にこの部屋にいるのはクーン、そして傷面の男と、少年のような目をした若者。


 この四人だ。


 もちろんエトワールは、この部屋では完全に異分子である。

 発見されれば、今以上の大騒ぎになるだろうが、現在のところ見つかってはない。


 かといって、彼女は物陰に隠れているわけでもない。


 エトワールの持つ特殊な能力――認識阻害とモノクルは呼んでいた――によるものだ。

 クーンも、その他大勢も視界に確実にエトワールを捉えているはずなのに、それを認識できないのである。


 だからといって、暴れたり、大声を出したりすれば当然の如く気付かれてしまうのだが。


 大人しくしている限りは目立たなくなる、というのがもっとも的を射た説明かもしれない。


 そんなわけで、大人しくクーン達とモニター越しにGTの行動を見ていたわけだが、しみじみと、


(とんでもない化け物だわ)


 と、再確認することとなった。


 あんなのを相手にしなければならないクーンに同情してしまう。


「ど、ど、ど、どうするんスか、ボス! あの通路ここにつながってますよ!」

「お、お、お、落ち着け。真っ直ぐここに来るかどうかわからんだろ! メンテ用のドアはたくさんあるんだし」


「しかし、雰囲気が違いますからねぇ。わざわざ古めかしい方に踏み込んでくれるかどうか……」


 二人は明らかに混乱しているが、傷面だけは落ち着いたものだ。

 もしかしたら単に諦めているだけかもしれないが。


 兎にも角にも、これでモノクルが当初思い描いていたとおりの状態になったわけだ。後は何か重要な固有名詞をポロッと言ってくれれば――


『エトワールさん』


 であるのに、当の本人から連絡が入った。仮面から伝わってくる骨伝導であるので音が漏れる心配はないが、何とも間の悪いことである。


 とりあえず、聞こえているということを知らせるために、軽くうなずいてみせる。


『GTからの……ええと、依頼なんですが』


 依頼……?


 エトワールは首を捻る。


『そこから、この城に仕掛けられているトラップとかその位置とかがわかるような地図って確認できてますか?』


 悪い予感がしてきた。


 エトワールは目の前に手を広げて見せて、しばらく待て、と伝える。

 そうしておいて、改めてクーン達の様子を観察。


 どうやらGTが動こうとしないのを訝しんでいるようで、そのために幾分か落ち着きを取り戻し始めているようだ。

 仕事を果たそうとするなら、悪い予感の方に身を委ねなければならない。


 きっとGTの依頼というのは、


 「銃の練習が出来る場所」


 とか、その類のことに違いないのだから。


 トリガーハッピーで、トラブルメーカー気取りだ。


 エトワールは短くため息をつくと、今度はOKサインを目の前に示してみせる。


 改めて確認するまでもなく、この部屋には全体の見取り図がある。


『それではまず、GTが今いる場所から、トラップ満載の通路に戻るルートってありますか?』


 ――それ見たことか!


                    ~・~


 エトワールはまず古城の見取り図をしっかりと見据えることでモノクルにデータを送り、その後、わざわざ部屋の外に出て、モノクルと言葉を交わすことで細かいところを詰めた。


