第79話 人の感情
「あなたは何一つとして分かってない! 」
――りえが声を荒げた。
今起きたことはただそれだけのことだ。
「――に一つ分かってない! 死にたいなんていうのを思うのは、しょうがないかも知れない。当たり前かも知れない。誰しも思うことかも知れない。現に私もそうだった! ずっとそうだった!」
――本当にごめん。
「そりゃ、つらいわよ。世の中の人々って言うのは……。自分以外の人っていうのは……。母親だろうと父親だろうと、兄弟であろうと、世界で一番仲の良い親友だろうと、この世の中で一番愛している人であろうと、自分とは違うの! すべてが違う。根本的な部分から違う。同じなわけがない。だって生きているだよ……。 だって、そうでしょ!? 」
――感情。
それは人間を人間たらしめているもの。
人間の強みであり、弱みだ。
人を変えようとするなら、まずはこれに訴えなければならない。
りえは現在感情にとらわれている。それはあえてなのかもしれない。
――それにしても女神はなぜ黙っているのだろうか。
何か思惑があるのではないのだろうか。
女神様は人の思考を読み解くことができる。
当然、リエの思考も読み取ることができるだろう。
当たり前だ。
だとすれば、これはわざと女神様が作り出した状況なのかも知れない。
それはなぜ?
答えは出てこない。
かといって、女神様がわざと意外でこの状況を生むこともあり得ないように感じる。
「自分とは違う人と一緒にいると疲れる。そうに決まっている。自分と違うんだから相手が何を思ってるかなんて分かんない。本心なんて知るすべなんてない。常に不安になって生きないといけないんだよ。みんなそう。いつだってそう。――疲れるよ。生きるってことは……。私だって生まれてこなければ良かったのにって、どうして生まれてきちゃったんだろうって、もう死んでしまおうって……。何度も思った。何度も何度も……。それも毎日のように……」
――りえの言葉は重い。
僕はりえのことを、ほんのかけらしかしか知らない。
それでも、彼女の言葉に重みを感じる。
だとすれば、女神様はこれ以上の重みを感じていることだろう。
女神様は良くも悪くも人の思考が読める。
当然、りえの過去のことだって、今あいつが無意識的に思い出してしまった記憶の中から知ることになるだろう。
そうなれば、僕の比ではないほどの重さを感じることになるだろう。
思えば、これはそれを利用しようとした結果の状況であり、すべてりえの手のひらで転がされていたのかも知れない。
「――でもね……。ダメなんだよ。私、分かったんだ。こうやって、進むべき道も分からない中で手探りで一歩ずつ踏み出そうともがきあがいている人が他にもいるんだって。私だけじゃないんだって……」
――りえは伸びをしながら大きく深呼吸をした。
一回落ち着こうとしているように……。
これは確定だ。
りえは本心から言っている。
策略なんてない。
「だから……! 私は逃げない! もう二度と逃げない! だから、あなたも一緒に頑張らない? 」
――頑張った。頑張ったな。本当に流石だよ。
でも、僕には分かる。あの涙を見れば……。
涙をごまかそうと右手で、涙を拭いながら。自然的で不自然で。明るくて、暗くて。まぶしい笑顔で、泣きそうで泣いているあの姿を見れば……。
本当にごめん。僕のせいで。
――りえはとても凄いことをしてくれた。
僕のために、僕たちのために。
本当は何も考えずに女神様の望む未来を叶える手伝いを淡々とすることだってできた。
でも、それはダメなのだ。
まず、前提として僕たちにその選択肢はなかった。
どのみち、このように女神様に考え直してもらうべく動いていたに違いない。
りえにそれをやらせてしまったのは僕の落ち度だ。
――つらかっただろう。
りえの過去を、そのほんの一部分の切れ端だけでも知っている僕でも言える。
本当に凄いと思う。
僕がりえだったとして、耐えられただろうか。
いや、不可能だったに違いない。
そう思うとごめんという気持ちいっぱいになる。
あぁ……。そういえば昔……。
『ごめんじゃなくてありがとうって言ってほしいな』
なんて言われてた気がする。
懐かしい。
この世界に来る前。それも出会ってしばらくした頃だっただろうか。
りえは本当に強い。
りえは本当に凄い。最強だ。
いつも助けてもらっている。
いつもお礼は言っているつもりだ。
だけど、改めて言うことは少ない。
たまには良いかもしれない。
女神様に考え直してもらえて、また王城に帰ったら、今度町にでも遊びに行こう。
そうして、何かをプレゼントをしよう。
そして感謝の言葉を伝える。
――本当にいつもありがとうって。
女神様も誘ってエマも誘って、みんなで言っても良いかもしれない。
そう考えるとワクワクしてきた。
それもこれも、りえが女神様を思い直させてくれたからで……。
『ありがとうございます。だけどごめんなさい。私は死にたい。それは変わりません』
その言葉に僕は、目の前にたたずむ存在は人間ではない。そう思い出させられた。
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