Bパート2 ED Cパート 次回予告

 木立の中に誘い込めたことは、幸いと言うべきだった。

 まったく遮蔽物のない場所でアガンとやり合ったなら、恐らく十秒も経たずに切り刻まれていただろう。

 もっとも、そういうことを考える思考能力が今のアガンに残っているのかどうか。


 シャンッ!


 右手の刀が振り下ろされる。

 リュミスは木を盾にしてそれを避けた。

 アガンの膂力は、その木をも一刀のもとに切り伏せるが、さすがに速度が僅かに鈍る。


 ドン!


 その隙に、リュミスは至近距離からP-999を叩き込む。

 さすがにこの距離からアガンを外すことはないが、


 キン!


 アガンの左手の刀がその銃弾を弾くので、効果は望めない。

 いや、それをしなければ左手の刀はリュミスに襲いかかってきただろう。


 木と銃弾。


 この二つでかろうじてアガンの攻撃を凌いでいるのが現状だ。

 今更確認するまでもなくジリ貧である。


 距離を取って気配を消す。そして狙撃――それが最上のやり方だとわかっている。


 だが、先ほどのGTの話が本当ならそれはもう“やって”しまったのだ。


 カイが支配する世界から逃げ出し、姿を消し、知らぬうちにカイを撃っていた。

 わけのわからぬままに“復讐”を果たしていたのだ。


 ――冗談じゃない!


 心の内で叫ぶ。

 同時にP-999の引き金を絞る。


 キキンッ!


 あろう事かアガンは一降りで二つの銃弾を弾いた。

 そして、残りの銃弾をかわすと残された左手の一刀でリュミスに斬りかかる。


 ザシュッ!


 リュミスの服が切り裂かれた。こっちでの“仕事”であるから当然GTのスーツと同じ仕様で、そのダメージを受けた部分がパージされて、全体にダメージが行くことはない。


「くっ!」


 反射的に距離を取る。


 リュミスの脚力で行うのだから、ただの跳躍ではない。

 速度と距離が、常人のそれとは桁が違っている。


 だが、それはアガンも同じだ。

 リュミスに追いすがるようにして跳躍。


「……しまった!」


 リュミスは思わず歯がみする。

 空中では身をかわすことが出来ない。

 アガンが正常まともであれば、この瞬間に詰んでいただろう。


 だが、今のアガンはただリュミスを追いかけただけで、刀を振るえる状態ではなかった。

 それでも、右手の曲刀シミターを下から振り上げてくるが、その攻撃はリュミスでも銃把でそらすことが出来た。


 ギィンッ!


 刀と銃が火花を散らし、お互いにバランスを崩した状態で着地。

 その中で、リュミスはアガンよりも先に銃口を向けることが出来た。

 ステージの演出のためとはいえ、GTにしごかれた成果だろう。


 ドンドンドンッ!


 慣れない事であるので集弾率は良いとは言えない。

 しかし、確実にアガンの身体を捉えている。


 キンッ!


 銃弾を弾く、アガンの振るう刀の切っ先がリュミスの身体に届きそうになる。

 また飛んで逃げそうになる身体を押さえて、その場に踏みとどまった。


 ザシュ!


 今度は胸元が切り裂かれた。

 それを恥ずかしがっている余裕はない。


 いや、今更アガン相手に裸を見られたところで何ほどのこともない。

 そう自分に言いきかせるリュミスの目の前で、アガンの雰囲気が一変した。


 目の色が変わり、口の端から涎が垂れる。

 その獣性がさらに開放された――などといっている場合ではない。


 だが、リュミスはここで気付くことが出来た。

 今がどのように変化してして見えても、根っこのところで目の前の男はアガンカイなのだということに。


(これなら……)


 勝つためのプランが、脳裏に閃く。

 だが、そのために足りないものがたくさんある。


 必要なものをリストアップ。

 それを獲得するための手段を想像。


 まずは――


 ザシュ! ザシュ!


