第15話「死神の舞台《ステージ》」

アバン OP Aパート1

 ドゥン! ドゥン! ドゥン!


 ブラックパンサーが三度、天国への階段EX-Tensionの空へ雄叫びを上げた。


「全然出来てないぞ!」


 その後に、GTのダメ出しがこだまする。


 ここは天国への階段EX-Tensionでは、デフォルト仕様の草原。

 GTはその草原の上にあぐらをかいて座っていた。


 チュン! チュン! チュン!


 そのGTに向けて、エトワール――今は仮面を被っていないのでリュミスであるが――のライフルが三度銃声を轟かせた。


 リュミスがいるのは、草原の上にポンと置かれただけの、粗末な舞台――というよりはただの板張りの箱と言った方が良いかもしれない。

 そのリュミスが放った銃弾を、GTは座ったまま上半身を“ブレ”させて余裕でかわした。


「……おかげさまで、銃の腕だけは上がりそうだわ」


 その声は、恨みに染まっていた。


「ライフルで撃つな。ちゃんとそれ用の銃を用意しただろうが。それに今お前がやっているのは銃の練習じゃなくて、ジャンプ! バク宙!」


 だが、GTのダメ出しはなおも止まらない。


「出来てないのはわかってるわよ! だからいちいち銃を撃たないで!!」


 キレ気味の反論に、真っ当な反論。

 それを言い捨てて、リュミスはしゃがみ込むと大きくジャンプした。


 もともと天国への階段EX-Tensionでは、常人以上の筋力を保持しているリュミスである。

 その身体は高々と舞い上がるが――結局そのままの姿勢で降りてきてしまった。


「……おい。なんなら空中のお前を撃ってやろうか? それで少しは必死になれるんじゃないか?」


 とんでもないことを言い出すGTに、リュミスは再び銃を構えてみせる。

 今度はライフルではなく、女性が持つにはいささかゴツ過ぎるハンドガン「P-999」がその手に握られていた。


 通常であれば、黒光りする銃身だけが特徴の地味な銃であるのだが、今はその銃身から何から銀色に塗装されていて実にけばけばしい。


 現実世界であればマニアックな銃であるのだが、天国への階段EX-Tensionにおいては割とスタンダードな銃であるということが、なんとも業が深い話である。 


 が、その銃口をGTに向けようとしたリュミスは、そこにGTがいないことを確認してしまった。

 そうとなれば、当然自分の後ろ――


 ――でもなく。


 GTは空中にいた。


 伸身で、複雑な空中機動を行っており、その後、狙い澄ましてリュミスのすぐ横に着地した。


「足りないのは殺意なんだよ。一端飛んだら、かわすのは果てしなく難しいんだ。自分の安全のためにも下にいる連中をまとめて殺す。そのためには下の様子を見ないことには始まらないだろ? ――そういう気持ちで飛ばないとダメだ」


