Bパート2 ED 次回予告

 GTのメッセージは確かにモノクルに届いている。

 だが、それをフォロンに察せられるわけにはいかない。


 恐らくは、RAからの報告をフォロンも受けているはずだが、こちらから知らせることはない。


 ただ、モノクルは迷っていた。

 現状を打破する手段は確かにある。


 “篭”がスフィンクスのようなものまで創造できると判明したときに、エトワールの剣にそれはすでに仕込んである。

 それを利用する為の問題点はあるが、GTであれば何とかしてくれるであろう。


 だが、問題はその先だ。


 こちらの“切り札”は有限なのだ。


 細かな駆け引きの最中に使い、相手に思考する余地を与えるのは下策に近い。

 大胆なはったりで、こちらには何でも出来る、という余裕を見せつけなければならない。


『エトワールさん。GTが戦っている海が見渡せる場所に誘導できませんか?』


 骨振動で、エトワールに伝える。


「ちょっと確認したいことがあるんだけど、いいかしら?」


 エトワールは、その指示と同時に口を開いた。

 モノクルが危うさを感じるほどであったが、その言葉には淀みがない。


「なんだ?」


 モノクルとの論戦に構えていたフォロンが、いささか拍子抜けしたかのように応じる。


「アンタが一人でやれるのかどうかは知らないけどこういう場所を造れるのよね? つまり海とかビーチとか」

「まぁ、肯定しておこうか」

「じゃあ、この島のやっつけ感は何? 本気で世界を造るつもりがあるの?」

「…………」


 フォロンの額に青筋が浮かぶ。


 確かにエトワールの指摘通り、この島は、


 水の中に土地を造りまして~

 適当に丘を盛り上げまして~

 そこらで見る雑木林をそのままコピペ~


 ……というような手法で出来たようにしか見えない。


「ちょっと。他のところも適当に造ってるんじゃないでしょうね? ビーチの一つも造らなかったわけ?」


 エトワールはフォロンをおいて、GTが居るであろう海の方へと向かう。


「待たないか」

「そう言えば小屋も見えたけど、あれもあなたは問題ないと思ってるの?」


 チッ……


 と、あからさまな舌打ちの音が聞こえてくるが気にしない。


「ここは君たちを迎えるための罠。そして囮だ。存在することに意味がある。他に手間を掛ける必要性が無い」

「……の割りに、向こうに見えるビーチの方は多少のセンスが感じられるわね」


 エトワールの向かう先に、そのビーチが見える。


 GTが海に引きずり込まれたのは、この場所とビーチとを直線で結ぶ事が出来る、このあたりのはずだ。

 そしてそれを裏付けるようにマズルフラッシュが先ほどよりはっきりと見て取れる。


『多分、クーンさんが設計したんですよ』


 そのマズルフラッシュの確認のために、エトワールは視線を一カ所に留めすぎていた。

 それを誤魔化すためか、モノクルの明るい声が響く。


「ああ、確かに。あいつの創るものだけはちょっとはセンスがマシよね? その辺どうなの?」

「……確かに、あの辺りはクーンからの助言を貰ったことは認めよう」


 フォロンが雑談に応じてきた。


「大事にした方が良いわよ。本当に新しい世界を創りたいって言うなら。人のニーズに応えることも大事だと思うけど」

「わかっている。何か重大な勘違いをしているようだがクーンもまた僕たちの仲間だ」

「仲間扱いしているようには見えないんだけど」

「見解の相違だ」


『神様稼業は一人では出来ませんか?』


 突然、モノクルが割り込んできた。

 フォロンはその挑発的な言葉に薄く笑みを浮かべた。


「神の力を手にした私達には無限の力がある。この島がお気に召さないようだが、それならば気に入るまで何度でも手を入れて、作り直せばいい。これは天地創造に匹敵する力だよ。それに比べれば多少、下々に迎合できなかったとしても些末な問題だ」

『確かに、今あなた方が手にしている力はそう言っても差し支えないでしょう。ただ一つの疑問があります』


 モノクルのその言葉には、どこかからかうような響き。

 フォロンの眼鏡の奥の瞳が細められる。


「よかろう。その疑問とやらを言って見せろ」

『多くの解釈では“奇跡”とは、神の御手によるものとされていますよね?』

「なに?」


 その質問はフォロンの予想外であったのだろう。

 明らかに声に動揺が滲んでいる。


 モノクルはそれに構わず先を続けた。


『では、神に逆らうが如き技はなんと呼べばいいのでしょう? ――ねぇ、神を僭称するフォロンさん?』


                          

                     ~・~


 モノクルからの指示は無茶苦茶だった。

 が、それをすればRAに銃弾を叩き込めると伝えられた以上、GTにとってその指示を無視するという選択肢はなかった。


 いい加減、GTは頭に来ていたのだ。


 RAのやっていることが慎重な狩人の姿勢であったとしても、これほどまでにいいようにいたぶられた記憶はGTにはなかった。


 ――必ず殺す。


 その決意だけがGTの闘志をつなぎ止めていた。


 今、GTは海底近くにいる。


 接地しているわけではない。

 そしてRAに頭上を抑えられている状況だ。


 ビシュッ! ビシュッ!


