第24話「薔薇の花が舞い散る時、終わりを告げる鐘が鳴る」

OP Aパート1

◆◆◆ ◇ ◆◇◆◇◆◇ ◇◇◇◇◇ ◆◆◇◆ ◇◆◇


 ――惑星「月読」


 日系人が中心となって開発された惑星「天照」の陰の部分を担うために、開発された惑星ほし

 日陰者、とも呼ばれていた一部の日系人が集うこの惑星ほしに、もっとも色濃く日本的な風景が再現されているのは、皮肉と言うべきだろう。


 そんな惑星ほしに、十を超える公安の連絡艇が無遠慮に着陸していく。

 宇宙港以外の場所に降りるのは連合法違反であるが、緊急時にはそれを破る権限が公務にはある。


 公安の目標は、加東組が匿っている西苑寺哲士という男の取り調べ。

 容疑は――実のところはっきりしない。


 O.O.E.アウト・オブ・アインシュタインにおける騒乱について、話を聞かせて欲しい。


 正確に説明するならこれだけの仕事に、公安が本気で脅しに掛かったのだ。


 目下、急成長中とも言われている加東組であるが、さすがにこれだけ派手にやってこられると門前払いも出来ない。

 さりとて組長自ら相手をするのも面子が立たないと考えたのか、出迎えたのは組の長男――若頭の松浦だった。


 公安の代表は、この件を取り仕切るシャイムビッチ。そして、片眼鏡モノクルを掛けた、どういう立場の者かよくわからない男。

 一応、連合職員としての肩書きはあるようだが、それが公安と関係があるのか松浦には判断できなかった。


「初めまして松浦さん。代表の西苑寺健悟氏はどうかされましたか?」


 面子のためだと言うことはわかっているだろうに、シェブランと名乗った片眼鏡モノクルの男はヌケヌケと尋ねてきた。


 思わず言葉に詰まる松浦。


 そのタイミングで、鹿威しがコーンと、澄んだ音を響かせる。


 ここは、加東組の本邸でもある西苑寺家の屋敷。

 さらに、その奥まった場所にある洋間だ。


 その部屋から望む内庭は見事なまでの日本庭園で、松の葉の緑が鮮やかな輝きを放っている。


組長オヤジは体調が優れない。話なら俺が聞こう。これだけ大騒ぎしてやって来たんだ。つまらない用件ではないだろうな?」


 ソファに腰掛けた松浦が、精一杯虚勢を張るようにして、シェブランに尋ね返す。


「つまらなくはないと思いますよ。その組長オヤジさんの兄を我々に売れ、というお話ですから」

「な……!?」


 あまりの物言いに、思わず松浦が硬直する。


「これだけの人員引き連れてきたのは何のためだと思ってるんです。今から加東組を徹底的に叩こうという計画なんですよ」

「そ、そんなことが……」

「あなたが思うほど、連合はまともな組織ではありませんよ。やると決めたら、法も倫理も関係ありません。法は後からねじ曲げるし、報道管制もお手の物です」


 畳みかけるシェブラン。


「あなたが何処までご存じなのかは知りませんけどね。加東組の今の躍進は、西苑寺健悟の兄、西苑寺哲士の存在に因るところが大きいんです。もちろん非合法活動もたくさんです。それを見逃してやる代わりに、その兄を売れ、と言ってるんですよ――そろそろ組長さんにお伺いを立ててみるのはどうでしょう?」

