Aパート2 アイキャッチ

 GTの視線の先で、輪になったロープがブラブラと揺れている。


 それを彩るのは容赦という言葉を忘れた無慈悲な陽の光。

 人の心から潤いを奪い去っていく乾ききった風。


 何もかもが“ここは人が住むには適さない土地”と全力で謳い上げている。


 そんな空虚な街の中、ほとんど掘っ立て小屋と変わらない粗末な住居の軒先。

 一応、日陰になっており、そこにテーブルと椅子を並べてGTがふんぞり返っている。


 そして、囓りついているのはロブスター。


 少々、持って回った言い方をするなら、この区画には“あるはずのない食物”だ。

 それをむしゃむしゃと頬張りながら、街中の広場を見下ろしている。


『私がこう言うのも何ですが……殺さなくて良いんですか?』

「あいつら殺してもなぁ……」


 何とも珍しいことに、GTの視界の中には生きた人間が居た。


 どうやら二つの陣営に分かれているようで、一方は二十人ほどの集団。背の低いひげ面の男を中心にニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。


 得物はバラバラだが、その全てが前時代の遺物という表現さえ優しく思えるほどの骨董品だ。

 対するのは、わずか三人。しかも内二人は女性と子供だ。つまり残された一人の男が男達の集団に対峙していることになる。


 男の出で立ちは典型的な西部開拓時代のもので、カウボーイハットに手入れされた口ひげ。

 そして胸に輝くのは、保安官バッジ。

 得物は銃身バレルが異様なほど長いリボルバー。


『バントラインスペシャル、と言ったところでしょう』

「なんだ?」


『西部劇のヒーロー、ワイアット・アープが使用していたとされる銃ですよ。なるほどこれから決闘が行われるようですね』

「……つまりはそういうアトラクションだな」


『しかし、よくアレがNPCだと気付きましたね』

「NPC?」

『ああ……そうですね。それほど普及している言葉ではありませんか。ゲームをしたことは?』

「ないな」


『ふーむ……NPCについての説明は面倒ですね。ここ限定の説明で良いでしょう。要する彼らはにこの区域に配置された遊園地の職員みたいな存在……ただ、ここの方々は生きた人間ではないようなんですが』

「……よくわからんが、そんなこと出来るものなのか?」


 暑さのせいか、他にやることがないせいか、素っ気ない口調ながらもGTが珍しくモノクルの言葉に付き合っている。

 だが、その質問にだけはモノクルはすぐに言葉を返してこなかった。


『……こうやって現象を前にしてみれば、出来ないことはないのだろう、とは思います』

「ああ」

『だが、敵がここまでのことが出来るのだという事実に脅威を感じますね』

「だけど、こいつらは特に怖くはないぞ」


 GTの眼下では、今にも決戦の火ぶたが切られそうであった。


 どうやらまずは古典的に、お互いに背中合わせに立ち、十歩歩いて振り返って撃つ、という決闘を行うらしい。

 そこから先は街全部を使っての銃撃戦になるのか、あるいは女性か子供が死ぬなどの悲劇が形成されるのか。


「ずっとくっついてきている視線の方が気になるな。お前、絶対に隠し事してるだろ」

『その視線が本当だとして、何故それが私に関係しているということになるんですか?』


「俺は一応お前を信用することにしているが、だからといってお前が誠意ある人間だとも思ってない。そうだなぁ……俺に殺すだけ殺させておいて、その裏でもう一人雇って情報収集とか――やりそうではあるな」

