アイキャッチ Bパート1

◆◆◆ ◇◇◇ ◆◆◆ ◇◇◇


 粗末な木造の家屋。その屋根の上をボルサリーノを左手で押さえたGTが駆け抜けてゆく。


 ダン! ダン!


 という踏みつけるような走り方ではない。


 トン、トン、と爪先で屋根を弾き、空高く舞うような軽やかなステップだ。


「見ろ! あいつ尻尾まで生えてるぞ」


 そんなジャンプの最中、嬉しそうにGTが叫ぶ。

 確かに、下の路地からGTを見上げるRAには犬の尻尾が生えていた。


『本当に……彼は何者なんでしょうねぇ?』


 その場にいないからこその暢気さでモノクルが応じる。


 しかし元々、さほど大きくはない街だ。

 GTは調子に乗って屋根の上に登ったが、すぐに行く先を無くしてしまった。


 端的に言うと、街の端にたどり着いてしまったのだ。


 そこで街の中央方向へと大きくジャンプするGT。

 だが、いかなGTでも空中では自在に身体を動かせない。


 そこを狙って、RAの弾丸が襲いかかってくるがGTはまずそれを身体をひねってかわし、避けきれない弾丸に対しては、自らの銃弾で迎撃した。


 そうしておいて左足から着地。捻った身体の勢いで、その左足を中心に右足を振り回して一回転。

 砂塵が渦を巻いて、GTの周りを彩っていく。


 パチパチパチパチ……


 そんなGTへ、空々しいRAの拍手が向けられた。


「さすがに、そういった曲芸はお得意ですね」


 わざわざ銃をしまい込んでいる。

 GTはそんな揶揄混じり――というか揶揄そのもの称賛にニヤリと笑みを浮かべ、


「これはな、美学と言うんだ。俺はそこんとこ拘ろうと思っててな――格好良いだろ?」

「ええ。はったりをかますという点では実に優秀な――曲芸です」

「さっきもそんなこと言ってたな」


 GTも銃をホルスターにしまった。


「俺に対して――と言っても良いのかどうかわからんが、何か疑問があるようだな」

「いいえ。別に疑問は抱いていません。僕はただ確信しているだけですよ」


 RAもニヤリと笑った。


「あなたのGTという悪名。それは――意図的に捏造されたものだと」


 チュンッ! チュチュンッ!