「ま、待て。ちょっと待ってくれ」


 叫ぶようにして、シェブランの口上を止めた松浦の額に脂汗が浮かぶ。


 松浦は哲士の存在を今の今まで忘れていた。

 もちろん、そんな状態で哲士が構築した天国への階段EX-Tensionにおける絡繰りなど知るよしもない。


 だが健悟にこの状況を丸投げしてしまっては、ただの子供の使いだ。

 面子に賭けてそれは出来ない。


 ここは知らぬ存ぜぬで公安を追い返し、しかる後に健悟から詳しい話を――


「松浦。面倒を掛けたな。もう大丈夫だ」


 悩み続ける松浦に声が掛けられる。

 それは着流しに似た、和装姿の健悟からだった。


 体調が優れなという話は本当だったのか、それともその嘘を取り繕うための小細工なのか。


 健悟の登場にシェブラン、それに促されるようにしてシャイムビッチが立ち上がる。

 慌てて、松浦も立ち上がるが、いささか遅きに失した。


「初めてお目に掛かります。私は連合のシェブラン、こちらは――」

「公安のシャイムビッチだ」


 重々しく自己紹介をするシャイムビッチにうなずいておいて、健悟はその視線をシェブランに向けた。


「兄に用があるとのことだが……」


 もはや松浦は無視の構えで、健悟がシェブランに話しかける。


「今の状況の絵を描いたのは、あなたか」

「そうです」

「目的は?」

「全てを話すわけには参りませんが、O.O.E.の正常化です」


 その答えに、健悟は沈黙を作る。


「――しかし、連合には兄を縛る法はないはずだ」

「連合にはね」


 事も無げに応じるシェブラン。

 それで、健悟は全てを察した。


 今、加東組がこのように急襲されているのと同じように、兄が天国への階段EX-Tensionにおいて拠点にしている場所も無事では無いだろうということに。


 そして、その場所でこれから何が行われるのかということも。


「……わかった。兄に面会を受け入れるように話をしてみよう」

「ありがとうございます」


 シェブランは殊勝に頭を下げる。


「――ただし、お兄様の安全は保証できません」

「何だと!?」


 松浦が色めき立つが、シェブランは構わず続けた。


「もちろん、一般的な“危害”を加えるつもりは毛頭ありませんが、時には言葉が人を殺すときもあります。組長さんは、それも理解された上で、了承してくださったのですよ」


 片眼鏡モノクルの奥の瞳が、笑いの形に歪む。


「兄上のお命、確かに買わせていただきました。加東組の安泰は保証しましょう」


 そのシェブランの口上に、健悟は再び沈黙で応えた。


 いや――


 ――“あの”兄との別れに際して、語るべき言葉を持っていなかったのだろう。


         ~・~


 離れに行くことを許されたのは、シェブランただ一人だった。

 シャイムビッチは、健悟と共に本宅に残される。


 お互いの安全保障と言うべきだろう。


 シェブランは気負うことなく、離れの扉に手をかけるとズカズカと踏み込んだ。


 元々、さほど大きな家屋ではない。

 シェブランは程なく、病人が横たわる和室にたどり着いた。


「ようやく追い詰めましたよ、フォロン」


 お互いの顔を認識すると同時に、シェブランは宣言した。

 それに苦笑を浮かべる哲士。


 落ちくぼんだ眼、こけた頬、掛け布団の上にそっと乗せられた腕は幽鬼のように細い。

 だが、その瞳だけが異常なほどの生気を放っている。


 アンバランスだ。


 何もかもがアンバランスに過ぎる。


「……現実世界で天国への階段EX-Tensionでの名を呼びかけるのも、やはりマナー違反ではないかな?」


 こんな有様なのに、堂々と正論を述べる。

 これもまたアンバランスだ。


「あなたの本拠地、我々の“竜”を閉じこめた場所の特定も済んでいます。正直言うと、あなたを無視しても良かったんですが……天国への階段EX-Tensionにあれだけの組織を作ったのは、恐らくあなた一人の手腕でしょう。アーディなる存在を祭り上げ、その権威に自らも従うふりをして、実際にはそのアーディをも操っていたのはあなただと私は考えています」


 シェブランの言葉に、哲士の瞳がさらにギラギラと輝きを増した。


「結果として、あなたもついでに始末しておこうという結論になりました。下手に生き延びられて、また悪巧みをされても面倒なのでね」

「僕を……愚弄するのか?」


 哲士が怨念の籠もった声で、シェブランを恫喝する。

 だが、シェブランはまったく動じない。


「残念ですが、こんな狭い世界で病人に対する憐れみの中でしか生きてこなかったあなたの脅かしなど、怖くとも何ともありません。虚勢を張るなら張るで、せめて天国への階段EX-Tensionへ赴いてくれませんか? そこで我々があなたを圧倒すれば、あなたは言い訳のしようもなく、ただの敗者となるのですから」


「貴様――」


「確かに、今のあなたをどうこうできる法は連合にはありません。ですがあなたは無自覚なまま、それよりも剥き出しの原始的な“法”に絡め取られているんですよ。それに未だに気付いていないところが、さすがに箱入り娘――失礼、息子でしたか」


 重ねられる挑発に、哲士はもはや口を開くこともなかった。

 ただ、その顔色をドズ黒い赤に染めるだけだ。


 常人であれば、シェブランに躍りかかりその首を締め上げていただろう。


 だが、哲士にはそんな真似は出来ない。

 立つこともままならぬほどに、彼の身体は弱すぎるのだ。


「――接続ライズなさい」


 呆れるほどに優しげな声で、シェブランは哲士を促した。


「あなたが中途半端な覚悟で、どういう世界に首を突っ込んだのかいやでも理解できるでしょう。ただし、その代価はあなたの命となります。それを恐れぬと言うなら……」

「黙れ」


 哲士は掛け布団を跳ね上げると、空中に枯れ木のような指先でサインを描く。


 横たわっていた布団が、そのまま安楽椅子リフティングチェア仕様なのだろう。


 わずかのタイムラグの後、哲士の身体からわずかに感じられていた力が抜けていく。


 シェブランは、その場に残された朽ちた死体そのものの哲士の身体を、静かに見下ろした。


              ~・~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る