 相変わらずRAの銃撃は牽制だけ。

 もしかしたら、自分が土左衛門になることを期待しているのかも知れない。


 そして、モノクルの策が外れた場合、かなりの高確率でそういう結果を迎えることになるが――


 ――ええい! ままよ!


 GTは海底を蹴ることなく、RAに向かって直進した。

 突然の動きに、RAは多少戸惑ったようだが銃弾での迎撃を試みる。


 その弾丸を躊躇無く左腕で受けるGT。

 左腕を犠牲にすることは、すでに覚悟を決めていたことだ。


 むしろその行動は、RAに動揺を誘うため。


「それは……」


 RAの声がくぐもって聞こえる。

 相手も水中で話すことが出来るらしい。


 だが、思った以上に動揺してくれたのは僥倖だ。

 GTはさらに間合いを詰める。


 だが左腕が使えない状況では、たとえ間合いを詰めたとしても仕留めきれるか?

 RA相手ではまず無理だろう。


 だがモノクルのリクエストは、ある意味それ以上に無茶な物だった。


『海面まで、RAを蹴り飛ばしてください』


 ――よし、これが終わったら次にモノクルを殺す。


 その決意と共にRAの腹に爪先を叩き込もうとした。


 後先考えない、渾身の一撃。


 爪先が腹に届く前に、蹴った勢いでRAの周囲の水ごと海面へと巻き上げる。

 単純に爪先を避けるだけならばRAも簡単にこなしただろう。


 だが、この一撃は甘んじて受け止めるしか手がなかった。

 一方で蹴りの反作用で、GTの身体が沈んでいく。


「ばっはぞぉ!」


 GTは叫びと共に大量の空気を吐き出した。


                   ~・~


 島ではエトワールが細剣レイピアを頭上に掲げていた。


 本来であれば、この剣はただの飾りだ。

 この剣をエトワールが下げている理由は、単にエトワールの趣味びがくでしかない。


 そしてその正体は、エトワールが子供の頃に憧れたホロムービーヒロインの出で立ちが元になっている……ということは誰にも言っていない。


 だから、モノクルにこの剣を構えるように言われたときは、かなり慌てた。

 だが、モノクルには強い確信があるようで、エトワールに剣を構えさせる。


「おや、その剣で海を切り裂こうというのか? 確かに君は馬鹿げた筋力を保持しているようだが……」


 フォロンは大げさに首を振った。


「何という下らない発想だ」


 だがそんな挑発的な物言いに、モノクルはさらなる挑発で返す。


『惜しい、半分正解です』

「――半分?」

『たしかに今から海を切り裂きます。しかしそれは、腕力でも神の力でもない』

「何?」


『見なさい! これが“竜”の力だ!! エトワールさん!』

「は、はい!」


 モノクルの絶叫にわけもわからぬままに、エトワールは剣を振り下ろした。


 その瞬間こそが、GTがRAを蹴り上げた瞬間。


 剣が振動する。

 同時に発光する。


 そして、フォロンは見た。


 細剣レイピアに竜の姿が宿るのを。


 そして振り下ろした剣の切っ先から、全てを圧する咆吼が轟いた。

 その咆吼が海を引き裂く。


 ――いや。


 引き裂いたのではない。


 その部分から“世界”が消失したのだ。


 海が引き裂かれて、そこに露出したのは海底ではない。


 乳白色の、虚ろな空間。


<お、おお、おおおおぉぉぉぉぉぉ……>


 突如、先ほどの咆吼とは違う、もっと虚ろで昏い声が聞こえてきた。


「め、盟主!」


<下がれ、下がるのだフォロン。我は我は……>


「くっ!」


 フォロンが身をよじるようにして、その場から消え失せた。


 一方で、乳白色の空間の中に、残されたのは二人だけ。


 一つは影。


 真っ黒な影。


 一つは光。


 真っ白な光。


「RAーーーーーー!!」


 影が吠える。


 ギュン、と空気が捻れる音がしてGTの残された右手にブラックパンサーが握られた。


 影の中、一際強い光を放つエメラルドの光。

 その光が、白い光を貫く。


 RAは見ていた。


 エメラルドの光――ではない。


 傷ついた左腕。

 天性の殺人者。


 そして――


 そして、あの時の自分は……


 RAの脳裏でノイズが弾けた。


「ジョージ! ジョージ・譚ンンン!!!」


 白い光も吠える。


 その叫びに答えるのは、十二発の銃弾。


 額、心臓、右手の平、左手の平、右肩左肩、腹部に縦に三発、肝臓、そして両膝。


 一瞬で打ち込まれ、そして次の一瞬で――


 ――RAは消失した。


◆◆◆◆◆◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆


次回予告。


行政首都ロプノールを天に戴く惑星ほしイシュキック。


神話において神の子を身ごもった少女イシュキックの如く、その衛星軌道に行政首都ロプノールを抱えたこの惑星ほしには、人類社会の澱が溜まる。


そして今も、ここに一つの物語を紡ぐ人間達が集いつつあった。


次回、「焦点のイシュキック」に接続ライズ

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