アイキャッチ Bパート1

◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆ ◇


 パンッ!


 いきなりの破裂音が夜空に響き渡った。

 それと同時に、ステージを取り巻くように水飛沫が吹き上がる。


 照明の強い光が、それに七色の彩りを加え、その中にリュミスが出現した。


 ステージに仕掛けが施してあった――ようにしか見えないだろうが、見上げるほどの高さまでジャンプして、いきなり宙返りを決めてみせる。

 そして着地と同時に、打ち込みバスドラの連打が始まった。


「みんなーーー! この前はアリガトーーーーー! 今日は楽しんでいってねーーー!!」


 その低音のリズムに乗せるように、リュミスの声が周囲に響き渡る。

 そして、小刻みなステップを刻み、メロディラインがバイオリンの響きをうねらせるのに合わせて、ステージ上できれいにトンボを切って見せた。


 今までにない、リュミスの派手な動きに観客から、


 オオオオオオオオオオオォォォォォォォォオオオオオオオ!!!!


 と、早くも熱狂的な歓声が上がった。


「とにかく最初にカマして、あとはその期待で引っ張り続けろ」


 と、構成を指示したのもジョージである。


 それぐらいのことは言われるまでもなく心得ているリュミスではあったが、何だか良い気分になっているジョージに水を差すのもよろしくないと思ったらしく、その指示には殊勝にうなずいておいた。


 バイオリンの旋律が終わり、バスドラも止まり、ただピアノの音が響く中、今度こそリュミスの歌声が天国への階段EX-Tensionにこだまする。

 リュミスの持ち歌の中では珍しい、メジャーな音使いの「コルクボード」だ。


 歌詞の内容もごくありふれたラブソングで、天国への階段EX-Tensionに設えられた伝言板を介しての、恋の始まりを描いている。


 O.O.E.が民間に解放されて間もなく、まだ天国への階段EX-Tensionという異名もなかった頃に、ラバーブという分身アバター名の利用者が発表した楽曲で、リュミスが後にそれをアレンジして、自分で歌うようになった。


