第16話「雲の上にて」
アバン OP Aパート1
曇り空から晴れ間が覗く。
黄金色の光が照らすのは、雲上の世界。
一般に想像されるところの“天国”が、そこに具体的な形を成しているように見える。
だが、ここは
そんな光景も、現実にある風景をなぞらえているだけだ。
そしてそれは光の下、神々しく輝く十字架も同じ事。
もちろん、そこに信仰があれば仮初めの世界の十字架も、あるいは意味を持つのかも知れない。
――もっとも現実の世界での歴史がそうであったように、この十字架もまた血で濡れることとなる。
◆◆◆ ◇ ◆◇◆◇◆◇ ◇◇◇◇◇ ◆◆◇◆ ◇◆◇
人類が宇宙、それも超光速機関を開発して外宇宙へと乗り出した時、いわゆるカソリックは衰退の道をたどり始めたと言われている。
超光速機関開発の折に、太陽系を神から与えられた“
そして、その雛形を葬ってしまおうと画策していたことが判明すると、カソリックへの非難の声は一気に爆発した。
古くはローマ帝国の知識を隠匿し、人類の文明を大きく後退させ、十字軍によって無用の乱を起こし、さらには世界を独善的な考えで勝手に分割した、トリデシリアス・サラサゴ両条約。
そんな数々の暴虐に対して反省の色を見せないどころか、新たな人類の可能性まで摘み取ろうとまでしていたことで、ついに人類は“キレ”た。
第三次世界大戦を経て、沈滞ムードの中にあった人類は、超光速機関を葬られていた場合を考えて心底身震いしたのだ。
カソリックは、再びの暗黒時代を人類にもたらそうとしている、と。
ついにカソリックに対して、人類は三行半を叩きつけた。
もちろん、それによって一つの宗教がとどめを刺されたわけではないのだが、外宇宙で知的生命体に接触した場合、その教義は根底から崩されることになり、カソリックと名乗りながらも教義には大幅な変更を強いられることとなる――一神教にとって、それはもはや自殺でしかないのだが――と予測され、ここから逆転の目はない。
一方で、宗教のしぶとさを示すエピソードとしては、そのカソリックに異端として断じられ、徹底的な弾圧を受けたグノーシス派などの分派が、生き残っていたことが判明した。
もっとも、古代の姿そのままというわけではなかったが。
さて、そんな迫害の歴史を持つ分派の宗教的中心地は、時に要塞のような構造を持つ。
皮肉なことに、この取引の主導者は珍しくもガチガチのカソリックである。
どうやら適当に城の発注をしたらしく、その来歴は知らないらしい。
このボスの名前はダラーラ。組織内ではパパ・ダラーラで通っている。
組織で扱うものは主に麻薬、武器。
何しろ
少しでも上位に食い込み、その恩恵により深く預かりたいとダラーラは考えていた。
どんなファミリーでも、自分たちの商品を安全に保管できる場所はある。
だが、それを他の形に変えようとしたときに隙が生じるのだ。
その点、
芋づる式に官憲を呼び寄せる心配がないのである。
ダラーラは、当然の帰結として、このシステムを生み出したフォロン達にさらに取り入ろうと考えていた。
そして、クーンが何か失敗したらしいことを聞きつけもした。
こうなると、次の選択肢は一つしかない。
――クーンの後釜を狙う。
この一点である。
そこで、通常なら好みの舞台を整えるだけに留まっていたフォロンへ、
「こういう形で、GTを迎撃してみたい」
と、申し出てみた。
勝てるのか? と言われればそこで大言を吐いて良い相手ではないことはわかっている。
だが、時間を稼ぐことなら出来る――かもしれない。
GTを一カ所で足止めできれば、他の取引への被害も抑えられるし、何より一つの希望が灯る。
~・~
「ダメです! 一次防衛線破られました!」
「確認されてから、まだ二分も経ってないぞ! 生き残りは?」
「ぜ、全滅です……」
「……こ、これが“
別にごっこ遊びをしているわけではない。
司令部を構成しているのは、ダラーラが雇った傭兵だ。
百戦錬磨とまでは言わないが、現実世界では十分に名の知れた傭兵団である。
だが、そんな経験など何の役にも立たない。
根本的なことを傭兵達は理解していなかった。
武器の違いや、練度など問題ではない。
相手は――人間ではないのだ。
ゴゥウウウウウウウウッ!!!
