Aパート2 アイキャッチ

 両家の婚姻も決まり、もう障害は無いと目されていた中でのガリギュラー家の突然の裏切り。


 その理由とは何なのか?


 さほど難しい話ではなく、一つにはごく単純に金の問題だった。

 北米系のフェムラー財団がガリギュラー家に財政上の支援を申し出たのだ。


 その資金援助があれば、翠椿における譚家の協力は必要ない。

 いや、むしろ翠椿から上がってくる利益を独占できる分、長期的に見れば独占してしまった方が理屈には合う。


 だが、そこには義理も倫理もない。


 ガリギュラー家の当主、ルドヴィゴは何故にそのような判断を下したのか?


 一つには、譚家が裏社会からの脱却を目論んでいたために、その内に抱えた暴力装置が小規模であったという無防備さ。

 そして、ルドヴィゴに有色人種カラードへの差別意識があったといわれている。

 つまり自らの一族に有色人種カラードの血が入ることを嫌ったため、という推測だ。


 そして、その真相を知るものは一週間の世界ア・ウィーク・ワールドにおいてジョージただ一人だろう。

 ルドヴィゴは一週間に渡って、丁寧に“生かされた”後、殺害されている。


 その間に、ジョージは恐らくは事の真相を聞き出したはずだが、それを尋ねようとする勇者はいない。

 ただはっきりしていることは、そのような判断を下したことでガリギュラー家の血は完全に絶えてしまったということだ。


 連合標準時、七月二十九日。


 惑星翠椿の首都コンロンのホテル「クーベラ」


 ガリギュラー家との婚約披露パーティのため、惑星ほしの譚家のほとんどはこのホテルに集まっていた。

 もちろんその中にジョージもいる。

 ルドヴィゴはの指示は、ここでも合理的なものだった。


 ホテルの爆破。


 自らの配下を動かしては、さすがに問題があると考えたのだろう。

 連合に対するテロをカモフラージュに、譚家の抹殺を謀ったのだ。


 もちろん、その襲撃によって譚家の支配が緩んだ翠椿にガリギュラー家が乗り込んできたのだから、その時点で大方の事情は察せれたわけだが……


「じゃあ、義足というのは……」

「その時の爆発のせいね。ジョージが言うには本来なら助かるはずのない状況だったらしいわ。だけど朱蘭がジョージを庇ったらしいの」


「妹さんが?」

「うん。妹は本当にジョージを可愛がっていたみたいでね。何処に行くにもジョージを連れ回していたみたい。ジョージはボディガードのつもりみたいだったけど、朱蘭は自分の仕事のサポートもさせていたみたいね。まぁ、仕事といっても、大人達のそのまた下のお手伝い、みたいなものだけど」


「どんな仕事だったんですか?」

「う……ん……説明するのが難しいけど、大雑把に言うとショービジネスかな」

「ショー……?」


「うん。あなたが天国への階段EX-Tensionでやってるような事ね。これもまた大雑把な話だけど」

「私のこと……知ってるんですか?」

「ええ。ジョージの側にいるからね。私達はジョージから目を離したりはしないわ。まぁ、そんなに偉そうなことも実は言えないんだけど」


 そこで香藍は肩をすくめた。


「まさか連合に協力して天国への階段EX-Tension接続ライズしてるなんて、全然考えてなかったわ。天国への階段EX-Tensionで何かやってることも気付いてなかった。あの子にはもう自由に生きてもらいたかったから、どこかおざなりな部分があったのかもね」

「……やっぱり、大事にされてるんですね」


 イシュキックでも、楊達はジョージを下にも置かぬ扱い方だった。


「大事か……」


 だが、その言葉に香藍は皮肉な笑みを浮かべた。


「それもあるかもしれない。だけど他にも理由があるわ。私も含めて私達はあの子が怖いの」


 何事もないように香藍はさらっと口にしたが、その内容は身内に対するものとは思えなかった。


 おもわず口ごもってしまうリュミス。

 そして香藍は話し続ける。


「父は譚家を表の世界へと引き上げようとしていた。もしかしたらそのためにガリギュラー家の邪心を刺激したのかも知れないわね。だけど、父は譚家の闇を凝縮したような存在を身内に残していたの……それがジョージ」

「……じゃあ、養子にしたのは最初から?」


「さぁ。結果的にそうなったっていうだけの話かも知れない。でも、自分の存在を“そういうものだ”と一番に思いこんだのは――他ならぬジョージなのよ」

「そういう……もの?」


「暴力には暴力で対抗する。目には目を歯には歯を。譚家の非常事態に目を覚ます獣」

「でも……」


「そうよ。あの子は間に合わなかった。それどころか、守るべき主家を、守りたい人を守れなかった――だけど、あの子は生き残ってしまった。だからこそ行方をくらませてしまったんでしょうね」