 そのラバーブもまた熱心なリュミスのファンで、今日もターバンを巻いた目立つ出で立ちで、このライブに参加している。

 リュミスも当然それを見つけて、強烈なウィンク。


 そこから、ラバーブが周囲のファンからやっかみを受けるところまでが、この曲が流れた時のリュミスのライブでのお約束だ。


 共に、この天国への階段EX-Tensionで古くから活動してきたのだという仲間意識がそこにあり、それに参加できる喜びが新規利用者の間にもある。


 なるほど天国への階段EX-Tension利用者への、感謝のためのライブということならば、納得の選曲だ。


 そんな雰囲気の中リュミスのライブは続く。


 GTはそんなライブの様子を、一番外側から眺めていた。

 元より、前も後ろもない舞台であるから端っことしか言いようがない。


 GTはいつもの黒スーツ姿。

 その周りにいるのは、青いデニム地のつなぎを着た集団。


 このステージを設営した天国への階段EX-Tensionの職能集団である。

 今はリュミスの歌声に合わせて、噴水がウェーブを作り出しているところで、その仕掛けを担当したのも、この集団だ。

 全員で五名ほどだが、皆が満足げにうなずいている。


「……完璧だ」


 思わずGTが呟くと職能集団のリーダー、パラキアから笑顔を向けられた。


「お褒めにあずかりどうも」


 パラキアは、背も高く堀の深い顔立ちの欧州系の人間らしく、自身が彫刻のような外見をしている。

 あの遊園地を作り上げたローダンとは旧知の仲らしく、GTのこともすでに知っていて、リュミスから紹介された時から、GTに好意的だった。


 もっとも、GTはその好意を“別の意味”も含まれていると悟っている。

 かといって積極的に誘われることもないので、特には警戒しない。


 何より職人としての腕は確かだ。


「水扱うのは初めてなんだろ? 実際大したものだと思うぜ」

「確かにそうだが、基本的な事は照明に順次信号を与えていくのと変わらんからな。その信号で光の色を変えるか、水を吹き出すか、という結果の違いがあるだけだ」

「まぁ、そう言うことにしておこうか」


 GTはボルサリーノを被りなおす。

 その、目深に被った帽子の下でエメラルドの瞳が、一際強く輝いた。


「……パラキア」

「ん?」

「その信号の変更――いや、追加だな。それは出来るか?」

「追加なら、それほど難しくはない。手動で指令を出せばいい……だが、なぜ?」

「――俺も迂闊だった」


 GTが歯をむき出しにして笑う。

 それは自嘲の笑みなのだろうか。


「今まではこっちが乗り込むばかりだったが、この状況だと向こうが攻めてこれるんだ」

「……この前のトラブルの続きか?」

「俺はずっとそのトラブルと関わってきてるんだよ。リュミスあいつもな。だが、わからんな。何故このライブに乱入しない? 確実に紛れ込んでいるはずだが」


 GTの瞳が、観客を今までと違った視点で睨み始める。


 だが、見つけられない。


 そもそも、何を探せばいいの――


「……とにかく、誰かが乱入したら水を噴き上げれば良いんだな」

「それで頼む。俺は周りを一周してくる」


 とにかく視線の角度を変えながら、観客を確認していくしかない。


 アガンはまず、あのピラミッドから出てくることはないだろう。

 クーンはモノクルが締め上げているはずだから、こっちに来ている余裕はないはずだ。


 となるとフォロンか――RA。


 いや、こういう場所に飛び込んで来るとなると、まずRAだろう。

 だが、見あたらないのである。


 ――あの、犬耳が。


 アクセサリーとして動物の耳かざりを付けている客も、結構な数を確認できたが、どれもこれも偽物だ。


 焦ったGTは思わずジャンプしそうになる。

 空から探せば、恐らく一瞬で発見できるだろう。

 だが、それをすればリュミスより目立つ。


 ――すなわちライブの失敗だ。


 一周したところで、周りを確認してみる。

 どこか高台でもあれば、そこに登って会場を上から眺めてみたいところだ。


 だが、ステージを設営するために広いところを選んだので、そんな都合の良いものはない。

 夜空にはただ、月が輝いているだけだ。


 いくらなんでも、本当にあるかどうかもわからない天国への階段EX-Tensionの月を目指すわけにも行かない。


「くっ……」


 自分の防衛戦の下手さに、歯がみするGT。


 現役だった頃は簡単だった。

 周りはみんな敵だったので、片端から殺していけば良かった。


 だが今は違う――


 ――RAも違うのか?


 ふとそんな疑問が浮かび上がった。


 例えば自分がリュミスを狙ったとしよう。


 その時、観客は巻き込まない――これは敵ではないからだ。

 そして“秩序の維持”を口にしていたRAがそれを自ら乱すとは考えづらい。


 そう考えると、リュミスのライブが終わる前に事を起こすというのも可能性としては低いように思われた。


(じゃあ、動き出すのは――ライブ終了時か……だが、それをどうやって判断する?)


 プログラムを把握している人間はさほど多くない。

 それをRAが知っているわけが――


(無い、とも言い切れないか)


