第83話 僕の中での答え

『――私は約一万年もの間、この何の楽しみのないこの小さな空間に閉じ込められていました。もうこれ以上は苦しみたくないと正直思っています。それに私が死ねば五大神の暴走は止まることでしょう。どうですか。私の死にたい理由は』


 ――長かった孤独から解放されたいという気持ち。

 自身が生み出した者たちの暴走をなんとしてで求めたいという気持ち。

 死にたい理由としては確かに十分であった。


『――そう言って、いや思ってくれてありがとうございます。私の死にたい理由は十分ですよね。これほどまでにうれしいという感情を感じたのは何千年ぶりでしょうか』

「うっわ。急に何? 独り言? 」


 ――ここは異世界なのだ。

 もとの世界の常識で物事を測ってはなるまい。

 自殺は良いこととはとても言えない。

 自殺など絶対にあってはならないと思う。

 どんなにつらいことがあったとしても、未来は必ずしも今まで歩んできた暗闇が続いているとは限らないのだから。

 

『それはその通りです。でも例外というものは何であったとしても存在してしまうものなんですよ』

「あ! そっか。そういえば悪神様は人の心が読めるんだっけ。てことは葵の思考の盗み聞き? ……ちょっと気になるんだけど」


 ――そのくらい僕だって分かる。

 僕だって今までたくさんの地獄を見た。見続けてきた。

 だけど、僕にはたくさんの支えてくれる人がいた。

 だから今もこうして立っていられるのかも知れない。

 僕は恵まれていなかったけど、恵まれていたのだろう。

 そう思うと、りえは本当に凄い。

 りえほど凄いやつは世界広し、いや異世界広といっても一人しかいない気がする。


『――ふふっ』

「は? なんで急にこっち見て笑ったのよ。……あ! 分かった。葵がなんか変なこと考えてたんでしょ」


 ――僕と比べて女神様はどうだろうか。

 一万年もの間の孤独。

 それは今を生きる人間ではとても想像のつかないほどの地獄だろう。

 もとの世界ではあり得ない、異世界だからこその拷問だ。

 そのつらさを分かってあげられるはずがない。

 ……できるはずがない。

  

『いや、別に変なことは言っていませんでしたよ。むしろ良いことでした』

「え? 余計に気になるんだけど……。葵、さっきは一体何考えてたのよ」


 そして、ただでさえ精神が不安なときに自分がいるせいで、自分がいなくなればと嫌でも考えてしまうような五大神の問題……って。


 ――ってあっ! やっべ。思わず考え込んでしまっていた。

 ヤバい。何も聞いてなかった。いま、なんか聞かれてたよな!?

 こういうときは必殺のあれだ。愛想笑い&適当に答える!


「あ、あーね。えー、まー。ぼ、僕もそう思うかな……」

「は? 今、さっき何考えてたのって聞いたんだけど……」


 やっべ!答え方完全に間違えてるじゃん!


「――はぁ……。まぁ、良いよ。それで葵。答えは出たの? 」

「え? あ、あぁ。僕なりの答えは出てる。僕から言おっか? 」

「いや、これは私からで」


 りえに完全にペースを乱されてしまったが、ペースを戻してくれたのもまたりえだった。

 僕の中での答えは出た。

 いや、とっくに出ていた。

 これは現実逃避的な考えかも知れないし、答えとは言えないのかもしれない。

 それでも僕の答えは変わらない。

 これがりえの導き出した答えと同じかは分からない。

 ただ、同じことを考え出しているようになぜか感じる。


「――一万年の孤独と存在していることに対するばつの悪さ。あなたの気持ち完全に分かった訳ではないし、そんなこと簡単に言えないとも思ってる。ただ、死にたいって思う気持ちは少しは理解できたとは思う。そりゃ死にたいわよね。さっきは感情的になって私の意見を押しつけてしまって、ごめんなさい」


 ――りえはそう言うと深々と頭を下げた。

 先ほどまでじゃれ合っていた張本人とはとても思えない。

 本当にりえは凄いと思う。謝るなんて、簡単そうではあるものの、早々簡単にできることではない。


『いえいえ。全然大丈夫ですよ』

「そう? そう言ってくれるとうれしいわ。それで本題だけど、私はそれでもやっぱり、命を絶つという行為は絶対あってはならないと思うわ。悪いけど、それが私なりの正義なの」


 りえはまっすぐと女神様の目を向いてそう語りかけた。

 りえなりの正義。

 それはあくまであの子が考えた正義であると言うことだ。 

 それをあえて言うのは、流石と言うほかない。


『そうですか。あなたの中の正義はそこにあると言うことなのですね』

「えぇ、そうよ。そででカオス。あなたはなぜこんなことを私たちなんかに教えたの?」


 ――確かにそうだ。

 僕は今まで僕のわがままに答えるためだという固定概念にとらわれていた。

 もしかすると、それだけが理由ではないのかも知れない。


『あー。そのことですか。それは簡単な話です。死にたくても私だけでは死ねないのです。葵さん。りえさん。私が死ぬにはあなた方が必要なのです』

「は!? なんで僕が!?」

「そんなの簡単です。私を殺すにはあなたとあなたの横に立つりえさんの二人の力を合わせる以外には不可能だからです」


 ――殺すことができるのが僕たちだけ?

 一体どういうことだろうか。

 史上最悪の悪神である女神様に攻撃を与えられるほどの力を持つのが僕たちしかいないとかそう言うのだろうか。

 りえは確かに強いし、あの反則的な成長速度があるのだから世界最強の存在になったっておかしくない。

 しかし、りえだけならともかく僕はどういうことだろうか。

 今の僕の戦闘能力は皆無といってもいい。ん……?

 あ! もしかして、前に女神様が行っていた”無秩序の冥護”とか言うやつだろうか!?

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