 そして、まじめくさった顔で説教。


「――誰かこいつに常識を教えてやってくれないかしら」


 リュミスは嘆息する。

 だが、その常識無しに依頼をしたのはリュミス自身である。


 ――天国への階段EX-Tensionでの新しいライブの形を模索するために。


◆◆◆ ◇ ◆◇◆◇◆◇ ◇◇◇◇◇ ◆◆◇◆ ◇◆◇


 リュミスの船は名を「プラスチック・ムーン」と言った。

 それを聞いた、ジョージは何とも微妙な表情を浮かべる。


「どうも……微妙に子供っぽさを感じるな」


 それに対して、リュミスは何も答えなかった。

 答えなかった、と言うよりは答えを返す余裕がなかったというのが正確なところだろう。


 ドッグから帰ってきた「プラスチック・ムーン」号の船体下部には、二つの大きなブレードアンテナが装備されていた。

 それこそがリュミスの報酬である、軍用の高性能ジャマーである。


 この二つのブレードアンテナが、繭を形作るかのように電子的なシールドを船体の周りに形成する仕様だ。

 そして、それを稼働させるための増設ジェネレーターが船体上部から飛び出ている。


 もちろん、そこも装甲板で覆われていたが、不格好であることに違いはない。

 GTなどは、新しくなった「プラスチック・ムーン」号の印象しかないわけで、


「格好悪い」


 と、素直に口に出したものだから、リュミスから散々に元の船の形を語られた。


 ただリュミス自身も、自分の船だからと言って特にその形を愛している、というわけではないようで、


「必要だから買った」


 という以上の意味合いをそこに見いだしていないようだ。


 ロスタン社から発売されている、高速クルーザーの上から二番目、といったクラスの船をほとんどチューニングもせずに使っているらしい。


 カタログを見ると船の形状は、なるほど上弦の月ゴンドラのように船首と船尾が反り返ったような形状ではあった。

 もっとそれほど極端ではなく、デザインの範疇であろう。


 さて船内である。


 まず、シャドーロールと呼ばれる航法士専用シートが通常の宇宙船にはあるのだが、このぐらいのサイズの船であれば、ブリッジと一体化しており、ほとんどコクピットと言いきってしまっても良いだろう。


 実際、航法士一人で船を動かすことが出来る。

 まず、これが船首部分にあった。


 船内に部屋は六つ。


 リビングルーム、個室が二つ、キッチン、ユニットバス。それと航法士用の個室が一つだ。


 手狭なようにも思えるが、それはこの船が“旅のあいだ”をどう快適に過ごすかをコンセプトに建造されているからであって、リュミスのようにこれで宇宙をさすらおう、という発想が異端に過ぎるのである。


 それでもリビングはかなり大きめであり、ここに安楽椅子(リフティングチェア)が二台並べておいてあった。

 このリビングルームにジョージはハンモックを吊すと、さっさと自分の居場所を作ってしまう。


 リュミスは個室を空けるように言われると思っていた分、いささか拍子抜けし、そのままジョージの行動を黙認してしまった。

 もう一つの個室は衣装部屋になっているので、これを片付けるという面倒は出来れば回避したかったのである。


 そして、通常の手続きを終えてガルバルディ宇宙港を後にし、他の惑星ほしより幾分多めのストーカー気質のファンのクルーザーを高性能のジャマーで振り切ると、二人は星の海を漂うこととなった。


 リュミスも最初はそれなりに緊張していたのだが、ジョージという男は、なにしろナマケモノより動かない――というのは少々言い過ぎにしても的外れではない生活様式を持っていることがすぐに判明する。


 天国への階段EX-Tensionへの接続ライズ

 キッチンへ向かって、トレイにセットされた食事を調理器の中に突っ込む。

 そしてトイレ。


 それぐらいしか動かない。

 趣味も何もないようで、とにかく寝ている。


 リュミス自身は、少ないスペースを利用して運動を行い、食事にも気を遣っているのに、ジョージの行動を見ていると何だか馬鹿らしくもなってくる。だが、それでもリュミスは自分を律し続けた。


