Bパート2 特殊ED

「うん、良いな。そのノリ。質問は何だ?」

「そんなにみんながみんな、天国を信じているものか?」


「その点については儂も半信半疑ではあったがな。やはり三度目の世界大戦と、宇宙への拡張。それに伴い宗教の権威の失墜など、色々な事情が重なって、もっとも原初的な状態に人の意識が戻ってしまった――宇宙に進出したがために必要な技術。そしてその精神性がそれがために必要な状態に導かれた。これは“タオ”に適っているのでは、と儂は考えておる」

「“タオ”ねぇ……」


 そう呟き返したものの、GTはそれ以上は追求しなかった。

 リュミスが、その代わりにというべきかさらに質問をぶつける。


「で、アーディは結局何だったの?」

「アレは随分昔に儂が倒した奴だ。本来なら、もう関わることはないはずだったんじゃが疑似天国を造ってしまったことで、奴も復活してしまったらしい」


 その随分前、というのが具体的に何年前なのか、と尋ねることをリュミスはやめておいた。


天国への階段EX-Tensionに集う、魂達が愛おしくて、自由にしすぎたのが失敗じゃったな――お主らには本当に世話になった。改めて礼を言う」


 DICはそこで深々と頭を下げた。


 物腰の尊大な見かけ上だけは若者の、そんな姿にGTとリュミスは思わず顔を見合わせる。

 そしてほとんど同時に口を開いた。


「でもまぁ……」

「こっちは仕事だ」

「そこじゃ」


 DICが顔を上げる。


「今後も、天国への階段EX-Tensionでの取締官をやってくれんか? 何しろお主らは、儂も想定していなかった超人的な力を持っているようじゃし」

「――そういえば、それも残ってたな。結局、俺達の力は何なんだ?」


「“死に近しい者が力を得る”という推測があるのじゃったな。儂はほとんど当たりじゃと思う。つまりは魂が天国に慣れておる、という言い換えた方が良いかの」


 DICはそこで腕を組んだ。


「臨死体験とかか?」

「ごく単純に言えばそうじゃが、そういう場合、意識はないわけじゃろ? 意識を保ったまま臨死体験、という得も言われぬ状態に陥った場合、という条件になると思う」


 その説明に、GTとリュミスは黙り込む。

 説明通りの経験を積んできた――積んでしまった過去に思い当たるところがあるのだろう。


「ちなみに、取締官については私も了承してます。報酬もお出ししますよ。ロブスター代になりますね」


 モノクルが二人の回想を遮るように口を挟んできた。


「しかし“篭”がいなくなった以上、仕事があるか?」

「あなた方の存在は抑止力になります。別に“篭”の仲介が無くとも、悪いことをしようとする連中は後を絶ちませんのでね。時々、派手にやってもらえると管理も楽になりますから」


 身も蓋もない説明だが、それだけにわかりやすくもある。


 ただ――


「それは、こいつにやらせればいいじゃないか」


 GTは遠慮無くDICを指さすが、それを見ていたモノクルは手をひらひらと振った。


「ダメダメ。この人、人間が好きすぎますから。下手すると違法取引に手を貸しかねません」

「……おかしいわ。途中まで褒めているように聞こえるんだけど」

「人でなしの、人でなしたる所以だな」


 GTが嘆息すると、DICはニヤリと笑みを浮かべて、


「お主にしか頼めん仕事というわけじゃ、二十二位」

「あ?」

「いや、気にせんでいい。気になるのなら、直接儂に会いに来ればいい」

「気にしないから、気にするな」


「そう言うな。儂の方が思った以上に、お主を気に入ってしまった。いずれ直接会ってみたいの」

「それはリュミスに聞いてくれ。俺は相変わらず居候だしな」

「何故じゃ?」

「俺は、リュミスの船に間借りしてるんだよ」


「なんと。では、その船の航法士に……」

「それもリュミス」


 短い言葉の応酬がそこで止まる。

 そして、DICの目がまじまじとリュミスを見つめた。


「な、何」

「見ればなかなかの美形。しかもエンターテイナーとしても一流で、さらに航法士。そして二十二位の抑え役?」

「ちょ、ちょっと何を……」

「その器用さ多彩さ、まさに三十六位。お主、親はどういう人物じゃ? まぁ、親には限らんが。世話になった人物でも良いが」


 矢継ぎ早の質問に、顔をしかめるリュミス。


「その辺にしましょう。言いたくないことは誰にもありますよ」


 さすがにモノクルが取りなそうとするが、DICはそれを一喝した。


「黙れ、三十七位」


 そう言ってモノクルを黙らせると、DICはさらにリュミスに詰め寄った。


「……よぉ。こいつはさっきから何言ってるんだ?」


 その様子を横目に見ながら、GTはモノクルに尋ねる。


「老人の妄想なんですよ。大目に見てください」

「何を言っておるか。三十六位の縁者となれば、例の計画にも……」


 興奮して、わめき出すDIC。

 その額にいきなりブラックパンサーが突きつけられた。


「これ、もう取り締まっても良いだろ」


 躊躇いなく引き金を絞るGT。


 ドゥンッ!