モニターの向こうで装甲車が爆発炎上した。
燃えさかる炎を背景に来るスーツ姿の男が確認できる。
ボルサリーノ。
そして胸元に赤い薔薇。
戦場を舐めた出で立ちではあるが、その舐めた男に部下は手もなく捻られてしまっている。
男――GTは当然カメラの存在に気付いたいた。
わざわざそちらに視線を向けるとニヤリと笑い、そのついでに銃口も向けた。
ガッ!
銃声とノイズがモニターからあふれ出て不協和音を奏でる。
それとほとんど同時に、二次防衛線からも被害報告が入り始めた。
ほんの一瞬前まで、GTは一次防衛線を突破した地点にいたはずだ。
そこから二次防衛戦まで、おおよそ五百メートル。
移動速度のつじつまが合っていない。
GTが人外であることの証明だ。
ズンズズンズンズンッ……
音というよりも地響きが、城の一番強固な場所に作られた司令所に響いてきた。
一次防衛線から、二次防衛線までの間に、地雷原がある。
それをGTはすでに突破しているはずなのだが、わざわざ爆発させて回っているらしい。
何故、地雷の位置がわかるのか?
という疑問は脇に置いて、その現象だけを受け入れれば、
もとより、一次防衛線は抜かせるつもりだった。
そして地雷原、装甲車の火力、さらには部下達による包囲殲滅までが、当初予定されていた戦術である。
だが、GTは速度を維持しながらも、全ての配置戦力を無力化していった。
残すは最終防衛線のみ。
こちらは小細工無しの、ランチャー兵器を大量に配置した文字通りの防衛線であるが――
「
指揮官は苦渋の決断をした。
GTの撃破が第一目標であったことは言うまでもない。
クライアントは「最悪、時間稼ぎでも構わない」と理解のあるところを示してくれていた。
だが、GTの姿が確認されてから、まだ十分も経ってはいない。
通常であれば、官憲もしくは司法警察軍の手の回らない地域での対テロ活動が主な職務である彼らにとって、現状はたった一人のテロリストに蹂躙されているのと同じ事。
このままでは、自分たちの沽券に関わる。
いや、沽券だけではなく信用問題だ。
確かに
それを盾に、自分たちの力が発揮できなかったと言い立てることは可能だろう。
だが、この酷すぎる失態はとてもではないが言い繕える限度を超えていた。
せめてクライアントを守る姿勢を見せなければ、明日からの稼業に支障が出るレベルだ。
「は!」
副官も、そんな指揮官の懊悩を理解しているのだろう。
軍人らしく、疑問を口にすることも反論を試みることもなく、即座に了承の意を示した。
戦場の倣いで敬礼はない。
「アイメア軍曹に車を回させます。カルバとクインツも同乗させましょう」
指揮官はその献策にうなずく。
そして、こう告げた。
「君も同乗しろ」
「しかし……」
「私は最終防衛線で指揮を執る。もはや貴官の仕事はない。それよりも、先ほどのプランでは懐に潜り込まれたときに小回りが効かない。貴官がその役目を担え」
「――了解」
「では、な」
これがこの二人の
~・~
そこから、一台の
タイヤはほとんど摩擦係数を失っており、僅かに回復する瞬間を狙ってカウンターをあて、何とか車体を立て直しているような状況だ。
あまりにも急ぎすぎに見えた
――――……ゴッッ!!
要塞が突如爆発したからだ。
周囲一帯が緋に染まり、空には黒煙が渦を巻いて空からの光を遮ってしまった。
今――
――一瞬で地獄が出現した。
「来たぞ!」
そう喚いて、ミサイルランチャーを構えたクインツが、攻撃を開始した。
――何に?
もちろん、爆発の中から現れた黒スーツ姿に対してだ。
驚くべき事に、その姿には何の変化も見られない。
爆発の余波を何ら被ってはいないかのように、エレガントな佇まいのままだ。
発射されたミサイルは、GTの右手が閃いた瞬間にその全てが爆散した。
さらにはカルバのバズーカに、副官のアサルトライフルからの銃撃と、さらに攻撃が続けられる。
そう。
もはやGTは至近の距離に迫りつつある。
バズーカの弾頭は、撃ち落とされた。
ライフルからの連射はことごとくをかわされた。
傭兵達を責めるわけにはいかないだろう。
こんな化け物、
助手席に身を潜めていたダラーラは、その小太りの身体を丸めて、ただ恐怖に震えていた。
何もかも桁が違った。
GTの強さも、速度も、非常識さも。
そして、自分の恐怖への想像力の浅さも。
いつもはただ、一瞬で殺されるだけだった。
だが抵抗を試みて初めてわかることもある。
――GTこそは悪魔だ。
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