 結果、


 「もっとも効率よく罠にかかる方法」


 という、おおよそ常識外れで傲岸不遜なルートを選定してしまった。


 そうしておいて、まずはGTが古城のルートに復帰。

 この先には、槍が飛び出てくるトラップがある。


「うん。エトワールに礼を言っておいてくれ。協力者がいると、こんなに楽なんだな」

『絶対に、協力の仕方間違ってますけどね』


「それは元々おかしな策を持ち出した奴の責任だろう」

『わかりましたよ。存分に罠を踏みつぶしていってください』


 もはや罠の危険性は議題にも上がらない。


 そしてGTは、飛び出てくる槍を全てへし折って、前進を始めた。

 その後も、刃の付いた大きな振り子が襲いかかってきたり、矢が一斉に放たれてみたり、壁が迫ってきたり、と色々あったが、


『力と銃弾で黙らせてしまいましたねぇ』


 どこか感慨深げにモノクルが統括する。


 警戒態勢に入ったGTには、もはや通路自体に仕掛けられたトラップも通じず、その全てを回避してしまった。


 そこでモノクルはエトワールと共に製作したマップを確認してみる。

 どうやら残された仕掛けはあと一つ。


 それもトラップというよりは……


『何かが待ち受けている、という感じの部屋のようですね』

「ああ、古城の宝を守るガーディアンとか。童話というか物語とか、そんなパターンかな」


『本当にゲームされないんですねぇ。私は改めて思いましたよ。これファンタジーRPGでは定番のパターンです。この城自体もアトラクションとして売り出せるんじゃないでしょうか?』


「そこで商売ッ気を出されてもな……ところで、エトワールから連絡は? 何か収穫はないのか?」

『それがですねぇ。クーンさん達ほとんど言葉を失っているような状態らしくて』

「策士策におぼれる、とはこのことだ」


 ドンドンドンッ!


 GTはその待ち伏せが行われているらしい部屋の扉を破壊した。

 手よりも先に銃弾が出るようであれば、GTもいよいよ本調子である。


 相変わらず乏しい光源であるが、扉の向こうの部屋はかなりのスペースがあるらしい。


 何しろ奥が霞んで見えない。


 もっとも、光源自体がかなり上の方にあるらしいので、そのせいで先が見通せないだけかも知れないが、造りから見ると相当な大きさの部屋だと考えて間違いなさそうだ。


 大広間、もしくはダンスホールぐらいの広さだろうか。


「何だ?」

『ええ~っと……何か表記が見取り図に……“500”とあるようです』


 GTの要領を得ない質問に、モノクルが何とか返答する。

 その間にもGTはスタスタと進んでいき、特に構えることなく部屋に侵入した。


 ガシャン!


 恐らくは部屋に入ることがトラップ発動の条件だったのだろう。


 奥の暗がりから、金属がぶつかり合うような音が聞こえてきた。

 GTはその方向に銃口を向け――


「何が出てくるかぐらいは見てみるか」


 と、呟いた後、同じペースで歩み続ける。


 すると、暗がりの中に出現したのは松明の光を鈍く照り返した金属甲冑。

 それがこちらに向かって歩いてきている。


「クーンでも入ってるのか?」


 ドンッ!


 と疑問符を浮かべながらもGTは容赦なく発砲。


 マズルフラッシュが、一瞬だけ周囲を白く染めた。


 いつもの通りのヘッドショットで鎧の兜が弾き飛ばされ、消失エフェクトと共に消え失せる。

 その兜の下の顔は――


「……無いな」

『クーンさん達は部屋から出てないそうですよ。もっとも最初から他の部下が鎧に潜んでいた、ということも考えられますが……』


 ガシャン!


 鎧はなおも歩き続けていた。


『こ、これは……“まだだ! たかがメインカメラをやられただけだ!”状態ですね。つまりはロボットのようなもの』

「……ちょっと待て。ロボットはわかるが、なんだその前のは」


『古典の名作からの引用です。世に出た当初は、他の媒体と同じように低俗だと切り捨てられましたが、今の時代では抑えておかなければならない教養の一つですよ』

「教養が無くて悪かったなぁ!」


 ドドゥンッ!


 今度は鎧の胸部、そして右膝に銃撃を加えるGT。

 念の入った銃撃のおかげか、鎧は間をおかずに消失エフェクト共に消え失せた。


『なんと勿体ない。三発も使いましたよ』

「……やっぱりお前、絶対に前のこと恨んでるだろ」


 そのまま二人の繰り言が繰り返され、この部屋のトラップは終わり――ではなかった。


 ガララララララララララララララ……


 という音が当然響いて来たからだ。それも上下左右、あらゆる場所から――もちろん床も例外ではない。

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