 至近距離から放たれたブラックパンサーの銃弾。


 かわせるはずがない。


 DICの分身体アバターがダメージエフェクトに包まれて、消えてしまう光景を誰もが思い浮かべる。


 だが、その銃弾は当たる直前に分解されてしまった。

 いつかのアーディのように。


「な、なんということをするのじゃ、お主は! 心底驚いたぞ」


 だが、アーディのように余裕で行ったというわけではないらしく、その青ざめた顔にはたっぷりと脂汗が浮かんでいた。

 腰も椅子から浮き上がり、今にも背中からひっくり返りそうだ。


「チッ」

「なんじゃ、シェブラン! その舌打ちはっ!」

「うっせーぞ! 元はといえば、お前が嫌がるリュミスにしつこくするからだろうが。この性犯罪者が」


 GTが、DICに追い打ちをかけた。

 特に最後の言葉が聞いたのか、途端にシュンとなるDIC。


「あ、あの……ありがと」


 リュミスがおずおずと礼を言うと、GTは鼻を鳴らす。


「礼を言うぐらいなら、自分で何とかしろ」

「や、でも……お年寄りは大事にしないと」

「そうですね。相手はお年寄りでした。悪いことをしましたね」

「そう言われると、何だか撃ったのが間違いだったような気がしてくるな」


 リュミスの追撃に、GTとモノクルが乗っかってきた。

 DICもこれには堪えたらしい。


「わかった! 儂が悪かった。この話はこれでおしまいじゃ。それと、やっぱり訪ねてこんで良いぞ。お主と向き合うのは危険すぎる」

「賢明な判断だな」


 そう呟くと、GTは腰のホルスターにブラックパンサーをしまい込む。


「……ところで、実際に取り締まってしまわれたんですから、先ほどの依頼の件は了承ということでよろしいですか?」


 GTは罠にはめられたのか、と一度DICを見やるが、首を全速力で横に振っているのを見て嘆息した。


「……わかったよ。やるよ。リュミスはどうする?」

「まぁ、頼まれれば出るぐらいの頻度で良ければ」

「十分ですよ。私も、このままあなた方との縁が切れるのは寂しいですからね」

「ぬかせ」


 ――そのGTの言葉を合図としてこの会合はお開きとなった。


-------------------------------


◆◇◇◇         


「良いのか? あの二人は必ず仲間にすべき人材じゃぞ」


 残されたDICが同じくその場に残ったモノクルに声を掛ける。


 今、この海中の泡はふわふわと浮上しつつあった。


 海上は夕闇の時を迎えているらしく、変化していく光の加減と、ゆらゆらと揺れる動きがその光景をさらに、神秘的になものへと変化させていた。


◇◆◆◇◇


「だからこそですよ。無理に仲間に引き込もうとしても、あの二人は反発するだけです。もっと搦め手であたるべきですね」


 ゆらゆらと揺れるリズムに合わせて、グラスの中のワインをくゆらせるモノクル。

 それはワインの熟成度合いを測っているようにも見えた。


◇  ◆


「ふん。銀髪の小娘の入れ知恵か?」


 こちらはどういう趣味なのか、徳利からぐい呑みに緋の液体を手酌で注ぐDIC。

 酒なのか、あるいは仙薬なのか。


◆  ◆


「何しろ三位ですので。四位のあなたよりも優先順位が高くて然るべきでしょう」

「その席次は能力には関係ないぞ」


 泡は、そろそろ海面に到達しそうだ。

 たどり着いた頃に丁度、夕闇は宵闇へと変化しそうに思える。


◇◇◆◇ ◆◇


「とてもそうは思えませんが……それに彼らは、あなたを救い出すという大仕事をこなしたばかりです。大事を打ち明けてはいないですが、私にとっては彼らはもう仲間ですよ」


◆ ◇◇ ◆◆ ◆◇◇


 DICはそんな、独白にも似たモノクルの言葉に神妙な表情を浮かべ、小さくうなずいた。


「確かにの。今しばらくの猶予期間があってもいいか」

「ええ。天国への階段EX-Tensionの守護者にはしばらくの休暇を――」


 泡が海面へと到達しパンッ! と弾ける。


 一気に広がる眺望。空には、瞬き始めた星が輝いていた。

 そんな星の海を、一筋の流れ星が駆け抜ける。


◇◇◇   ◇


「――今はひとたび、星の海へ」


                                                              Fin.

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シニカル・ルーレット(スマホ・リマスター版) 司弐紘 @gnoinori

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