アイキャッチ Bパート1
◇◇◇ ◇◇◇ ◆◆◆ ◆◆◆
ピンチに陥ったときは出来ることと出来ないことを、冷静に確認――
ビシュッ!
――なんてことをRAが素直にさせてくれるはずもない。
早速、水中銃でGTを狙い撃ってきた。
『あれは……水陸両用に開発されたRRS-3ですね。なるほど……あれならどこかのマニアが創っていてもおかしくない』
水の中でモノクルの声が聞こえることが不思議ではあったが、これは出来ることに入れても良いだろう。
こちらから話そうとは思わないが。
ともあれ、まず行うべきは銃弾の回避だ。
銃弾は見える。
と言うか、白い泡を引いてこちらに向かってくるのだ。
いつもよりも難易度は下がっている。
GTは僅かに身体をずらそうとして、それが困難であることを体感した。
水の抵抗だ。
体感する前に気付きそうなものだが、GTにとっては水の中で動くという経験が限りなく零に近い。
それに加えて、自身の超人的な身体能力。
いつもの調子で動いてしまうと、水自体の慣性と粘性が大きく邪魔をする。
急激な動きに対して水が頑強に抵抗するのだ。
もちろん、GTのパワーはそれを凌駕するのだが、実際に動いてしまうと周囲の水が一斉にかき回される。
そのために体勢を保つこともままならない。
そこにRAがさらに追撃。
こうなればやることは一つ。
逃げる。
この不利な状況で無理に避け続けてこの場に留まる理由もないし、なによりもモノクルに確かめたいことがたくさんあった。
具体的には、RAが水の中で平気で活動している理由だ。
とりあえずの方針が決まったことで、GTの行動から迷いが無くなった。
最小の動きでかわそう、などということはまったく考えずに真っ直ぐに――
――下に潜った。
必要なのは足場だ。
身体にまとわりつくばかりの水の中をじたばたと動くよりは、自分の力をちゃんと受け止めてくれる場所。
それはもう海底しかない。
正直泳いだ経験はなかったがボルサリーノを押さえ、頭を下にして足を動かすとちゃんと身体は下降する。
RAの追撃もそれでかわし、無事に海底までたどり着いた。
そして回転して海底に接地すると、今度こそ力一杯足に力を込める。
グンッ!
と、その場に自分の血を置いていくような感覚は生じるが、それも無視する。
以前、古城で一度は試みようとした動きである。
ただ今の場合は少なくとも天井にぶつかる危険性は無視して良いはずだ。
GTの身体は、真っ直ぐに海面へと向かう。
RAはその動きを見て、先回りをするつもりなのか、こちらも海面へと向かっている。
そこに上から、水の泡が降り注いだ。
銃撃。
エトワールが上で何かしようとしているらしい。
だが、水中では銃弾のパワーは著しく落ちる。
エトワールの
だがそれでも、誰の運が良いのか、はたまた悪いのか、その銃撃は微妙にRAへの牽制となった。
その隙にGTは海面に達する。
エトワールの銃撃のおかげでわずかに会話する時間も出来た。
「GTッ!!」
エトワールの声が聞こえる。
が、その声に反応している暇はない。
「モノクル! 水中での呼吸。あれは俺も出来るのか?」
『できません。どうやら周到に準備してきたようですね。水中での動きにも制限がないようですし……これも向こうの能力だと考えてください』
そう言われてしまえば、その条件で勝つ方法を探るしかない。
『エトワールさんが、切り札になる可能性があります。彼女を守ってください』
GTはうなずいた。
モノクルがそう言うからにはそうなのだろう。
どのみち、あのコテージはすでにかなり遠ざかりつつある。
櫓も何もない状態では、海流に流されるしかないからだ。
「エトワールまで水に潜らせるな。フォロンと対峙させた方がマシだ」
言ってGTはそのまま潜る。
海面に浮かんでいる状態は、ただの的であることをGTは十分に承知していた。
RAが距離を詰めてきたら、即座に絞め殺す。
距離を取って攻撃を続けるなら、この上下運動を繰り返すしかない。
GTは水中で、こちらに銃口を向けるRAをエメラルドの瞳で睨み付けた。
~・~
コテージに取り残される形になったエトワール。
自分も海中に潜ろうかと思ったところで、モノクルに止められた。
確かにGTが苦戦している状況で、自分が潜っていっても足手まといになる可能性の方が高い。
しかも、水中では気配を殺して潜むというわけにもいかない。
どう考えても、海中に飛び込むという選択肢を選ぶわけにはいかなかった。
かといって、このまま流されて遭難ということにもならないようだ。
海流は不自然な動きで島へと向かっており、やがて浅瀬へと乗り上げた。
コテージの上物部分を遮蔽物として扱って、エトワールは気配を殺す。
この漂流物を確認しに、あの和服姿の青年が近づいてきたら――
――どうする?
