Bパート2 ED 次回予告

 湖の中に影が揺らめいていた。


 この一瞬に、自動的に作動する“機械”が潜んでいるのだ。


 この機械を隠すためのこの地形。

 そして、GTの気を緩めるための食堂車という仕掛け。


 その“機械”は静かに仕事を果たした。


             ~・~


『そういえば駅は無いんですか?』


 車窓から流れる景色の速度がわずかに鈍ったことにモノクルが気付いて尋ねる。

 減速から、真っ先に連想されることは「駅への到着」だろう。


 だがクーンの返事はすげない物だった。


「無いな。重要なのは“食堂車で飯を食う”だ。そうだ俺の分の飯は?」

「プログラムしてないッスよ」


 クーン以上にあっさりと答えるシュタインベルガーに、クーンは眦を決する。

 元が三角形の目だから、一際だった凶相だ。


「なんでだ! こいつのロブスターばっかり用意してたってのか?」

「そりゃそうっスよ! なんてったってGTさんッスから。ボスとは比べられませんよ!」

「その、ウザいファン心理やめろつったろ!」


 そんな騒動を置いておいて、GTは黙々とロブスターの始末にかかっていた。

 二人の仲違いとロブスターを比べれば優先順位ははっきりしている。


「だいたい、なんだこのロブスターは茹でただけじゃねぇか!」


 ピクリ、とGTの肩が動く。


 しかし、まだロブスターの優先順位の方が高い。

 黙々と食べ続ける。


「もっとあるだろ。尻尾の方を半分に切ってグラタン風味にするとか……」

「おい」


 GTが顔を上げた。


「バカだバカだと思っていたが、本当のバカだなお前は。今のは聞き捨てならねぇぞ」

「何だと!」

「よりにもよってロブスターに、そんな馬鹿な処理を……」


 GTのエメラルドの瞳が強い光を帯びる。


「お前、いっぺん死んでこい」


 席を立つGT。


 そして、ボルサリーノを被る。

 そのままクーンを実に冷ややかな眼差しで見下ろした。


『あ、あの……GT』

「お前は黙ってろ。これにはロブスターの尊厳がかかってるんだ」


 低く静かな声で割り込もうとしていたモノクルを黙らせる。


「な、何を言ってやがる。そんなのてめぇの好みだろうが!」


 戸惑いながらも、GTの阿ること潔しとしなかったクーンが吠える。


「じゃあ、お前はあんな風に味の濃いものをべたべたと塗りたくられたロブスターが、本当の味を保っていられと思ってるのか? もしそうならとんでもないバカだな」


 それに答えるGTの声はあくまで穏やかだった。

 しかしそれは、怒りが収まっているのではなく、これ以上ないほど怒っているために超高温で安定している状態に等しい。


「お、お前にそんな偉そうな口効くだけのセンスがあるってのか? そんな葬式みたいな格好しやがって」

『あ』


 思わず薔薇から声が漏れる。


「……俺の格好が不満か、売れないコメディアンみたいな格好のくせに」


 その比喩表現に、思わず顔をそらすスカーとシュタインベルガー。

 どれほど的確であっても、さすがにボスの前で歯を見せて笑うわけにはいかない。


「お前みたいな、壊滅的なセンスの奴に何言われても、なんてこと無いね!」


 クーンも立ち上がり、真っ正面からGTを睨み付ける。

 こうやって並んでみると、クーンの方が少しばかり背が高いようだ。


「味音痴はな! そのままセンスの欠如なんだよ。あんなものが旨いとか言ってる奴は、鏡を見たこともねぇんだろうなぁ!」


 もちろんGTも引かない。


 実際、お互いに銃を抜いていないのが一つの奇跡と言っても良いだろう。

 ここで相手を殺したら負けだと互いが思っている、ということなのだろうが、その自制心がいつまで持つかは保証の限りではない。


 いや、すでに臨界点は突破している。

 そんな硬直状態の中、スカーが動いた。


 まず背後にある連絡口への扉を開ける。シュタインベルガーがそこへコソコソと逃げ込む。

 GTはそれに構わなかった。


 皆殺しモードでは行動してはいなかったし、何よりも問題のクーンが目の前から動こうとしない。

 スカーもまたゆっくりと後退していき――


 ――ごく自然な仕草で列車の連結を解いた。


 GTが目を見開く。

 それではスカーがボスであるクーンを置き去りに逃げ出したことになるからだ。


 しかしその考え方は早計だった。


 スカーの着るたっぷりとしたフロックコートの裾から、何かが飛び出してきてクーンを捕まえる。


『マニピュレーター!?』


 と、モノクルが思わず叫ぶが、次の瞬間GTの身体に先ほどのとは比べものにならないマイナスGがかかる。

 だがそれは、制動によって生じるものではなかった。


 むしろ後方への加速――


 マニピュレーターによって宙づりにされたクーンを残して、GTは食堂車、それと後部車両と共にスカー達がいる車両から遠ざけられてしまう。