 二人の会話の間も、この区画の従業員NPCの戦闘は続いている。

 飛び交う銃弾を、二人は僅かに身体を傾けるだけでかわし続けていた。


 すでに保安官の背後にいた、職業名:ご婦人は倒れている。

 どうやらかなり悲劇的な顛末がここの見せ物らしい。


 もちろん銃弾だけではなく、やたらに不潔な格好のならず者達が周囲をころげまろびつ右往左往しているが、二人の存在についてはまるで気を配っていない。


「……どうするモノクル? あいつ無茶苦茶、尻尾ふってるんだけど」


 困ったような口調でGTがモノクルに尋ねた。

 確かにRAの尻尾はぶんぶんと左右に振れている。


『何か話したそうですねぇ。付き合ってあげた方が――より効果的に退けることが出来そうです。あるいはそれ以上の情報も……』


 二人の打算が一致した。


「RA――とか言ったな。その俺が偽物だっていう説明はしてもらえるのかな?」

「いいんですか? メッキが剥がれることになりますが」

「まぁまぁ。俺が良いって言ってんだ」


 手をひらひらとさせながらGTがなおも促すと、RAは、


「では――」


 と説明を始める。


 銃声をBGM代わりにして。


             ~・~


「まず、あなたの大げさなあだ名です。虐殺時間ジェノサイドタイム。確かにあなたは行く先々で大量の接続者に攻撃を加え強制的に切断ダウンへと追い込んでいます」


「ああ、そういう事になるのか。でもそんな面倒な言い方しないで、“殺した”って言っても、この世界では同じ事だよな」


「そうですね。確かにこの世界ではそのスラングの方が通りが良いです。ですがそれは事実ではない。そこをはっきりさせていくことが重要なんです。なぜなら――」


 RAの黒い瞳が真っ直ぐにGTを見据える。


「人は“殺される”とうことを本能的に忌避します。であれば、死の空気を纏ったあなたを自然に我々は特別視していたんです――今まではね」


 たっぷりと雰囲気を出したRAの説明に、パチパチパチとGTは拍手で答えた。


「モノクル。今度、豚革の手袋を装着してみようかと思うんだが、どうだろう?」

『あなたねぇ。この前はコードバンのベルトと靴を要求してたでしょ。何だってこの世界ではそんなに着道楽なんですか?』

「決まっている、それが美学だからだ」


 拍手はしているが、RAの言葉にさほど感銘を受けた様子ではない。


「……僕の話は退屈でしたか?」


 RAの声に苛立ちが滲み始める。


「まぁ、その話は繰り返しだしな。俺は確かに殺してきたが、自分であだ名を吹聴して回ったわけでも無し。それを俺のせいされても、答えようがねぇんだわ」

「しかし、あなたは不名誉なあだ名が広まるのを放置した」

「ああ、それが不思議だったのか」


 GTは合点がいったというように深くうなずいた。

 だが、それに反論することなくGTが話しかけるのは胸元の薔薇。


「どうでしょう、モノクルさん。彼のここまで推理は?」

『そうですねぇ……まず結論が先にあって、それに事例を無理矢理あてはめているきらいがあります。にじってん、といったところでしょうか』


「お、いいね。その挑発的な言い方。お前のオリジナル?」

『残念ながら古典的書物からの引用です。アレンジを加えてはいますが』

「ウフ、ウフフフ……」


 RAの肩が小刻みに震えている。


「まだまだ傍証はあります。例えばあなたの使用している銃だ」

「これか?」


 GTの右手にいつものごついハンドガンが出現する。


「そうです。それはR&M社製作のBB333。通称“ブラックパンサー”。いや“世紀の失敗作”と呼んだ方が知名度は高いでしょう。あまりにオーバースペックな性能は、扱える確率が全人類で0.000000001%未満とまで言われた欠陥オートだ。しかも機構が煩雑すぎて整備も手間がかかり、故障も多いという、極めつけの駄々っ子でもある」


『そうなんですか? 私、この銃を実際に使ってる人知ってますよ』

「……マジでか。こんなもの現実じゃあ俺、使えねぇぞ」

「そうでしょうとも。そんな銃をあなたは使って見せている。わざわざデチューンまでして!」


 そのまま、ウフフフ、アハハハハハ、と感極まったように笑うRA。


『……もう殺して良いんじゃ?』

「お前とはとことんまで話が合わないなぁ。俺は段々と愉快になってきた。それにあのまま黙って見てたら、ペラペラと話し出すんじゃないか?」

『そ、そうですね!』

「見てください、僕の銃を!」


 と、恐らくはGTとモノクルとの会話など聞こえては居なかったのだろう。

 RAは両手に同じ型の銃を出現させた。


「ああ、いくら俺でもそれは知ってる。型式番号までは知らないけど、ローエンツ社の銃だよな。たしか警察軍の連中が持ってた様な……」


「その通りです。機能、汎用性、利便性、整備の容易さ、何よりも頑丈で信頼性の高いモデルです。そんな見た目が派手なだけで、使い勝手の悪い銃とはわけが違います」

「……お前、この世界でそんな現実追求して楽しいか?」


「楽しい、楽しくないの問題ではありません。秩序の構築のためには、こういう堅実な手段を選ぶべきであり、そんな銃を振り回しているあなたはやはり、はったりで他を威圧しているだけの不心得者なんですよ」