どうすれば“勝った”事になるのかわからない。
青年やRAの身元の情報の入手、というのが最高の勝利条件だろうが、この状況下ではそれは望むべくもない。
では、それを諦めて青年の排除を優先する。
だが、それが成功したとしても、GTの苦境を救うことにはならないだろう。
いやGTは自分で何とかすると考えて青年をこの場から排除する――
「出てくるがいい」
エトワールの思考が迷宮に入り込みかけたところで、声が掛けられた。
「安心して良い。君の気配はまったくわからない。だが状況の論理的帰結として君はここにいるしかないんだ――エトワールと言ったかな」
隠れることを優先させすぎて、射撃姿勢に移れない。
「戦闘はあの二人に任せて、少し話をしないか? 僕はレアスキルの持ち主は大事にする。モノクルという連合職員に確認してみるがいい」
「それってアガンの事じゃない」
覚悟を決めたエトワールは、それでもライフルを構えてフォロンの前に姿を現した。
「あんな実験動物みたいな扱いゴメンだわ」
「酷いことを言う」
ライフルを向けられていることについては、まったく動揺したそぶりを見せず、青年は笑みを浮かべて見せた。
「……あなたが“フォロン”、でいいの?」
「おや、そちらのグループの情報共有は随分と遅れているのか。それとも情報のリスクヘッジでも試みているつもりなのか……確かに僕がフォロンだ」
眼鏡の奥の瞳を笑いの形に歪めながら青年――フォロンが答えた。
むかついたので撃ってやろうか、とおもわず人差し指がうずいたが仮面から骨振動で声が伝わってくる。
『話に乗ってみてください』
元々、方針を失い気味であったエトワールは、その指示に内心ではむしろホッと胸をなで下ろしつつも、渋々といった態でライフルをしまった。
「うむ。良い心がけだ。島へ上陸し給え。その不安定な筏に乗る趣味はないのでね」
どこまでも上から目線で、尊大な男だった。
だが、方針が決まった以上、エトワールはそこで迷わない。
「……で、どういうつもりでここを創ったの?」
フォロンの後を追いながら、その背中に質問を投げかけた。
「単純に実験だよ。GTをいかにして倒すかというね」
「……これが必殺の策だとは思ってないわけ?」
「もちろん、結果としてそうなれば喜ばしい。そうすれば我々はGTを確実に無力化する方法を手に入れたことになるのだから。秩序を維持する側としては、ようやく安寧を取り戻せることになる」
フォロンは島の海岸線を歩きながら語り、エトワールはその後を付いていく。
眼下の海中では二人の男が死闘を繰り広げているのだろう。
RAの銃撃か、時折海中で発光するのが見える。
あの状況では、モノクルはGTのフォローにかかり切りになる。
交渉事だからと言って、何事もモノクルだよりにするわけにはいかない。
エトワールは、まず一番の疑問を口にした。
「……連合が開発したものに間借りしている状態で、秩序の維持を主張するの?」
「連合は確かにこの世界を開発した。だが秩序の維持については野放図に過ぎたと言っている」
「野放図? 元はと言えば、あなたたちが……」
「我々が管理しているような取引が、我々が出現するまで全く行われていなかった、などと言い出すつもりか? その点、縄張り争いだと主張したGTの方がまだ理解があるな」
その指摘に、歯がみするエトワール。
『“縄張り争い”に文句はありませんがね。あなた方がやっていることは、そう単純ではありませんよ』
「モノクル! GTはいいの?」
『海中にいる間は、会話できませんから。私が一方的にしゃべることは出来てもね』
淡々と答えるモノクル。
その内容にフォロンの表情が僅かに揺らめいた。
『ところでフォロンさん。あなた大変な思い違いをなさっている』
「ほう」
『確かに、ここが以前から取引の現場として使われていたことは我々も把握しています。その点ではあなたの仰るとおりだ。しかしこの世界での約束事など所詮絵空事。それでも取引を成立させようと思うのなら、お互いに口約束でも問題ないと、そんな関係性を構築するところから始めなければならない。これは法律上の善悪は関係ありません。あなたたちの問題はその煩雑な、謂わば“手続き”を全部カットしてしまっていることにあるのです』
「だから、それは連合の怠慢だと……」
『何も活動してるように見えないから、それで怠慢だと? あなた社会に出たことがほとんどありませんね? 我々はちゃんと見ていましたよ、この世界を。だから犯罪の萌芽を見逃すことがあっても温床にすることはなく、際限なく空手形を振り回すような利用者にはちゃんと警告を行ってきました』
「貴様……」
『この世界の創始者は、そのぐらいの手の入れ方で、あとは利用者によって自然とこの世界が豊かになっていくことを期待していたんです。“大国を治むるは小鮮を烹るが如し”。この言葉をご存知ないですか?』
エトワールは突如始まったこの問答に目を白黒させるばかりだ。
ただ、フォロンがモノクルの言葉によってドンドンと追い詰められていることだけはわかる。
『秩序の維持? それがあなたの掲げるお題目ですか? だがあなた達がしでかしたことで裏社会では経済が活発化し、それにつれて抗争発生率も上がっている。あなた方の力など、所詮この世界でしか意味を成さない――それも盗んだ世界においてだけ。あなたたちは何も成し遂げては居ないんですよ』