 そして食堂車の壁に仕掛けられた爆薬が一斉に点火された。


                     ~・~


「やったか?」

「ボス、ダメッスよ。それ言って実際に“やった”ためしなんか無いんスから」

「そりゃあ、フィクションの話だろうが。実際、あれだけの爆発から、どうやって逃げ出すッてんだ?」


 爆発の跡地には、黒々としたクレーターが穿たれており、レールも飴のように曲がって見るも無惨な残骸と化していた。

 あと一押しすれば、ダメージエフェクトと共に消失するだろう。


 クーンとシュタインベルガーは、連結器がむき出しにされた最後尾に仲良く腰掛けていた。

 湖を渡ってきた冷たい風が二人の頬を撫でていくが、それが気にならないほどに二人は精神的に熱くなっている。


 そんなクーンが、頬を上気させたまま後ろに控える形になっていたスカーへと向き直った。


「イ……と、スカーだったな。お前のプランとは違っていたが、これでもう心配はいらないだろう。保険だと言っていたが、ちゃんとGTを吹っ飛ばせたじゃないか」

「…………」


 しかし、その表情は浮かない。


「――どうした?」


 さすがにクーンが語りかける。


「あの時にモノクルが言ったという言葉を、思い出しているんです」

「あの時?」

「GTと初めて会ったときの言葉ですよ」

「初めて会ったとき……?」


 つまりは夜の街で、クーンがさんざんやられた時の話だ。

 あの時は散々に弾を浪費して、そして虎の子の荷電粒子砲も――


 クーンの目が見開かれる。


 モノクルは確かにこう言っていた。


「GTの速度は光速をも越える」


 と。


 それが本当であるなら、あの程度の爆発――いや核爆発でもGTを仕留めきれないということになる。

 当然の帰結として次に起こるべき事態は……


「クーン! スカーに裏切られるなよ」


 GTがいつの間にか三人の背後に“存在”していた。


「お前には過ぎるほどに優秀だ」


 すでに銃口はスカーへと向けられており、GTは躊躇うことなくトリガーを絞った。

 この三人の中でまず先に始末すべきは、スカー。


 図らずも古城の中のエトワールと同じ結論になったようだ。


「お、お前何で……? RAの自爆には巻き込まれそうになったって言うじゃねぇか……」


 スカーが消えゆく様を呆然と見ながら、クーンが思わず呟く。


『条件が違いすぎますよ。あの時は足場が砂ですからGTの力のロスが尋常じゃありませんでした。その点、今日の場合は――』


「あの食堂車、確かに良い出来だったよ。俺のほぼ全力の脚力に耐えきったからな。後はご丁寧に足場としては格好のレールがある。それを辿ればお前達のいる場所に自動的に到着する。あとは速度を合わせて乗り込んで、ここに来ればいい。逃がす方が難しいぐらいだ」


 GTはボルサリーノを被りなおす。


「シュタインベルガー、どうだ俺は格好良いか?」

「は、はいぃぃぃ」

「良い子だ」


 それを手向けの言葉に受け取って、シュタインベルガーも消失した。

 残されたのはクーンただ一人。


「お前を直に殺すのは初めてだな」


 GTは銃口をクーンへと向けた。

 クーンももちろん銃を持っているが、もうどうやっても間に合わない。


「お前の手配じゃないんだろうけど、あの二人に言い忘れていた。お前から伝えてくれ」

「な、何を……?」

「“旨かった”だ」


 そうして、クーンも消失した。

 だが、汽車は止まらない。

 ひたすらにその身をレールに任せてひた走っていく。


「……結局、あいつらの目的は何だったんだ?」


 汽車のリズムに合わせるように、GTが薔薇に問いかけた。


『私もそこが気になっています。あまりに杜撰すぎる質問に比して、この手間のかけ方……これだけのものを作るからにはフォロンもこの作戦には意味があると考えていたことになるんですが』


「もう一人……まぁ、一人としてだが、その一人の方かも知れないぜ?」

『許可を出したのがですか?』


「いや、単純にこういうものを造りたいと思った奴がだよ」

『――とにかく、フォロンの他にも“誰か”いる。なかなかの成果でした』

「この調子で増え続けられるのも厄介だな」


 折しも、汽車は大きく弧を描きながら、山間部へさしかかろうとしていた。


 むき出しの連結部に、大きく湖面が迫ってくる。

 傾き始めた陽が僅かにその湖面に緋を添えていた。


 そんな光景にGTが目を細めたとき、汽車はトンネルに入り――その姿を消した。


◇◇◇◇◇◇ ◆ ◇ ◆ ◇◇


次回予告。


日系人が開発した惑星「天照」

そしてその陰で生息していた人々が拓いた惑星「月読」


そんな月読の片隅で、ひっそりと暮らす一人の青年がいた。


彼は……雨が好きだった。


次回「格子窓の向こう、雨」に接続ライズ

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