「……わかった」


 GTが突然RAの言葉を遮るようにして、恭順の意を示したかのような台詞を吐いた。

 だが、そのエメラルドの瞳は強く強くRAを睨み付けている。


「お前、今までのことは後から考えたな。何か俺の行動から――誰だったか、お前の仲間の……」

『クーンですよ』


 呆れたようにモノクルがフォローを入れる。


「そうだ。そのクーンとの戦闘記録か、話を聞くかして自分なりにおかしなところを見つけたと思ったんだろ。出し惜しみしないでそれを晒しな」


 そんなGTの挑発的な物言いに、RAの顔から表情が消えた。


「……荷電粒子砲」

「あン?」

「あなたは亜光速を見切ったと言って見せた。それはつまり僅かに身体をかわすだけでかわしたと言外に主張していることとなります」


 GTは、はっきりとわかる瞬きを一回。

 そして首を捻り、


「理屈はよくわからんが、確かに俺はあのビームならちょっと上半身を捻っただけでかわしたな」

「また、そんな嘘を」


 即座にそれを否定するRA。

 その言葉にGTは肩を落とし、眉を下げる。


「お、おお……なんか凄い哀しい気分になるな、これ」

『まぁ、あなたの今までの悪事は全部身に覚えのあることばかりですから』


「クーンが目撃した現象を説明する方法は二つ。

 一つ、あなたは実はあの場を高速で――あなたが光速とは言えないまでも十分に速く動けることは認めましょう――離脱、しかる後に同じ場所に復帰。

 二つ、その馬鹿げた身体能力の恩恵は、その防御力にまで及んでいる」


 GT立ちの会話には構わずに、RAは指を二本立ててさらに説明を続ける。


「……二つめの場合、何でそれを隠すのかわからんなぁ」

「だから、はったりのためですよ。防御力の高さでごり押ししているとするよりは“光速を見切った”と言った方が人を驚かすことが出来ますから――そろそろ認めたらどうです? ウフフフ」


 勝ち誇った笑みを浮かべるRA。

 GTは腕を組んで、うーんうーんとうなり続ける、そしてようやくの結論にたどり着いた。


「……その理屈は俺が、実際に荷電粒子を見切った可能性は絶対に無い、というのが前提条件だよな?」

「そうですよ」

「何で?」


 RAはニヤリと笑った。


「あなたもしつこいですね。もうネタは割れているのに。いいですか? あなたが僅かの動きでかわしたと主張しているのは荷電粒子なんですよ? 人間が至近にいればその熱量で焼けこげ――いや、消失でしょうね。あなたの主張通りなら、そういう現象が起きていなければおかしいんです」


 RAは勢い込んでさらに言葉を重ねた。


「そこに大きな嘘があると気付いた僕は、あなたの噂、行動、そしてそのファッションに至るまで計算され尽くしたものであると確信しましたよ。そうやってプロデュースされた“とんでもない男”がいて、それが暴れ回っているという噂はきっとあなたのお仕事を大いにに助けたことでしょうね」


 そして、確信に満ちた表情を見せつける。


 パチパチパチパチ……


 そんなRAに再び拍手を送るGT。


「……どうでしょう、モノクルさん。先ほどのRAさん提案のお仕事方法。俺は積極的に採用したいぞ」

『大却下ですねぇ。私としてはさっさと原因を突き止めて、それを排除したいんですよ。何でそんな面倒なことしなくちゃならないんですか。せっかく、あなたという存在を見つけ出したのに』

「ウフフフ、負け惜しみもそこまで来ると見苦しいですよ」


 そんな二人の会話を聞いても、RAの自信はなおも揺らがない。


『――RAさん。あなた大きな勘違いをなさっておられる』


 そんなRAにいきなりモノクルが声を掛けた。


「……勘違い?」

『この世界で、兵器が見た目通りの性能を発揮できるか? いえもっと限定して、同じ現象が必ず起こるのか? を考えていただきたいのです』

「ウフフ、確かに持って回った言い回しは不快だったようです。それは謝りますよ」


 さっさと核心を話せということだろう。

 モノクルはそのリクエストに応じることにした。


『あの荷電粒子砲【HII-807】はマニアがこの世界に対応させるために作り上げたハンドメイドです。マニアらしく、彼はその破壊力と見た目を重視しまして、結局のところ荷電粒子そのものを忠実に再現したわけでは無いんですよ』

「……どういうことですか?」


『あの荷電粒子見える砲弾は、一般的な荷電粒子の性質を獲得していないということですよ。発光はします。その内側に階層的に熱量を蓄えてはいるでしょう。ですが、それは現実世界の荷電粒子の砲弾ではないんです。擬似的な荷電粒子です』