 設営のスタッフが何の気無しに話してるかも知れない。元々極秘情報でも何でもないのだ。


 なんにしろ判断するには情報が不足している。

 懐に飛び込まれている現状にしてからが、かなりの不利だ。


 とにかく、今は見守り続けるしかない。


 GTはそう結論づけると、動きを止めて客全体を視界の中に収めた。


                   ~・~


 ライブの予定時間は一時間半である。


 通常、接続時間が三時間程なので、多少おしても最初からそれぐらいの予定であれば、まず二時間前後で収まる。つまり接続限界時間には余裕で間に合うというわけだ。


 何しろ退場の手間はいらないわけだし、この時間の取り方はリュミスの経験則から導き出されたものなので、ジョージもここに口出しはしなかった。


 今日のライブは、多少MCが盛り上がってしまったので、幾分か予定より時間がかかったがまず二時間以内に収まるだろう。

 ラストには、ガラスの足場に吊されたくす玉を撃ち抜いて、その中に収められている花びらが一斉に降り注ぐ演出が用意されている。


 正直に言うと、自分が銃で撃つ意味はないように思うのだが、この練習のおかげでモノクルを牽制できたこともまた事実。

 まぁ、損したわけでもないし、と何度目かの割り切りを行って、リュミスは最後の曲のイントロを流し始める。

 これを歌い終えたら、的を撃ち抜いて、花びらの中でみんなとアンコールで一曲歌う。


 よし、完璧!


 と演出プランを確認したところで、チラッとGTを確認する。

 何だか、所在なげに茫洋とした目つきで舞台を眺めていた。


(何よ、あれ)


 人混みに酔う、などというかわいげのある状態にでもなったのか。


 とにかく今は、歌だ。


 最後の爆音に紛れて、銃を撃つ予定なので、この曲は目一杯の声量が必要だ。

 そんなリュミスの決意のシャウトが、全てを圧倒する。


                  ~・~


 ラストの手順を心の中で確認していたのはGTも同じだ。

 茫洋とした目つき、と酷い評価を受けていた瞳はいわゆる周囲視の状態で、焦点を絞り込むことなく、広い範囲を警戒するのに有効な手段である。


 だが、さすがにこれからほとんど素人リュミスが銃をぶっ放すとなれば、そちらにある程度の注意を割かざるを得ない。


 この演出を提案した目的のほとんどはモノクルへの牽制だけであったが、今の状況になってみれば、とにかく小回りのきく得物をリュミスが持っている分、幾らかは安心できる。


 リュミスの右手にP-999が出現した。

 曲も、もう終わりだ。


 狂騒状態に陥っている客達は、気付いていないか、気付いていてもそれを銃だと認識していないか。


 エレキギターのサウンドはすでにメロディラインを奏でることを拒否している。

 そこにあるのはただ吠え猛る獣の咆吼。


 そのサウンドに紛れ込ませるようにして、リュミスがトリガーを絞る。


 ――一発。

 ――――二発。

 ――――――三発。


 GTの目から見ると、非常に緩慢な動きでリュミスが銃を撃つ。

 そして最後の四発目。


(……まずいな)


 GTの右手がブラックパンサーを引き抜いた。

 あの銃口の位置では、的を外す。


 ゴゥンッ!


 銃声。


 だがそれはブラックパンサーのものでも――P-999のものでもなかった。

 今度こそGTは気付いた。


「ア~~ルエーーーーーーーッ!!!」


 GTのその声には歓喜が滲んでいた。

 目標が見つかったことで、煩わしい作業から解放され、あとはRAを殺すだけの簡単な作業の始まりだからだ。


 すでに抜いていたブラックパンサーを向ける。


 そこには白いスーツに身を包んだ――完全に人間の姿のままの男性がいた。

 そして左手には、非常識なほどにでかい銃。


 ボーラーハットを軽く持ち上げて会釈したRA――なのだろう――はふわりと宙に舞った。

 その相手が、RAなのか一瞬迷ってしまったGTは反応が遅れたことを悔いた。


 だが、それも一瞬。


「パラキア!」

「おおよ!」


 それと同時に、ステージ周囲の噴水が一斉に吹き上がる。

 だが、RAのジャンプ力はそれを上回った。


「くっ!」


 GTがその後を追う。


 観客も何が起こっているのか理解が追いついていない分、ほとんどの者がその場で棒立ちになっていた。


 そこに降り注ぐのは、大量の花びら。

 水飛沫と花びらとで、客達の視界が遮られる。


 そして、それらが落ち着いて視界が回復した時――


 ――ステージ上に存在したのは、黒と白の男二人だった。


                  ~・~

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