「行方を?」

「行方をくらませて、次に姿を現したときにはガリギュラー家の当主一家を吊るし首に仕上げたわ。橋の上から、五人まとめて」


「ふ、復讐……ですか?」

「それも完全な復讐。当主一家を一番最初に仕留めたから、私達もそれで終わると思っていたのよ。でもそれは二重の意味で間違いだった」

「他にも……殺したって事ですか?」


「その後も殺し続けた、ということと、当主一家を殺す前に、他にも大量に殺していたの――ここから先は本気で胸が悪くなる話だし、実際言えないのよ」


 そう言われては、話を聞くしかないリュミスには何も言えなくなってしまう。


 そして、目の前にはコンソメスープ。

 赤い色でなくて良かった、とリュミスが胸をなで下ろしたのも仕方のないことだろう。


「あの子の復讐の手口は鮮やかすぎてね。私達、黒社会――中華系マフィアの事だけど――にとって、その手口はマニュアル化しているの。だから部外秘」


 言えないはずが、香藍の口は止まらない。


「で、経過を説明するとずっとガリギュラー家に連なる者を殺しまくっていたわ」

「殺しまくるって……子供もですか?」

「当たり前よ」


 香藍の黒い瞳が鋼の輝きを帯びた。


「あいつらが最初に爆破したビルには、子供もたくさんいたのよ。こちらが容赦する必要性なんか欠片もないわ」

「でも、その爆破に子供達が関わっているとは思えません。関係ない人を巻き込むのは――もう過ぎた話なのかも知れませんが……」


 納得がいかないリュミスは、強気に言い返した。


「リュミスさん」


 そんなリュミスを真っ直ぐに見つめ返す香藍。


「あなたのその弁は正しい。私達もそれは認めている。だけど、いつだって正しい想いが、正しさを形作るとは限らないわ」

「どういう……ことですか?」


「殺す相手を正しさで選別するのは、ある意味傲慢な振る舞いなのよ。そこで見逃した相手が、また復讐を決意したらどうなると思う? 次に狙われていたのはきっと私ね。そうなると今度は私の嫁ぎ先が、この戦いに巻き込まれることになる」

「それは……」


「あの子は『自分は人殺ししかできない』とよく言うけどね。それでも出来ること人殺しについては、ちゃんと考えて行動してる」

「…………」


 押し黙るしかないリュミス。


「――そしてあの子は、ガリギュラー家の血を引く者を殺し尽くした。だから“復讐完遂者パーフェクト・リベンジャー”と呼ばれることとなったの。そして私達黒社会は、その取引において丁重にもてなされることとなったわ。もし第二の“復讐完遂者パーフェクト・リベンジャー”が取引先の家にいた場合、とんでもないことになるからね。今では、主要な家では養子をとることを習わしにしているぐらい」


「それで……あんな風に扱われていたんですね」


「あの子は恐れられている――その一方で黒社会の守り神でもあるのよ。若い世代にはあの子を神聖視する傾向が強いようね。あの子もまだそんなに年はいってないのだけれど」

「そうなんですか?」

「多分ね。何しろ年齢不詳だから。だけど、家に来たときは十二、三才って背丈だったのは間違いないわ」


 そうなると、ジョージの今の年は二十代半ばから後半。

 一応納得はできる。


「……まだ聞く?」

「私に……何かお話があるんですよね?」

「さすがに、それはわかるか」


 香藍は、薄く笑った。


「あの子が何にも話してないものだから驚いたけど、まぁ、そうね……」


 香藍はスープをすくう。機械仕掛けの人形のような無関心さと共に。


「復讐が終わった後は、あの子はピタリと動きを止めた。普通あれだけ殺しまくったら、精神こころが壊れてしまうと思うんだけどね。いえ、壊れなかった方が怖いのか……」


 その言葉はどこか独白めいていて、リュミスは黙って次の言葉を待った。


「もう一つの復讐対象かと思われていた、フェムラー財団はその頃にはもう、ボロボロだったのよ。何しろ幹部がいつ殺されるかわからないじゃない? しかも、このジョージの復讐のせいで財団がガリギュラー家に何を吹き込んだのかも明らかにされてね……今は表も裏も、道義を重んじる風潮で一週間の世界ア・ウィーク・ワールドは回ってるわ。つまりは一週間の世界ア・ウィーク・ワールドの平和の一端はあの子の存在が担っているのよ。連合は絶対に認めないでしょうけどね」

「そんな……事……」


 大げさだと、言い切れるだけの材料が今のリュミスにはない。


「昔の偉い人は人間の本質は悪であると言い切ったらしいけど、それ私も賛成。結局、今の平穏な状況は怒らせると取り返しの付かない人殺しがいるかもしれないから、みんなビクビクしてるのよね。そういう薄暗い部分を感じていないと人間は欲のままに突っ走っちゃうから」

「……悪を感じながら、それに快感を覚える連中もいますしね」


 それに関しては身に覚えがあるリュミスは同意するしかない。

 香藍もそれで、自分がただの愚痴をこぼしていた事に気付いたのだろう。


 少し間をとって居住まいを正すと、正面からリュミスを見つめた。


「思ったよりも、大人で助かるわ。これでようやく本題になるのだけれど――」


 ようやくか、とリュミスも姿勢を正した。


 今、リュミスはジョージの過去を、今はっきりと聞いたわけだが、思ったほどの衝撃はない。

 ジョージが裏社会の人間であることははっきりとしていたし、そこで尊敬を集めている以上、このベクトルだろうとは思っていた。


 ただもう、質と量が完全に予測の範疇を振り切ってしまっていたが――もしかしたら、今は自分の感覚が麻痺しているのだけかもしれない。

 それともう一つには、フォロンからの情報がある。


 ――死に近しい者が天国への階段EX-Tensionでは能力を得る。


 いきなりビル爆破に巻き込まれ九死に一生を得る。


 それも恩人に庇われる形で。


 そして、数年に及ぶ復讐だけに心を砕いた日々。


 身体も。

 そして、心も。


 生きているのか死んでいるのか、曖昧な状況だったのではないか?


 そうであるなら、フォロンの言ったことは真実味を帯びることとなるが……


「リュミスさん」

「あ、はい?」


 考え込みすぎて、生返事をしてしまった。

 そのせいか、続けて言われた言葉にも反応できなかった。


「あなた、気をつけた方が良いわ。今、裏社会最高の戦闘能力を持っていることになっているから」


 リュミスは思わずまじまじと香藍を見つめ返してしまった。

 だが香藍の表情はいたって本気マジだ。


「…………は?」


◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ ◆◆◇ ◆◇◆

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