第02話「この薔薇を撃て!」
アバン OP Aパート1
何処ともしれぬ暗闇の底。
そんな光も差さぬ場所に一人の男が現れる。
禿頭。そして綺麗に手入れされた顎髭を生やした老人だ。
種族的特徴は窺い知ることができず、ただ重ねた年齢の厚みだけに確信を持てる。
そういう人物だった。
ビロード地の燕尾服を着込んでいるが、それほど堅苦しい印象はない。
それは定番のボウタイではなく、ハイカラーのシャツを緩やかに纏っている為だろう。
老人は闇の中央に“最初からあった”椅子に腰掛ける。
するとそれを中心として闇の中に青白い線が走り、幾何学模様が描かれた。
しばらくするとその線が、あちらこちらで円を結び始める。
その円の中、浮き上がるように現れたのは着流し姿の一人の青年。
陣羽織に似た羽織をその上から着込んでおり、見かけでは完全に日本人に見える。
そんな出で立ちとのミスマッチのせいか、青年の掛けたさほど装飾の施されていない銀縁の眼鏡が、やけに浮き上がっていた。
続いて描かれた三つの円から、同時に三体の影が現れた。
一人は、黒のダブルのスーツに身を包んだギャング風の青年。
一人は、胸元の空いたサテン地のシャツを着こなし、髪を緑にカラーリングし、さらにはけばけばしい化粧を施した、これもまた青年といった年頃だろう。
そして最後の一人は、ダークブルーのシャツをキッチリと着込んだ……なぜか犬の耳と尻尾をはやした人物。そういう状態であるので年齢がいまいち掴みづらいが、この面子の中では間違いなく一番の童顔だ。
「さて、本日皆に集まってもらったのは他でもない」
口火を切ったのは、眼鏡を掛けた青年だ。
「クーンが遭遇した、連合のエージェント……と言っても良いのかな? どうだクーン?」
「……それで良いと思うぜ。後ろに連合の役人だか職員だかが居るようだし」
クーンと呼ばれた男は、もちろん先だってGTに色んな意味で半壊状態にまで追い込まれた人物その人である。
「……いいだろう。そのエージェント『GT』と名乗ったとか。彼の目的がこちらにあるらしい」
「お、俺にもう一回やらせてくれ!」
クーンの叫びに応じたのは、眼鏡の青年の冷ややかな眼差し。
何も言わずに、ただじっとクーンを見つめている。
「で、またやられるのかい? あんた自身は決して強いわけじゃないからな……この世界では」
突如割り込んだのは、けばけばしい青年。
眼鏡の青年の心情を代弁するかのようにクーンを背後から混ぜっ返す。
「こ、今度は大丈夫だアガン。凄い得物を手に入れたんだ」
勢いよく振り返りながら、今度はけばけばしい青年――アガンに対して説明を始めた。
「クーン」
眼鏡の青年の声が冬の厳しさを帯びた。
「今、試されているのは君個人の矜恃ではない。脅かされているのは我らが築き、守り続けた秩序。そして我らが盟主、アーティ様の尊厳」
クーンはハッとなって、椅子に腰掛けたままの老人を見つめる。
その姿からは感情は伺えない。
ただ均等に、あるいは全くの無関心に四人の男を均等に眺めていた。
「秩序の破壊者に与えるべきは戦いの機会ではない。ただ速やかな掣肘を――RA」
眼鏡の青年が、一人残された犬耳の男――RAに目を向けた。
「頼みます」
「――ウフフフフフ」
ジャキン!