 曲刀シミターを、リュミスはわざと避けないまま棒立ちで受けた。


 アガンが欲しいのは、自分の命では無く身体。

 賭でしかなかったが、この賭に勝てば必要なものが手に入る。


 それでも、恐怖からわずかに身体が逃げてしまった。

 そのためにか斬撃がリュミスの身体をかすめて、火傷のような痛みがリュミスの身体を苛む。


 だが――思った通りだった。


 アガンの刃は服を切り裂いていくが、致命傷を負わせるような軌道は描いてはいない。

 その中でリュミスは、僅かに身体を捻り背後を確認する。


 うってつけのポイントを見つけたリュミスは膝を折って力を溜めると、その背後ポイントに跳躍。

 先ほどと同じようにアガンが追いかけてくるが、リュミスは確認していた木の枝を掴んで、その跳躍を途中でキャンセルした。

 勢いを殺せないアガンがリュミスの脇を通り過ぎていく。


 これで、時間と距離を手に入れることが出来た。


 アガンは、5メートルほど先に着地してこちらに再び飛びかかろうとしている。

 躊躇っている時間はない。


 リュミスは切り裂かれた上半身の服を自らの手でさらに引き裂き、自らの手で肌を露わにした。

 まるでアガンを誘うかのように。


 カラカラン……


 アガンの両の手から、刀が落ちる。

 その手に掴んだものを拘束する能力をアガンは持っている。

 それを覚えているわけではないだろう。


 だが、アガンの強すぎる欲望が、切り刻むことよりも無防備な姿をさらした獲物を蹂躙することを優先させたのだ。


 ――そして、その欲の強さを利用してカイアガンを正面から倒す。

 ――かつて、その欲の強さによってその身を追われた自分が、その欲を利用してアガンを討つ。


 リュミスは上半身を隠すことなく、アガンを待ちかまえた。


 アガンの手には曲刀シミターはすでに無い。

 襲いかかってくる軌道は、単純に真っ直ぐだ。


「ヒャハハハハハハハハハハハーー!!」


 気味の悪い笑い声が復活した。

 それで良い。

 正気が僅かでも復活しているなら、今から誰に負けるのかをアガンにしっかり刻み込むことが出来る。


「せー……のッ!」


 リュミスは、掛け声と共に襲いかかってきたアガンを正面から蹴り上げた。


 アガンの速度と、リュミスの力。

 それが正面から衝突したのだ。


 見事なカウンター。


 リュミスの足先に、アガンのあばらが粉々になっていく感触が伝わってくる。

 そして、次の瞬間にはお互いの身体が反対方向に弾け飛んだ。


 リュミスの右足は、これで使い物にならなくなった。だがアガンはそれ以上のダメージを負ったことは明白だ。

 その身体はすでに木立を抜け、草原の上でもぞもぞと蠢いている。


「グ……アアアアアアアア!」


 リュミスが吠えた。


 右手には、対重力ヘリライフル。

 すでに立つことは出来ない。正座のように膝を折り曲げて、姿勢を安定させる。


 痛みは伝わってくるがそれは無視。


 スコープにアガンの姿を捉え――アガンが身を起こすのを待った。


 あれぐらいで死ぬはずがない。

 そんなイヤな信頼がある。


 身を起こせば、その頭部を今度こそ弾き飛ばしてとどめを刺す。


 ズキンズキンズキン……


 無視できない痛みが右足から伝わってくる。

 それに負けて、アガンの身体なら何処でも良いと撃ってしまいそうになる。


 だが、ダメだ――


 それで仕留め損なったら、完全に負けだ。


 確実に。

 一撃で。

 その命を。


 ――奪う!


 その決意に応えるかのように、アガンが上半身を起こした。


 ターン!


 銃声が響くのと同時にアガンの頭部が弾け飛んだ。

 消失エフェクトが、その身を包み始める。


「勝った――」


 と、確信を口にするリュミスの目の前で信じられないことが起こった。

 消失エフェクトに包まれたまま、アガンが立ち上がったのだ。


「な……」


 立ち上がったアガンは、その曖昧になった瞳のままリュミスの姿を捉えた。

 見られた、と思った次の瞬間には、アガンが目の前に現れている。


 明らかに今まで以上の身体能力を発揮している。


「な、何で?」


 とっくに切断ダウンしてなければならないはずなのに。

 なぜアガンは天国への階段EX-Tensionから消失しいなくならない?


 ――接続延長薬ハイアップ


 その薬の本当の危険性にリュミスは気付いた。

 こんな異常な状態に陥る前に、天国への階段EX-Tensionの参加者は制限時間があることで、それを回避できる。

 だが接続延長薬ハイアップは、その安全装置をキャンセルしてしまうのだ。


 リュミスは本能的に逃げようとする。

 だが、右足が言うことを聞かない。

 アガンは崩れ落ちる顔の中、涎の滴れ落ちる舌を突き出して、動けないリュミスの上に覆い被さろうとしていた。


 ガッ!

                            

 そのアガンの動きが止まる。

 いや、止められた。


「すまん。遅くなった」


 GTが、アガンの首を背後から握っていたのだ。

 いや正確には握りつぶしていた。


「リュミス。お前の復讐は見届けた。よくやった――これはもう、おまけみたいなものだから俺が出張でばるぞ」


 GTはリュミスの返事を聞かずにアガンの身体を地面に叩きつけると、ブラックパンサーでその身体をバラバラに解体していく。


 ドンドンドンドンドンッ!


 銃弾がアガンの身体と地面を抉っていき、ついにはその身体を完全に消失させた。


「……ゾンビよりたちが悪ぃや」

『リュミスさん、大丈夫ですか?』


 モノクルが心配そうに声を掛ける。

 リュミスは呼びかけられた後もしばらくは呆然としていたが、モノクルもそれ以上は話しかけることはなく、GTも無言でマガジン交換をしていた。


 リュミスはそんな中、アガンが今までいた場所に何もないことを確認する。

 そしてGTの顔を見上げ、ほぅ、と息を吐いた。


『お見事ですよ、リュミスさん。よく勝てましたね』


 改めてモノクルが声を掛けると、今度はリュミスも笑顔を返すことができた。


「そうか……勝った、でいいのよね?」

「良いと思うぞ。俺は負けると思ってたんだがな」

「ひどい話……でも助かったわ。最後のアレにはびっくりしたけど」


「俺もかなり驚いた。お前が勝ったと思って油断してたからな――ところで」

「何?」

「上着貸した方が良いか? 何でお前はアガンと戦うと毎度毎度そういうことになるのか……」


 その指摘に、まず思い出したのは以前のアガンとの戦闘。

 そして今の自分の格好。


 瞬間、リュミスは自らの上半身を抱えてうずくまる。

 そして、その顔全体が朱に染まった。


「早く言いなさいよ! このバカーーーー!!!」


 絶叫が木立の中でこだました。


◇◇◇ ◇  ◇   ◆◆◆◆◆◆◆ ◇◇ ◆


 それから数日の間。

 人類は、トップアイドルの薬物使用、そして逮捕というスキャンダル麻薬に酔いしれることとなった。


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次回予告。


モノクル――シェブランはカードを揃えた。

RA――リシャールの周囲にその手を伸ばし、情報を搾り取る算段をしている。


一方でGTとリュミスは、ローダンに復活した遊園地に招待される。

モノクルが忙しいので、特にやることもない二人は招待に応じることに。


一方、シェブランに追い詰められたリシャールは、ある条件をシェブランに持ちかける。


次回、「言い訳が必要な行為」に、接続ライズ

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