『…………』

「そこで黙り込む甘さが、俺の信用を勝ち得た素質ではあるが――お前、簡単すぎるぞ」


 GTはふんぞり返ったまま、銃を抜いて照星を保安官役のNPCに合わせた。


 ギィ……


 そんなGTがふんぞり返る庇の下に訪問者が現れた。


 黒目黒髪。それでいて東洋人とは思えない彫りの深い顔立ち。

 そして、この場にそぐわない、現代風のデザインのシャツをキッチリと着込んだ――


 床を踏む音に反応して目を向けたGTの目が見開かれる。

 その青年とも少年とも判然としない男の頭部には犬の耳が生えていた。


「お……お、おう。ここはもう、なんでもありか」


 GTは、何とか言葉を絞り出した。


「ウフフフフフ」


 それに反応するかのように、犬耳男は慎ましやかに笑う。


『こ、こんな馬鹿げたNPCをつくり出すなんて……』

「いや、それは違う。こいつは生きてるよ」


 モノクルの言葉を即座に否定するGT。


『だ、だって……そんな、アレアレ! 耳生えてますよ!』


 その場にいない分、遠慮のない言葉で犬耳男のおかしな部分を大胆に指摘するモノクル。


「ウフフ。自己紹介してもよろしいですか?」


 しかし犬耳男は、薔薇から漏れ出してくるそんな声には一向に構わずにGTに話しかけてきた。


「あ、ああいいぜ」


 GTは戸惑いながらも出しっぱなしにしていた銃をホルスターにしまい込む。


「僕は“RA”と言います。そうですね、あなたの為に非常に迷惑を被っている組織に所属しています」


 大胆な告白、と評するにはいささか拍子抜けしてしまうほど、犬耳男――RAの言葉には感情が込められていなかった。


「そうか。俺の自己紹介はいらないようだな」

「ええ。虐殺時間ジェノサイドタイム――通称GTですよね」


「待て。それじゃ逆だ。俺はGTとしか名乗ってない。虐殺時間ジェノサイドタイムなんて名乗ったつもりはないぞ」

「でも、否定もしていない」

「そりゃそうだが」


「――先だってクーンとの戦闘。それもそういったあなたの詐術の一環だと僕は考えていましてね」


 大胆に切り込んでおいて、RAはそこでまた「ウフフ」と笑った。

 GTは一瞬眉をひそめるが、特に反論はせず逆に自分の座る椅子に並んで置かれている椅子を勧めた。


「どうも」


 こうして二人並んで座り、NPCの決闘を見守る構図が出来上がった。

 保安官とアウトローが背中合わせに立っている。


「一つ質問なんですが、何故わざわざ秩序を乱そうとするんですか?」


 視線を向けないままRAがGTに言葉を掛ける。


「別にお前達の秩序なんかどうでも良い。ただ、そうするように依頼されただけの話で、俺は仕事をしているだけ」

「無責任だとは思わないんですか? あなたの行動はただ混乱をもたらしているだけですよ」


「なんだお前? この区画の雰囲気に合わせて巡回説教者サーキットライダーでも気取っているつもりか?」

「ああ、確かに」


 RAはまたウフフと笑う。


「僕はただあなたに自覚して欲しいのです。秩序を乱す行いが、いかに愚かなものであるかということを。この世界において確かな秩序を構築しているのは我々なんですよ。一方が不利益を被ったからといった、その一方の言うがままに完成された秩序を破壊する。これは許されない行為です」


 あくまで淡々とRAは言葉を重ねていく。

 一見正しく思えてしまう論理に、気負うところのない淡々とした口調。


 そこにモノクルが割り込んだ。


『では、あなたはこれまでも秩序の維持に奔走されていた? ――突然失礼。私のこともご存じですか?』

「ウフフフ。ええ、知ってますよ。“あの”連合の関係者らしいですね」


 その返事からは明らかに揶揄するような響きが感じられた。


『そうなんです。“あの”連合のなんですよ』


 しかしながら、モノクルの口調もそんなRAに同調するかのようであった。

 そのために一瞬の間が空き、街中ではついに決闘者両名が歩みを始めている。


「……ウフフフ。なるほど。では先ほどの質問の答えです。そうですね、僕は今まで結構な数の不心得者を撃ってきました。ただ、それは虐殺ではなく――そう。粛正、ですね」


 一歩、一歩。


 保安官とアウトローの距離は開いていく。


 恐らくは十歩ずつ歩くという条件だったのだろう。


 しかしアウトロー代表の男は、まだ保安官が律儀に歩数を重ねている最中、突如として振り返り、緩慢な動きでシングルアクションのリボルバーを引き抜いた。


 ガガウゥゥゥン……!!


 荒野を渡る風の中で銃声が砕ける。


 それはアウトローが保安官を撃った音。

 アウトローが卑怯な振る舞いに出たことに気付いた保安官が、倒れ込みながら撃った音。


 そして――


 決闘という秩序を乱したアウトローへと向けられたRAが放った粛正の銃声。


 あの一瞬の間に、RAは左手に地味な、それだけに信頼性の高いモデルのオートを出現させ、一撃を放っていた。


 この三つの銃声が、形成すべき状況とは何か?


 アウトローはRAに撃たれ倒れる。

 そのために保安官を狙った弾は大きくそれることだろう。

 そして保安官の撃った弾は、角度的にその背後にいた男達の群れの中に放り込まれ一帯に混乱を。


 だが、実際に出来上がった光景は違った。


 アウトローは倒れているものの、死んではいない。

 卑怯な振る舞いをされた保安官は肩に傷を負ったようだ。


 ――そう。


 あの瞬間に響いた銃声は実は四つ。


 GTもまた、あの瞬間に発砲していたのだ。


 RAが放った銃弾を、空中で撃ち落とすために。


「これから盛り上がろうっていうのに、邪魔すんじゃねぇよ。空気の読めない奴だな」


 RAの頬が引きつる。

 黒い瞳には感情の影が揺らめいていた。


 そしてオートを握りしめる左手が小刻みに震えている。

 さらに犬耳の先端はペタリと伏せられ、その切っ先は真っ直ぐにGTへ。


 そんなRAから向けられるあらゆる悪意の中、GTは芝居ッ気たっぷりに銃口をフッと吹いた。


「――いかにも、もっともらしいこと並べ立ててくれたけどよ」


 GTは口元を笑みの形に歪める。


「実際問題として、それをどうやって俺に守らせるんだ?」


 RAの銃が鎌首をもたげた。


「粛正してきた……と申し上げたはずですが」

「無理だろ」


 GTは銃口を向けられたまま、言下にRAの言葉を否定する。


「お前――弱いもん」


 ジャキン!


 RAの右手にも銃が出現し――


 街中が争乱に包まれる中、二人も戦闘へと突入した。


◇◇◇ ◆◆◆ ◇◇◇ ◆◆◆

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