応じたRAの両手に、ハンドガンが現れる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『――埒が開きません』
「ホントになぁ。全然あいつに会わないし……なんて言ったっけ」
『……本気で彼に同情したくなりました。クーンですよ、クーン』
GTが
砂埃が舞い、そのために霞んだ視界のあちらこちらに立っているのはテンプレな形のサボテン。
そして足下を転がるのは、タンブルウィード。
この区画はほぼ完璧に再現された、西部劇ステージだった。
GTがこの区画に居るのは単なる偶然と言いきってしまっても良いだろう。
ここにたどり着く前に、GTはすでに他の区画で一虐殺――この上なく言語に対する冒涜性を感じるが――を終えてきている。
もちろん、その区画も連合の目が届かない区画ではあったのだが、その場所に居た
そこで経過した時間がおおよそ一時間。
さすがに接続時間が余りすぎるので、他の区画も見て回るか――と実に仕事熱心なのは褒めるべき美点なのだろうが……
『あんなに丁寧に殺さなくても良いでしょうに――結局、情報も得られませんし』
「そこのところのバランスは難しいところだよな」
『……バランスを取る気が全くない人が何を言いますか。それでクーンさんのことは思い出しましたか?』
「俺が思い出せなかったのは名前だけだ。他はちゃんと覚えている」
と、決して自慢にならないことを胸を張って主張するGT。
そうやって上げた視界の先に、今にも風化しそうな小さな街の姿が見えた。
掲げられた、というよりは、ぶら下がっているだけの看板に記された名は――
「“GoldenRiver”……? 大層な名前だな」
『なるほど、ゴールドラッシュ時に乱立した街の一つ、という設定のようですね』
「ゴールドラッシュ?」
『地球の一地方において、そう区分された時代があったんですよ。金への欲望が東岸に植民した人間を刺激して、西へ西へと駆り立てた時代……もちろん、良いことばかりが起こったわけではないのは、今の時代と変わりません』
「ふーん……さて、ここに人はいるかな?」
モノクルのせっかくの蘊蓄にもGTは関心が低いようで、無造作に街へと歩を進めていく。
『……どうでしょう? 星形のバッチを付けてみませんか?』
唐突にモノクルが提案してくる。
「は? なんでだ? それも何処に?」
『もちろん胸にですよ。何というかこちらが秩序の代表者だという立場を知らしめるために』
「……あのな。俺を雇ったんなら、そんなことに夢を抱くんじゃない」
呆れた口調でGTは応じ……その足がピタリと止まる。
そしてボルサリーノを目深に被り直し、ゆっくりと周囲を見渡した。
『……どうかしましたか?』
「……おい、俺に隠してること無いか?」
『ええ。見境無しに殺しまくるあなたへの不満を、これでも隠しているつもりですが』
即座にモノクルが応じ、GTの身体が揺れる。
そして音もなく右手に出現した銃は、先ほどまで自分が歩いてきた後方へと向けられた。
『……どうしました?』
「どうも視線を感じる」
『奴らですか?』
「……そうだな。長々距離からの狙撃――の可能性はあるか」
GTは銃をしまい、再び街への歩みを再開した。
『何か私を疑う理由がありましたか?』
歩きながら肩をすくめるGTはリズムを取るようにこう答えた。
「俺がこの場所に居るのを知ってるのは、お前だけだろ? ――敵の存在を忘れていたが」
『それは迂闊ですねぇ』
そして二人は、アハハハハハハ、と乾いた笑いを交換する。
~・~
――笑うGT。
それをスコープ越しに確認する人影があった。
場所は、同じく西部劇ステージ内。木が一本も生えていない禿げ山の上。距離にしておおよそ三キロほどだろうか。
人影はプローンポジションから立ち上がり、ゴテゴテとアタッチメントを取り付けた結果、まるで恐竜の骨の様な状態になったスナイパーライフルを“片手で”ぶら下げて立ち上がる。
非対称なその立ち姿のプロポーションは明らかに女性。
革製の頑丈なロングブーツ。デニム地のミニスカート。腰にはこれまた革製の幅広のベルト。それに何故か
パッチポケットの付きのクリーム色のシャツ。
ポニーテールにまとめられた藍色の髪が、荒野を渡る風になびいていた。
ここまでは、それでもまだ許容範囲の出で立ちと強弁することも出来るだろう。
だが、その女性が頭部に身につけているものは、どのような言い訳も意味を成さないであろう奇怪なものだった。
女性が身につけているのは羽根飾りの付いた深紅のマスク。顔全面を覆うものではなく、目元を覆うだけの、フォルムだけ見れば蝶のような――例のアレだ。
SとかMなどのアルファベットが大切に扱われるような、そんないかがわしい場所でおなじみのアレである。
そのために女性の表情はうかがい知れなかったが、露出した艶やかなな唇は噛みしめられていた。
(あれが、GT――
女性がもっとも得意としているのは狙撃ではない。
これだけアタッチメントを付けた上で、覗くのは超高性能のスコープ。しかも現状ではターゲット付近の諸元値さえ送られてくるのだ。
彼女の仕事は、スコープを覗いて
長大な距離を切り裂くためのパワーを弾丸に与える余剰エネルギー――つまりは発射時に暴れ回ろうとするライフルを、完璧に押さえ込む膂力さえあれば、この狙撃は難易度の高い仕事ではない。
問題は、GTがこちらの存在に気付いたということだ。
――GTが銃口を向けた方向は完全に見当外れではあったが。
(ちょっと、面白くないわね)
そう心の中で呟くと、女性はライフルを肩に背負い山の上から飛び降りた。
~・~
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