 ――そのついでに、ジョージも律することに決める。


 まず、定期的に風呂に入らせた。

 食事も出来合いのものばかり食べていたなら、たまには自分の料理を分けてやる。


 ジョージはブツブツと文句を言っていたが、そのあたりにこだわりはないらしく、案外素直に言う事を聞いた。


 さりげなく聞き出したところによると、風呂を嫌がっていたのは自身が無防備に近くなるからだそうで、それは自分の台詞だとリュミスは心の中で呟いた。

 もちろんそれを口に出して、その気にさせても馬鹿らしいのであくまで心の中だけに留めておく。


 こうして、幾分かは“人間らしい文化的な”生活を送らせることに成功したリュミスの次の目標は、ジョージに何か時間を潰す手段を与えることとなった。

 自分が色々忙しくしている脇で、ハンモックにぶら下がっているだけの男がいる状態は精神衛生上、非常によろしくないからだ。


 最初は、本でも、ゲームでも、模型でも。

 とりあえずホビー方面からアプローチを試みた。


 そのために惑星ほしに降りるぐらいの苦労は厭わぬつもりであったが、どれもこれも食いついてこない。


 趣味の類を、ことごとく“時間の無駄”と認識しているらしい。


 人生の引退を宣言して、残りは余生と言い切っている男の言い種ではないが、そもそもジョージにはホビーを受け付ける素養もないようだ。

 結果、リュミスは諦めと共に現状を受け入れ始めた頃――


 ――ジョージがハンモックから身を乗り出した。


 リュミスがその作業をリビングルームで行っていたのは、偶然といっても良いだろう。


 煮詰まり気味の作業であり、思いついた時に即座に実行してしてしまっていたのだ。

 いつ自分の寝室へやから出たのかも覚えてないので、胸元が広く開いた開襟シャツにレギンスというかなり砕けた格好である。


 もっとも、どんな格好をしていてもジョージがそれに反応することはなかったので、その点に関してはリュミスもいささか鈍感になっていた。


 一方で、相変わらずの白シャツに、グレーのチノパン。そしてサスペンダー姿のジョージが身を乗り出して、発した言葉は、


「それ、お前のライブのステージか?」


 だった。


 リビングの低いテーブルにタブレットを置いて、足を投げ出してデザイン作業をしていたリュミスは驚きに目を見張った。

 自分が何をしているのか、即座にジョージが見抜いたことにはさほど驚きはなかった。


 驚いたのはジョージが関心を示したこと。


「え、ええ」


 思わず声が裏返ってしまった。

 そして、それを誤魔化すために急いで説明を付け足す。


「ほら、あんたを助け出す時にみんなには色々手伝って貰ったでしょ。だからそのお礼みたいなライブをやろうかなって。入場無料……興味があるなら、何か意見を――」

「何でそう言う形に拘るんだ?」


 最後まで言い切る前に、ジョージがさらに尋ねてきた。


「形?」

「お前、それじゃ現実にあるライブハウスを向こうに移植してるだけじゃねぇか。何でその形にした?」

「な、なんでって……」


 理由が上手く思いつかない。

 強いて上げれば――


「――入場料取るのに便利だから、とか」

「今度のはタダなんだろ」


 それはそうだが。


 リュミスはそれを認めるのも腹立たしいので、それを口にすることはなく逆にこう言い返した。


「あんたならどうするっていうのよ?」

「俺か? そうだな……」


 ナマケモノがハンモックから降りてきた。


 リュミスは仕方なくタブレットをジョージへと向ける。

 ジョージはリュミスのラフ画をさっさと消すと、そのど真ん中に楕円形を書いた。


「な、何?」

「これがお前のステージ。周り全部客。椅子はいらねぇだろ。お前の歌う曲なら。ぐるっと周りを囲ませればいい」

「い、いくら何でもそれじゃ手抜き過ぎるでしょ」


「わかってる。この状態じゃ、照明も音響もかなり面倒だろう。だけどそれは工夫しろ。俺は専門家じゃない」

「そんな無責任な――」

「で、ステージ周りに水を張ろう。噴水を作っても良いな」


「水!?」


 今度こそ本気で驚くリュミス。


「それが難しいの前に説明――」


 それで思い出した。天国への階段EX-Tensionには現在唸るほどに水が溢れている場所がある。


「まさか……」

「このくらいの容器を作ってだな」


 ジョージが説明を具体的にしていった。その両手は一抱えほどの樽のような形状の容器を形作っている。


「これの持ち手に棒を通して、俺とお前で運ぶ。お互いあっちでは力が強いんだから、一回の接続ライズで結構行くんじゃないか?」

「…………」


 否定したいが、否定出来るだけの材料がない。

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