モノクルはこの場にいない。
その不在の存在が、フォロンを確実に追い詰めている。
だが、現状は相手を論破すれば終わるという状況ではない。
キレた悪党が、実力行使に出る可能性をモノクルは想定しているのか――
GTほどの戦闘能力を持っていないエトワールは、緊張に身体をこわばらせる。
そのフォロンは、指先で眼鏡のを押し上げた。
「……何事にも過渡期というものがある。“
だがフォロンが選択したのは実力行使ではなく、論戦の継続。
ここでエトワールを殺してモノクルを黙らせることは、フォロンにとって負けを意味するのだろう。
真っ向から打ち砕くつもりらしい。
しかし、モノクルはそれで恐れ入ったりはしなかった。
『しかし世界を盗んだことは否定できませんよね』
そう。
フォロンはその点については何の反論もしなかった。
「…………」
『今は無理でしょう。ですが、いつか返してもらいますよ。私達の“竜”を』
~・~
一方で海中での戦いは、GTがはっきりと不利だった。
まず相手は無制限に海中でも呼吸が出来るのに対して、GTは息継ぎをしなければならない。
これだけでも随分と不利であるのだが、GTには事実上攻撃の手段が無いということも大きかった。
RAが近づいてくれれば、打つ手も色々とあるのだが、RAは決して焦らなかった。
いつもとは違い、左手にしか銃を持っていなかったが――さすがにマニアックな銃の複数入手は難しかったらしい――効果的にそれを使いじわじわとGTの体力を削っていく。
しかし、それは嬲っているのではない。
RAの黒曜石のような瞳を見ればわかる。
あれは、獲物が弱るまでじっくりと機をうかがう狩人の瞳だ。
もちろん身体を狙って銃撃は行ってくる。
だがそれ以上に行われているのは、行く手を遮るような、あるいは息継ぎに対する牽制の為の銃撃である。
これを回避するしかないGTは、慣れない水中であることも手伝って、体力が確実に目減りしていった。
だが、GTも段々と水中での動きに慣れ始めてきていた。
急に動かない。
大きく身体を動かさない。
これを銃弾を避けるために行わなければならないのだから、これ以上ないほどの見事な
だが、ここにもRAの罠が仕掛けられていた。
確かに、その動きを行うことで表面的な体力の消費は抑えられている。
だが、RAの動きを先読みしなければならない以上、極端なまでの集中力を要求されていた。
ビシュッ! ビシュッ!
一つは一番避けにくい腹部を狙った銃弾。
もう一つは……
「ク……」
歯の隙間から貴重な空気が漏れ出す。
最小の動きで腹部を狙った銃弾をかわした場合、その場所にはすでに二つめの銃弾が迫りつつあるのだ。
一度最適化に向けて動き出した身体に強引に変更命令を下す。
それは急激に周囲の水をかき回すことになり、さらに身体に負担がかかる。
ビシュッ!
当然、そこに向かってRAが銃撃を行ってくる。
GTは全ての回避行動を諦めて、海底へと向かった。
結局はこの上下運動を繰り返すしかない。
ずっと海面に漂っていた場合は、もちろん下からRAに狙われ放題になる。
GTの理想を言えば、海中でお互いに対峙して時間を稼ぎモノクルがいう決め手を待つ……いや、もちろん自分の手で始末したいのは山々だが。
深く潜って、グルリとターン。
その眼前に、いきなりRAが居る。
(この野郎! 間違いなくこの環境での訓練してやがったな)
この海が現れてから、一週間ぐらいと言うことだったが、息継ぎが必要なければ三時間であってもかなり濃い訓練を積むことも出来るだろう。
が、近づいてきた今は好機でもある。
そのためGTの行動に迷いが出た。
銃口が向けられていれば、反射的に行動も出来ただろうがRAはなぜか銃を持っていなかった。
ガッ!
死角から襲いかかってきたRAの右拳でのアッパーカットを両手を交差させて何とか受け止める。
この拳を引いたRAはコンビネーションで左拳をフック気味で放ちGTの顎を狙ってきた。
それをダッキングでかわすGT。
周囲の水が大きく波打ち、また体勢を崩しそうになる。
それに何より、ボルサリーノが脱げてしまった。
GTは水の中に浮かぶボルサリーノ目がけて、海底を蹴る。
ダッキングした理由は、このためでもある。
結果的にチャンスを逃がし、RAから逃げる形になるが仕方がない。
RAが接近してきた理由もわかる。
GTはある程度まで海面に近づいたところで、方向転換。
先ほどまでGTが居た場所を銃弾が通り過ぎていく。
GTの上昇の際の移動経路と、射線を揃えるためにRAは近づいてきたのだ。
――よし、まだ考えることは出来ている。
そう確認するGTだが、それも普段のGTなら行わないこと。
明らかにGTは衰弱しつつあった。
そして肺の中の空気もほとんど酸素を使い切った状態だ。
陽光きらめく海面に、頭を突き出してひたすらに空気を求める。
喉がふいごのような音を立てて、息を吐く作業と吸う作業をほとんど同時に行った。
そして僅かに余った空気で声帯を震わせる。
「モノクル。長くは持たないぞ」
返事を期待したわけではなく、現状報告。
そしてGTは再び、海中へと潜った。
~・~
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