「…………」


『破壊力の再現は非常に苦労するところでしてね。疑似荷電粒子はその大半を熱量に頼っているわけで、その破壊力を進行方向以外に振り分けるというのは、どう考えても不合理でして』

「それを……証明できますか?」

「お前なぁ!」


 突如、GTが大声で割り込んだ。


「わかったよ。俺はあの一撃を大きく避けて、それを適当な嘘で大げさに見せた――それが真実だとして、それでどうなるんだ? 現実に俺はお前より弱ぇじゃねか」


 まるで牙を見せつけるかのように、吠える。


「俺が弱いと言いくるめて、それで気休めして、なにか現実が変わるのか? 今、必要なのはお前が俺より強いという事実だろ? そしてそれを証明したいなら――」


 GTの右手に“世紀の失敗作”ブラックパンサーが現れた。


「俺を殺せばいい」


 ドゥンドゥンドゥンッ!


 GTは引き金を絞る。


 リズムを刻むように放たれた三発の銃弾。

 それをRAは僅かな動きでかわし、二丁拳銃で迎撃。


 ドドドドドドゥンッ!


 六発の銃弾。それを空間に姿を滲ませるようにしてGTは回避する。


 どちらも人間に可能な動きではない。


 GTは相変わらずとしても、確かにRAも超人的な身体能力を有していることに間違いはない。

 こうやって対峙する前の前哨戦でも、RAはごく自然に銃弾をかわしている。


 GTとRA。


 ドガガガッガガガガガッガッガガガガガガガガッ!!


 銃撃、銃撃、銃撃、マガジン交換。そしてまた銃撃。


 それを行いながらも、二人は距離を詰め始めている。


「――ウフフフ。どうしました? そんな不良品振り回すのなら、二丁持った方が便利でしょうに。余裕で避けることが出来ますよ」


 歩み寄りながら、RAが話しかける。

 GTはそれに対して笑みを浮かべながら、


「俺、拳銃二つ持つの嫌いなんだよね。弱い奴が必死になってるみたいで美学がねぇよ。そんな格好悪い真似は死んでもヤだね」


 と、挑発し返す。


 RAの頬が引きつり、犬耳が伏せられた。


 それでも二人は近づき合うことを止めない。

 二人の間の空間が沸騰していく。


 ついには二人の銃の銃口がピタリとくっついてしまった。


 だがRAには未だ自由になる銃口がもう一つある。

 そしてRAには容赦する理由がない。


 結果としてGTの額に、RAの左手の銃がピタリと突きつけられた。


「ウフフフ。ねぇ、だから二丁持った方が良いでしょう?」


 それは事実上の勝利宣言。


「そうは思わないな」


 だが、GTは即座に否定した。


 ガンッ!


 RAは躊躇無く発砲する。


 次に起こるべき現象は、穴が穿たれ血が噴き出すGTの頭部が出現すること。

 現実世界の意識を引きずったままでは、恐らくはそれが妥当な未来予想図。


 この世界では、過剰なダメージを負ったために、消失エフェクトをまき散らしながら緊急切断ダウンといったところだろう。

 だが実際には――


 ――何も変化がない。


 ガンッガガガッガンッ!


 立て続けの発砲。

 だがやはり変化はない。


「……さすがにこの状態じゃ弾は見えねぇけどな。引き金を絞る瞬間は見える」


 RAの表情にはっきりと動揺が表れた。


「な……何を言ってるんです、あなたは?」


「引き金を絞ってから、実際に弾が射出されるまでタイムラグがあるだろ? その間に避けてるんだよ。お前も撃つリズムを変えて工夫したようだが……」


「くっ……」

「……あ、もしかして単に動揺しているだけか。さすが小者」


 顔を一気に紅潮させるRA。


「わっ!」


 突然にGTが叫んだ。


 反射的にRAが飛びずさる。


 結果、二人の距離は大きく空いた。


 ――空いてしまった。


 そんな二人の間を、一陣の風が通り抜ける。

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